大きい声を出したことに自分で驚いたのか、楽さんは何度か目を瞬かせると、無言で残りのたい焼きを平らげた。

まだ熱いお茶を一気に飲み干し、ため息ともつかない深い息を吐く。



「そりゃよ、ずっと倅(せがれ)が欲しかった。だいたいのものは頑張りゃ手に入ったけど、どんなけ金があっても無理なもんは無理って、ようやく悟ったってのによ」

「__でも、嬉しかったんですよね?」

「ったり前じゃねーか!」


目を剥いて今にも飛びかかってこんばかりだ。

「嬉しいなんてもんじゃねーよ。絶対に手に入らないものが、勝手に転がり込んできた。あいつにもさんざっぱら苦労かけたしな。肩身の狭い思いさせちまった」


楽さんのいう『あいつ』とは、20歳年下の奥さんだ。

ただでさえ、商店街は代がわりには目ざとい。


サラリーマンとは違い、お店を畳むことは商店街にとっても死活問題となる。



「だからよ、周りが諸手を挙げて喜んでくれるのも嬉しくてよ」

そのことを思い出したのか、楽さんの目尻が下がる。


刻まれた皺が、柔らかく伸びていく。けれどその皺が、今度は垂れ下がった。

楽さんの顔が、曇ったんだ。