5
まず、線香の匂いが鼻をついた。
ぼんやりした視界の霧が晴れていくと__見知らぬ女性が神妙に手を合わせている。
直也が微笑む、遺影に向かって。
その隣には、すっかり大人となった青年が静かに見守っていた。
あれから20年か。
随分と大きくなったな。自転車でフラついていた面影はない。
20年後の未来で、私は廊下の陰に身を潜めていた。
「あかりさん、こっち座って」
リビングから『私』の声がする。
恐る恐る首を伸ばすと、しっかりと老け込んだ私が忙しなく動いているのが見えた。あれから20年ということは、私はもう還暦をとうに過ぎている。
それにしては、若く見えるかもしれない。
変なところで感心していると「おかあさん、私も手伝います」と、あかりと呼ばれたお嬢さんがキッチンに向かう。
「いいのいいの。今日まではお客さん。結婚したら、嫌ほどこき使われるのよ。座ってて」
「でも__」
あかりさんが困った顔でテーブルに戻るも、男どもは知らん顔で晩酌を始めている。
なにしてるのよ、あんたが助けてやんないとダメでしょ‼︎
呑気にビールを飲む、未来の息子を叱りつけた。
もちろん、心の中で。