「はーい‼︎」と男の子が駆け下りていく。

私が、お使いを頼んだ?


「はい、卵ね」



そろりと階段を降り、耳をすませる。私があの子に「卵」を頼んでいる。ということは、買い物は商店街ではなく__通りを挟んで向こうのスーパーだ。

直也が、事故の日に買い物をしたスーパー。



卵は商店街では扱っていない。普通の卵ならそこらへんで買えるが、稔は昔っから名古屋コーチンの卵にこだわっていた。それがスーパーに置いてある。だから間違いない。

やっぱり私は、自分の息子を、またあのスーパーに行かせようとしている。


そんな馬鹿な__。



「車に気をつけるのよ!」とは言うものの、声からはそれほど気にしている様子がない。

足音を殺して、店を覗いてみた。



忙しそうに仕込みに追われている。

稔と私が、無言で働いていた。お互い、最小限の言葉だけで伝わるのは、変わらないらしい。



ただ、私も稔も、今の私の年より20才は老けていた。

ということは、あの子は今から10年後に生まれるのか?


私は20年後の未来に来たんだ。



「あっ」と我にかえり、店の裏口から外に出た。

追わなくちゃ。


あの子を、追わなくちゃ。



自転車に乗った小さな後ろ姿を、私は追いかけた。