お店の電話が鳴った。
急いで出ると、斜め向かいの牧子さんからで「たい焼き20枚!」という注文だった。施術しているお客さんが買ってくれるらしく、すぐに焼き始める。
ありきは焼き置きがないと定着したため、こうして予め電話予約してくれるお客さんもいる。
待つのが嫌いなひとも、結構多い。
粗熱を取り、5枚ずつ包装する。
それを持って僕は、店を飛び出した。
同じ商店街内なら、こうして届けに行くこともある。その間にお客さんが来たとしても、みんなおとなしく待っていてくれるから有り難い。
「ありがとね!」と、元気な牧子さんが声を掛けてくれた。
挨拶もそこそこにお店に戻ると__。
ちょうど、うちの店の前の笹の葉を、陽子さんが見上げていた。
ずぶ濡れだ。
アーケードが雨から守ってくれるのに、なぜか陽子さんは濡れていた。
「風邪、引きますよ?」
どうしても見過ごすことができず声を掛けると、ようやく僕を見た。
その目に、生気はない。
「ああ、たい焼き屋さん」
「とりあえず、お店に入りませんか?火を使ってるからあったかいし、とにかく入りましょう」
軽く腕を取ると、素直についてくる。
椅子に座らせ、奥からバスタオルを取ろうと__。
「ちょうどいいわ。たい焼き屋 5枚ください」
バスタオルを手に戻ると、陽子さんの目が妖しく光っていた。
「それから__」
きっとまた、あんナシたい焼きを頼むのだろう。
僕は少し身構えたが、次の瞬間、体が震えたんだ。