「はい、お待たせしました。あんナシは別に包んであります」
何も喋らなくなった陽子さんに、焼き上がったたい焼きを差し出す。
あんこが入ったのが5枚と、あんナシが1枚。
熱を確認するように、たい焼きの上に手を乗せている。
その温かさが、少しでも陽子さんを温めてくれればいいけれど__。
おそらく陽子さんは、自分が抱き締められることを望んではいない。居なくなった直也くんのことを抱き締めることしか、求めてはいないだろう。
僕に掛けられる言葉はあるだろうか?
陽子さんの悲しみを、少しでも和らげることが僕にできるだろうか?
いや、なにもできない。
僕には、なにかする力も、資格も、なにもない。
ただ、心を込めてたい焼きを焼くしかないんだ。
あんナシたい焼きが、直也くんに届きますように___。
「あっ、もうすぐ帰ってくるわ」
はっと立ち上がり、お財布から千円札を出す。
お釣りを返そうとする僕の手から小銭を奪い取ると、そそくさと出て行った。
希望と絶望が混同しているのだろう。
僕は最後まで、陽子さんに尋ねることができなかった。
あんナシたい焼きは、直也くんに供えるのか?
それとも、お皿に乗せて帰ってくるのを待つのか?