たい焼きの型に目一杯、生地を注ぎ込む。
実は、あんナシたい焼きが1番難しい。
ただ生地を流し込めばいいってもんじゃないんだ。ふっくらと焼き上げるには、絶妙の火加減がポイントとなる。中になにも入っていないのに、うまく焼くのが難しい。
鯛を通り越して、金魚にすること。
そうじゃないと、吾郎さんの煎餅みたいにペラペラになる。
この『あんナシたい焼き』を注文するお客さんは意外と多い。
ありきの裏メニューだ。
あんこ1本しか商品がなく、そのあんこが食べられないのなら仕方がない。生地にもほんのり甘みがあって、素朴さが美味しいと評判だった。
値段は0円。
ほとんどのお客さんが、あんこのたい焼きも買ってくれるため、サービスで焼いている。
中にはバンズとして使用し、間にレタスやハムを挟んでBLTたい焼きにしたり、生クリームでデコレーションしたりするお客さんもいる。
『これは、鯛っていうお魚なんだよね?』
ふいに、直也くんの声が聞こえてきた。
あんこが苦手な直也くんは、決まってこのあんナシたい焼きを食べる。
中には何も入れず、生地そのものの味を楽しむという粋な食べ方だ。
『鯛は、おめでたい魚なんだ』
得意げに話す顔が、浮かんでは消えていった。