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ふらっと、喜多川の陽子さんがやってきたのは、それから数日後のことだった。
今日はまた一段と、雨が強い。
「嫌な天気ですね」と声を掛けると、小さく頷いた。
とりあえず椅子に座り、ぼんやりと周りを見回している。ここはどこだろう?といった、心もとない表情だ。
あれから、陽子さんはあちこち徘徊をしている。
ようやく再開した喜多川を手伝うでもなく、夢遊病のように歩く姿が目撃されており、心配の声は募るばかりだった。
かといって、無責任に「元気を出せ」とも言えず、ただ見守るしかないのだが__。
「たい焼き屋さんよね?」
ようやく表情が戻り、薄っすらと笑う。
「はい、たい焼き屋です」
「じゃ、たい焼き貰おうかな」
「いくつにしますか?」
僕が尋ねると「そうね__」と、指折り数えている。
確か、まだ30代でもない。とても若くて、僕ともそんなに年が離れていないはず。それなのに目の前で考え込んでいる女性は、とても老けて見えた。
大切なものをなくすと、生命力をごっそり奪っていくのかもしれない。
僕にも__そんな時があった。
だから分かるんだ。
今、きっと陽子さんの心は動いていない。そして心が再生するには、とんでもない時間がかかる。
「たい焼き5枚ください」
「5枚ですね」
僕が焼き始めようとすると__。
「あっ、ちょっと待って!1番、大切なの忘れてたわ!」