ベッドに寝転び、今日何度目かの電話を沙希にかけてみる。
が、留守番電話サービスにつながるだけで、どうやら電源を切っているようだった。

本当にどうしたんだろう……。

天井を見上げながら沙希のことを考えるけれど、一日の疲れのほうがどっと押し寄せるようでぼんやりとしてしまう。
沙希や結菜、それに直樹のことを心配した今日、私も少し疲れたのかもしれない。

そのとき、スマホがブルブルと震えた。
画面には珍しく和宏からのメッセージが表示されていた。

『くぼっさんの動画、笑える』

たった一文だけのメッセージをしばらく眺めてから、私はベッドに起きあがった。
あのENDAというアプリのことだろう。
再び一階におりると。寝ぼけている母に市民カードを貸してもらってから戻る。

私の名前と長い番号が並んでいるだけのカード。

スマホから昨日インストールしたアプリを呼び出すと、駅前の風景のトップ画面があらわれた。
〈新規登録〉のボタンを押し、マイナンバーを入力し位置情報もONにする。
続いてメールアドレスの登録の画面になり、それも入力する。
画面が切り替わり、〈ログインネームを決めてください〉と文章が表示された。
久保田はここでBOKUと入力したってことなのだろう。
私はどんなログインネームにしようかな……。

久保田のように名前をローマ字で並べ、入れ替えてみたけれど、どうもしっくりこない。
さんざん悩んでいるうちに考えるのが面倒になり、ついには〈めい〉と、本名そのままの名前をつけた。

決定ボタンを押すと、画面の中央にメニューがあらわれた。ようやくログインできたようだ。

〈HISTORY〉

〈ACCESS〉

〈GOODS〉

〈SPOT〉

そして、噂の〈MOVER〉の文字があった。
そこを押すと一覧の表のようなものが現れた。
〈08/25 20:47 NAME:たま〉という先頭に表示されているものを押してみる。
小学生っぽい女の子のアップが現れ、

『たまです。今度の日曜日、市民会館でピアノの発表会に出ます。聞きに来てください』

と言って頭を下げた。


再生が終わると一覧表に戻る。
続いてその下にある〈8/16/23:54 NAME:ばかぼん〉を押すと、真っ黒に焼けた中年の男性が照れた顔で現れた。

『今年もおいしいトウモロコシができました。鬼塚農園で、もぎたてを販売しています。あと、子供が生まれました』

がははと笑う男性の姿がぷつりと消え、一覧表へ戻った。
古い順に表示されているらしい。


『10月20日、公民館でフリーマーケット参加します。ぜひきてくださいねっ。猿田市最高!』

『猿田大学の学園祭実行委員の玲菜です。ライブもやります。詳しくは猿田大学のホームページへ!』

など次々に動画を見ていく。

地元密着型、というのにふさわしいローカルな話題がならんでいた。
まだあまり知られていないのか、動画数は少なかった。
最新の欄に、久保田が投稿したと思われる動画が見つかった。

〈10/1 20:23 NAME:BOKU〉

いきなりどアップの久保田が『こんにちは』としゃべりはじめたので驚いてしまう。

『お笑いが好きな市内の高校二年生やで。

漫才のサークルを作りたいんで、誰か一緒にやらへん? きっとおもろいで。

詳しくはこちらまで! 気軽に連絡してや~』


編集したのか、メールアドレスが画面の下に表示されている。久保田らしいな、と笑ってしまう。
その後もアプリのなかをいろいろと見てみたが、眠くなってきたので寝ることにした。



――大切な友達の命がこの世から消えていたなんて、そのときの私には知る由もなかった。










【第二章】「ログイン」





【sideA 香織の日記】


10月8日(火)

雨が降っている午後。

久しぶりの熱が出て、学校は休んじゃった。

急に寒くなったせいかな。

さっき起きたら、だいぶ体調は良い感じ。

わん君は今ごろ昼休みかな。

ひとりでいると、いつもわん君のことばかり考えてしまう。

早く会いたいなぁ。
今は夜です。

夕方、わん君が家までお見舞いに来てくれたの。

すごくびっくりしたけど、うれしかった。

お兄ちゃんに見つかってしまって、仕方なく紹介したよ。

「彼氏のわん君です」って言ったとき、なんだかドキドキしちゃった。

『お母さんに言わない』ってお兄ちゃんが約束をしてくれたのでホッとした。

早く風邪が治らないかなあ。
10月9日(水)

熱は下がったけど、念のため学校は休んだ。

昨日会いに来てくれたばかりなのに、もうわん君に会いたくてたまらない。

こんなに好きになれる人ができるなんて思ってもいなかった。

今ごろなにをしているんだろう、と考えるだけで切なくなる。

テレビを見たり音楽を聞いていても、わん君のことばかり考えてしまう。

クラスのみんなも、よく好きな人の話をしているけれど、それとは違うと思っている。

きっと最初で最後の恋。

だからわたしはわん君とのことは誰にも言わない。

だって、みんなおもしろ半分にからかってくるにきまっているもん。

初恋はかなわない、なんて言う人もいるよ。

でも、わたしは絶対に離れない糸でつながっていると信じている。

わん君もきっと同じ気持ちだと思う。