『 梅雨も明けて少し経ちました。

本日は晴天となるでしょう 。


また午前3時ごろには

水瓶座流星群を見られるかもしれません 』








朝の情報番組のお天気コーナーはいつも通りだった。

お天気お姉さんが言っていた通り

今日はいつもよりも晴れていた気がしたし星がすごく綺麗にみえる。




それでも梅雨が開けたばかりの夜はまだ少し肌寒さを感じさせた。




「花火をするのには少し寒かったかもね」




流星群を見たら、何となくあなたに会えそうな気がした。

だから、毎年来ていた海岸に今年も遥斗に連れてきてもらった。





「あー、もう落としちゃったの?

線香花火はね、

こうやって動かずに見守るんだよ」






俺はじっと出来ないんだと言わんばかりの顔に少しだけ笑顔が零れた。



何年経っても、私達はこうやってバカやって笑ってられる。


だけも、手元で激しく光っていた線香花火はもう小さくなってしまって



「なんか、寂しくなっちゃった」




気づけば線香花火の光はもう落ちていて、新しくつけようにも1本しか残っていなかった。




「あんなにあった花火もこれで終わりだね」




それでも去年より長く感じるのは二人しかいないからだろうか。

また三人でここに来ようと約束したのに、その約束は果たせるはずもなかった。







お前はは今、幸せか?






そう呟いて空を見上げ遥斗の瞳からは

流星のような涙が一筋流れて消えた。






「泣いたら、優太に怒られちゃうじゃん」







だから、私は泣かない。

「随分、遅かったから心配したよ」




そう言って笑顔で出迎えてくれたのは私の大好きな優太。




弾んだ気持ちと少しの緊張が混ざったような変な気持ちだった。


そんな気持ちで、呼び鈴を押した私とは打って変わって優太は玄関のドアが勢いよく出てきた。







ひょいっと私の持っていた荷物を持ち上げて部屋の奥へと入っていく姿はとても大きく感じた。




「凛、入らないの?」

「今から行く!」





荷物を床に置きながら、玄関で突っ立っている私に声をかけた。







「優太、ちょっと来て。」







手招きすると、すぐに私の元に来てくれてた


ちょっと照れくさいけど最初くらいはね。









「今日から、お世話になります」







そう頭を下げてすぐに彼の反応を伺えば

クスクスと笑う優太が直ぐに目に映った







笑わないでよと少し不貞腐れあように言ってみれば分かった分かったと私をなだめるように頭を優しく撫でた。







「凛の変な緊張が移ったじゃん」





私の手をそっと掴むと部屋に招き入れてくれる優太がそう言ったけど

仕方がないんだ。








だって、今日から

大好きな優太との同居生活が始まるんだもん






「ところで、その大量の荷物には何が入ってるの?」

「あー、これはね」







ペアカップや付き合い始めた頃の写真、誕生日や記念日に貰ったプレゼント。





思い出があるもの全て持ってきてしまったのだ。





とはいっても、一人暮らしをしていたからほかの雑貨なんかはほとんど置いてきてしまったんだけど。







「急に、同居なんていいって言ってくれると思わなかった」




ぽつりと出た私の本音に少しだけ驚いた表情を見せた優太だったが直ぐにいつもの優しい笑顔に戻った。






「だって、凛の帰る場所はいつだって僕の隣だから。」





照れくさそうにそういう優太に温かい気持ちになった。





いつからか家に居場所がないと思い始めた私の唯一の帰る場所。





小さい頃に母が離婚して 、二人で何年か暮らしていたものの、五年前に母が再婚 。



父には連れ子がいたし、直ぐに母との子供も生まれた。


私の父になった人はとても優しい人だった。


母はすごく幸せそうで結婚してくれたことには感謝しているけど、私は馴染めずにいた 。




二人の妹が成長する度に、疎外感を感じてしまう自分が嫌になった。





大学生になって逃げるように家を出て一人暮らしを始めた私。




そんなときに出会ったのが優太だった。


大学生になって初めての講義で偶然、隣の席になってそれからよく話すようになったんだ。




明るくて優しくてノリが良い。だけど真面目なとこもある彼に私はすぐに惹かれた。




気がつけば付き合ってもう少しで3年 。






彼と一緒にいるときが一番幸せで安心できた。



私の一番安心できる場所はこれから先だってずっと、優太の隣しかない。









逃げるように家を出たと言ってもきちんと許可は取った。

一人暮らしがしたいと伝えた。




母は、凛も大きくなったからね

父は凛ちゃんしっかりしてるしいいんじゃないかなって




誰からも反対されることもなくすんなりと許可もおりた。






ベッドに寝転がっていると何度も何度も思い出される家族の声。


その度に私は、誰からも理解されてないって思っちゃうんだ。


本当は逃げたかったんじゃない、分かって欲しかっただけなのに。





「寂しい」






心に穴が空いてて、どんなにあいで満たされてもスルスルと抜け落ちていくみたいな感覚。





「凛、おいで」




その胸にぎゅっと顔を押し付ければぽんぽんと頭を撫でてくれる 。



大丈夫、一人じゃないよ
そう言われているみたいで安心できた。







私、やっぱり優太のことが好き。
これからずっと一緒にいたい。







いや、一緒にいることが当たり前だと思っていたんだ。



「優太、急がないと怒られるぞ?」



帰る準備をしていたら窓からひょこっと遥斗が顔を覗かせていた。


遥斗は優太の中学からの同級生でもあり、ダンスサークルのメンバーでもある人だ。





「ん行く。凛も見に来るよね」

「もちろん」




そう答えて優太の腕を掴むと、顔を顰めた彼。

そして腕をさするから驚いてしまって掴んでいた手を慌てて離す。



遥斗も驚いた顔をして優太を見ていた。





「ごめん、私そんなに強く掴んだつもり無かったんだけど。痛かった?」


「いや、平気だよ。驚かせてごめん」






しれーっと優太の袖をまくる遥斗。




暫くして急にまくるのをやめるから不思議に思って覗いてみるとそこには、

ダンスで鍛えている程よい筋肉のある腕にういた痛々しい痣があったのだ。






そこから目が離せない私と戸惑う遥斗。




今、私がちょっと掴んだだけなのに、痣ができるものなの?

そんな短時間で、あんな弱い力でこんなに痛々しく?



「そんなわけないじゃん。多分これは昨日か一昨日ぐらいに踊ってるときにどこかでぶつけたやつだから」




不安になって口を閉ざす私達を落ち着かせるかのように優太はそう言った。






「何だよ、優太。本気で焦ったじゃねーか。
びびらすなよ。凛も青ざめてんじゃん」




遥斗の言葉に頷きながらも私の胸は嫌な感じにざわついていた 。







ねぇ、優太。

今朝 、見たときはそんな痣あったっけ?





「ほら、遥斗も凛も早く行かないと先輩待たせてるんだから」

「う、うん」







このときから優太の体に影を落とすように
少しずつ異変が起こり始めていたなんて 。






誰も気づいてなかったよ 。

きっと優太自身だって。









「遥斗、振り覚えた?」

「ん、何となく」

「それ大丈夫なのかよ」






優太は 、何年も前からダンスをしていて素人の私から見ても凄く上手だと思う。






私は正直 、ダンスのことはよく分からないけど躍っているときの優太はすごくかっこいいんだ。






「遅くなりましたーすみません」







練習場所につくともうサークルの人たちは全員来ていてアップを終わらせていた。

全員と言ってもこのサークルは少人数で優太と遥斗を合わせて五人なんだけどね。




人気がないから少ないとかじゃなくて、入りたくても入れないってやつ。

大会に出るくらい本気でダンスしてる人達だから大抵の人は見学だけで終わってしまうらしい。





「遥斗、振り全然違うけど」

「えーどうだっけ」




二つ上の、陸先輩に怒られながらも楽しそうに踊る遥斗。

それを見てニコニコしている優太。





いつ見ても微笑ましい。



それから十五分くらいたった頃




「つ 、冷たっ」




不意に自分の頬にひんやりと硬い感触がぶつかった。





横目でそれが炭酸飲料の缶だと分かってすぐに顔を上げると無表情で私を見つめる人も視界に入った。





「あ、慎也さん」

「お前、毎回来るよな」






プシュッと缶を開け、私の隣に座る慎也さん。


慎也さんは陸先輩と同じ歳だけどなんだか少し距離があって掴めない感じで、先輩とは呼べない。




「お前、ダンスが好きで見に来てんの、それともあいつがいるから?」







くいっと視線を優太に向ける慎也さん。


私、この人のこと怖くて苦手なんだよね 。







「ダンス見るのも好きですけど、一番はジミンがいるから来てます。」






まあ、ここは下手に嘘つくよりも正直に答えた方がいいよね、絶対。



すると、興味のなさそうな返事が返ってきた。自分から聞いておいてなんなんだ。





「慎也さんは踊らなくてもいいんですか?」


「さっき、さんざん踊った。それに俺は楽曲担当だ。」


「でも、来週イベントなんじゃ」






しまった。余計なことを言ってしまった。


私よりダンスに詳しい慎也さんに口出しては失礼すぎる。





でもまあ、意欲が全く感じられないのは確かなんだけど。






私に生返事をしたあと、慎也さんはまるでお酒を飲むようにぐびっと炭酸飲料を飲み干して

気だるそうに私の肩に手を置いた。



そして、支えのようにして立ち上がると皆の元に向かっていった。






やっぱり慎也さんはどこか掴めなくて、何考えてるかわからないから苦手だ。






それから、慎也さんが練習に加わってから何回か通しでダンスを見させてもらった。




今思うことは、すごいなの一言だけ。




5人の揃い具合には驚きしかない。何度見ても圧巻されてしまう。






元々ダンスの上手い優太は活き活きとしているし、さっき怒られてた遥斗も怒っていた陸先輩も楽しそう。


それに何より気だるそうな慎也さんだってキレキレのダンスだ。



後輩の大輝くんも目を輝かせて踊っている。









呼吸するのを忘れちゃいそうになるくらい、見とれてしまって目が離せない彼らのダンス。







イベントは間違えなく大成功、盛り上がりそうな予感がした。







「凛先輩、優太先輩もう疲れてますよ。びしっと言ってやってくださいよ。」






大輝くんの呼びかけが耳に入って、目を向けると肩で息をしている優太とそれをからかう遥斗。





滴り落ちる汗の雫を手の甲で拭いながら笑っているもののその笑顔は少し辛そうだ。






「遥斗も大輝も、からかうなよ。今日はいつもより消耗が早いだけだって」





そんな彼にまた大輝くんは、情けないですねって笑う。



ふざけて大輝くんを追いかける優太。それに楽しそうだからと加わるお調子者の遥斗。




年齢に関係なくふざけ合ったり笑い合えるのは彼らの仲が良くて、まるで兄弟みたいだから。




「優太、疲れてたんじゃねぇのかよ」



今回ばかりは慎也さんの疑問には私も同感だ。



その日の練習を終えてサークルの人達とわかれると、優太は直ぐに夜ご飯の話を始めた。




いつもの事だから、はいはいと返事をしてスーパーへ寄る。






「遥斗が凛のご飯食べたいって言ってたけど絶対呼ばね」

「そういうこと言って、連れてきてあげればいいじゃない」





減るもんじゃないでしょ、ご飯くらいって言い返すと、ご飯くらいじゃないんだって怒られてしまった。






「遥斗呼んだら、絶対に先輩も大輝も来たがるだろ?」






そんな大人数のご飯は作る方も大変だ、なんて手伝ったこともないくせに言うから少し可笑しくなってしまった







「なんで笑ってんの」

「ごめんごめん」

「今日は俺も手伝う」







私の思ってることが分かったのか、やる気満々になる優太。





断っても無駄な気がするし、たまには手伝って欲しいなって思ってたからちょうどいい機会かな。






何してもらおうかな、包丁を握らせるのは気が進まないし。


お皿洗いじゃ、なんだか可哀想だよね。






「なんでもするから、なんでも言って?」






肩に顎を乗せて私の顔を伺う彼。

遥斗たちに比べて小柄だからか普段から可愛く見えてしまうところがあるけど、この上目遣いはどこで覚えたのか。







「じゃあ、これ洗ってくれる?」

「それだけ?」






人参とじゃがいもを洗うだけじゃやっぱりご不満なようで。



仕方がないから切る作業を渋々お願いした。






私の言葉に笑顔で頷く彼は、直ぐに隣に立って包丁を握った。






そう言えば、彼は私が来るまでは一人暮らしだったわけだし、すごくやる気もあるから。

なんて思っていたけど、おぼつかない。







人参が可哀想になるくらい強く握られてて、だけど優太の目は至って真剣。


そんな横顔を見つめながら、食器を用意しているときだった。





「うわっ」






後ろで聞こえた声に振り返ってみれば案の定、指を押さえている。




彼の手元に目をやれば、少しだけ左の指が切れている。





「もー、言わんこっちゃない。あとは私がやるからソファーにでも座ってて」






やけに聞き分けがいいのは指を切ったからだね。やっぱり切るのを任せるべきじゃなかった。



今度からは気持ちだけ有難く受け取ろう。







何分か経って、カレーもいい感じに仕上がった頃、何気なく優太に目を向ける。





もう出来るよって声をかけようとしたけど、さっき切った指を見てその言葉を飲み込んだ。




いや、飲み込んだと言うよりは別の言葉が出てきただけ。






「まだ、血止まってないの?」

「ん、あー見た目より深かったみたい。それよりもう出来た??」

「あ、すぐ出来るよ」







不思議に思ったけど、あまり気にしても仕方が無い。そう自分に言い聞かせた。



その夜、私は喉の渇きで目を覚ました。




ちょっと辛かったからかなカレー。





喉が渇いて寝れる気がしない。

仕方がなく、隣で寝ている優太を起こさないように、なにか飲もうとキッチンに向かおうとすると、いるはずの優太が居ない。






あれ、なんで居ないんだろう。



カレーやっぱり辛かったかな?

優太も喉が渇いたのかもしれない。






キッチンに向かうと電気はついているけど優太の姿はない。





「優太??」





出しっぱなしにしてあるペットボトルを冷蔵庫にしまいながら優太を探す。





廊下に出てみるとある部屋から光が漏れているのが見えた。


少し安心して近づくと蹲るような形でトイレにいる優太。






「優太、体調悪い??」






背中をさすりながら声をかけると、ピクッと肩を震わせて顔をゆっくりと上げた彼。





その表情は笑ってるのに、どこか弱々しく感じて不安になる。








「大丈夫?気持ち悪い?」

「平気だよ。多分ただの食べすぎだと思う。」






まあ確かに、美味い美味いってたくさん食べてくれたけど。






それで吐き気を感じるほど?

いや、でもたまたま体調が良くなくて食べ合わせが悪かっただけかもしれない。






「胃薬取ってくるね。それ飲んで寝よう。」

「そうする」

「朝起きて治ってなかったら病院行こうね。」









胃薬と水を渡し、二人揃って寝室に戻ると直ぐに眠気が襲ってきた。





ふと横を見るともうすでに優太は寝ていて、最近はサークルの活動も多かったし疲れていたのかもしれないと思った。






そんなことを考えていたらどうやら私も寝ていたみたい。

気づけばカーテンから少し朝の光が入ってきていた。







私が起き上がるとその音で目が覚めたのか優太も起き上がった。




体調はどうかと尋ねると昨日の弱々しい姿からは一変して元気そうに、大丈夫と返事が返ってきた。






病院にな行かなくてよさそうで少し、いやかなり安心。


今日は幸い土曜日で講義もサークルもない。





日頃の疲れもあると思うから今日は一日家から出ずにゆっくりしようと話した。









この選択が、私たちにとって吉と出るか凶と出るかなんてまだ知らない。