「名前なんてただの記号だ。そんなものをつけて満足しているのは、低能であるお前たちくらいだ」

鼻で笑う案内人に輪は、
「あだ名はないんですか?」
とまた質問する。

「は? お前なぁ」

詰め寄る案内人は途中でピタリと動きを止めた。
そのまま時間が止まったように誰も動かなくなる。
遠くでセミの声がしていることに気づいた。
今年初めて聞く夏の鳴く音にしばらく耳を澄ませていると、「ふむ」と案内人は姿勢を戻してあごに手を当てた。

「そういえば、昔、一度だけ俺に名前をつけた人間がいたな」

「なんて呼ばれてたんですかー?」

先生に質問するようにまっすぐに手を挙げて尋ねる輪に、一瞬ムッとした顔を作る案内人。
が、軽く息を吐くと少しあごを上げた。

「『クロ』と勝手に呼んでいた。俺にとっては迷惑極まりない行為だったがな」

言葉とは裏腹に案内人の頬が少し緩んでいることに気づいた。

こんな顔、初めて見た……。