普段は反抗的な態度の私でも、このときだけはじっと動かずにいる。
彼がこの動作をすると、いつもお腹のなかにあるモヤモヤが軽くなる気がしたから。
まるでその手に嫌な感情が吸い取られるような気分だった。
今日も、少しだけ息がラクになった気がした。

「で、こいつ誰? 迷子か?」

手を離した案内人は、上半身を曲げて輪の顔を覗きこんだ。
すると輪はニッコリと笑った。

「はい。迷子です」

「げ!」

思いっきり後ずさりをした案内人は驚いた表情のまま、
「お前、見えてるのか?」
と信じられないような口調で尋ねた。

「見えています。煙が出てきたところから、ぜんぶ見えていました」

優等生さながらにハキハキと答える輪から私へ視線を移した案内人が、
「どういうことだよ」
と詰め寄ってくるけれど、まだ現状を把握できていないのは私も同じこと。
案内人は何度も私と輪を交互に見てから、やおら両腕を組んだ。