家に帰ると瑞希姉ちゃんがテーブルで、手の上に顔を横にして眠っていた。僕はリビングのソファに鞄を置いて、瑞希姉ちゃんの対面の席に座る。
僕が引っ越しをしてきてから色々と世話を焼いてくれる幼馴染の瑞希姉ちゃん・・・・・・元気で明るくて、にっこり笑って、いつも僕の周りを明るく包んでくれる。こんな人、今までいなかったよな。
父さんが亡くなってから、親類の家を何件も渡り歩いて暮らしてきた。親類のみんなは全員、すごく優しくしてくれたと思う。でも、陰で色々と相談されていたことも、僕は知っている。
みんな優しい反面、僕のことで困っていた。だから、優しくされているのに、とても辛かった。
でも、この家に住みだして、瑞希姉ちゃんが隣の家から、いつも勝手に出入りして・・・・・・はじめはそのお節介ぶりに戸惑ったけど、段々と慣れてしまったというか・・・・・・いつの間にか、瑞希姉ちゃんはこの家の住人のようになってしまった・・・・・・瑞希姉ちゃんは僕のことを迷惑に思っていない。そのことが嬉しかった。
今ではいないと寂しく思うだろうな。
いつも色々と僕の面倒をみてくれて、ありがとう。
手を伸ばして瑞希姉ちゃんの頬を指で突くと、瑞希姉ちゃんはムニャッムニャと言って、頬を手で掻いている。そうだ、前に僕も寝顔をカメラで撮られたし、今の間にスマホで瑞希姉ちゃんの寝顔を撮っておこう。
僕はスマホで瑞希姉ちゃんの寝顔を撮った。後で見せてあげよう、どんな顔をするかな。
リビングから鞄を持ってきて、筆箱から付箋を取り出して、「いつもありがとう」と書いて、瑞希姉ちゃんの手の甲に貼る。そして僕は2階の自分の部屋へ向かた。
自分の部屋のクローゼットを開け、タンスから着替えを取り出し、私服に着替えて、制服をクローゼットへ片付ける。そして鞄の中から勉強道具一式を取り出して、机に向かって座って勉強をする。
来週には実力テストだ。少しでも点数をあげておきたい。
とにかく今の目標は、大学にいくことだ。高校2年になったんだから、もう受験の準備をしないといけない時期に入ってきている。
そんなことを考えながら、僕は参考書をめくって、問題を解いていく。数学と英語は苦手だから、特に念入りに勉強しておかないと。
集中して勉強していると、時々、周りのことを忘れてしまう。そんな瞬間に、背中から手が伸びてきて、僕の体を優しく抱きしめてくる。背中に柔らかい感触が伝わって来る。僕の顔の真横に瑞希姉ちゃんの顔が見えた。
「蒼ちゃん、帰ってきたなら、起こしてくれたらいいのに」
「だって、瑞希姉ちゃん、気持ち良さそうに寝ていたから、起こしたら可哀そうだなって思ったんだよ」
「もう、蒼ちゃんって可愛いんだから」
瑞希姉ちゃんが頬に軽く唇を当てる。くすぐったい。それに恥ずかしい。僕は自分が耳まで赤くなるのを感じる。
瑞希姉ちゃんが僕の耳元でささやく。
『今日は、女の子の家での勉強は上手くいったの?』
『うん。上手く教えることができたと思う。咲良は素直な性格だから、教えやすかった』
『もう、女の子の家に勉強を教えに行くなんて、ちょっと、蒼ちゃん、手、早くないかな~』
瑞希姉ちゃんが僕の耳を軽く引っ張ってくる。とてもこそばゆい。
『咲良とはそんな関係じゃないし。クラスで隣の席なだけだから』
『怪しいんだ~。私がいることも忘れないでほしいな』
今日はきちんと連絡いれたでしょう。今日は怒られることはやってないよ。
『家に帰ってくるのが、遅れたのはごめんなさい』
『そう思うんだったら、もう少し、このままにしてて』
背中に2つの大きくて柔らかいムニュとした感触が当たっていて、これは恥ずかしい。このままいるなんて。僕の体の温度が上昇してくるのがわかる。心臓がドキドキする。顔も火照ってている。
でも、いつもお世話になってる瑞希姉ちゃんのお願いだ。少しぐらい我慢しよう。
なんか瑞希姉ちゃんに抱きすくめられてるのって、とても気持ちがいいな。良い香りがするし。
「蒼ちゃん、ありがとう。蒼ちゃんエネルギー充填完了。さ~、一緒にご飯を食べましょう」
瑞希姉ちゃんは僕から体を離すと、僕の腕を持つ。そういえば夕飯を食べてなかったんだけ。瑞希姉ちゃんと僕は部屋から出て、1階のテーブルに座った。
今日の料理はビーフシチュー、野菜サラダ、コンソメスープだった。テーブルの上には瑞希姉ちゃんの分の料理も置かれている。瑞希姉ちゃんも食べていなかったんだな。先に食べておいてくれても良かったのに、一緒に食べようと思って待っててくれたんだね。ありがとう。
「蒼ちゃんと一緒に食べようと思って待ってたの。だって、一緒に食べたほうが楽しいでしょ」
瑞希姉ちゃんはご飯を食べながら、にっこりと笑った。僕も一緒に食べたほうが楽しい。
2人でご飯を食べていく。このビーフシチューもお肉が蕩ける~。旨い。ご飯がすすむ。本当に瑞希姉ちゃんの料理は美味しいな。どこで教わたんだろう。
僕達はゆっくりとご飯を食べて、2人で「ごちそうさま」と言い、2人で片付けをする。瑞希姉ちゃんはニコニコと笑って、食器を洗っていく。僕は食器拭きで食器を拭いて、食器棚に片付けていく。
台所を片付け終わった僕達は、リビングのソファに隣同士で座って、テレビを見る。あんまり面白いテレビやってないや。
「瑞希姉ちゃんは大学へ向けて、受験勉強しないの?」
「私、受験勉強なら毎日やってるわよ。遅い時は夜中の3時くらいまで起きてるかな」
「そんなに遅くまで、やってるの。そんなの体壊しちゃうよ。僕のお弁当まで、朝早くに作ってくれてるのに」
「お弁当は時々、おかずだけはズルしてるかも。お母さんに手伝ってもらってる時もあるから」
瑞希姉ちゃんは可愛く唇から舌先だけを出す。そうなんだ、だから時々、少し味が違うんだね。
そんな遅い時間まで、受験勉強してるんだ。やっぱり高校3年生は大変だな。学校の中でも3年生の教室の近くに行くとピリピリした緊張感のような雰囲気が流れているもんな。
やっぱり、受験に向けてプレッシャーがあるんだろうな。一応、進学校だし、大学に行かない生徒のほうが少ないし。
瑞希姉ちゃんはもう志望大学を決めたんだろうか?
「瑞希姉ちゃんは志望大学を決めてるの?」
「ん、志望大学は5つほど候補はあるかな。でも、本当のことを言うと、全く決めてないの。学校の先生に決めてないって言えないから、適当な候補を5つあげてあるだけ」
「なんで志望大学を決めていないの?」
「・・・・・・それはね・・・・・・ちょっと言うのが恥ずかしいな・・・・・・冬までには志望大学を決めたいなって思ってるんだけど・・・・・・今はちょっとね」
なんだ?急に体をモジモジさせて、いきなり顔を赤くして。ただ、志望大学を聞いているだけなのに。
「そんなことより、蒼ちゃんも実力テストにむけて勉強中なんでしょう。私が勉強を見てあげるから、一緒に勉強しよう」
瑞希姉ちゃんはソファから立ちあがると、階段を上っていった。僕も後に続く。それから2時間ほど、瑞希姉ちゃんは僕の勉強を手伝ってくれた。そして隣の家に帰っていった。
瑞希姉ちゃんが帰った後に、風呂に入って、体をリラックスさせた後にベッドに倒れ込んで、そのまま寝た。
◆
今日も瑞希姉ちゃんと一緒に登校して、自分の教室へ入る。教室の中はクラスメイトが徐々に増え、喧噪が大きくなる。僕は自分の席に座って、悠、蓮、瑛太と話をしていた。すると咲良が教室の中へ入ってきた。僕のほうを向いて小さく手を振って、歩いてくる。僕も軽く手をあげた。
「昨日は蒼、勉強を手伝ってくれてありがとう。昨日の夜も勉強したんだけど、蒼に教えてもらっていたから、なんとか勉強すすんだよ~」
「それなら、良かった。咲ちゃんは早く寝ちゃったの?」
「咲ね。テレビを見ながら寝ちゃったんだって。お母さんがおぶって、咲の部屋へ運んでいたわよ。私、笑っちゃった」
僕と咲良が話していると、蓮が怪訝な顔して、僕達2人の間に割って入った。
「なんで咲良が、蒼大のこと蒼って呼んでるのかな~?それに勉強を教えてもらったって何~?咲ちゃんって誰~?2人だけ通じ合ってるみたいで、チョーモヤモヤするんですけど~」
咲良が蓮ににっこりと笑う。
「昨日、蒼に私の家で、勉強を教えてもらったの。それでね。妹の咲が蒼に懐いちゃって。咲が蒼大のこと、蒼って呼ぶようになったから、私も蒼って呼ぶことにしたの~何か変だった?」
「な~蒼大。俺、咲良の家に勉強に行くこと聞いてませんけど。なんでそんな重要なことを俺に言わないんだ。教えてくれていれば、俺も咲良の家にいくことができたんだぞ。お前だけ良い目を見て、チョームカつくんですけど~」
「蓮に内緒にしてって言ったのは私だよ。蒼を責めるのは違うよ。だって、蓮に教えたら付いて来るに決まってるじゃん。そして蓮のことだから真面目に勉強しないに決まってるし。蓮に私の部屋を見せるの嫌だったから。蒼には黙ってもらっていたんだよ~」
咲良が微笑んだまま蓮にトドメを刺す。蓮は胸の当たりを押えて、呻いている。
「それは、蒼大の聡明な判断だね。蓮を連れて行くと、蓮は咲良の部屋を覗きまくっていただろう」
「瑛太、お前は黙ってろ」
「瑛太の言う通りだな。蒼大の選択は正しい。咲良を守るには蓮に言わないことが大切だ」
「悠も追い打ちかけるな。俺の味方は誰もいないのかよ~」
悠と瑛太が、蓮をからかって笑っている。僕も面白いから、つい笑っていると、蓮からジト目で睨まれてしまった。
HRのチャイムが鳴り、ダル先生が入ってくる。「今日は別にいうことはない」と言って、教室をさっさと出て行った。ダル先生、お給料も貰ってるんだから、もうちょっと、お仕事を頑張ろうよ。
隣で咲良が鞄を開けて、何かを探している。そして僕のほうを向いて、にっこりと笑った。
「あ~。教科書を全部、忘れてきちゃった。蒼、一緒に教科書を見せてほしいな~」
なぜ、セリフが棒読みなの。もう、机を引っ付けてるし。咲良、知ってて教科書を忘れてきたよね。確信犯だよね。
「私1人で勉強しているより、蒼に解説してもらうほうが、わかりやすいんだもん」
それはわかったけど、あんまり忘れ物をしていると内申点に響くよ。そのことわかってんのかな。
咲良は僕の隣でニコニコと笑っている。う・・・・・・顔が近い。
1時間目の先生が教室に入ってきた。咲良は元気に手を挙げて、教科書を忘れたことを先生に伝える。教室から生徒達の笑い声があがった。蓮だけが俺のほうを見てジト目で目を細めている。僕は蓮から目を逸らせた。
授業中に咲良がわからない所を小声で聞いてくる。僕は要点と説明して、回答までを丁寧に教えていく。咲良は頷いて、ノートに要点を書いていく。
昼休みになる頃には、僕と咲良が妙に仲が良いという噂がクラス内に流れた。このままだと学校中に噂が広まるのは時間の問題だろう。瑞希姉ちゃんの耳に噂が流れないのを祈るばかりだ。
昼休みになって、食堂で悠、蓮、瑛太は日替わり定食を食べ、僕は弁当を食べたが、その間、蓮にネチネチと嫌味を言われてしまった。よほど咲良の家に行きたかったんだろう。蓮は諦めきれないようだ。
食堂から教室に帰ると、蓮がすかさず咲良を捕まえて、勉強会の提案をしている。咲良は蓮に家を教えるつもりはないらしく、蓮の申し出を断っている。
「わかったよ~。咲良の家で勉強するのは諦めたから、俺と一緒に放課後でも、勉強を一緒にしようよ」
蓮はまだ咲良に縋り付いている。咲良も困って僕のほうを見る。
「蒼が放課後、一緒に勉強してくれるなら、放課後に残ってもいいわよ。芽衣と莉子も残らない?」
「私は、1人で勉強するタイプだから、今回は付き合えないかな」
「なんで私が蓮や蒼大と一緒に勉強しないといけないのよ。そんなのお断りよ」
芽衣と莉子には断られてしまった。咲良が困った顔をして悠と瑛太の顔を見た。2人の目が泳いでいる。
「悠と瑛太は暇でしょう。蓮と蒼も放課後に残って勉強するんだし、悠と瑛太も一緒に勉強しようよ」
「俺は別にかまわない。どうせ帰宅部だしな。家に帰って、夜に勉強することには変わりない」
悠が腕を組んだまま、咲良に答える。
「僕も勉強なら付き合ってもいい。その代わり、蓮が勉強の邪魔をするなら帰るからね」
瑛太が蓮を見ながら嫌味をいう。咲良からも真面目に勉強しろと言われているし、今日の蓮は邪魔しないと思うけど。
「じゃあ、放課後に残って勉強するのは、私と蒼と蓮と悠と瑛太で決まりね。皆で頑張って勉強しましょう」
昼休みの終わりのチャイムが鳴る。
昼からも咲良と机を引っ付けて、咲良に勉強を解説して要点を教えていく。咲良が小さい声でささやく
『お母さんがまた、蒼を連れてきなさいって、言ってたわ。咲も会いたいって』
『それは嬉しいな。咲ちゃんは可愛いから、僕も会いたいな』
咲ちゃんの笑顔を思い出す。頬をプニプニと突っつきたいな。とっても柔らかいし、お肌スベスベだもんな。
『本当は、今日も私の家に蒼を呼ぼうと思ってたのに、蓮の奴、駄々こねるんだから』
『仕方ないだろう。咲良は蓮のお気に入りなんだから』
咲良はイヤそうな顔をして苦笑している。
午後の受業が終わって、HRでダル先生が「今日はお疲れさん。明日も面倒起こすなよ」と言って、職員室へ帰っていった。
放課後になると、生徒達が次々と教室から出て行く。部活に行く生徒もいるし、そのまま帰っていく生徒もいる。芽衣と莉子は咲良に手を振って、帰っていった。
悠、瑛太、蓮は僕と咲良の近くの席に座って、勉強を始めた。もちろん、蓮は咲良の右隣の席に座っている。
誰もいなくなって、僕達だけで勉強していると、「ガラガラ」と教室のドアが開いた。僕達が教室のドアの方向を見ると瑞希姉ちゃんが立っていた。
「今日は学校で勉強だったのね。校門で待ってたんだけど、蒼ちゃんが学校から出てこないから、教室まできちゃった」
瑞希姉ちゃんがにっこりと笑う。校門で待ち伏せなんて、目立つことは止めてほしい。
「瑞希先輩、私達、勉強でわからない所があって、残ってるんです。もし良かったら、瑞希先輩、教えてもらえないですか」
瑞希姉ちゃんファンの咲良が、胸の前で両手を握り締めて、瑞希姉ちゃんにお願いする。
「わかったわ。可愛い後輩の頼みですもの。蒼ちゃんも勉強しているみたいだし、私が勉強を教えてあげるわ」
瑞希姉ちゃんが教室の中に入って来て、咲良の席の前に立つ。
蓮は瑞希姉ちゃんが現れた時から、こっそりと勉強道具を鞄の中へ詰め込んで、ダッシュで逃げようとした。しかし、瑞希姉ちゃんが蓮の首根っこを摑まえるほうが早かった。
「今日は私が特別に勉強を教えてあげるっていうのに、逃げるなんて、蓮は本当に失礼ね。今日は特別に蓮に集中的に勉強を教えてあげるから、覚悟しなさい」
瑞希姉ちゃんに捕まっている蓮がシュンとなって、肩をガックリと落としている。
瑞希姉ちゃんによる、放課後の勉強会が始まった。
僕が引っ越しをしてきてから色々と世話を焼いてくれる幼馴染の瑞希姉ちゃん・・・・・・元気で明るくて、にっこり笑って、いつも僕の周りを明るく包んでくれる。こんな人、今までいなかったよな。
父さんが亡くなってから、親類の家を何件も渡り歩いて暮らしてきた。親類のみんなは全員、すごく優しくしてくれたと思う。でも、陰で色々と相談されていたことも、僕は知っている。
みんな優しい反面、僕のことで困っていた。だから、優しくされているのに、とても辛かった。
でも、この家に住みだして、瑞希姉ちゃんが隣の家から、いつも勝手に出入りして・・・・・・はじめはそのお節介ぶりに戸惑ったけど、段々と慣れてしまったというか・・・・・・いつの間にか、瑞希姉ちゃんはこの家の住人のようになってしまった・・・・・・瑞希姉ちゃんは僕のことを迷惑に思っていない。そのことが嬉しかった。
今ではいないと寂しく思うだろうな。
いつも色々と僕の面倒をみてくれて、ありがとう。
手を伸ばして瑞希姉ちゃんの頬を指で突くと、瑞希姉ちゃんはムニャッムニャと言って、頬を手で掻いている。そうだ、前に僕も寝顔をカメラで撮られたし、今の間にスマホで瑞希姉ちゃんの寝顔を撮っておこう。
僕はスマホで瑞希姉ちゃんの寝顔を撮った。後で見せてあげよう、どんな顔をするかな。
リビングから鞄を持ってきて、筆箱から付箋を取り出して、「いつもありがとう」と書いて、瑞希姉ちゃんの手の甲に貼る。そして僕は2階の自分の部屋へ向かた。
自分の部屋のクローゼットを開け、タンスから着替えを取り出し、私服に着替えて、制服をクローゼットへ片付ける。そして鞄の中から勉強道具一式を取り出して、机に向かって座って勉強をする。
来週には実力テストだ。少しでも点数をあげておきたい。
とにかく今の目標は、大学にいくことだ。高校2年になったんだから、もう受験の準備をしないといけない時期に入ってきている。
そんなことを考えながら、僕は参考書をめくって、問題を解いていく。数学と英語は苦手だから、特に念入りに勉強しておかないと。
集中して勉強していると、時々、周りのことを忘れてしまう。そんな瞬間に、背中から手が伸びてきて、僕の体を優しく抱きしめてくる。背中に柔らかい感触が伝わって来る。僕の顔の真横に瑞希姉ちゃんの顔が見えた。
「蒼ちゃん、帰ってきたなら、起こしてくれたらいいのに」
「だって、瑞希姉ちゃん、気持ち良さそうに寝ていたから、起こしたら可哀そうだなって思ったんだよ」
「もう、蒼ちゃんって可愛いんだから」
瑞希姉ちゃんが頬に軽く唇を当てる。くすぐったい。それに恥ずかしい。僕は自分が耳まで赤くなるのを感じる。
瑞希姉ちゃんが僕の耳元でささやく。
『今日は、女の子の家での勉強は上手くいったの?』
『うん。上手く教えることができたと思う。咲良は素直な性格だから、教えやすかった』
『もう、女の子の家に勉強を教えに行くなんて、ちょっと、蒼ちゃん、手、早くないかな~』
瑞希姉ちゃんが僕の耳を軽く引っ張ってくる。とてもこそばゆい。
『咲良とはそんな関係じゃないし。クラスで隣の席なだけだから』
『怪しいんだ~。私がいることも忘れないでほしいな』
今日はきちんと連絡いれたでしょう。今日は怒られることはやってないよ。
『家に帰ってくるのが、遅れたのはごめんなさい』
『そう思うんだったら、もう少し、このままにしてて』
背中に2つの大きくて柔らかいムニュとした感触が当たっていて、これは恥ずかしい。このままいるなんて。僕の体の温度が上昇してくるのがわかる。心臓がドキドキする。顔も火照ってている。
でも、いつもお世話になってる瑞希姉ちゃんのお願いだ。少しぐらい我慢しよう。
なんか瑞希姉ちゃんに抱きすくめられてるのって、とても気持ちがいいな。良い香りがするし。
「蒼ちゃん、ありがとう。蒼ちゃんエネルギー充填完了。さ~、一緒にご飯を食べましょう」
瑞希姉ちゃんは僕から体を離すと、僕の腕を持つ。そういえば夕飯を食べてなかったんだけ。瑞希姉ちゃんと僕は部屋から出て、1階のテーブルに座った。
今日の料理はビーフシチュー、野菜サラダ、コンソメスープだった。テーブルの上には瑞希姉ちゃんの分の料理も置かれている。瑞希姉ちゃんも食べていなかったんだな。先に食べておいてくれても良かったのに、一緒に食べようと思って待っててくれたんだね。ありがとう。
「蒼ちゃんと一緒に食べようと思って待ってたの。だって、一緒に食べたほうが楽しいでしょ」
瑞希姉ちゃんはご飯を食べながら、にっこりと笑った。僕も一緒に食べたほうが楽しい。
2人でご飯を食べていく。このビーフシチューもお肉が蕩ける~。旨い。ご飯がすすむ。本当に瑞希姉ちゃんの料理は美味しいな。どこで教わたんだろう。
僕達はゆっくりとご飯を食べて、2人で「ごちそうさま」と言い、2人で片付けをする。瑞希姉ちゃんはニコニコと笑って、食器を洗っていく。僕は食器拭きで食器を拭いて、食器棚に片付けていく。
台所を片付け終わった僕達は、リビングのソファに隣同士で座って、テレビを見る。あんまり面白いテレビやってないや。
「瑞希姉ちゃんは大学へ向けて、受験勉強しないの?」
「私、受験勉強なら毎日やってるわよ。遅い時は夜中の3時くらいまで起きてるかな」
「そんなに遅くまで、やってるの。そんなの体壊しちゃうよ。僕のお弁当まで、朝早くに作ってくれてるのに」
「お弁当は時々、おかずだけはズルしてるかも。お母さんに手伝ってもらってる時もあるから」
瑞希姉ちゃんは可愛く唇から舌先だけを出す。そうなんだ、だから時々、少し味が違うんだね。
そんな遅い時間まで、受験勉強してるんだ。やっぱり高校3年生は大変だな。学校の中でも3年生の教室の近くに行くとピリピリした緊張感のような雰囲気が流れているもんな。
やっぱり、受験に向けてプレッシャーがあるんだろうな。一応、進学校だし、大学に行かない生徒のほうが少ないし。
瑞希姉ちゃんはもう志望大学を決めたんだろうか?
「瑞希姉ちゃんは志望大学を決めてるの?」
「ん、志望大学は5つほど候補はあるかな。でも、本当のことを言うと、全く決めてないの。学校の先生に決めてないって言えないから、適当な候補を5つあげてあるだけ」
「なんで志望大学を決めていないの?」
「・・・・・・それはね・・・・・・ちょっと言うのが恥ずかしいな・・・・・・冬までには志望大学を決めたいなって思ってるんだけど・・・・・・今はちょっとね」
なんだ?急に体をモジモジさせて、いきなり顔を赤くして。ただ、志望大学を聞いているだけなのに。
「そんなことより、蒼ちゃんも実力テストにむけて勉強中なんでしょう。私が勉強を見てあげるから、一緒に勉強しよう」
瑞希姉ちゃんはソファから立ちあがると、階段を上っていった。僕も後に続く。それから2時間ほど、瑞希姉ちゃんは僕の勉強を手伝ってくれた。そして隣の家に帰っていった。
瑞希姉ちゃんが帰った後に、風呂に入って、体をリラックスさせた後にベッドに倒れ込んで、そのまま寝た。
◆
今日も瑞希姉ちゃんと一緒に登校して、自分の教室へ入る。教室の中はクラスメイトが徐々に増え、喧噪が大きくなる。僕は自分の席に座って、悠、蓮、瑛太と話をしていた。すると咲良が教室の中へ入ってきた。僕のほうを向いて小さく手を振って、歩いてくる。僕も軽く手をあげた。
「昨日は蒼、勉強を手伝ってくれてありがとう。昨日の夜も勉強したんだけど、蒼に教えてもらっていたから、なんとか勉強すすんだよ~」
「それなら、良かった。咲ちゃんは早く寝ちゃったの?」
「咲ね。テレビを見ながら寝ちゃったんだって。お母さんがおぶって、咲の部屋へ運んでいたわよ。私、笑っちゃった」
僕と咲良が話していると、蓮が怪訝な顔して、僕達2人の間に割って入った。
「なんで咲良が、蒼大のこと蒼って呼んでるのかな~?それに勉強を教えてもらったって何~?咲ちゃんって誰~?2人だけ通じ合ってるみたいで、チョーモヤモヤするんですけど~」
咲良が蓮ににっこりと笑う。
「昨日、蒼に私の家で、勉強を教えてもらったの。それでね。妹の咲が蒼に懐いちゃって。咲が蒼大のこと、蒼って呼ぶようになったから、私も蒼って呼ぶことにしたの~何か変だった?」
「な~蒼大。俺、咲良の家に勉強に行くこと聞いてませんけど。なんでそんな重要なことを俺に言わないんだ。教えてくれていれば、俺も咲良の家にいくことができたんだぞ。お前だけ良い目を見て、チョームカつくんですけど~」
「蓮に内緒にしてって言ったのは私だよ。蒼を責めるのは違うよ。だって、蓮に教えたら付いて来るに決まってるじゃん。そして蓮のことだから真面目に勉強しないに決まってるし。蓮に私の部屋を見せるの嫌だったから。蒼には黙ってもらっていたんだよ~」
咲良が微笑んだまま蓮にトドメを刺す。蓮は胸の当たりを押えて、呻いている。
「それは、蒼大の聡明な判断だね。蓮を連れて行くと、蓮は咲良の部屋を覗きまくっていただろう」
「瑛太、お前は黙ってろ」
「瑛太の言う通りだな。蒼大の選択は正しい。咲良を守るには蓮に言わないことが大切だ」
「悠も追い打ちかけるな。俺の味方は誰もいないのかよ~」
悠と瑛太が、蓮をからかって笑っている。僕も面白いから、つい笑っていると、蓮からジト目で睨まれてしまった。
HRのチャイムが鳴り、ダル先生が入ってくる。「今日は別にいうことはない」と言って、教室をさっさと出て行った。ダル先生、お給料も貰ってるんだから、もうちょっと、お仕事を頑張ろうよ。
隣で咲良が鞄を開けて、何かを探している。そして僕のほうを向いて、にっこりと笑った。
「あ~。教科書を全部、忘れてきちゃった。蒼、一緒に教科書を見せてほしいな~」
なぜ、セリフが棒読みなの。もう、机を引っ付けてるし。咲良、知ってて教科書を忘れてきたよね。確信犯だよね。
「私1人で勉強しているより、蒼に解説してもらうほうが、わかりやすいんだもん」
それはわかったけど、あんまり忘れ物をしていると内申点に響くよ。そのことわかってんのかな。
咲良は僕の隣でニコニコと笑っている。う・・・・・・顔が近い。
1時間目の先生が教室に入ってきた。咲良は元気に手を挙げて、教科書を忘れたことを先生に伝える。教室から生徒達の笑い声があがった。蓮だけが俺のほうを見てジト目で目を細めている。僕は蓮から目を逸らせた。
授業中に咲良がわからない所を小声で聞いてくる。僕は要点と説明して、回答までを丁寧に教えていく。咲良は頷いて、ノートに要点を書いていく。
昼休みになる頃には、僕と咲良が妙に仲が良いという噂がクラス内に流れた。このままだと学校中に噂が広まるのは時間の問題だろう。瑞希姉ちゃんの耳に噂が流れないのを祈るばかりだ。
昼休みになって、食堂で悠、蓮、瑛太は日替わり定食を食べ、僕は弁当を食べたが、その間、蓮にネチネチと嫌味を言われてしまった。よほど咲良の家に行きたかったんだろう。蓮は諦めきれないようだ。
食堂から教室に帰ると、蓮がすかさず咲良を捕まえて、勉強会の提案をしている。咲良は蓮に家を教えるつもりはないらしく、蓮の申し出を断っている。
「わかったよ~。咲良の家で勉強するのは諦めたから、俺と一緒に放課後でも、勉強を一緒にしようよ」
蓮はまだ咲良に縋り付いている。咲良も困って僕のほうを見る。
「蒼が放課後、一緒に勉強してくれるなら、放課後に残ってもいいわよ。芽衣と莉子も残らない?」
「私は、1人で勉強するタイプだから、今回は付き合えないかな」
「なんで私が蓮や蒼大と一緒に勉強しないといけないのよ。そんなのお断りよ」
芽衣と莉子には断られてしまった。咲良が困った顔をして悠と瑛太の顔を見た。2人の目が泳いでいる。
「悠と瑛太は暇でしょう。蓮と蒼も放課後に残って勉強するんだし、悠と瑛太も一緒に勉強しようよ」
「俺は別にかまわない。どうせ帰宅部だしな。家に帰って、夜に勉強することには変わりない」
悠が腕を組んだまま、咲良に答える。
「僕も勉強なら付き合ってもいい。その代わり、蓮が勉強の邪魔をするなら帰るからね」
瑛太が蓮を見ながら嫌味をいう。咲良からも真面目に勉強しろと言われているし、今日の蓮は邪魔しないと思うけど。
「じゃあ、放課後に残って勉強するのは、私と蒼と蓮と悠と瑛太で決まりね。皆で頑張って勉強しましょう」
昼休みの終わりのチャイムが鳴る。
昼からも咲良と机を引っ付けて、咲良に勉強を解説して要点を教えていく。咲良が小さい声でささやく
『お母さんがまた、蒼を連れてきなさいって、言ってたわ。咲も会いたいって』
『それは嬉しいな。咲ちゃんは可愛いから、僕も会いたいな』
咲ちゃんの笑顔を思い出す。頬をプニプニと突っつきたいな。とっても柔らかいし、お肌スベスベだもんな。
『本当は、今日も私の家に蒼を呼ぼうと思ってたのに、蓮の奴、駄々こねるんだから』
『仕方ないだろう。咲良は蓮のお気に入りなんだから』
咲良はイヤそうな顔をして苦笑している。
午後の受業が終わって、HRでダル先生が「今日はお疲れさん。明日も面倒起こすなよ」と言って、職員室へ帰っていった。
放課後になると、生徒達が次々と教室から出て行く。部活に行く生徒もいるし、そのまま帰っていく生徒もいる。芽衣と莉子は咲良に手を振って、帰っていった。
悠、瑛太、蓮は僕と咲良の近くの席に座って、勉強を始めた。もちろん、蓮は咲良の右隣の席に座っている。
誰もいなくなって、僕達だけで勉強していると、「ガラガラ」と教室のドアが開いた。僕達が教室のドアの方向を見ると瑞希姉ちゃんが立っていた。
「今日は学校で勉強だったのね。校門で待ってたんだけど、蒼ちゃんが学校から出てこないから、教室まできちゃった」
瑞希姉ちゃんがにっこりと笑う。校門で待ち伏せなんて、目立つことは止めてほしい。
「瑞希先輩、私達、勉強でわからない所があって、残ってるんです。もし良かったら、瑞希先輩、教えてもらえないですか」
瑞希姉ちゃんファンの咲良が、胸の前で両手を握り締めて、瑞希姉ちゃんにお願いする。
「わかったわ。可愛い後輩の頼みですもの。蒼ちゃんも勉強しているみたいだし、私が勉強を教えてあげるわ」
瑞希姉ちゃんが教室の中に入って来て、咲良の席の前に立つ。
蓮は瑞希姉ちゃんが現れた時から、こっそりと勉強道具を鞄の中へ詰め込んで、ダッシュで逃げようとした。しかし、瑞希姉ちゃんが蓮の首根っこを摑まえるほうが早かった。
「今日は私が特別に勉強を教えてあげるっていうのに、逃げるなんて、蓮は本当に失礼ね。今日は特別に蓮に集中的に勉強を教えてあげるから、覚悟しなさい」
瑞希姉ちゃんに捕まっている蓮がシュンとなって、肩をガックリと落としている。
瑞希姉ちゃんによる、放課後の勉強会が始まった。