僕が家に帰ると、瑞希姉ちゃんがエプロンを付けて、腰に手を当てて待っていた。手にはなぜかお玉を持っている。
「こんなに遅くまで、どこに行ってたの。お姉ちゃん、心配したんだからね」
「心配させてゴメン。悠や蓮達とスィーツ店に行ってた」
瑞希姉ちゃんは冷気を発するうように、目を細めて僕を見てくる。ウソはついてないよ。
「蓮はわかるけど、悠がスィーツ店なんて珍しいことがあるものね。他にも誰か一緒だったんでしょう。蓮が一緒ということは女の子ね」
なんて推理力だ。蓮と悠から、そこまで連想するなんて、瑞希姉ちゃんは将来、小さな名探偵だね。目を逸らせると、瑞希姉ちゃんは大きい瞳で僕の目を覗いてくる。ちょっと顔が近過ぎるよ。
「さっさと白状しなさい。別にお姉ちゃんは怒ったりしないから」
何にも悪いことをしてないのに、なんで罪悪感を感じるんだろう。瑞希姉ちゃんも怒らないって言ってるし、ただ、皆でスィーツ店で話していただけだから、言ってもいいよね・・・・・・マズイかな。
「・・・・・・クラスメイトの女子とスィーツ店へ行きました。そして女子と友達になりました・・・・・・」
「そ、そうなの。友達を作ることはいいことよね。でも女の子ともう友達になるなんて、蒼ちゃん、手、早すぎないかな」
「僕だけじゃないよ。蓮、悠、瑛太も女の子達と友達になったんだよ」
「わかったわ。２年３組のクラスメイトの女の子と友達になったのね。名前ぐらい、お姉ちゃんに教えてくれないかな」
なんだか、瑞希姉ちゃん、俺の親みたい。そんな余計なことを言ったら、怒られるな。
「同じクラスの堂本さん、柏葉さん、倉下さんの３人だよ」
「なるほど、堂本咲良さん、柏葉芽衣さん、倉下莉子さんの３人ね。よくわかったわ」
なんで、瑞希姉ちゃんは３人の下の名前まで知ってるの。ちょっと怖いんですけど。
「今日、職員室へ行って、蒼ちゃんのクラスの全員の名前を憶えてきたの」
どれだけ暗記力が高いんだよ。なぜ僕のクラスを調べてるの。やっぱり怖いよ。
「で、皆でどんな話をしていたの？」
僕はスィーツ店で皆で話していた内容を、瑞穂姉ちゃんに話した。内容のほとんどは瑞穂姉ちゃんに関する話ばっかりだったけどね。
「もー何で、私の知らない女の子達に、勝手に私の小さい頃の話を漏らしるのよ～。信じられない。明日、悠、蓮、瑛太に会ったら説教だわ。あ～恥ずかしい」
瑞希姉ちゃんの顔が真っ赤になってる。体もモジモジさせて、照れてるんだな。機嫌が斜めだったのも直ってるし、これで、僕が説教されることはないだろう。よかった。
そんなに恥ずかしがる必要はないと思う。だって女子３人共、瑞希姉ちゃんのファンだったんだから。それにしても３人共、熱烈な瑞希姉ちゃんのファンだったな～。小さい頃の話を聞く度に喜んでたもんな。
「さ、蒼ちゃんも帰ってきたし、夕飯にしましょう。今日は肉じゃがよ」
「あの～。瑞希姉ちゃんに聞きたいんだけど、瑞希姉ちゃんは家でご飯を食べなくていいの？」
「お父さんとお母さんには蒼ちゃんの家で、ご飯を食べるって言ってあるから大丈夫よ」
それでも２日連続で幼馴染とはいえ、男子の家で夕飯を食べるなんて、瑞希姉ちゃんの親は放任主義なのかな。それとも瑞希姉ちゃんのこと信頼しているからだろうか。
今日の夜にでも瑞希姉ちゃんのご両親に挨拶にいかなくちゃ。僕と父さんが亡くなってからも、家を管理していてくれたんだから、そのお礼も言わないといけないし、毎日、瑞希姉ちゃんに夕食や朝食、それに弁当まで作ってもらってるんだから。お世話になりっぱなしだ。
瑞希姉ちゃんと２人でテーブルに座る。テーブルの上には肉じゃが、野菜サラダ、みそ汁、ご飯が置かれている。２人で一緒に「いただきます」と言い、箸を持って、ご飯を食べる。
肉じゃがのジャガイモにきちんと味が染み込んでいて、とても旨い。いくらでもご飯が進む。
僕が笑顔で「おかわり」とお茶碗を出すと、瑞希姉ちゃんはにっこりと嬉しそうに微笑んで、茶碗を受け取って、炊飯器からご飯を入れてくれる。なんだか、ほっこりした気持ちになる。ご飯も、おかずも美味しいけど、笑顔のある食卓って、心が温まるんだな。忘れていたというか、知らなかった。
僕は笑顔を綻ばせて、ご飯を食べていると瑞希姉ちゃんがクスクスと笑う。
「本当に蒼ちゃんは美味しそうに、ご飯を食べるね。料理をつくった者としては、すっごく嬉しいわ」
「だって、料理が美味しいし、瑞希姉ちゃんがさっきから微笑んでいるから、なんだか楽しいんだよ」
「・・・・・・これからは、ず～っと、蒼ちゃんには料理を作ってあげるからね。ず～っと・・・・・・」
なんだか瑞希姉ちゃんの顔色が赤くなってきた。手で顔を扇いでいる。何を照れてるんだろう。料理が美味しいって褒めすぎたかな。でも美味しいのは本当の話だし。これくらいはいいよね。
僕は夕飯を米粒一つ残さずに、全ての料理を平らげた。そして元気に「ごちそうさま」と言うと、瑞希姉ちゃんが「はい。ごちそうさま」と返事をしてくれる。なんかこんな雰囲気っていいな～。
瑞希姉ちゃんが台所に立って、食べ終わった食器を洗いだした。僕は食べ終わった食器を、台所に持っていて、布巾を持ってきて、テーブルを丁寧に拭いてきれいにする。そして洗い終わった食器を、食器拭きで拭いて、食器棚へ片付けていく。
台所からウフフと笑い声が聞こえる。振り返ると瑞希姉ちゃんが僕を見て笑っている。とても楽しそうだ。
２人で夕食の片付けを終わらせて、瑞希姉ちゃんがエプロンを外す。
「瑞希姉ちゃん、今日は瑞希姉ちゃん家に行って、おじさんとおばさんに挨拶したいんだけど、いいかな？」
「そんなことしなくてもいいのに、蒼ちゃんは律儀だね。わかったわ。先に私が帰って、父さんと母さんに言っておくから、後から家に来てね」
瑞希姉ちゃんは鞄を持つと僕に手を振って、玄関を出て行った。僕は２階にある自分の部屋に鞄を持って上っていく。部屋の中で制服を脱いで、ハンガーにかけてクローゼットに片付ける。そしてタンスから私服を出して、着替えてから１階のリビングへ降りた。
脱衣所と同じスペースにある洗面台で顔を洗って、歯を磨く。ついでに風呂場を覗くと、既に風呂場はきれいに掃除されて、湯舟にはお湯が張られていた。瑞希姉ちゃんがお風呂場を掃除して、お湯を張っていてくれたんだな。ありがとう。
瑞希姉ちゃんは本当に良いお嫁さんになりそうだ。
そっと風呂場のドアを閉めて、リビングから玄関へ行き、靴を履いて、玄関を出て鍵を閉める。そして左隣にある、瑞希姉ちゃんの家のインターホンを鳴らした。すると玄関の扉が開いて、私服に着替えた瑞希姉ちゃんが、顔を出して、にっこりと笑っている。
瑞希姉ちゃんに手を引っ張られて玄関に入る。「蒼大です。失礼します」と言って、靴を脱いで廊下を歩いて、リビングへ向かうと、瑞希姉ちゃんに似た女性が立っていた。そしてほっそりとした知的な男性がソファに座っている。瑞希姉ちゃんのお父さんとお母さんだろう。覚えていないけど、たぶんそうだと思う。
「長い間、家の管理をしてもらって、ありがとうございます。蒼大です。この街に帰ってきました。挨拶が遅れてしまってすみません」
瑞希姉ちゃん似のお母さんが僕を抱きしめる。そしてソファに座っていた瑞希姉ちゃんのお父さんは、ソファから立ちあがって、僕のほうへ歩いてきた。
「いろいろと辛かったわね。あなたのお父さんが亡くなるまで、連絡を取り合っていたのよ。お父さんが亡くなって寂しかったでしょう。この家を自分の家だと思っていいからね。よく挨拶にきてくれたわ」
瑞希姉ちゃんのお母さんはにっこりと笑って、僕の頭を撫でる。瑞希姉ちゃんのお父さんも僕の肩をポンポンと優しく叩く。
「ここは君の家だと思ってくれていいんだ。君が街に帰ってきてから、瑞希も上機嫌で、毎日、嬉しそうに笑顔で君のことを話すんだよ。僕達もそれを聞いて、喜んでいたところだ。君は覚えていないかもしれないが、私は君のお父さんの親友で、千堂雅之（センドウマサユキ）という。妻は名前は千堂瑞枝（センドウミズエ）だ。これからもよろしくね」
「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」
２人とも優しそうな方達だな。雅之おじさんに、瑞枝おばさんか、きちんと覚えたぞ。
「もう、父さんも母さんも、蒼ちゃんに引っ付きすぎ。蒼ちゃん、私の部屋に行こう。」
「あらあら、もう蒼ちゃんを自分の部屋へ連れて行くの。１人占めしなくてもいいじゃない。瑞希は焼きもち焼きね」
「そんなんじゃないわよ」
瑞希姉ちゃんは僕の手を引っ張って、２階の自分の部屋へと向かっていく。部屋に入ると、本当に高校生の女子って感じの部屋だった。薄いピンク色と白を基調とした柄のカーテンに、ベッドカバーは白にパステルカラーの柄が入っている。いくつもぬいぐるみが可愛く置かれている。
高校生の女子の部屋へ入るなんて、考えてみたら初めてのことだ。なんか緊張してきた。
机の上には写真立てが置かれている。よく見ると写真は、小さい頃の瑞希姉ちゃんと、僕の２人のツーショット写真だった。なんだか恥ずかしい。
「ベッドの上に腰かけたらいいから」
ベッドに座ると、瑞希姉ちゃんは本棚からアルバムを出してきて、僕の隣に座る。そして２人でアルバムを見る。そういえば、僕のアルバムって、親類の間で世話になっていた時に、紛失してしまったんだった。へ～、これが小さい時の僕か。瑞希姉ちゃんはいつも、にっこりと笑って、僕と手を繋いでいる写真ばかりだ。
時々、悠、蓮、瑛太と瑞希姉ちゃんが一緒に写った写真もある。へ～明日にでも３人に小さい頃の写真を見たことを言ってやろう。３人共、慌てるだろうな。これは面白い。
アルバムを見ていると、瑞枝おばさんがケーキと紅茶を持って、部屋に入ってきた。
「あら、懐かしい写真を見てるのね。小さい頃から瑞希と蒼ちゃんは仲が良かったのよ～。蒼ちゃんが街を出て行った時なんて、瑞希、３日も泣き続けちゃってね。目の周りが腫れちゃって、学校をお休みしたのよ」
瑞希姉ちゃん、そんなに僕のことで泣いてくれたんだな。申し訳ないけど、ちょっぴり嬉しい。
「お母さん、そんな恥ずかしいことを、蒼ちゃんに教えないで」
「蒼ちゃんと離れてからずっとね、瑞希ったら、窓を開けては、ため息ばかりついていたのよ。最近までずっとよ。よっぽど蒼ちゃんに会いたかったのね。何年も待ち続けてたんだもんね、蒼ちゃんが帰ってきてくれてよかったわね。瑞希」
瑞希姉ちゃん、何年も僕のことを心配してくれていただんだな。随分と長い間、心配させてゴメンね。
「お母さん、それ以上、言ったら、部屋から放り出すわよ」
瑞希姉ちゃんの顔が真っ赤だ。それになんだか、ソワソワしている。
「でもね、最近では、毎日笑顔なの。ため息もなくなったわ。毎日、学校から早くに帰ってきて、蒼ちゃんの家に行って、夕飯を作ったり、掃除をしたりしてるみたい。いっそのこと、蒼ちゃんにお嫁さんにしてもらえばいいのに」
えっ、瑞希姉ちゃんが僕のお嫁さん・・・・・・なんだか恥ずかしくなってきた～。瑞希姉ちゃんも耳まで真っ赤にして、俯いて服のスカートをモジモジと触っている。
瑞枝おばさん、そんな爆弾発言をしないでよ～。対処に困る。あ～恥ずかしい。
「・・・・・・もう、お母さんのおしゃべり。部屋から出て行って・・・・・・」
「あら、私は本当のことを言っただけよ。これ以上は２人のお邪魔だから、下に降りるわね。何かあったら呼んでちょうだい」
瑞枝おばさんはにっこり笑って、部屋のドアを閉める。部屋の中は沈黙に包まれた。瑞希姉ちゃんも僕も、何を話したらいいのかわからない。
瑞希姉ちゃんがいきなり僕の肩を持って、僕を自分の膝の上に倒す。僕は瑞希姉ちゃんに膝枕される形になった。なぜ、こんなことになってんの。
「瑞希姉ちゃん、やり過ぎだって。恥ずかしいよ～」
「そう言わないで。ずーっと、蒼ちゃんにしてあげたかったんだから」
瑞希姉ちゃんが上から僕を見下ろす。大きくクリクリした瞳に吸い込まれそうだ。
「私ね。蒼ちゃんと最後のお別れをした時に、必ず会いに行くって約束したの、それなのに蒼ちゃんの住んでいる場所もわからなくて、ずっと窓を開けて、空ばかり見てたわ。空の向こうには蒼ちゃんがいると思って、毎日、ため息をついてた」
何年も約束を覚えてくれていて、ありがとう。
「するとね、蒼ちゃんのほうから私に会いに来てくれたの。隣の家に引っ越ししてきてくれたの。私、嬉しかった。私が学校に行ってる間に蒼ちゃんが引っ越ししてきたんだもん。お父さんとお母さんから、引っ越し業者が隣に荷物を入れているって、聞いた時には、嬉しくて涙が出てきた。だってあの家は蒼ちゃんの家なんだもん」
僕にも待ってくれている人がいたんだな。誰も僕のことなんて、何の関心もないと思って、暮らしてきたのに、瑞希姉ちゃんだけは待っててくれたんだね。ありがとう。
瑞希姉ちゃんが気の済むまで、僕は膝枕をされていた。瑞希姉ちゃんは笑っているような、泣いているような顔をして僕を見てる。泣かしちゃいけないと思った。
「僕はここにいるよ。どこへも行かないよ。瑞希姉ちゃんの隣の家にずっと住んでいるからね」
「うん、今度はずっと傍にいてね。勝手にどこかに行かないでね」
瑞希姉ちゃんは少し震える手を伸ばして小指を僕の顔の上にかざす。僕も手を伸ばして瑞希姉ちゃんの小指に絡ませた。「約束だからね」と瑞穂姉ちゃんは小さな声で呟いた。
「こんなに遅くまで、どこに行ってたの。お姉ちゃん、心配したんだからね」
「心配させてゴメン。悠や蓮達とスィーツ店に行ってた」
瑞希姉ちゃんは冷気を発するうように、目を細めて僕を見てくる。ウソはついてないよ。
「蓮はわかるけど、悠がスィーツ店なんて珍しいことがあるものね。他にも誰か一緒だったんでしょう。蓮が一緒ということは女の子ね」
なんて推理力だ。蓮と悠から、そこまで連想するなんて、瑞希姉ちゃんは将来、小さな名探偵だね。目を逸らせると、瑞希姉ちゃんは大きい瞳で僕の目を覗いてくる。ちょっと顔が近過ぎるよ。
「さっさと白状しなさい。別にお姉ちゃんは怒ったりしないから」
何にも悪いことをしてないのに、なんで罪悪感を感じるんだろう。瑞希姉ちゃんも怒らないって言ってるし、ただ、皆でスィーツ店で話していただけだから、言ってもいいよね・・・・・・マズイかな。
「・・・・・・クラスメイトの女子とスィーツ店へ行きました。そして女子と友達になりました・・・・・・」
「そ、そうなの。友達を作ることはいいことよね。でも女の子ともう友達になるなんて、蒼ちゃん、手、早すぎないかな」
「僕だけじゃないよ。蓮、悠、瑛太も女の子達と友達になったんだよ」
「わかったわ。２年３組のクラスメイトの女の子と友達になったのね。名前ぐらい、お姉ちゃんに教えてくれないかな」
なんだか、瑞希姉ちゃん、俺の親みたい。そんな余計なことを言ったら、怒られるな。
「同じクラスの堂本さん、柏葉さん、倉下さんの３人だよ」
「なるほど、堂本咲良さん、柏葉芽衣さん、倉下莉子さんの３人ね。よくわかったわ」
なんで、瑞希姉ちゃんは３人の下の名前まで知ってるの。ちょっと怖いんですけど。
「今日、職員室へ行って、蒼ちゃんのクラスの全員の名前を憶えてきたの」
どれだけ暗記力が高いんだよ。なぜ僕のクラスを調べてるの。やっぱり怖いよ。
「で、皆でどんな話をしていたの？」
僕はスィーツ店で皆で話していた内容を、瑞穂姉ちゃんに話した。内容のほとんどは瑞穂姉ちゃんに関する話ばっかりだったけどね。
「もー何で、私の知らない女の子達に、勝手に私の小さい頃の話を漏らしるのよ～。信じられない。明日、悠、蓮、瑛太に会ったら説教だわ。あ～恥ずかしい」
瑞希姉ちゃんの顔が真っ赤になってる。体もモジモジさせて、照れてるんだな。機嫌が斜めだったのも直ってるし、これで、僕が説教されることはないだろう。よかった。
そんなに恥ずかしがる必要はないと思う。だって女子３人共、瑞希姉ちゃんのファンだったんだから。それにしても３人共、熱烈な瑞希姉ちゃんのファンだったな～。小さい頃の話を聞く度に喜んでたもんな。
「さ、蒼ちゃんも帰ってきたし、夕飯にしましょう。今日は肉じゃがよ」
「あの～。瑞希姉ちゃんに聞きたいんだけど、瑞希姉ちゃんは家でご飯を食べなくていいの？」
「お父さんとお母さんには蒼ちゃんの家で、ご飯を食べるって言ってあるから大丈夫よ」
それでも２日連続で幼馴染とはいえ、男子の家で夕飯を食べるなんて、瑞希姉ちゃんの親は放任主義なのかな。それとも瑞希姉ちゃんのこと信頼しているからだろうか。
今日の夜にでも瑞希姉ちゃんのご両親に挨拶にいかなくちゃ。僕と父さんが亡くなってからも、家を管理していてくれたんだから、そのお礼も言わないといけないし、毎日、瑞希姉ちゃんに夕食や朝食、それに弁当まで作ってもらってるんだから。お世話になりっぱなしだ。
瑞希姉ちゃんと２人でテーブルに座る。テーブルの上には肉じゃが、野菜サラダ、みそ汁、ご飯が置かれている。２人で一緒に「いただきます」と言い、箸を持って、ご飯を食べる。
肉じゃがのジャガイモにきちんと味が染み込んでいて、とても旨い。いくらでもご飯が進む。
僕が笑顔で「おかわり」とお茶碗を出すと、瑞希姉ちゃんはにっこりと嬉しそうに微笑んで、茶碗を受け取って、炊飯器からご飯を入れてくれる。なんだか、ほっこりした気持ちになる。ご飯も、おかずも美味しいけど、笑顔のある食卓って、心が温まるんだな。忘れていたというか、知らなかった。
僕は笑顔を綻ばせて、ご飯を食べていると瑞希姉ちゃんがクスクスと笑う。
「本当に蒼ちゃんは美味しそうに、ご飯を食べるね。料理をつくった者としては、すっごく嬉しいわ」
「だって、料理が美味しいし、瑞希姉ちゃんがさっきから微笑んでいるから、なんだか楽しいんだよ」
「・・・・・・これからは、ず～っと、蒼ちゃんには料理を作ってあげるからね。ず～っと・・・・・・」
なんだか瑞希姉ちゃんの顔色が赤くなってきた。手で顔を扇いでいる。何を照れてるんだろう。料理が美味しいって褒めすぎたかな。でも美味しいのは本当の話だし。これくらいはいいよね。
僕は夕飯を米粒一つ残さずに、全ての料理を平らげた。そして元気に「ごちそうさま」と言うと、瑞希姉ちゃんが「はい。ごちそうさま」と返事をしてくれる。なんかこんな雰囲気っていいな～。
瑞希姉ちゃんが台所に立って、食べ終わった食器を洗いだした。僕は食べ終わった食器を、台所に持っていて、布巾を持ってきて、テーブルを丁寧に拭いてきれいにする。そして洗い終わった食器を、食器拭きで拭いて、食器棚へ片付けていく。
台所からウフフと笑い声が聞こえる。振り返ると瑞希姉ちゃんが僕を見て笑っている。とても楽しそうだ。
２人で夕食の片付けを終わらせて、瑞希姉ちゃんがエプロンを外す。
「瑞希姉ちゃん、今日は瑞希姉ちゃん家に行って、おじさんとおばさんに挨拶したいんだけど、いいかな？」
「そんなことしなくてもいいのに、蒼ちゃんは律儀だね。わかったわ。先に私が帰って、父さんと母さんに言っておくから、後から家に来てね」
瑞希姉ちゃんは鞄を持つと僕に手を振って、玄関を出て行った。僕は２階にある自分の部屋に鞄を持って上っていく。部屋の中で制服を脱いで、ハンガーにかけてクローゼットに片付ける。そしてタンスから私服を出して、着替えてから１階のリビングへ降りた。
脱衣所と同じスペースにある洗面台で顔を洗って、歯を磨く。ついでに風呂場を覗くと、既に風呂場はきれいに掃除されて、湯舟にはお湯が張られていた。瑞希姉ちゃんがお風呂場を掃除して、お湯を張っていてくれたんだな。ありがとう。
瑞希姉ちゃんは本当に良いお嫁さんになりそうだ。
そっと風呂場のドアを閉めて、リビングから玄関へ行き、靴を履いて、玄関を出て鍵を閉める。そして左隣にある、瑞希姉ちゃんの家のインターホンを鳴らした。すると玄関の扉が開いて、私服に着替えた瑞希姉ちゃんが、顔を出して、にっこりと笑っている。
瑞希姉ちゃんに手を引っ張られて玄関に入る。「蒼大です。失礼します」と言って、靴を脱いで廊下を歩いて、リビングへ向かうと、瑞希姉ちゃんに似た女性が立っていた。そしてほっそりとした知的な男性がソファに座っている。瑞希姉ちゃんのお父さんとお母さんだろう。覚えていないけど、たぶんそうだと思う。
「長い間、家の管理をしてもらって、ありがとうございます。蒼大です。この街に帰ってきました。挨拶が遅れてしまってすみません」
瑞希姉ちゃん似のお母さんが僕を抱きしめる。そしてソファに座っていた瑞希姉ちゃんのお父さんは、ソファから立ちあがって、僕のほうへ歩いてきた。
「いろいろと辛かったわね。あなたのお父さんが亡くなるまで、連絡を取り合っていたのよ。お父さんが亡くなって寂しかったでしょう。この家を自分の家だと思っていいからね。よく挨拶にきてくれたわ」
瑞希姉ちゃんのお母さんはにっこりと笑って、僕の頭を撫でる。瑞希姉ちゃんのお父さんも僕の肩をポンポンと優しく叩く。
「ここは君の家だと思ってくれていいんだ。君が街に帰ってきてから、瑞希も上機嫌で、毎日、嬉しそうに笑顔で君のことを話すんだよ。僕達もそれを聞いて、喜んでいたところだ。君は覚えていないかもしれないが、私は君のお父さんの親友で、千堂雅之（センドウマサユキ）という。妻は名前は千堂瑞枝（センドウミズエ）だ。これからもよろしくね」
「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」
２人とも優しそうな方達だな。雅之おじさんに、瑞枝おばさんか、きちんと覚えたぞ。
「もう、父さんも母さんも、蒼ちゃんに引っ付きすぎ。蒼ちゃん、私の部屋に行こう。」
「あらあら、もう蒼ちゃんを自分の部屋へ連れて行くの。１人占めしなくてもいいじゃない。瑞希は焼きもち焼きね」
「そんなんじゃないわよ」
瑞希姉ちゃんは僕の手を引っ張って、２階の自分の部屋へと向かっていく。部屋に入ると、本当に高校生の女子って感じの部屋だった。薄いピンク色と白を基調とした柄のカーテンに、ベッドカバーは白にパステルカラーの柄が入っている。いくつもぬいぐるみが可愛く置かれている。
高校生の女子の部屋へ入るなんて、考えてみたら初めてのことだ。なんか緊張してきた。
机の上には写真立てが置かれている。よく見ると写真は、小さい頃の瑞希姉ちゃんと、僕の２人のツーショット写真だった。なんだか恥ずかしい。
「ベッドの上に腰かけたらいいから」
ベッドに座ると、瑞希姉ちゃんは本棚からアルバムを出してきて、僕の隣に座る。そして２人でアルバムを見る。そういえば、僕のアルバムって、親類の間で世話になっていた時に、紛失してしまったんだった。へ～、これが小さい時の僕か。瑞希姉ちゃんはいつも、にっこりと笑って、僕と手を繋いでいる写真ばかりだ。
時々、悠、蓮、瑛太と瑞希姉ちゃんが一緒に写った写真もある。へ～明日にでも３人に小さい頃の写真を見たことを言ってやろう。３人共、慌てるだろうな。これは面白い。
アルバムを見ていると、瑞枝おばさんがケーキと紅茶を持って、部屋に入ってきた。
「あら、懐かしい写真を見てるのね。小さい頃から瑞希と蒼ちゃんは仲が良かったのよ～。蒼ちゃんが街を出て行った時なんて、瑞希、３日も泣き続けちゃってね。目の周りが腫れちゃって、学校をお休みしたのよ」
瑞希姉ちゃん、そんなに僕のことで泣いてくれたんだな。申し訳ないけど、ちょっぴり嬉しい。
「お母さん、そんな恥ずかしいことを、蒼ちゃんに教えないで」
「蒼ちゃんと離れてからずっとね、瑞希ったら、窓を開けては、ため息ばかりついていたのよ。最近までずっとよ。よっぽど蒼ちゃんに会いたかったのね。何年も待ち続けてたんだもんね、蒼ちゃんが帰ってきてくれてよかったわね。瑞希」
瑞希姉ちゃん、何年も僕のことを心配してくれていただんだな。随分と長い間、心配させてゴメンね。
「お母さん、それ以上、言ったら、部屋から放り出すわよ」
瑞希姉ちゃんの顔が真っ赤だ。それになんだか、ソワソワしている。
「でもね、最近では、毎日笑顔なの。ため息もなくなったわ。毎日、学校から早くに帰ってきて、蒼ちゃんの家に行って、夕飯を作ったり、掃除をしたりしてるみたい。いっそのこと、蒼ちゃんにお嫁さんにしてもらえばいいのに」
えっ、瑞希姉ちゃんが僕のお嫁さん・・・・・・なんだか恥ずかしくなってきた～。瑞希姉ちゃんも耳まで真っ赤にして、俯いて服のスカートをモジモジと触っている。
瑞枝おばさん、そんな爆弾発言をしないでよ～。対処に困る。あ～恥ずかしい。
「・・・・・・もう、お母さんのおしゃべり。部屋から出て行って・・・・・・」
「あら、私は本当のことを言っただけよ。これ以上は２人のお邪魔だから、下に降りるわね。何かあったら呼んでちょうだい」
瑞枝おばさんはにっこり笑って、部屋のドアを閉める。部屋の中は沈黙に包まれた。瑞希姉ちゃんも僕も、何を話したらいいのかわからない。
瑞希姉ちゃんがいきなり僕の肩を持って、僕を自分の膝の上に倒す。僕は瑞希姉ちゃんに膝枕される形になった。なぜ、こんなことになってんの。
「瑞希姉ちゃん、やり過ぎだって。恥ずかしいよ～」
「そう言わないで。ずーっと、蒼ちゃんにしてあげたかったんだから」
瑞希姉ちゃんが上から僕を見下ろす。大きくクリクリした瞳に吸い込まれそうだ。
「私ね。蒼ちゃんと最後のお別れをした時に、必ず会いに行くって約束したの、それなのに蒼ちゃんの住んでいる場所もわからなくて、ずっと窓を開けて、空ばかり見てたわ。空の向こうには蒼ちゃんがいると思って、毎日、ため息をついてた」
何年も約束を覚えてくれていて、ありがとう。
「するとね、蒼ちゃんのほうから私に会いに来てくれたの。隣の家に引っ越ししてきてくれたの。私、嬉しかった。私が学校に行ってる間に蒼ちゃんが引っ越ししてきたんだもん。お父さんとお母さんから、引っ越し業者が隣に荷物を入れているって、聞いた時には、嬉しくて涙が出てきた。だってあの家は蒼ちゃんの家なんだもん」
僕にも待ってくれている人がいたんだな。誰も僕のことなんて、何の関心もないと思って、暮らしてきたのに、瑞希姉ちゃんだけは待っててくれたんだね。ありがとう。
瑞希姉ちゃんが気の済むまで、僕は膝枕をされていた。瑞希姉ちゃんは笑っているような、泣いているような顔をして僕を見てる。泣かしちゃいけないと思った。
「僕はここにいるよ。どこへも行かないよ。瑞希姉ちゃんの隣の家にずっと住んでいるからね」
「うん、今度はずっと傍にいてね。勝手にどこかに行かないでね」
瑞希姉ちゃんは少し震える手を伸ばして小指を僕の顔の上にかざす。僕も手を伸ばして瑞希姉ちゃんの小指に絡ませた。「約束だからね」と瑞穂姉ちゃんは小さな声で呟いた。
