僕と悠は食堂に向かった。すると、先に食堂に来てた蓮が、席に座って手を振っている。


「俺は日替わり定食を買ってくるから、蒼大は蓮のいる席へ先に座っとけよ」


 僕は悠に言われた通りに、連のいる席に向かって歩いていき、対面の空席に座る。


「まさか、瑞希姉ちゃんが教室まで来るとは思わなかった。また、長い説教を受けるところだったよ~。蒼大も、瑞希姉ちゃんに弁当を作ってもらったなら、忘れてくんなよな~。俺に迷惑がかかるって~」


 そんなことを言われても、僕もさっき、お弁当を作ってもらったのを知ったんだよ。瑞希姉ちゃん、僕に隠れて、お弁当を作って驚かせようとしたんだろうな。そして弁当を忘れたんだろう。けっこう、うっかり屋なのかな。


「蓮って堂本さんに声かけてるって言ってたけど、他の女子にも声かけてたんだ~」


「当たり前じゃないか。世の中、きれいで可愛い女子がいっぱいいるんだ。声をかけるのは当たり前じゃないか」


 そうなのかな。それは蓮だけの基準だと思うけど・・・・・・


 悠がトレイを持って、蓮の横に座った。そして蓮に拳骨を落とす。すると蓮は頭を抑えて呻いた。


「ひどいじゃないか。悠に叩かれると本当に痛いんだぞ~。俺が悠に何かした?」


「瑞希姉ちゃんから、蓮に説教しとけって命令だ。だから拳骨にした。瑞希姉ちゃんのところに連れていかないだけ、ありがたいと思え」


「ひで~。前から思ってたけど、悠って、瑞希姉ちゃんには頭が上がらないよね~。まさか・・・・・・」


 蓮の頭に、また悠の拳骨が落ちる。蓮は頭を抑えて、体を揺らして呻いている。さっきより痛そうだ。


 悠は何も言わずに、日替わり定食を頬張っている。僕は袋から弁当を出して、蓋を開けてビックリした。言葉も出ない。口をポカーンと開けたまま、固まってしまう。


「ほ~鶏そぼろのハートマークですか。なかなか瑞希姉ちゃんも積極的ですね」


 いつの間にか、僕の横に座っていた瑛太が、弁当を覗き込んでニヤリと笑う。悠と蓮は噴き出している。僕は唖然とするばかりだ。


「昔から蒼大のことは特別扱いでしたからね。蒼大は瑞希姉ちゃんのお気に入りでしたから、これくらいのアピールにあっても驚きませんね」


 瑛太が眼鏡をクィっと上げて納得している。そんなに弁当を見ている暇があったら、早く日替わり定食を食べたほうがいい。冷めちゃうよ。


 蓮は口に日替わり定食を頬張って、口をモグモグと動かして、呑み込むとニヤニヤと笑う。


「もし、蒼大に彼女なんかできたら、瑞希姉ちゃん、どうなるんだろうな。面白そうだから可愛い女子を紹介してあげようか~」


 悠が蓮の背中を叩いた。蓮は背中に手を回して、顔を歪めている。


「馬鹿か。お前は。そんなことになったら、一緒のクラスにいる俺達の監督不行届きで、瑞希姉ちゃんに怒られることになるぞ。瑞希姉ちゃんが蒼大に怒ると思うか。俺達に怒るに決まってるだろう。少しは考えてみろ」


 そんなに僕は瑞希姉ちゃんに溺愛されてんの。それって昔の話でしょう・・・・・・昔の話であってほしい。僕が彼女を作ったら、皆に迷惑をかけることになるって、どういうことだよ。そんな話っておかしいでしょ。


 とりあえず。僕は鶏そぼろをご飯いっぱいに広げて、ハートマークをなくして、ご飯を食べる。そして唐揚げ、ハンバーグ、卵焼きなどのおかずを摘まんでいく。どれも美味しい。本当に美味しい


「転校したばかりだけど、僕だって男子だから、彼女ぐらいはほしいよ」


「それな~。女子はいくらでも紹介してやるからさ~。もう少し、蒼大がこの高校に慣れるまで待ってくんないかな~。瑞希姉ちゃんも、今は蒼大に会ったばかりだから興奮してると思うしさ~。今、刺激するのはヤバいと思うわ~。俺達がマジでヤバいわ~」


 蓮がいつになく弱音を吐いている。瑛太も腕を組んで、ウン、ウンと頷いている。悠は僕を見て苦笑いを浮かべる。


 悠達が日替わり定食を食べ終わって、僕も弁当を食べ終わって、学食を出て、自販機でジュースを買った後に、教室に戻った。


 すると堂本さん達に捕まった。特に倉下さんの目が怖い。なんでそんなに睨んでるの。


「空野くんと瑞希先輩って、どんな関係なの。みんなの瑞希先輩なのに許せないんですけど!」


「えっと、家がお隣さんという関係です。そして幼馴染です」


「ただの幼馴染がお弁当を作ってくるわけないでしょ」


 本当の話なんですけど、その目つきからすると、信じてもらえそうにないよね。


「この街を何年も離れていたから、昨日、久々の再会だったし、この街に帰ってきたのを・・・・・・喜んでくれているんだと思う」


 僕は思ったことを倉下さんに正直に伝えた。それでも吊り上がった目つきは変わらない。


「空野くん、ここの高校に来て間がないから知らないでしょうけど、瑞希先輩は、前生徒会長で女子の憧れの的なの。あんまり瑞希先輩の周りをウロチョロしていたら、酷い目にあわされるわよ。というか、私が酷い目にあわせてあげるから」


 なんで僕が脅迫されないといけないのかな。どちらかといえば、瑞希姉ちゃんが僕の世話を、好きでしているように、見えるんだけど・・・・・・そんなことを言うと余計に怒られそうだから言わない。


「あんまり莉子も無茶ことばかり言って、空野くんを困らせても仕方がないでしょう。空野くんは、まだこの高校へ転校してきたばかりなんだから。色々と知らないことがあっても当然でしょう。それに瑞希先輩が可愛がっている後輩に、文句を言ったら、莉子のほうが瑞希先輩に嫌われてしまうわよ。それでもいいの?」


 倉下さんは柏葉さんの言葉を聞いて、吊り上がっていた目がハの字になると肩を落としてシュンとなった。


「ごめんね~。空野くん。莉子ったら、瑞希先輩の大ファンだから。空野くんに嫉妬したみたい。悪気はなかったのよ。許してあげてね」


 堂本さんがにっこり笑って、倉下さんのフォローをする。


「それより~。瑞希先輩の幼い頃の話って、私達も知らないから、知ってることがあったら教えてほしいな。特に莉子は話を聞きたいでしょう。私は空野くんともっと話してみたいし、放課後にお茶でもしながら、どうかな?」


 そんなこと言われても瑞希姉ちゃんのこと、ほとんど覚えてないんだけど。


 僕が断ろうとする前に、蓮が僕の言葉を遮った。


「もちろん、堂本さんの申し出だったら受けるに決まってるじゃん。蒼大だけじゃなくて、俺や瑛太や悠も、瑞希姉ちゃんとは幼馴染なんだよ。だから放課後に一緒にお茶してもいいよね」


「神崎君が妙に私のこと口説こうとしないなら、いいわよ。少しでも変なことしたり、口説こうとしたら帰るから」


 あんなににっこり笑顔だった堂本さんの顔が、無表情になって蓮を見る。蓮、一体、お前は堂本さんに何をしたんだ。傍から見ると相当、警戒されてるぞ。


「今日は口説かない。本当に口説かないから。今日は転校生の蒼大の歓迎会ということでお茶しようよ。柏葉さんもそれでいいよね。倉下さんも、瑞希姉ちゃんの小さい頃の話が聞けるんだよ。お茶したいよね」


「まったく。神崎くんの言い方ってズルいわね。はじめは空野くんを咲良が誘った話だから。莉子も行きたそうだし。小栗くんも黒部くんも一緒に来るんでしょう。それなら私は行ってもいいわ」


 悠と瑛太も頷いている。僕が答える前に、放課後にお茶しに行くことに決まっちゃったよ。蓮の奴、口が上手いな~。毎回、その口で女子を口説いているんだろうか。


「やった~。空野くんが前にいた街のことなんかも聞いてみたかったのよ~。だって私、この街以外のことはテレビやネット以外に知らないんだもん。放課後、楽しみにしてるね」


 堂本さんはにこにこと笑っている。堂本さんが楽しいなら、僕も楽しい。放課後が楽しみだね。


 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、午後の授業が始まった。午後はお腹がいっぱいだから、凄く眠くなるんだよな。悠のほうを見ると机に突っ伏して豪快に寝ている。あ~、机に涎が零れてるよ。誰か起こしてあげればいいのに、誰も起こさない。起きた後に悠の奴、ビックリするぞ。


 隣を見ると、堂本さんが俯いて、体を揺らしている。目も完全に閉じられてる。熟睡だ。女子が授業中に居眠りするなんて、なんて無防備なんだ。それにしても堂本さんの寝顔って可愛いな。


 僕は女子の寝顔を見て、何を言ってんだ。ここは見なかったことにしてあげるほうがいいだろう。


 僕は前を向いて黒板に集中することにした。それでも隣の堂本さんのことが気になる。寝顔を見てはいけないと思えば、思うほど見たくなる。


 僕がチラっと堂本さんを見ると、堂本さんの体がガタッと揺れた。その振動で、堂本さんが目を覚ます。あ、目が合っちゃった。堂本さんの顔がスーッと真っ赤になっていく。完全にチラ見していたことがバレたよ。どうしよう。


 僕は黒板を見て、どうしようか考えていると堂本さんから机に付箋が貼られた。付箋を取って内容を見ると「みんなには内緒」と可愛い文字で書かれていた。僕は堂本さんのほうを向いて、無言で頷いた。


 放課後になって、僕、悠、蓮、瑛太と、堂本さん、柏葉さん、倉下さんの7人は一緒に校門を出て、通学路を逸れて大通りに出て、落ち着いた雰囲気のスィーツ店に入った。


 ここは女子にも大好評なお店らしい。僕達は楕円形の大きなテーブルに座って、それぞれにケーキと飲み物をたのんだ。


 蓮が中心となって、瑞希姉ちゃんの小さい頃の話が始まった。もちろん僕が泣き虫で、喧嘩が弱くて、いつも瑞希姉ちゃんに助けてもらっていた黒歴史は、蓮によって堂本さん達に話されてしまった。


 瑛太が、悠や蓮達も瑞希姉ちゃんに成敗されて、泣いて帰ったことを話して、悠は複雑な顔をしていた。


 蓮の話では、中学に入った頃から瑞希姉ちゃんは女の子っぽくなったらしい。でも、手が早くて、やっぱり、弱い者虐めをした子供達は、瑞希姉ちゃんに叩かれて、蹴られて成敗されていたらしい。


 瑞希姉ちゃんの胸があんなに大きくなったのは、中学2年生になった頃から育ちはじめたらしい。蓮が女子に興味を抱き始めた中1の時に、胸が大きいと瑞希姉ちゃんをからかって、ずいぶん長い間、瑞希姉ちゃんからマセガキと言われて、追いかけ回されたということだ。



 蓮が偶然にも瑞希姉ちゃんと同じ高坂高校に入学して、瑞希姉ちゃんが生徒会長になっていたことにビックリしたという。その時には、ヤンチャだった面影はなく、清楚な雰囲気を出している瑞希姉ちゃんを見て愕然としたらしい。


 高坂高校に蓮が入学した頃の話は、堂本さん達も知っていて、瑞希姉ちゃんを話題の中心として、色々な話が飛び交った。


 話は移り、僕の話になった。あんまり人に話したい話ではないし、どうやって誤魔化そうかと思ったけど、うまい誤魔化し方がわからない。


「僕は小学校3年生の時に親の事情で、この街を離れて、遠くの街に住んでいたんだ。その街はこの街よりも少し小さな街だったと思う。そこで父さんが事故に遭うまで住んでいたんだ。父さんが事故に巻き込まれて他界して、それから後は親戚の家で暮らしていた。あんまりその時のことは話したくないかな」


 僕がそんなことを話したことで、一時、テーブルは重い空気に包まれて、誰も話さなくなってしまった。これはマズイ。なんとか雰囲気を変えないと。


「父さんが僕に家を残していてくれたんだ。それがこの街の家で、高校に入ったら1人暮らしがしたくて、この街へ転校してきたんだ。今、やっと楽しくなってきたなと思ってる。悠や、蓮や瑛太とも友達になれたし、瑞希姉ちゃんとも再会できたしね」


 テーブルが一段と重い雰囲気に変わった。マズイ。僕が話せば話すほど、暗い話題になっていく。誰か話題を変えてくれ。


 堂本さんが胸に手を当てて両手を握り締めて、目を潤ませている。


「私、空野君の友達になってもいいかな。是非、友達になりたい。私のこと咲良って呼んで」


「私も空野君と友達になってもいいかも。空野君にはこの街で良い思い出を作ってもらいたい。私のことは芽衣と呼んでほしいな」


「私も友達になってあげてもいいわよ。莉子って呼んでもいいわ」


 堂本さん達3人は僕と友達になってくれるという。僕は友達が増えたことが嬉しかった。


「ありがとう。とても嬉しい。僕のことは蒼大って呼んでくれたらいいよ。友達になってくれて本当にありがとう」


 堂本さん達3人と僕が笑いあっていると蓮が横から割って入ってきた。


「蒼大が友達でいいなら、是非、俺も友達になってよ~。変なことしないからさ~。前から堂本さん達とは友達になりたかったんだよ~。ね~お願いだからさ~」


 はじめは堂本さん達3人は蓮の申し出を断った。すると蓮がテーブルにうつ伏せになって、おいおいと大泣きをする。店にいたお客の女性達が、何事かと僕達のテーブルを見る。とうとう恥ずかしくなった堂本さん達3人は、蓮を友達にすることを約束した。そして、悠と瑛太とも友達になった。


 すると蓮は飛び上がって喜んで、堂本さん達3人の手を握手して回る。莉子、蓮と握手した後にタオルで拭くのはやめようよ。なんだか悲しい気持ちになるから。


 僕に新しい、女子の友達が増えた。こんなに嬉しいことはない。僕達は空が暗くなるまでスィーツ店で雑談をして楽しんだ。その時、瑞希姉ちゃんが今、どうしているか、すっかり忘れていた僕がいた。