今日は僕の誕生日だ。だから昨日のうちにダル先生に「家のことで用事があるので休みます」と言って、今日は学校を休みにしてある。誕生日の時ぐらいは、ゆっくりと休みたい。僕自身へのプレゼントだ。
今日もとても良い香りがする。僕は香りに吸い寄せられるように、顔と体を寄せていく。凄く眠りやすい、何かの間に顔を埋め、僕は吐息をもらす。とても温かくて、とても柔らかくて、とても良い香りがして、安心する。
今日は休みだ。ゆっくりと埋もれていよう。体から力が抜ける。とても癒されていく。僕は思わず、その何かを引き寄せた。すると、とても柔らかくて、スベスベした感触が手に伝わった。
この感触は知っている。いつも僕の近くにいてくれる瑞希姉ちゃんの感触だ。でも、瑞希姉ちゃんには今日の休みのことは内緒にしている。僕が言っていないのだから、瑞希姉ちゃんは知らないはずだ。
何か柔らかいものが僕の唇に触れた。とても柔らかい何か。そして、誰かが僕の背中をさすってくれている。とても落ち着く。あれ？誰かが僕の背中を優しく撫でてる？
僕は深い眠りから段々と目を覚ます。そして薄目を開けると、鼻が触れそうなほど近くに瑞希姉ちゃんの顔があった。瑞希姉ちゃんが優しく微笑んで、僕の背中をさすっている。その瞳は”まだ、休んでいてもいいんだよ”と語っているようだ。僕は「うん」と言って、また微睡んでいく。
柔らかい温もりのある谷間に顔を埋めて、熟睡する。背中をさすっている手は段々ゆっくりになっていった。
僕は良い香りに包まれて目を覚ました。するとやっぱり目の前に瑞希姉ちゃんの寝顔がある。スヤスヤと気持ち良さそうに寝息をたてている。
僕は首だけを動かして、部屋にある時計を確かめる。時間は１２時３８分。もうお昼を過ぎている。なぜ、瑞希姉ちゃんがここにいるんだ？
今日休んだことは誰にも言ってないのに。瑞希姉ちゃんの顔をジッと見る。まつ毛が多く、長くて、とてもきれいだ。鼻も唇もとても可愛い。頬がスベスベしていそう。赤ちゃんみたいだ。
無意識に頬を撫でてしまった。やっぱりスベスベだ。瑞希姉ちゃん、眠っているのに、何を笑ってるの？楽しい夢を見てるのかな？
最近、瑞希姉ちゃんが僕のベッドで寝ていることが多くなったな。夜は家に帰っているのに、朝起きると必ず、横に寝ているんだよね。でもそれがとても気持ちよく、安心するから、注意することもできない。
いつの間にか、瑞希姉ちゃんは僕の心の安定剤になっちゃったな。このままいくと瑞希姉ちゃんがいなくなると生活できなくなっちゃうよ。ここまで甘やかされていいんだろうか。
瑞希姉ちゃんも高校を卒業したら、大学に行くことになる。やっぱり大都会のほうが大学の数は多いよね。瑞希姉ちゃんの成績だったら、絶対に良い大学にいけるはずだ。そうなったら遠くに離れ離れになるんだ。
その時に、瑞希姉ちゃんがいなくなった時に、僕はきちんと高校へ行けるんだろうか？きちんと生活していけるんだろうか？すごく寂しくなるんだろうな。寂しくて動けなくなったら、どうしよう。
突然、寂しさと冷たさが僕の心を襲う。咄嗟に瑞希姉ちゃんの体を抱きしめた。すると瑞希姉ちゃんが目を開けた。瞳が優しく僕の瞳を覗く。そして優しく微笑んで、背中をさすってくれた。
「おはよう蒼ちゃん」
「おはよう瑞希姉ちゃん」
瑞希姉ちゃんが僕に抱き着いてくる。僕は安堵の息を吐く。
「なぜ、僕が今日、学校を休むってわかったの」
瑞希姉ちゃんはクスクスと笑っている。
「蒼ちゃんってね、寝ぼけている時は、とても素直なんだよ。今日の朝、蒼ちゃんのベッドに潜りこんだ時、「今日も学校だね」って言ったら、蒼ちゃんが「今日は休み」って言ったの。だから、お姉ちゃんも学校を休んじゃった」
瑞希姉ちゃんは舌先をペロっと出して笑う。まるでいたずらっ子だ。その顔にドキっとする。そんな顔を他の人にしちゃダメだよ。絶対に瑞希姉ちゃんのストーカーになるから。
「あのね、寝ている時の蒼ちゃんは可愛いの。いつもベッドに潜り込むと、すぐにバレるんだよ。そしてね、すぐに私、抱き枕にされちゃうの。それが気持ちよくって止められない。最近、癖になっちゃった」
そんな、恥ずかしいことを言わないで～。寝ている時は無防備なんだから。そのこと誰にも言ってないよね。
「お母さんに話したら、「今度、私も蒼ちゃんの部屋に寝に行こうかな」て言って笑ってた」
瑞枝おばさん、そこは笑うところじゃなくて、娘を注意するところですよ。
「蒼ちゃんって、寝起きが悪いから、起きてすぐの記憶ってないでしょう。寝ると忘れちゃってるし。本当に可愛いな」
そんな弱点が僕にあるなんて知らなかった。誰にも言わないでほしい。
それから３０分ほど、瑞希姉ちゃんは僕を抱いたまま、僕の寝ている時の癖を話した。恥ずかし過ぎて、僕は話を聞き流した。こんなの覚えていたら、恥ずかしくて、これから瑞希姉ちゃんの顔を真っすぐに見れないよ。
瑞希姉ちゃんは起きてから、ずっとクスクスと笑っている。僕は恥ずかしくて布団の中に潜り込む。するとパジャマからきれいな鎖骨が見える。とてもきれいだ。顔が赤くなるのがわかる。思わず、布団から首を出す。
でもベッドの中が気持ち良すぎて、外に出る気にならない。瑞希姉ちゃんもそんな感じなのかな。
瑞希姉ちゃんはいつもはポニーテールにまとめているけど、お風呂に入った後はゴムを外すから、結構、黒髪が長い。それを簡単にカールにして、アクセントをつけている。ポニーテールも好きだけど、髪を自然とおろしている瑞希姉ちゃんも好きだ。髪の毛をおろしている時のほうが清楚で大人っぽい。
「瑞希姉ちゃん、大学、どこかに決まった？」
「まだ決まってないよ。というか決めてない」
「どうして？」
「蒼ちゃんが大学を決めてないから」
僕が大学の候補を決めるのは高校３年生になった夏頃だと思う。本格的に決めるのは冬前ぐらいだろう。その時、瑞希姉ちゃんは既に大学生になってるはずなんだけど。意味がわからない。
「僕が大学を決める頃には、瑞希姉ちゃんは高校を卒業してるよ。だから僕を待たないで、大学を決めないと」
「蒼ちゃんだったらそういうと思ってた。だから黙ってたの。私は蒼ちゃんと同じ大学に行きたいの」
「それだったら、瑞希お姉ちゃんが先に大学に進学していてよ。１年後から僕も同じ大学を受験するから」
「蒼ちゃんならそう言うよね。でも、蒼ちゃんのいない大学に行っても意味ないし、蒼ちゃんのいない都会に行っても、私には意味ないの。１年間も都会で蒼ちゃんが大学に来るのを待ってるなんてイヤ。絶対に寂しいに決まってるもん。もしかすると寂し過ぎて、ここに帰ってきちゃうかもしれない」
なぜだろう。僕の心が苦しい。胸が・・・・・・胸がおかしい。
「瑞希姉ちゃんが都会で寂しくなったら、僕が会いにいくから。僕がお泊りに行くから」
「でも、蒼ちゃんは高校３年生だよ。ずっと私の元にはいられないよ。だから私は絶対に寂しくなる。蒼ちゃんに会いたくなる。それにもう、蒼ちゃんとは離れたくない。小学校３年から今まで、離ればなれだったんだよ。やっと再会できたのに、２度と離れるなんてイヤ。絶対に離れたくない」
瑞希姉ちゃんが小さい声で呟く。これ以上、大きい声で話をすると泣いてしまいそうな声だ。瑞希姉ちゃんの目にうっすらと涙が溜まってる。僕がこの街を離れたことで、こんなに瑞希姉ちゃんの心を傷つけたんだ。僕は瑞希姉ちゃんの体を抱き寄せて、背中を何回もさする。言葉にできない。
僕もそうだ。瑞希姉ちゃんが都会の大学に行った後の１年間、僕はこの家で１人で受験勉強を頑張れるんだろうか。瑞希姉ちゃんに会いたくてしまうと思う。会えば離れたくないって思うだろう。もし、瑞希姉ちゃんの会いに行けば、この家に戻って来るのがイヤになるかもしれない。寂しくて、離れたくなくて。
でも、瑞希姉ちゃんには大学に行ってほしい。僕のために人生を、自由を捨ててほしくない。
どうすればいいんだろう・・・・・・どう言えばいいんだろう・・・・・・どうしたら解決できるんだろう。
「あのね、お姉ちゃんは考えたのです。１年だけ、大学行くのを遅らせようかなって。蒼ちゃんと一緒の大学を一緒に受けるの。そうすれば一緒の大学に行けるでしょ。いい考えでしょう」
「そんなことをして、僕がもし、大学受験に失敗したら、同じ結果になっちゃうよ。それは賛成できないよ」
「だから、蒼ちゃんが高校３年生になったら、私が専属の家庭教師をするの。蒼ちゃんが必ず合格できるように。それと私が合格できるように。私なんて１年も余分に勉強することになるんだから、お得よね」
冗談だろう・・・・・・でも瑞希姉ちゃんの瞳を見ると本気を感じる。これは冗談ではない。本気で瑞希姉ちゃんが考えていることだ。目が語ってる。
「もうお父さんともお母さんとも話し合いを繰り返したわ。お父さんもお母さんも理解してくれた。「瑞希の人生だから、瑞希の好きなようにしなさい」って笑っていってくれた。だから私は考えてるの。後悔したくないもん。」
僕は大人の社会はわからないけど、やっぱり浪人してる人と、新卒者では就職する面接に影響が出るんだろうか。大学でも良い成績をとっていれば別なのかもしれないけど・・・・・・僕に社会の知識がないことが悔やまれる。わからない。
「僕は瑞希姉ちゃんに大学に行ってほしい気持ちと、自分と一緒にいてほしい気持ちと２つある。そして知識がないから、どちらがいい、なんて言えない。僕のことで瑞希姉ちゃんに迷惑がかかるようなことだけはやめてほしい」
「ううん。それは大丈夫よ。私が決めることは、私がしたいことを決めるんだから。蒼ちゃんが責任を感じることなんてないんだよ」
それでも僕は責任を感じてしまう。だって、僕が年下で、一緒に受験できない。だから、瑞希姉ちゃんは考えているんだよね。
「今はまだ進路を決める段階だから、あんまり蒼ちゃんも真剣に考えないでね。他に良い方法があるかもしれないから。ね」
瑞希姉ちゃんは優しく微笑んで、僕の背中をさすってくれる。
「うん、瑞希姉ちゃんも、あんまり無茶なことは考えないでね。僕なら１年、頑張れるから」
「わかってる。蒼ちゃんがそう言うことは。私が１年も堪えられないの」
瑞希姉ちゃんがにっこりと笑った。その笑顔を見て、僕も必死に笑った。
「今は蒼ちゃんとこうしていたい。今日はこうしていようね」
瑞希姉ちゃんはそういうと目を瞑った。僕も「うん」と答えて目を瞑る。そして夕暮れまで僕達は眠った。
◆
目が覚めるとベッドに瑞希姉ちゃんの姿がなかった。１階から音が聞こえる。僕はベッドから降りて、１階に向かう。時間は遅いけど、歯を磨いて、顔を洗う。そして台所へ向かった。
台所のテーブルの上には手作りの苺のホールケーキが置かれている。後、僕の大好きな唐揚げ、ハンバーグ、コーンポタージュスープ、シーザーサラダが並べられている。
いつの間にこんなに作ったんだろう。僕と一緒に寝ていたはずなのに。
「おそよう、蒼ちゃん」
「おそよう、瑞希姉ちゃん」
瑞希姉ちゃんは髪の毛を束ねて、首元で一束にして前に髪の毛を垂らしている。ポニーテールの時より大人っぽくて色っぽい。
「ホールケーキはね。昨日の夜から作っていたの。家から持ってきたんだ。後は、蒼ちゃんが寝てる間に作っちゃった。これから蒼ちゃんの誕生日会を２人でしましょ」
「僕、パジャマのままだから着替えてくるよ」
２階の自分の部屋へ戻ってＴシャツとデニムに着替えて、１階に戻る。そして台所のテーブルに座った。瑞希姉ちゃんもテーブルに座る。
瑞希姉ちゃんがホールケーキのロウソクに火を点けて、部屋の明かりを全て消す。
「蒼ちゃん、お誕生日おめでとう」
「ありがとう」
僕は口いっぱいに空気をため込んで、ロウソクを一気に吹き消した。
瑞希姉ちゃんがテーブルの上の電気だけを点ける。なんだか世界で僕達２人だけのような気がする。２人で心を温め合っているような空間だ。
僕と瑞希姉ちゃんは雑談をしては、ハンバーグや唐揚げを食べていく。
「今日は食べきれないほど、作ったから、残してもいいからね」
瑞希姉ちゃんがにっこり笑う。そして箸を伸ばして唐揚げを掴むと、僕の口の前まで持ってくる。瑞希姉ちゃんの他に誰もいない。だから、今日は恥ずかしくない。僕は口を大きく開けて、唐揚げを口の中へ入れてもらう。肉汁が染み出してきて、とても美味しい。
僕もハンバーグを一口分に箸で分けて、瑞希姉ちゃんの口元へ持っていく。瑞希姉ちゃんは恥ずかしそうにしながら、口を開ける。僕は瑞希姉ちゃんの口へハンバーグを入れる。
僕も瑞希姉ちゃんも顔を真っ赤だけど、お互いに「あ～ん」を繰り返す。それがなんだか、とても楽しかった。
ホールケーキを均等にカットして、皿に移して食べる。とても美味しい。苺も美味しいし、生クリームもスポンジも美味しい。瑞希姉ちゃんはケーキ屋さんにもなれるね。
僕の頬についた生クリームを瑞希姉ちゃんが指で取って、自分の口へ入れる。その姿がちょっとだけ艶めかしい。
残りのケーキは冷蔵庫の中へ入れる。明日の朝食はホールケーキと唐揚げとハンバーグだ。
２人で食べた、後片付けをする。ただそれだけなのに、楽しいし、嬉しい。自然と笑顔になる。瑞希姉ちゃんもずっと微笑んでいる。
今日は、瑞希姉ちゃんは家に帰る気はなさそうだ。夕暮れなんかに起きたから、全く眠れるような気がしない。
「今日は眠れるまで、蒼ちゃんの部屋でお話だね」と言って、瑞希姉ちゃんが笑う。僕もそうなるだろうと思う。
片付けが終わった時、瑞希姉ちゃんが瞳を潤ませて「誕生日おめでとう」と言って、僕の首に手を回して、つま先立ちになって、頬にキスしてくれた。嬉しいけど、恥ずかしい。
テーブルの上の電気を消して、僕達２人は２階の部屋へ向かった。
今日もとても良い香りがする。僕は香りに吸い寄せられるように、顔と体を寄せていく。凄く眠りやすい、何かの間に顔を埋め、僕は吐息をもらす。とても温かくて、とても柔らかくて、とても良い香りがして、安心する。
今日は休みだ。ゆっくりと埋もれていよう。体から力が抜ける。とても癒されていく。僕は思わず、その何かを引き寄せた。すると、とても柔らかくて、スベスベした感触が手に伝わった。
この感触は知っている。いつも僕の近くにいてくれる瑞希姉ちゃんの感触だ。でも、瑞希姉ちゃんには今日の休みのことは内緒にしている。僕が言っていないのだから、瑞希姉ちゃんは知らないはずだ。
何か柔らかいものが僕の唇に触れた。とても柔らかい何か。そして、誰かが僕の背中をさすってくれている。とても落ち着く。あれ？誰かが僕の背中を優しく撫でてる？
僕は深い眠りから段々と目を覚ます。そして薄目を開けると、鼻が触れそうなほど近くに瑞希姉ちゃんの顔があった。瑞希姉ちゃんが優しく微笑んで、僕の背中をさすっている。その瞳は”まだ、休んでいてもいいんだよ”と語っているようだ。僕は「うん」と言って、また微睡んでいく。
柔らかい温もりのある谷間に顔を埋めて、熟睡する。背中をさすっている手は段々ゆっくりになっていった。
僕は良い香りに包まれて目を覚ました。するとやっぱり目の前に瑞希姉ちゃんの寝顔がある。スヤスヤと気持ち良さそうに寝息をたてている。
僕は首だけを動かして、部屋にある時計を確かめる。時間は１２時３８分。もうお昼を過ぎている。なぜ、瑞希姉ちゃんがここにいるんだ？
今日休んだことは誰にも言ってないのに。瑞希姉ちゃんの顔をジッと見る。まつ毛が多く、長くて、とてもきれいだ。鼻も唇もとても可愛い。頬がスベスベしていそう。赤ちゃんみたいだ。
無意識に頬を撫でてしまった。やっぱりスベスベだ。瑞希姉ちゃん、眠っているのに、何を笑ってるの？楽しい夢を見てるのかな？
最近、瑞希姉ちゃんが僕のベッドで寝ていることが多くなったな。夜は家に帰っているのに、朝起きると必ず、横に寝ているんだよね。でもそれがとても気持ちよく、安心するから、注意することもできない。
いつの間にか、瑞希姉ちゃんは僕の心の安定剤になっちゃったな。このままいくと瑞希姉ちゃんがいなくなると生活できなくなっちゃうよ。ここまで甘やかされていいんだろうか。
瑞希姉ちゃんも高校を卒業したら、大学に行くことになる。やっぱり大都会のほうが大学の数は多いよね。瑞希姉ちゃんの成績だったら、絶対に良い大学にいけるはずだ。そうなったら遠くに離れ離れになるんだ。
その時に、瑞希姉ちゃんがいなくなった時に、僕はきちんと高校へ行けるんだろうか？きちんと生活していけるんだろうか？すごく寂しくなるんだろうな。寂しくて動けなくなったら、どうしよう。
突然、寂しさと冷たさが僕の心を襲う。咄嗟に瑞希姉ちゃんの体を抱きしめた。すると瑞希姉ちゃんが目を開けた。瞳が優しく僕の瞳を覗く。そして優しく微笑んで、背中をさすってくれた。
「おはよう蒼ちゃん」
「おはよう瑞希姉ちゃん」
瑞希姉ちゃんが僕に抱き着いてくる。僕は安堵の息を吐く。
「なぜ、僕が今日、学校を休むってわかったの」
瑞希姉ちゃんはクスクスと笑っている。
「蒼ちゃんってね、寝ぼけている時は、とても素直なんだよ。今日の朝、蒼ちゃんのベッドに潜りこんだ時、「今日も学校だね」って言ったら、蒼ちゃんが「今日は休み」って言ったの。だから、お姉ちゃんも学校を休んじゃった」
瑞希姉ちゃんは舌先をペロっと出して笑う。まるでいたずらっ子だ。その顔にドキっとする。そんな顔を他の人にしちゃダメだよ。絶対に瑞希姉ちゃんのストーカーになるから。
「あのね、寝ている時の蒼ちゃんは可愛いの。いつもベッドに潜り込むと、すぐにバレるんだよ。そしてね、すぐに私、抱き枕にされちゃうの。それが気持ちよくって止められない。最近、癖になっちゃった」
そんな、恥ずかしいことを言わないで～。寝ている時は無防備なんだから。そのこと誰にも言ってないよね。
「お母さんに話したら、「今度、私も蒼ちゃんの部屋に寝に行こうかな」て言って笑ってた」
瑞枝おばさん、そこは笑うところじゃなくて、娘を注意するところですよ。
「蒼ちゃんって、寝起きが悪いから、起きてすぐの記憶ってないでしょう。寝ると忘れちゃってるし。本当に可愛いな」
そんな弱点が僕にあるなんて知らなかった。誰にも言わないでほしい。
それから３０分ほど、瑞希姉ちゃんは僕を抱いたまま、僕の寝ている時の癖を話した。恥ずかし過ぎて、僕は話を聞き流した。こんなの覚えていたら、恥ずかしくて、これから瑞希姉ちゃんの顔を真っすぐに見れないよ。
瑞希姉ちゃんは起きてから、ずっとクスクスと笑っている。僕は恥ずかしくて布団の中に潜り込む。するとパジャマからきれいな鎖骨が見える。とてもきれいだ。顔が赤くなるのがわかる。思わず、布団から首を出す。
でもベッドの中が気持ち良すぎて、外に出る気にならない。瑞希姉ちゃんもそんな感じなのかな。
瑞希姉ちゃんはいつもはポニーテールにまとめているけど、お風呂に入った後はゴムを外すから、結構、黒髪が長い。それを簡単にカールにして、アクセントをつけている。ポニーテールも好きだけど、髪を自然とおろしている瑞希姉ちゃんも好きだ。髪の毛をおろしている時のほうが清楚で大人っぽい。
「瑞希姉ちゃん、大学、どこかに決まった？」
「まだ決まってないよ。というか決めてない」
「どうして？」
「蒼ちゃんが大学を決めてないから」
僕が大学の候補を決めるのは高校３年生になった夏頃だと思う。本格的に決めるのは冬前ぐらいだろう。その時、瑞希姉ちゃんは既に大学生になってるはずなんだけど。意味がわからない。
「僕が大学を決める頃には、瑞希姉ちゃんは高校を卒業してるよ。だから僕を待たないで、大学を決めないと」
「蒼ちゃんだったらそういうと思ってた。だから黙ってたの。私は蒼ちゃんと同じ大学に行きたいの」
「それだったら、瑞希お姉ちゃんが先に大学に進学していてよ。１年後から僕も同じ大学を受験するから」
「蒼ちゃんならそう言うよね。でも、蒼ちゃんのいない大学に行っても意味ないし、蒼ちゃんのいない都会に行っても、私には意味ないの。１年間も都会で蒼ちゃんが大学に来るのを待ってるなんてイヤ。絶対に寂しいに決まってるもん。もしかすると寂し過ぎて、ここに帰ってきちゃうかもしれない」
なぜだろう。僕の心が苦しい。胸が・・・・・・胸がおかしい。
「瑞希姉ちゃんが都会で寂しくなったら、僕が会いにいくから。僕がお泊りに行くから」
「でも、蒼ちゃんは高校３年生だよ。ずっと私の元にはいられないよ。だから私は絶対に寂しくなる。蒼ちゃんに会いたくなる。それにもう、蒼ちゃんとは離れたくない。小学校３年から今まで、離ればなれだったんだよ。やっと再会できたのに、２度と離れるなんてイヤ。絶対に離れたくない」
瑞希姉ちゃんが小さい声で呟く。これ以上、大きい声で話をすると泣いてしまいそうな声だ。瑞希姉ちゃんの目にうっすらと涙が溜まってる。僕がこの街を離れたことで、こんなに瑞希姉ちゃんの心を傷つけたんだ。僕は瑞希姉ちゃんの体を抱き寄せて、背中を何回もさする。言葉にできない。
僕もそうだ。瑞希姉ちゃんが都会の大学に行った後の１年間、僕はこの家で１人で受験勉強を頑張れるんだろうか。瑞希姉ちゃんに会いたくてしまうと思う。会えば離れたくないって思うだろう。もし、瑞希姉ちゃんの会いに行けば、この家に戻って来るのがイヤになるかもしれない。寂しくて、離れたくなくて。
でも、瑞希姉ちゃんには大学に行ってほしい。僕のために人生を、自由を捨ててほしくない。
どうすればいいんだろう・・・・・・どう言えばいいんだろう・・・・・・どうしたら解決できるんだろう。
「あのね、お姉ちゃんは考えたのです。１年だけ、大学行くのを遅らせようかなって。蒼ちゃんと一緒の大学を一緒に受けるの。そうすれば一緒の大学に行けるでしょ。いい考えでしょう」
「そんなことをして、僕がもし、大学受験に失敗したら、同じ結果になっちゃうよ。それは賛成できないよ」
「だから、蒼ちゃんが高校３年生になったら、私が専属の家庭教師をするの。蒼ちゃんが必ず合格できるように。それと私が合格できるように。私なんて１年も余分に勉強することになるんだから、お得よね」
冗談だろう・・・・・・でも瑞希姉ちゃんの瞳を見ると本気を感じる。これは冗談ではない。本気で瑞希姉ちゃんが考えていることだ。目が語ってる。
「もうお父さんともお母さんとも話し合いを繰り返したわ。お父さんもお母さんも理解してくれた。「瑞希の人生だから、瑞希の好きなようにしなさい」って笑っていってくれた。だから私は考えてるの。後悔したくないもん。」
僕は大人の社会はわからないけど、やっぱり浪人してる人と、新卒者では就職する面接に影響が出るんだろうか。大学でも良い成績をとっていれば別なのかもしれないけど・・・・・・僕に社会の知識がないことが悔やまれる。わからない。
「僕は瑞希姉ちゃんに大学に行ってほしい気持ちと、自分と一緒にいてほしい気持ちと２つある。そして知識がないから、どちらがいい、なんて言えない。僕のことで瑞希姉ちゃんに迷惑がかかるようなことだけはやめてほしい」
「ううん。それは大丈夫よ。私が決めることは、私がしたいことを決めるんだから。蒼ちゃんが責任を感じることなんてないんだよ」
それでも僕は責任を感じてしまう。だって、僕が年下で、一緒に受験できない。だから、瑞希姉ちゃんは考えているんだよね。
「今はまだ進路を決める段階だから、あんまり蒼ちゃんも真剣に考えないでね。他に良い方法があるかもしれないから。ね」
瑞希姉ちゃんは優しく微笑んで、僕の背中をさすってくれる。
「うん、瑞希姉ちゃんも、あんまり無茶なことは考えないでね。僕なら１年、頑張れるから」
「わかってる。蒼ちゃんがそう言うことは。私が１年も堪えられないの」
瑞希姉ちゃんがにっこりと笑った。その笑顔を見て、僕も必死に笑った。
「今は蒼ちゃんとこうしていたい。今日はこうしていようね」
瑞希姉ちゃんはそういうと目を瞑った。僕も「うん」と答えて目を瞑る。そして夕暮れまで僕達は眠った。
◆
目が覚めるとベッドに瑞希姉ちゃんの姿がなかった。１階から音が聞こえる。僕はベッドから降りて、１階に向かう。時間は遅いけど、歯を磨いて、顔を洗う。そして台所へ向かった。
台所のテーブルの上には手作りの苺のホールケーキが置かれている。後、僕の大好きな唐揚げ、ハンバーグ、コーンポタージュスープ、シーザーサラダが並べられている。
いつの間にこんなに作ったんだろう。僕と一緒に寝ていたはずなのに。
「おそよう、蒼ちゃん」
「おそよう、瑞希姉ちゃん」
瑞希姉ちゃんは髪の毛を束ねて、首元で一束にして前に髪の毛を垂らしている。ポニーテールの時より大人っぽくて色っぽい。
「ホールケーキはね。昨日の夜から作っていたの。家から持ってきたんだ。後は、蒼ちゃんが寝てる間に作っちゃった。これから蒼ちゃんの誕生日会を２人でしましょ」
「僕、パジャマのままだから着替えてくるよ」
２階の自分の部屋へ戻ってＴシャツとデニムに着替えて、１階に戻る。そして台所のテーブルに座った。瑞希姉ちゃんもテーブルに座る。
瑞希姉ちゃんがホールケーキのロウソクに火を点けて、部屋の明かりを全て消す。
「蒼ちゃん、お誕生日おめでとう」
「ありがとう」
僕は口いっぱいに空気をため込んで、ロウソクを一気に吹き消した。
瑞希姉ちゃんがテーブルの上の電気だけを点ける。なんだか世界で僕達２人だけのような気がする。２人で心を温め合っているような空間だ。
僕と瑞希姉ちゃんは雑談をしては、ハンバーグや唐揚げを食べていく。
「今日は食べきれないほど、作ったから、残してもいいからね」
瑞希姉ちゃんがにっこり笑う。そして箸を伸ばして唐揚げを掴むと、僕の口の前まで持ってくる。瑞希姉ちゃんの他に誰もいない。だから、今日は恥ずかしくない。僕は口を大きく開けて、唐揚げを口の中へ入れてもらう。肉汁が染み出してきて、とても美味しい。
僕もハンバーグを一口分に箸で分けて、瑞希姉ちゃんの口元へ持っていく。瑞希姉ちゃんは恥ずかしそうにしながら、口を開ける。僕は瑞希姉ちゃんの口へハンバーグを入れる。
僕も瑞希姉ちゃんも顔を真っ赤だけど、お互いに「あ～ん」を繰り返す。それがなんだか、とても楽しかった。
ホールケーキを均等にカットして、皿に移して食べる。とても美味しい。苺も美味しいし、生クリームもスポンジも美味しい。瑞希姉ちゃんはケーキ屋さんにもなれるね。
僕の頬についた生クリームを瑞希姉ちゃんが指で取って、自分の口へ入れる。その姿がちょっとだけ艶めかしい。
残りのケーキは冷蔵庫の中へ入れる。明日の朝食はホールケーキと唐揚げとハンバーグだ。
２人で食べた、後片付けをする。ただそれだけなのに、楽しいし、嬉しい。自然と笑顔になる。瑞希姉ちゃんもずっと微笑んでいる。
今日は、瑞希姉ちゃんは家に帰る気はなさそうだ。夕暮れなんかに起きたから、全く眠れるような気がしない。
「今日は眠れるまで、蒼ちゃんの部屋でお話だね」と言って、瑞希姉ちゃんが笑う。僕もそうなるだろうと思う。
片付けが終わった時、瑞希姉ちゃんが瞳を潤ませて「誕生日おめでとう」と言って、僕の首に手を回して、つま先立ちになって、頬にキスしてくれた。嬉しいけど、恥ずかしい。
テーブルの上の電気を消して、僕達２人は２階の部屋へ向かった。
