僕は今、高坂高校の職員室にいる。朝のHR前だから多くの先生達が職員室で忙しそうにドタバタしている。


 事務員の方に案内されて職員室に入り、今、少しプチデブというか、少しふっくらしているというか、椅子の上でダルそうに座っている新田陸(ニッタリク)先生の前にいる。今度、僕の担任になってくれる先生だ。


「お前が転入生の空野蒼大(ソラノアオト)か。こんな2学期のはじめの、中途半端な時期に転入してくるとは珍しいな。ま~、クラスで問題なく、やってくれるなら問題ない。俺に迷惑かけるなよ」


 う~ん、新田先生の言っていることをまとめると、「俺に迷惑かけるな。ダルいから」って言いたいんだろうな。これはダメな先生のパターンだな。あだ名をつけるなら「ダル」だな。いつもダルそうにしてるから。


 僕は先生の説明を聞いて、そんなことを考えていた。


「お前、以前に、この街で暮らしていたんだってな。それなら、この街について、説明はいらないだろう」


「僕が住んでいたのは小学校3年生までです。今となっては、ほとんど覚えていません。新しい街のようなものです」


「そうか。だったら早く友達を作って、そいつ等に教えてもらえ」


 やっぱり、新田先生、自らがこの街のことを説明することはなさそうだ。やっぱり「ダル」だな。


「HRの時に一緒に付いて来い。お前のクラスは2年3組だ」


「はい」


 学校中にHRを報せるチャイムが鳴る。新田先生は何か、授業に使うのだろう、プリントを小脇に抱えて、席を立ちあがって、歩き始めた。僕はその後ろへ付いていく。


 新田先生が2階に上がると、まだ席に着いていない生徒が廊下ではしゃいでいた。新田先生の顔を見ると、慌てて教室の中へ入っていく。


「早く、教室の中へ入れ~」と大声で言った後「面倒くさいな」と小声で、新田先生は呟いた。本当にダルそうな先生だ。


 僕は新田先生の後に続いて2年3組の教室の中へ入っていく。先生の横にならんでクラスメイトを眺めると、みんなが「誰だ?」という顔で僕のほうを見ている。中学の時も何回も転校しているので、この雰囲気には慣れているが、緊張するのは慣れない。


「今日は転入生を連れてきた。これからお前達と同じクラスの生徒だ。仲良くしてやれよ。問題を起こして、俺の手を煩わすなよ」


 ダメだ、この先生、本音がダダ洩れだ。これからは「ダル」と呼ぼうかな。


 大柄な男子が「ダル先生の説明はいいから、早く転入生の紹介をしてくれよ」と大声で言った。


 やっぱり先生のあだ名は「ダル先生」なんだな。僕が思っていたのは間違っていなかった。俺も「ダル先生」呼ぼう。


 ダル先生は「お前が自分で自己紹介するんだよ。早く皆に自己紹介しろ」と言ってきた。


「僕は空野蒼大と言います。昔、この街に住んでいたんですが、小学校3年生の時に、親の事情で、この街から離れていました。また、この街で暮らすことになったので、よろしくお願いします」と自己紹介をした。


 クラスメイトから疎らな拍手が起こる。俺みたいな普通の男子高生が転入してきたからっていって、大騒ぎされることは今まででもなかった。美少女やイケメンなら別なんだろうけど、僕はいたって普通のタイプだから。


 俺はクラスメイトに深々と礼をする。


「これで転入生の紹介は終わりだ。くれぐれも俺の手を煩わせないように。面倒だから。日々、平和に授業をこなすように。クラスのお前達も同じだぞ。俺に迷惑をかけるなよ~」


 ダル先生はダルそうに教壇の上でクラスメイトに話しかける。クラスメイトも大半は聞いていないようだ。。


「空野、お前の席は、クラスの中央にある空席だ。咲良、悪いがお前が空野の面倒を見てやってくれ。周りの生徒も空野に協力してやってくれや。空野は自分の席へ行って、早く座って授業の用意をしろ。俺からは以上だ。」


 僕は空席に向かって歩いていく。席につくと咲良と呼ばれていた女子がにっこりと笑ってくれた。とてもやさしそうだ。


「私、堂本咲良(ドウモトサクラ)っていうの。空野くんだっけ。仲良くしてくださいね。なんでもわからない所は聞いてね。私でできることがあれば教えるから」


 僕は堂本さんに頭を下げて、お礼をいった。隣に可愛い子がいるなんてラッキーだな。


 HRのチャイムがなり、ダル先生は教室から去っていった。


 さっき、ダル先生に話しかけていた長身の生徒が、俺の所へ歩いてくる。身長が高くて、シャツごしにでも筋肉隆々なのがわかる。俺は正直、内心で引いていた。


「お前、小学校の時に転校して言った。蒼大だろう。俺だよ。小学校の時に、よくお前を虐めてた、小栗悠(オグリユウ)だ。覚えてないかな。いつもお前を虐めてて、瑞希姉ちゃんに怒られてたんだけど」


「ゴメン。覚えてない。小学校の時は優柔不断で人見知りが激しくて、小学校で虐められていたのは覚えてるし、だれか女の子に助けてもらってたのは覚えてるけど・・・・・・細かいことを覚えていなくてごめん」


「そんなことはいいさ。俺が覚えてるんだからな。俺は蒼大が戻ってきてくれたことを大歓迎するぜ。早速、今日の帰りにでも遊びにいかないか。街のことも教えてやるよ。俺のことは悠と呼んでくれ」


 はじめは外見だけで怖いと思ったけど、話してみると小栗くんは良い奴のようだ。小栗君が手を差し伸べてきのたで、僕はおもわず、にっこりと握手した。


 もう2人、僕のほうに寄ってきた。1人は第2ボタンまで外して、髪の毛を茶髪にして、耳にピアスをしている。とても外見がチャラい。


「空野くん、覚えてないかな。小学校3年生の時、同じクラスだったんだよ~。あんまり放課後は遊んだこと、なかったけどさ~、学校内ではそれなりに仲良かったんだけど~。あ、僕は神崎蓮(カンザキレン)って言うんだ。気軽に蓮と呼んでよ。空野君のことも蒼大って呼ぶからな。仲良くしようぜ~」


 連は俺に強引に握手した。積極的な奴だけど、悪い奴ではなさそうだ。俺は「よろしく」と手短にこたえた。


 もう一人は体が華奢でヨロヨロしていて、典型的なオタクっぽい男子だった。


「僕は黒部瑛太(クロベエイタ)って言うんだ。小学校の時、空野くんと一緒に虐められ組だった。この学校には陰湿な虐めなんてないから安心して。空野君と街に帰ってきてくれて嬉しいよ。仲良くやろう。僕のことは瑛太でいいからね。空野君も瑛太と呼んでくれると嬉しい」


 あっという間に小学生の時に友達だったらしい3人と出会えて僕は嬉しかった。やっぱり、この街に帰ってきて良かったと思った。


 みんなはそれぞれ自己紹介が終わると自分の席に戻っていった。僕は小学校の記憶がほとんどない。でも3人は友達になってくれそうだ。これは嬉しいことだ。誰も知り合いがいないより、よほど快適だ。


「空野君、以前はこの街にいたんだね。さっそく、3人も知り合いができてよかったね。私も安心したよ~」


「ありがとう、堂本さん。そうだね。本当に運がいいね」


 堂本さんの近くに2人の女子がやってきた。


「咲良も転入生の世話なんて押し付けられて大変だよね。私だったら嫌~って答えてるわ」


「そんなこと言わないの。莉子もきちんと自己紹介をしてあげてよ」


 堂本さんが莉子の呼ばれている子の手を引っ張って、俺の前に立たせる。


「倉下莉子(クラシタリコ)って言うの。転入生くん、あんまり咲良に迷惑かけないでよね」


 身長が小さし、幼児体型のわりにはハキハキとした物言いだな。ここは素直に聞いておこう。この手のタイプは苦手だな。


「うん、堂本さんに迷惑かけないように頑張るよ」


もう1人の女子が深々と礼をした。


「私は柏葉芽衣(カイワバメイ)と言うの。咲良の友達よ。空野くん、学校に来たばかりだから、何かとわからないことも多いと思う。私も咲良を応援するから。空野くんも、私に色々と聞いてきてもいいからね」


 おっとりした口調に優しい眼差し、癒されるわ~。さっきの倉下さんとは大違いだな。このことは友達になれそうだ。


「空野蒼大と言います。慣れないことも多いですが、よろしくお願いいします」


 柏葉さんは倉下さんを連れて自分達の席へ戻っていった。


 僕はさっそく、鞄の中から新しい教科書を取り出して、ノートをと筆箱を用意して授業に臨む。


 高坂高校の転入試験にも合格してるぐらいなので、成績はそんなに下のほうではない。授業さえ、きちんと聞いて、要点をノートにまとめていけば、授業から遅れていくことはないだろう。


 僕は午前中の授業を無難にこなして、昼休憩となった。悠が俺の席にやってくる。


「蒼大も弁当をもってきていないようだな。俺と一緒に学食へいくか。案内してやるよ」


「俺もいきたいな~、一緒に行こう蒼大」


「僕もご一緒します」


 蓮と瑛太も一緒に学食へ行くことになった。学食はまず食券を買って、トレイを持って、食堂から料理をもらうシステムになっている。


「俺はいつも日替わりを食べてる。これが一番、外れがないし、飯も多く食べられる」


 悠がにっこり笑って、日替わり定食を勧めてくる。今日の日替わり定食は唐揚げ定食だった。僕も唐揚げは大好きなので、日替わり定食を頼むことにした。


 連と瑛太も日替わり定食の食券を買って、列に並ぶ。


 食券と料理場のおばちゃんに渡して、トレイを持って、料理が出てくるのを待つ。5分もしない間に、唐揚げ定食がトレイの上に並べられた。僕と悠はトレイともって食堂の空き席を探す。丁度、窓際の席が空いた。そこへ僕と悠は対面に座って、トレイを置く。ほどなくして蓮と瑛太もトレイを持って、俺達の席の隣に座った。


 全員がそろったところで、各々が定食を食べていく。


「蒼大、転入、早々に堂本と友達になれるなんてラッキーだぞ。堂本はクラスでもマスコット的な存在だからな」


「そうそう、可愛いうえにドジっ子でさ~。放っておけないというか。庇ってやりたいというか。可愛いんだよな~」


「僕は断然、柏葉さんが良いです。あのおとっりした眼差し、落ち着いていてお姉さん的な優しさがあって、ほんわかしていて、見ているだけでも癒されます」


 悠と蓮と瑛太が口々に、それぞれ言いたいことを言っている。


 確かに転入早々、堂本さんのような可愛い女子と知り合いになれたのはラッキーだと思う。それに柏葉さんも優しいし、この際、倉下さんのことは放っておこう。話題にもなってないし。


「俺なんかさ~、毎日のように堂本さんに、帰りに遊びに行こうって誘ってるんだけど、信用してもらえないんだよな~」


「それは日頃のお前の行動が悪いんだろう。女子なら誰にでも声をかける性格をなおせ。そうすれば少しは堂本も本気にしてくれるかもしれないぞ」


 悠が蓮をたしなめている。そうか、蓮は女子であれば誰にでも声をかける性格なのか。確かに外見からも軽そうだもんな。


「僕は柏葉さん一筋ですからね。蓮とは違います」


「うるさい、この根暗。お前、一度も、柏葉とまともに話せないじゃなか~。お前に比べたら俺のほうがマシだわ~」


 瑛太が言った言葉に蓮が反論する。そういえば瑛太って根暗そうだもんな。柏葉さんに簡単に話しかけられるタイプじゃないよな。それにしても蓮は軽すぎだよ~。小さい時もそういう性格だったのかな。全く思い出せない。


 僕達は雑談をして食堂に時間を潰した。昼休み終了のチャイムがなり、僕達はトレイを返却口に返して食堂を出て、教室に戻る。


 教室に帰ると、弁当の良い香りが漂っていた。堂本さんがお弁当を片づけている。堂本さんは弁当派か。


 午後の授業が始まった。俺は先生の説明を聞いて、ノートに要点をまとめていく。これなら授業についていけそうだ。


 午後の授業がおわり、ダル先生のHRとなった。「今日は何も伝達事項なし。まっすぐ家に帰れよ。俺に迷惑かけるなよ~」と言って、ダル先生は教室を出て行った


 僕は、机の上を片付けて教室を出る。悠が「一緒に帰ろうぜ」と声をかけてきた。「俺はデートがあるから、蒼大、また明日ね~」と言って、蓮は教室をでて、他のクラスへ走っていった。忙しい奴だ。瑛太は帰りに学校の図書館に寄って帰ると言って姿を消した。


 僕と悠は教室をでて階段を降りて、校舎を出る。偶然にも途中まで通学路が一緒だった。


「お前は覚えてないかもしれないが、結構、小学校の時、お前をからかって、虐めて遊んでいたんだ。瑞希姉ちゃんに怒られてさ~。いつも瑞希姉ちゃんに俺が泣かされてたよ。お前は瑞希姉ちゃんのお気に入りだったからな。だから、俺は、余計にお前を虐めたんだと思う。今更、謝るのもおかしいが、小学校の時はすまなかったな」


「いいよ。別に、僕はほとんど、覚えてないんだし、気にすることないよ。高校に入ってから友達になってくれてありがとう」


「面と向かって言われると体が痒くなるな。ここで俺は道を曲がるから。それじゃあ、また明日、学校でな」


 僕と悠は通学路の道を分かれた。悠ってほんとうに体がでかいな。あんなに歩ているのに背中が大きく見える。


 僕は1人で通学路を歩いて家に着いた。ポケットから鍵を出して、鍵を回すと、扉が開いてある。おかしいな、きちんと朝に鍵は閉めたはずなんだけどな。


 僕は不審に思いながら、玄関へ入って靴を脱いでリビングへ行くと、台所に制服のシャツ姿のままエプロンをしている。ポニーテールの女性が、料理を作っている。なんだか鼻歌まで歌って、上機嫌だ。


「あの~。この家は僕の家なんですが。家を間違っていませんか?」


 ポニーテールの女子はクルリと俺へ振り返った。クリクリした瞳に切れ長の二重瞼が印象的だ。ポニーテールが機嫌よく揺れている。


 見知らぬ女子は俺を見ると、お玉を鍋の中に置いて、リビングへ走って来ると、いきなり僕に抱き着いた。


「会いたかったよ蒼ちゃん。会いたかった。お姉ちゃん、会いに行ってあげるって約束してたのに、1度も会いにいけなくてゴメンね」


 僕に抱き着いた女子は僕に抱き着いたまま、泣いている、目から涙を流して僕の肩に顔を当てて、泣いている。


「あの、落ち着いてもらえないですか。僕も混乱していて、順を追って、教えてほしいんですが」


「そうだね。私は蒼ちゃんの隣に住んでる千堂瑞希(センドウミズキ)。高坂高校の3年生だよ。君のお父さんに、私の親が家の管理を任されていてね。だから家の鍵を持ってたの。時々、家の掃除もしてたんだからね」


「それはどうも、ありがとうございます」


「蒼ちゃん、私のこと覚えてない。小学校3年まで毎日、一緒に帰っていた瑞希姉ちゃんだよ。蒼ちゃん、大好きって言ってくれてたじゃない」


 ん~なんとなく思い出してきたぞ。いつも家に連れて帰ってくれる、手の温もりと安心感。だれか僕をいつも守って、家まで連れて帰ってくれていた。それが瑞希姉ちゃんというわけだな。


「すこし思い出しました。小さい頃はお世話になりました」


「そんな他人行儀はやめてよ。私の家と蒼ちゃんの家は家族ぐるみの付き合いだったんだよ~。だから私は蒼ちゃんのお姉ちゃんなんだから。遠慮しちゃダメなんだからね」


 そんな感じだったんだ。僕、何にも覚えてないや。瑞希姉ちゃんには悪いけど、思い出せない。


「・・・・・・ありがとうございます・・・・・・」


「今日は、蒼ちゃんが大好きだった、カレーライスを今、作ってるからね~」


 確かに昔の僕はカレーライスが好きだった。本当に瑞希姉ちゃんは小さい頃からの幼馴染なんだな。


「・・・・・・蒼ちゃん、昔の約束、覚えてるかな・・・・・・」


「・・・・・・約束ですか。すみません小さい頃の記憶って、霞の中にあるようで、思い出すのに時間がかかるんです。今は覚えてません」


「・・・・・・そっか、残念。私はずっと覚えていたんだけどな・・・・・・ま、いっか。そのうち思い出してね」


 その顔は一瞬、寂しそうに見えた。僕は悪いことをしたような気分になる。


「じゃあ、もう一度、私のことをいうわね。私は蒼ちゃんの幼馴染のお姉さんで、千堂瑞希。これからは、蒼ちゃんの身のまわりのお世話は、お姉ちゃんが全部してあげるからね」


 瑞希姉ちゃんは優しい眼差しでにっこりと笑顔で宣言をした。