土曜日になった。僕はTシャツにブラックスキニーデニムを着て、MA-1を羽織って家を出た。まだ9月なので昼頃になると、蒸し暑くなるかもしれない。その時にはMA-1を脱ごう。
 

 待ち合わせ先の駅に向かうと芽衣、蓮、咲良が既に待っていた。咲良の服装はカラーフラワーワンピースでとても可愛い。咲良に似合っている。芽衣はニットに花柄のスカートだ。普段からおっとりしている芽衣に、似合ってると思う。蓮はTシャツの上にパーカーを着て、ジーンズを履いている。


 僕達は駅の券売機で切符を買って、電車に乗り込んだ。結構な人混みだ。僕は咲良を守るようにして、ドアの端に咲良を押し込んで、その前に立って、腕を伸ばして電車の壁に手をつける。後ろや横から押し寄せる人達の重圧がかかるが、咲良が楽に立っていられるように重圧に耐える。


 芽衣と蓮は電車の中央で人に囲まれて、向かい合った状態で動きが取れなくなっているようだ。電車が走り出して30分が経ち、乗客は主要駅で降りたので、僕達は身動きが取れるようになった。


「蒼、私を庇ってくれて、ありがとうね。私は楽だったけど、蒼は大変だったんじゃない?大丈夫?」


「これくらい、なんともないよ。一応、男の子だからね。咲良のことを守らないと」


 咲良は顔を赤くして俯いてしまった。連と芽衣は空いていた席に座って、疲れを癒している。僕も咲良の手を取って、空いている席に隣通しに座った。咲良は僕に持たれた手を、しきりに摩っている。


 そういえば、咲良は男子とあまり、手を繋いだことがなかったんだっけ。気を付けないといけないな。


「ごめんね。また咲良の手を持っちゃったね。咲良、恥ずかしかったかな?」

「ううん。相手が蒼だから平気。私ね、手を繋がれるとドキドキしちゃうの。ごめんね。」

「咲良が手を繋ぐのが嫌なら、これから気を付けるよ」

「ううん。嫌じゃない。蒼だったら大丈夫・・・・・・手を繋いでくれると嬉しい」


 なんだか咲良の初々しい感じがとても可愛い。可愛い顔を見たいから、どんどん手を繋ぎたくなる。


 連と芽衣のほうと見ると、座っているにも拘わらず、芽衣の手を握ろうとした蓮が、芽衣が手を躱して、自分の膝の上に手を置いていた。蓮はもの欲しそうな顔で、芽衣の手を見ている。蓮、そんな顔するもんじゃないよ。


 電車にガタゴトと揺られて、20分ほどで目的地の水族館に着いた。僕達の住んでいる街から一番、近い水族館だ。けっこう人が並んでいる。僕達はチケット売り場の列に並んで順番を待つ。


「俺は水族館といえばサメが好きだな~。海では間近で見れないからな」

「私はペンギンやイルカが好きよ。イルカってとても優しい目をしているもの」


 蓮と芽衣もいい雰囲気で盛り上がっている。


「咲良は何が好きなの?」

「私は熱帯魚かな、それと変わったところで言えば深海魚が好き」

「僕も深海魚好きだな。変わった魚が多くて面白いから」

「蒼と同じものが好きで良かった。一緒に楽しめるね」


 俺と咲良は深海魚コーナーが好きということで盛り上がった。


 蓮が僕達のほうへ振り返って、にっこりと笑う。


「ここって、大パノラマの大水槽がすごいらしいよ。後、海底トンネルも面白そうだな」

「蓮、よく知ってるね。あれ?お前、手に持ってるのは、この水族館のパンフじゃん。どこにあったの?」

「チケット売り場のところに置いてあるよ。さっき、ちょっと行って取ってきた」


 蓮の奴、さすがに抜け目がない。パンフがあれば水族館で迷うことはないな。後で僕も取ってきておこう。


 咲良はさっきから、顔を真っ赤にして俯ている。そしてモジモジしているが、何を恥ずかしがっているんだろう。


「どうしたの咲良、さっきからモジモジして、何か忘れ物でもしたの」

「んん、違うの、私の今日の服装って変じゃないかな。大丈夫かな?」


 そう言えば、さっき咲良の服装を見て、すごく似合ってると思ったのに、本人に褒めるのを忘れてた。


「今日の咲良の洋服は、咲良にすっごく似合ってると思うよ。制服の時より可愛く見える。これで咲良がにっこりと笑ってくれたら百点かな」

「ありがとう。一生懸命、服を選んできて良かった。蒼に褒めてもらえたから」


 咲良はにっこりと僕に微笑んでくれた。やっぱり咲良には、笑顔がよく似合うな。


「お二人さん、イチャついているところ、悪いんだけど、チケット売り場に着くよ。」


 別段、俺達はイチャついていたわけじゃないし。芽衣そんなウフフと笑って、人の顔を見るのはやめてね。恥ずかしいから。


 僕達4人は水族館のチケットを買って、水族館の中へ入っていく。パンフレットを貰っていくのは忘れない。はじめに現れたのは小さな水槽の群れだった。水槽の中を覗くと藻の間に小さな魚が隠れていたり、石と同色な魚が、岩場でジッとしている。餌を投げ込んでみたいな。


 蓮は芽衣の背中を手で押して、水族館の中へドンドンと入っていく。今日の目的は蓮から芽衣を守る監視役だったのに、芽衣から離されたら意味ないじゃないか。

「俺と芽衣は2人で適当に水族館を楽しむから、お前達2人も俺達に構わず、2人で楽しめよ。イルカショーの時に集まろうぜ」


 芽衣も頷いている。連と芽衣の2人は水族館の中へ消えっていった。


 そうか、蓮と芽衣は、俺と咲良にデートをさせるつもりだったんだな。連と芽衣がグルになってたんだ。頭の良い芽衣ならあり得る。まんまと引っかかった。


 咲良が僕のほうを見て不安そうな顔をしている。僕は咲良と手を繋いでゆっくりと歩いていく。僕達はクラゲのコーナーに来た。ブラックライトを当てられて、クラゲたちは浮いたり、沈んだりして、幻想的な風景を作り出す。


「私、クラゲってこんなに可愛いって知らなかった。可愛い。」

「本当に可愛いな。このクラゲ達って食べられるかな。」

「クラゲって食べられるの?」

「食べられるクラゲもあるって聞いたよ」

「せっかく幻想的な雰囲気で楽しんでるのに、食べるとか、蒼、幻想を潰さないで」


 そうだね。僕の配慮が足りなかった。確かに幻想的な空間の中で、現実的なことを言うのはダメだね。


 僕と咲良は丁寧に1つづつクラゲの大きな水槽を見て回る。咲良が気に入ったのは特に小さなクラゲだった。クラゲに集中しているから、自然と体が密着する。顔と顔の距離が近くなる。僕はドキドキするが、クラゲに夢中な咲良は全く気付いていない。


「咲良はクラゲが気に入ったんだね。僕も気に入った。売店でクラゲのグッズがあったら買って帰ろうか」


 咲良は目をきらきらと輝かせて「うん」と頷いた。


 クラゲの展示室はブラックライトを使用してるせいか、他の場所よりも暗くて幻想的だ。僕達が手を繋いで、その中を歩いていると、小さい子供達が駆け抜けた。ドンと咲良にぶつかっていく男の子もいる。咲良が少し、よろめいた。僕は咲良の腰に手をかけて、咲良がコケないように抱き寄せる。


「蒼、コケないように支えてくれてありがとう。助かっちゃった。でもこの格好、恥ずかしいよ~」


 僕は咲良がコケないように立たせて、咲良の腰から手を放した。咲良は耳まで真っ赤になっている。


「ゴメンよ。咲良がコケると思ったら、つい手が出ちゃった。恥ずかしいよね。ゴメンね」

「ううん。蒼のせいじゃないから。それに嬉しかったからいい」


 僕と咲良は手を繋いで、クラゲコーナーを堪能して、パノラマの大水槽へ到着した。中にはイワシ達が凄い群れで回転して泳いでいる。その姿は壮大だった。


「すごい。すごい。小さな魚が群れて回転して泳いでる~。本当の海の中みたい~」

「さすがこの水族館で一番の大水槽だね。おおきなサメやエイもあんなに優雅に泳いでいるよ」


 本当に海の中みたいだ。僕達は手を繋いで茫然と大水槽を眺めていた。すると蓮達と偶然に会った。芽衣と蓮も手を繋いで、いい感じだ。蓮がスマホを取り出してニヤッと笑う。


「俺と芽衣をスマホのカメラで撮ってくれよ。後でお前達も撮ってやるからさ」


 咲良を見ると照れて、体をモジモジさせている。僕は連からスマホを受け取ると蓮と芽衣に向かってスマホを構える。すると蓮が芽衣の腰に手を持っていこうとした。そして芽衣に手を叩かれている。結局、蓮と芽衣は手を繋いで、僕の前に立つ。僕はカメラを連写して、数枚の2人のツーショットを撮った。


 次は僕と咲良の番だ。僕達2人は手を繋いで蓮の前に立つ。しかし、蓮から「もっと体を密着させて、もっと仲良い雰囲気を出せよ。表情が硬すぎる」と文句を言われた。


 するといきなり、咲良が僕の腕にしがみ付いて、体を密着させて、蓮ににっこり笑う。僕も笑顔を作ると、蓮は僕のスマホを連写して、僕達2人のツーショットをカメラに収めた。「なかなか良かったぞ」と声をかけてくる。


 蓮から返してもらったスマホで写真を確認する。体を密着させた僕と咲良が2人でにっこり笑って写っている。確かにすごく仲が良さそうに映っている。


「蒼、後で、私にも、その写真ちょうだいね。今日の記念だから」

「わかった。今、送るわ」


 僕は咲良にツーショットの写真をメールに添付して、今、撮った全ての写真を送った。気が付くと蓮と芽衣はいなくなっていた。周りを見回してもどこにもいない。


 僕達は蓮達を探すのを諦めて、深海魚のコーナーへ向かった。深海魚のコーナーも暗くなっていて、深海魚を驚かせないように、静かなコーナーになっている。僕と咲良は手を繋いで、深海魚を見ていく。やっぱり深海魚って面白い。色々な変な顔をした魚達がいる。


 咲良が気に入ったのは光が点滅するシンカイウリクラゲだ。真っ暗な水槽の中で体が光っていて可愛い。他にもハダカカメガイが可愛かった。


 唐突に咲良が僕のほうを振り向く。ほとんど密着状態だったから、咲良のクリクリとした目が近い。僕はドキッとする。


「瑞希先輩とこういう所へ来たことある?」

「ない。いつも出かけるのはスーパーが多いかな。夕食の買い出しに」

「瑞希先輩とデートしたことないの?」

「ない。モールへ行ったことがあるくらい、それも僕の髪を切りに」


 咲良が顔を赤くして、胸の前で両手を合わせて、小さい声で「私が1番だ」と囁いた。そして咲良の僕を見る目が、ウルウルと潤んでいる。そして優しくにっこりと微笑んで、僕の胸に飛び込んできた。咄嗟に咲良の体を抱きとめる。


「あのね、私、蒼が転校してきてから、学校に行くのが、いつもより楽しくなったんだよ」

「・・・・・・」

「蒼といると、とても楽しいの。私のいいたいことわかるかな?」


 莉子と芽衣から、咲良が僕に好意があることを聞いている僕は、咲良が何を言いたいのか、すぐにわかった。


「なんとなくわかる・・・・・・だから咲良、無理に言葉にしなくていい。わかるから」


 咲良はジッと僕の顔を見ている。


「実はさ、僕って年齢=彼女いない歴でさ。その~。まだそういうことが、今一つわからないんだ。でも、咲良と友達になれたこと、とても嬉しく思ってる。クラスの中で一番の仲良しの女子だと思ってる。これかももっと仲良くしたいと思ってる。もし咲良がいなくなったりしたら寂しいと思う。悲しいと思う。探すと思う。僕はまだまだだから、こんな言い方になっちゃうけど、僕の精一杯の言葉だから。咲良に通じてほしい」


 咲良は僕の言葉を、一生懸命に理解しようとしてくれているようだ。そして、咲良は「私にもチャンスがあるんだ」と小さく呟いた。


 僕は咲良の顔を見ていることが出来なくて、俯いてしまう。すると咲良が僕の首に手を回して、僕を抱きすくめた。


「蒼が私と仲良くしたいって、気持ちが伝わってきたよ。私ももっと蒼と仲良しの友達になりたい。蒼、精一杯の言葉をありがとう」

「僕には恋や恋愛の気持ちって、まだわからないんだ。ゴメン咲良。こんな言い方しかできなくて」


 すると咲良は僕の体を放して「ウフフ」と口に手を当てて笑う。


「蒼って美少女のような顔してるから、今までモテモテだったんだろうなって思ってたんだけど、意外と奥手なのね。安心した」と言ってにっこりと笑った。


 僕と咲良は海底トンネルのエスカレーターをのぼって、2階に行くと大水槽の上に出た。係員のお姉さんがウェットスーツを着て、シュノーケルを口につけて、魚達に餌をあげるために、大水槽へと潜っていった。


 2階に休めるフードコーナーがあった。僕と咲良はフードコーナへ入ると、テラスの席が空いていた。僕達はテラス席へ座る。咲良と僕はトロピカルアイスティーを頼んだ。


 風が流れて、咲良の髪を風邪が撫でていく。咲良の髪がキラキラと光る。そして咲良は優しく微笑んで、トロピカルアイスティーを飲む。僕も何を言いのかわからずにトロピカルアイスティーを飲んだ。


 おもむろに咲良が口を開く。


「私ね。今まで、結構な人数の男子に告白されてるんだよ。全員、断っちゃったけど。なぜかっていうと私も蒼と同じで恋や恋愛って何なのかわからなかったの。何人かの男子と付き合ってもみたんだけど。どうしてもわからなかった。蒼と同じだね」


 僕は何も言えなかった。どいう言っていいのか、わからなかった。ただ黙って咲良の話を聞いた方がいいと思った。


「するとね、付き合った男子って、付き合い始めて1カ月ほどすると、必ずキスとか求めてくるの。私が付き合ってる男子のことを好きなのか、どうかもわからないって悩んでる時によ。デリカシーないって思った。だから全員、私のほうから振ってちゃった。今でも恋とか恋愛って、どんなのかわからない。蒼と同じ」


 咲良は僕を励まそうとしてるのかな。そんなに僕が落ち込んでいるように見えるのかな。


「だから今でも、はっきりわかるかって言われると自信がない。でも蒼とはもっと仲良くなりたい。もっと近くで蒼と接していたい。もっと蒼と会っていたいの。これが今の私の気持ち。それだけはわかってね」


 僕は小さく「うん」と返事をした。


 その後は、2人とも顔を真っ赤にして目を合わせることもできなかった。フードコーナーでは海辺の音の曲が流れていた。僕達はイルカショーが始まるまで、テラスで2人、見つめ合っていた。