葵さんと会ってから2日が過ぎた。僕が教室にはいると、既に蓮が朝から芽衣を口説いていた。


「な~、芽衣。いいだろう、1回くらいデートしてくれても。1回だけでいいからさ~」


 最近は毎日、蓮は芽衣を口説いてるな。芽衣も最近は慣れてきたようで、蓮を無視して、教室に入って来たばかりの僕に手を振った。僕も芽衣に手を振り返す。そして芽衣の席まで歩いていく。


「芽衣。俺、真剣なんだけど。ちゃんと聞いてくれよ~」


 連の甘えるような声が聞こえる。芽衣の母性本能に訴える作戦のようだ。芽衣は顎の下に人差し指を持っていって小首を傾げて考えている。その姿が可愛い。


「ん~。どうしようかな。蓮と2人きりだと、なんだか危ない気がするな~」

「そんなことないって。俺、全然、安心だから。なんにも危険なことなんてないから」


 芽衣は手をポンと叩いて、目を輝かせる。


「蒼大が一緒ならいいわよ。蓮より断然、安心できるもの。蒼大が一緒ならデートしてあげてもいいわ」


 蓮の後ろに立っていた僕は、芽衣の提案に思わず、ビックリして後ずさる。なぜ、蓮のデートに僕が一緒に行かないといけないの。それだとデートとは言わないと思うんだけど。


 蓮が後ろを振り返って、僕を睨む。


「蒼大がそこにいるから、芽衣が変なことを言い始めたじゃないか。蒼大のせいだからな」

「私が蓮にデートOKって言ったのは蒼大が教室に入って来たから、それでアイデアが浮かんだのよ。蒼大に文句をいうのはお門違いだわ。蓮とのデートの条件は、蒼大も一緒にいくことです」


 2人はデートでいいかもしれないが、そのデート風景を僕1人で見てろって言うの。それって、芽衣、かなり僕が悲しい、寂しい人じゃないかな。


「芽衣の言いたいことはわかったけど、僕に2人のデートを観察する趣味はないよ。僕1人が浮いちゃうじゃないか。そんなの嫌だよ」

「そうね。確かに蒼大が可哀そうね。じゃあ、蒼大は咲良を誘ったらいいんじゃないかしら。咲良も今度の土曜日は何も予定が入っていないはずだよ」


 え、僕が咲良をデートに誘うの。そんな勇気なんて持ってないよ。今まで女子をデートに誘ったことなんてないんだから。


 俺は咲良の座っている席を見る。咲良と目が合った。僕は咲良を手招きする。咲良は不思議な顔をして、席を立って、僕達のところまで歩いてきてくれた。


 咲良は「蒼、おはよう」と声をかけてくれる。僕も穏やかに微笑んで、咲良に「おはよう」と言った。


「朝から何を騒いでるの。蒼に呼ばれて来てみたんだけど、私、状況が全くわからないよ」


 蓮が泣きそうな声で咲良に訴える。


「芽衣が、デートをOKしてくれたのは良かったんだけど、蒼が一緒に行かないとイヤって言い始めたんだよ。蒼大も1人だけ付き添いはイヤだっていうし、咲良、蒼の面倒をみてくれよ。今度の土曜日、暇してるんだろ?」

「確かに土曜日は何のスケジュールも入ってないけど」


 咲良が僕の顔を見て、顔を赤くしてモジモジし始めた。そんな咲良を、芽衣は微笑ましそうに見つめている。


「咲良には蒼大の面倒を見てほしいのよ。そして2人には蓮の監視をしてほしいの。私に変なちょっかい出さないように。だから、4人2組でダブルデートをしましょうよ」


 芽衣が胸の前で両手を合わせて、咲良を説得する。蓮も必死の眼差しを咲良に向ける。咲良は困って、目を白黒させると”どうしよう”という視線を僕に向けてくる。僕はため息を吐いて、咲良を見つめた。


「蓮と芽衣が2人でデートするのは確かに危ないし、監視が必要だね。僕、1人じゃ、寂しいから咲良が一緒に来てくれるなら助かる。頼めるかな?」


 僕の言葉を聞いて、咲良は一瞬、固まった。


「私は蓮のお守りをしているから、咲良は自由に蒼大とデートを楽しめばいいと思うの。これって良いアイデアでしょ」


 芽衣が咲良の制服の袖を引っ張る。咲良はぎこちない動きで頷いた。


「やったー。咲良もOKみたいだし、今度の休みはダブルデートね。咲良、楽しみだね」


 芽衣と莉子は僕と咲良を付き合わせたいと思っている。今回は蓮をダシにして、咲良と僕のデートをセッティングするのが芽衣の目的だったみたいだ。まんまと芽衣の作戦に乗せられてしまった。

 僕も咲良のことは好きだ。今のところは友達としてだけど。咲良と一緒に遊びに行けるなら楽しいと思う。


「どこに行くかは蓮と私で決めるわ。というより、私が決めるわ。だから蒼大と咲良は一緒について来てくれるだけでいいから。あんまり考えすぎないで、軽く考えてね。咲良、わかったかな?」


 咲良は緊張して何も言えなくなっている。まだ状況に慣れていないようだ。ここは僕が助けてあげたほうがいいかな。


「わかった。プランは芽衣に任せるよ。僕と咲良は気軽に考えておくね。もう、そろそろHRが始まるし、咲良、僕と一緒に席に帰ろう」


 僕は固まっている咲良の手を握って、自分の席まで連れて帰った。そして僕が席に座ると、咲良も自分の席に座る。まだ緊張が解けないようだ。


「なんか変なことになっちゃったけど、休日は楽しもうね」


 にっこりと咲良に微笑みかけた。すると咲良は顔を真っ赤にして、席にきちんと座って、前を向いてしまった。


 HRのチャイムが鳴り、ダル先生が教室に入ってくる。


「今日は特段に言うことはない。いつもの通り勉強を頑張ってくれ。蓮、お前は生徒指導室へ来い。成績の件で話したいことがある。逃げるなよ。全く、俺に面倒をかけさせやがって」


 蓮はダル先生に生徒指導室へ連れて行かれてしまった。たぶん、実力テストで赤点を取ったのだろう。補習と再テスト、頑張れよ、蓮。僕は心の中で合掌した。


 HRが終わると、咲良が僕のほうへ体を向ける。


「あのさ、朝のことだけど、蒼は私とデートをしてもいいの?」

「いいよ。僕もデートは初めてだけど、今回は蓮の監視役だから気が楽だよ。それに咲良は僕にとって仲良い友達だよ。きれいで可愛いし、咲良とデートするなら、僕には何も問題点はないよ」

「そう良かった。もし蒼が無理してるなら、困ったなと思ってたから、安心したよ。それじゃあ、休日、よろしくね」


 さっきまでの緊張がウソのように、咲良は真っ赤な顔でにっこりと笑った。僕もその笑顔に連れれて笑う。


 1時間目の受業は滞りなく終わって、僕は席で背を伸ばして、欠伸をかみ殺す。ノンビリと休憩していると、教室の後のドアが開いた。そこには香織が立っていた。香織はどんどんと僕の席へ歩いてくる。クラスのみんなの視線が僕に集中する。


「急用で相談したいことがあるの。急いで生徒会室へ来て」

「今からじゃあ、2時間目の授業に間に合わいよ」

「それぐらい、生徒会特権でどうにでもなるわ。とにかく私と一緒に生徒会室へ来てちょうだい。緊急事態なの」


 僕は香織に腕を持たれて、生徒会室へ無理矢理に連れていかれる。クラスの皆は奇異な目で僕達のことを見ていたが、香織を止められる者は誰もいない。僕は無理矢理に生徒会室へ連行される。

 香織と一緒に生徒会室の鍵を開けて、僕達は生徒会室の中へ入った。生徒会の両側の棚には本やら資料が棚にきれいに整頓されている。香織は、生徒会長の机に座る。僕はそのまえにパイプ椅子を持ってきて、香織の対面に座った。


「そんなに焦って何事かあったのか。生徒会のことだったら、僕に相談しても仕方ないことだと思うけど」

「なぜ、生徒会のことで、蒼大を呼び出さないといけないのよ。別件にきまってるじゃない」


 そうだよな。香織が生徒会のことで、僕に相談してくることなんてないよな。


「それで用件って何なの?ちょっとした軽い用事だったら帰るからね」

「違うわよ。重要なことよ。昨日、お兄様が小さなバラの花の束と買われましたの。私に買ってくださったのかなと期待していだんですが、残念ながら違ったわ」


 香織が言うには、今日、お兄様はその小さな花束を持って、学校い登校したそうだ。そして、既に自分の席に座っていた瑞希姉ちゃんのところへ歩いていって、瑞希姉ちゃんにバラの花束をお渡して、今度、デートに行かないかと正式にデートを申し込んだらしい。


 え、瑞希姉ちゃんに朝からバラの花束を渡したんだ。こんなのテレビのドラマでも見たことないぞ。


 瑞希姉ちゃんはバラの花束を返して、藤野健也に「冗談をするにも大袈裟よ」っと窘めたらしいが、今回の藤野健也は、いつになく真剣に直球で、瑞希姉ちゃんにデートを申し込んだという。、瑞希姉ちゃんは、何度も断ったらしいが、藤野達也は1歩も引かず、必死に頼みこんだらしい。それで困った瑞希姉ちゃんは「モールの中でショッピングに付き合ってくれるならいいよ」と妥協案を出したということだ。


「これまで瑞希先輩はお兄様のデートの誘いを何回も断ってきました。今回、初めて条件付きで、デートを許したのです。これほど重要なことがあるでしょうか」


 香織にとってはそうだよな。愛している藤野健也が瑞希姉ちゃんとデートをするんだ。心が穏やかなはずがない。


 正直、僕もショックを受けている。瑞希姉ちゃんを取られたくないという気持ちが大きい。


「デートの日は日曜日と決まりましたわ。ですから私と蒼大で瑞希先輩とお兄様を尾行いたしますわよ」


 はぁ、僕も2人のことは気になるけど、尾行はやり過ぎじゃないのかな。


「絶対にこのデートを成功させてはいけません。なんとしても失敗させるのです」


 ただ、尾行しているだけで、そんなこと、できるはずないだろう。香織もブラコンでとうとう頭が壊れたか。それでも香織の顔はマジだ。目が据わっている。反論なんて怖くてできない。


「よって、日曜日の予定は開けていてちょうだい。私とあんたで尾行するんだから」


 どうしてこうなった。僕は理不尽を感じるが、瑞希姉ちゃんのことも気になるので、香織の提案を受け入れた。


「あなたのラインIDとメルアドと電話番号を教えなさい。時間と集合場所を追って知らせます」


 ほとんど強制的に僕は香織にラインIDとメルアドと電話番号を教えることになった。どうして、そう、強引なんだよ。
 

 僕は香織と一緒に生徒会室を出る。すると香織は自分の教室に帰らず、僕の教室を訪れた。そして教壇に立っている先生の元まで歩んでいく。


「生徒会の用事で蒼大くんをお借りしておりました。遅れたことをお詫びします。生徒会の一環としてご理解ください」と先生に言い放った。先生も香織の意見を了承する。香織は身をひるがえすと教室から出て行った。


 生徒会特権ってスゲー。僕は呆気に取られた。僕は先生に促されて、自分の席に戻った。すると机の上に付箋が貼られる。咲良からだ。「大丈夫?問題なかった?」と書かれていた。僕は「問題なし」と書いて、咲良の机に付箋を貼る。


 授業は滞りなく進み、昼休みになった。僕はいろいろなことがあり過ぎて、食堂に行く気にならなかった。もし、食堂に行って、藤野健也に会ったら、温厚な僕でも、文句を言いいたくなるだろう。顔を合わせたくなかった。


 僕が1人でお弁当を食べようとすると、咲良と芽衣が僕へ手招きをしている。莉子は顔を横へ向けていた。


 僕はお弁当を持って、咲良達の集まっている席に向かう。


「今日は蒼大は1人なの?珍しいわね。私達と一緒にお弁当を食べることを許してもいいわよ」と莉子がいう。

「1人でお弁当を食べるより、みんなで一緒に食べたほうが美味しいわ。一緒にたべましょう」と芽衣が優しく笑う。


 そうだな、1人で食べていても、藤野健也のことばかり気になるし、ここはみんなの仲間に入れてもらおう。


 僕は近くの席から椅子を持ってきて、咲良の隣に並んでお弁当を開いた。するとハートマークに切った、ウインナーがご飯の上に散りばめられていた。莉子が冷ややかな目で僕を見る。僕だって恥ずかしいんだよ。


「すごくきれいなお弁当ね。瑞希先輩の料理ですか。さすがですね」咲良がそう言って、瑞希姉ちゃんを褒める。


 僕は箸でおかずを口の中に放り込む。いつも食べてるけど、瑞希姉ちゃんのお弁当は最高です。女子達と僕はおかずの交換会となった。、僕のお弁当から次々とおかずがなくなっていく。その代わりに弁当箱の蓋におかずが山盛りに置かれていく。僕はそのおかずを口に入れて食べていく。どれもそこそこ美味しい。


「蓮、生徒会室でダル先生に怒られたんだって、本当は土日に補習があるんだけど、ダル先生が面倒だと言って、平日の放課後の居残りになったって、蓮が言ってたわ。だから土曜日は大丈夫よ」


 芽衣がおかずを食べて、にっこりと優しく笑う。この笑顔に騙されると、芽衣の手の平の上で転がされることになるんだよな。でも芽衣の笑顔を見ていると、そんなことどうでもよくなってくるから、注意が必要だ。


 昼休みが終わり、僕達はそれぞれ、自分の席に戻った。授業が始まると咲良から付箋が回ってきた。内容を見ると「土曜日のデートが楽しみ」と書かれていた。僕は「僕も土曜日は楽しみだよ」と書いて、咲良の机の上に付箋を貼った。それを見た咲良は顔をデレデレとさせている。よほど楽しみにしているんだろう。


 僕も初めてのデートなので、楽しみだ。相手が咲良でよかったと思う。咲良はきれいで可愛いから。


 午後の授業とHRも終わり、放課後になった。僕は悠、蓮、瑛太に手を振って教室を出た。そして靴箱で靴を履き替えて、校舎をでて、帰路につく。


 家に帰り着いて、鍵を開けて、玄関からリビングへ入る。すると台所から、瑞希姉ちゃんが現れた。


 僕が早く帰ってきても、瑞希姉ちゃんのほうが、いつも早くいるのはなぜだろう。不思議だ。


 僕は瑞希姉ちゃんに「ただいま」と声をかける。瑞希姉ちゃんも「おかえり」と言ってくれるが元気がない。僕は制服のままリビングのソファに座った。すると瑞希姉ちゃんが僕の隣に座ってシュンとしている。


 藤野健也の件だろう。瑞希姉ちゃんからすれば、僕に言いにくいだろうな。僕は瑞希姉ちゃんの顔を見て、にっこりと笑う。


「今日は妙な噂をきいたんだ。藤野健也が瑞希姉ちゃんにバラの花束を渡したって、それで、瑞希姉ちゃんも藤野健也のデートの申し込みを受けたって、学校中の噂になってるけど、本当なの?」

「・・・・・・」

「僕は本当は藤野健也が嫌いだけど、瑞希姉ちゃんも考えがあって、デートを受けたと思うんだ」


 いきなり瑞希姉ちゃんが僕の腕にしがみ付いてきた。


「これは違うの。私の本心じゃないの。健也が強引で、今回は引いてくれなかったの。だから仕方なく、モール内でのデートならということで了承したの。本当は土日共、蒼ちゃんと一緒にいたかったの」


 そっか、瑞希姉ちゃんは土日、僕と一緒にいられることを楽しみにしていたんだな。僕のほうこそ、瑞希姉ちゃんの気持ちも考えずに土曜日にグループデートを入れたのは不味かったな。ごめんなさい。瑞希ねえちゃん。


「僕ね、瑞希姉ちゃんを信じてるから。だから大丈夫だよ。」

「お姉ちゃんを嫌わないでね。お姉ちゃんは蒼ちゃん一筋だから。本当だから信じて」

「僕は瑞希姉ちゃんのことを信じてるから、デートが終わったら色々なことを話してね」


 瑞希姉ちゃんは僕にしがみ付いたまま、耳元で『うん』『うん』と何度も頷いた。


「僕も瑞希姉ちゃんに謝らないといけないことがあるんだ。今度の土曜日に蓮と芽衣がデートするんだよ。芽衣が蓮と2人きりのデートはイヤだって言いだして、僕と咲良が監視役でついていくことになったんだ」

「蒼ちゃん、それってダブルデートっていうんじゃないの?」


 そうだよな、どんな言い訳をしてもダブルデートだよな。これは。


「僕にはそんなつもりはないけど、周りから見たら、結果的にそうなると思う」

「だから、瑞希姉ちゃんも僕のことを信じてほしい。僕は咲良に変なことをする気持ちはないから」


 瑞希姉ちゃんは、目尻を少し拭って、僕の顔を見る。少し頬が膨らんでいる。ご機嫌斜めなようだ。


「蒼ちゃん、お姉ちゃんは蒼ちゃんがいなくなったら、寂しくて死んじゃうよ。蒼ちゃんが誰かと付き合ったら、心のポッカリと穴が開いて、お姉ちゃん、何もできなくなると思う。だから、蒼ちゃん、私の傍にずっといてね」

「・・・・・・」


まだ、僕も自分の心をきちんとわかったわけじゃないけど・・・・・・


「僕の今の精一杯の心は、瑞希姉ちゃんに伝えたはずだよ。僕も同じだよ。だから瑞希姉ちゃんとの約束は破らないから、安心して」

「今回は私も蒼ちゃんに悪いことしてるから、ごめんなさい。蒼ちゃんを信じる。だから土曜日は行ってらっしゃい」


 瑞希姉ちゃんは僕にしがみ付いて、僕の肩に頭を乗せる。


「今は少しの間、このままでいさせて・・・・・・」


 僕と瑞希姉ちゃんは夕暮れになるまで、2人で寄り添っていた。