放課後にトボトボと僕は大通りを1人で歩いていた。香織からは「瑞希先輩と付き合いなさい」と言われ、莉子と芽衣からは「咲良と付き合ってほしい」と言われ、僕は答えを出せずにいた。


 あの日から家に真っすぐに帰らず、放課後になると大通りを歩いたり、モールの中を歩いてリして、なんとか自分の考えをまとめようとするが、できずに3日が過ぎた。


 その間、咲良と瑞希姉ちゃんの前では今まで通りの顔をして過ごしている。でも、心の中ではモヤモヤが晴れず、1人で悩んでいた。


 瑞希姉ちゃんにはバレていると思うけど、何も聞いてこなかった。僕のことを見守っていれているのだろう。


 今まで恋愛経験がなさすぎる。年齢=彼女いない歴の僕に、いきなりそんなことを言われても答えを出せるはずがない。


 咲良は友達で女子の中では1番仲良しの友達だ。瑞希姉ちゃんは幼馴染で小さい頃から僕の世話を焼いてくれる。肉親のような存在だ。どちらも好きだし、友達と幼馴染を同じ天秤で測ることなんて、僕にはできない。


 大通りを俯いて1人フラフラと歩いていると、いきなり目の前に人が立ちはだかる。俯いていた顔を上げて、相手の顔を見ると葵さんだ。葵さんがにっこりと優しい顔をして、僕の頭を撫でてくる。


「最近、蒼ちゃんの姿をよく見るね。この間もモールの中を1人で歩いていたでしょう。今日も1人なんだね。この間も俯いて歩いていたけど、今日も俯いて歩いてるのね。何か悩み事かな。葵お姉さんに話してみない?」


 僕1人では解決できない悩みだ。でも、こんなこと、他人に相談していいんだろうか。


「・・・・・・」

「もう、今日の蒼ちゃんは暗いな~。私は蒼ちゃんの笑顔が見たいな~。少し一緒に歩こうか。話したくなったら、教えてね」


 葵さんは優しくそういうと、微笑んで頭を撫でてくる。葵さんと手を繋いで僕はトボトボと歩く。葵さんは僕に歩くペースを合わせてくれている。僕達は大通りをゆっくりと歩く。


「ここに入ろうか。コーヒーが美味しいんだ」


 葵さんは喫茶店のドアを開いて中に入っていく。僕も一緒に店の中へ入る。喫茶店の中に入ると2人席に僕達は向かい合わせに座る。葵さんはコーヒーを頼み、僕はミックスジュースを頼んだ。店内にはピアノのメロディーが流れている。とても落ち着いた喫茶店だ。葵さんは手を伸ばして、僕の髪の毛を触って遊んでいる。


「私はね。色々な人の髪を切るのがお仕事なの。その時にね、お客様から色々な話を聞くんだよ~。苦い話もあれば、悩みの話もあるし、悲しい話もあるし。色々な話を私はただ聞いてあげるの。するとね、話し終わったお客様はね、スッキリした顔になるんだよ。そんな時、少しはお客様の心が軽くなって良かったって思うの。人に話すのって、心が少し軽くなるもんだよ。葵さんに話してみなさい。絶対に誰にもいわないから」


 葵さんは優しく微笑んで、僕の髪の毛を弄る。


 葵さんとは美容室で話したことが1度あるだけのお姉さんだ。でも、僕のことを親身に考えてくれてる。励まそうとしてくれてる。そのことくらいはわかる。葵さんは信用できるだろう。少し、話してみようかな。


 僕は3日前のことを葵さんに話した。


「そっか、瑞希ちゃんのことは幼馴染で色々とお世話をしくれる優しいお姉さんだし、咲良ちゃんは学校で1番仲の良い女友達というわけか~。それで蒼ちゃんは今まで恋愛対象として2人を見たことがなかったというわけね。そのうえ、蒼ちゃんは今まで恋愛をしたことがない。だから、2人のことをどうしていいのかわからないというわけだ。これは難問だね」

「・・・・・・」

「蒼ちゃんが悩むくらいだから、咲良ちゃんも良い子なんだろうね。瑞希ちゃんが良い子なのは私でもわかるもんな~」

「・・・・・・」


 2人とも大事だし、2人共好きだと思う。でもlikeなのloveなのかわからない。


「誰が何と言おうと、蒼ちゃんの心の問題なんだから、その香織って子の意見も、咲良ちゃんの友達の意見も、気軽に考えたほうがいいと思うけど、それができないから悩んじゃってるんだよね」

「僕は恋愛というのが何かわからないんです。恋がわからないんです」

「そっか、恋なんて自然と自分の心の中から湧き出してくるものだよ。頭で考えて答えを出すもんじゃないよ。だから今の蒼ちゃんが答えを出すのは無理ね」

「自然に蒼ちゃんの心が動いた時に答えが出るんじゃないかな。それまで2人は待ってくれると思うよ。だって蒼ちゃんを大好きに想ってる2人なんだから」


 そうか。確かに2人共、僕のことが好きなら、僕が答えを出すまで待っててくれるよね。でも瑞希姉ちゃんって、僕を恋愛対象にみているんだろうか?そこがわからない。


「瑞希姉ちゃんは僕のことを弟ように思ってると思うんです。瑞希姉ちゃんが僕を恋愛対象としているのかわからないんです。瑞希姉ちゃんの気持ちはどうなんだろうって考えるんです」

「そうね。直接、本人に聞くわけにもいかないもんね。私から見た目でいいなら答えるけど、私の見立てが合ってるかどうかわからないから、言わないほうがいいかな」


 瑞希姉ちゃんの気持ちを知れるなら、第3者の葵さんから見て、どうなのか、聞いてみたい。


「教えてください。」

「うん。私の見てる限りでは、瑞希ちゃんは蒼ちゃんに恋をしてるわ。だって、瑞希ちゃん、蒼ちゃんが引っ越ししてくる前から、私に蒼ちゃんのことばかり、教えてくれていたもの。それも楽しそうに。そしてね、いくら瑞希ちゃんが世話好きでも、蒼ちゃんに対する、お世話は愛情がなければできないよ。瑞希ちゃんは深く、蒼ちゃんのことを愛してると、私は思う。あくまで私の見立てだけどね」


 瑞希姉ちゃんが僕のことを恋愛対象に見てくれている。瑞希ねえちゃんが僕のことを愛してくれている。それを聞いただけで心が安心する。心が温かくなる。この感じってなんだろう。


「今、蒼ちゃん、すごく 安心してたよね。今、蒼ちゃん、すごく嬉しそうだったよね。それって、蒼ちゃんが瑞希ちゃんに一緒にいてほしいって思ってるからじゃないかな」

「でもそれって、お姉ちゃんとして、瑞希姉ちゃんのことを大事に思っているのかもしれなくて・・・・・・女性として大事に思っているのかわからないんです」

「蒼ちゃんにとって、瑞希ちゃんは幼馴染のお姉ちゃんだから、お姉ちゃんと抜きとして、女性として瑞希ちゃんを見ることなんてできないと思うわ。私の言い方でいえば、今のままの瑞希ちゃんをどう思っているかが大事よ。だから難しく考えるんじゃなくて、今の瑞希ちゃんそのままを、蒼くんがどう思っているのか、それが大事ね」


 今のままの瑞希姉ちゃん、そのままをどう感じているか、それが大事か~。


「もう蒼ちゃんには答えは出てくるはずよ。その答えから逃げようとしちゃダメだと思う」

「はい」

「咲良ちゃんのこともそうよ。友達だっていいじゃない。そのままの咲良ちゃんを、蒼ちゃんがどう思っているか、それが大事だと思うわ」


 咲良のことも同じなんだ。


「今は咲良も失いたくないですし、瑞希姉ちゃんも失いたくないです。特に瑞希姉ちゃんがいなくなると考えるだけで、僕は暗闇に落ちたような気分になると思います」

「それが蒼ちゃんの素直な心じゃないかな」


僕の素直な心か。難しく考えちゃだめなんだ。そのままを受け入れて、素直に感じたままを受け入れれば答えがでてくるんだ。


「今の僕は瑞希姉ちゃんのほうが好きだと思います。でもやっぱり咲良も好きで失いたくないです」


 葵さんは優しく頭を撫でてくれた。


「それが今の蒼ちゃんの心なら、今はそれでいいんじゃないかな。無理に決める必要はないと思うよ。未来のことは未来でしかわからないし」

「まだ、本人達から、本人の気持ちを聞いたわけじゃないんだから、気楽に構えようよ」


 葵さんはにっこり笑うと僕の頭をクシャクシャと撫でる。


「人と話をすると、少しは楽になるでしょ」

「はい。ありがとうございました」

「それじゃあ、お礼に今度、デートでもしてもらおうかな。私も蒼ちゃんのこと大好きになっちゃたし、葵さんも蒼ちゃんとデートしたいな」


 葵さんはいたずらっぽい笑みを浮かべて、コーヒーを飲む。


「時間が合えばでよかったら・・・・・・」

「やったー!今日、1番ラッキーしたのは私かも。私の休みがきまったら、ラインか電話で連絡するね」


 葵さんは胸の前で両手を組んで喜んでいる。これだけ喜んでくれるならいいかな。


 それから少しして、僕と葵さんは喫茶店を出た。喫茶店の支払いは葵さんがしてくれた。大通りを葵さんと手を繋いで歩く。


「私、この大通りの近くに家があるんだ。1人暮らししてるの。実家には蒼ちゃんと同じ年くらいの弟がいてさ、最近は生意気になちゃって、私に寄り付きもしないのよ。その点、蒼ちゃんは素直で可愛いわ」

「可愛いと言われても嬉しくないです」


 僕を恰好いいって言ってくれる女性の人っていないな~。


「蒼ちゃんも大人になれば、格好いい大人になるわよ。あんまり背伸びしたことは考えないの」


 葵さんにおでこを指先で押された。


「じゃ、私はこの信号を渡って帰るから、蒼ちゃんも早く帰るのよ」


 葵さんは手を振って、横断歩道を渡っていった。僕も大通りを曲がって路地へ入る。そのまま路地をいくつか曲がって、自分の家のある通りにでる。そして歩道を歩いて、自分の家に着く。


 もうすっかり夕暮れになっていて、周りは暗くなってきている。僕は玄関の鍵を開けて、靴を脱ぐ。台所からエプロン姿の瑞希姉ちゃんが現れた。


「ただいま」と言うと瑞希姉ちゃんはにっこりと笑って「おかえり」と答えてくれた。


「やっと蒼ちゃんの悩みが少し解決したようね」と瑞希姉ちゃんが僕の頭を撫でる。


 僕はにっこり笑って頷いた。


 2階の自分の部屋へ行き、制服をクローゼットに片付けて、私服に着替える。そして鞄を机の上に置いた。そして1階に行き、洗面所で手と顔を洗う。


「夕食ができたわよ」と瑞希姉ちゃんがいう。


 台所にあるテーブルに座る。今日の料理はカルボナーラと野菜サラダとポテトサラダとポタジュスープだった。


 僕達はテーブルに座って「いただきます」と言い、僕はカルボナーラをフォークに巻いて口の中へ入れる。とにかく美味しい。瑞希姉ちゃんが、野菜サラダとポテトサラダを取り皿に取り分けてくれる。野菜サラダもポテトサラダも美味しい。いつ食べても瑞希姉ちゃんの料理は絶品だ。僕はあっという間に完食した。


 瑞希姉ちゃんは冷蔵庫から冷えた麦茶を出してきて、コップに注いでくれる。僕は麦茶を一気に飲む。


 瑞希姉ちゃんはそんな僕を、テーブルに肘をついて、両手の上に顔を置いて、にっこりと笑って見ている。


「それで、そろそろ、蒼ちゃんの悩みって何だったのか、お姉ちゃんにも教えてほしいな」

「・・・・・・」


 どう言ったらいいんだろう。どう伝えたらいいんだろう。


「もし、瑞希姉ちゃん、僕がいきなりいなくなったら、どんな気持ちになる。やっぱり寂しい?」

「なぜ、そんなことを言い出すの?」

「答えてほしいんだ」

「私は絶対にイヤよ。冗談でもそんなのはイヤ。蒼ちゃんがいなくなるって考えるだけで寂しくなる。悲しくなる。心に穴が開いたようになる。とても怖い。体の震えが止まらなくなる。そんなこと冗談でも言わないで」

「うん。ごめんなさい。僕は何て言ったらいいのかわからないけど、もし、瑞希姉ちゃんがいなくなったら、今の瑞希姉ちゃんと同じ気持ちになると思う。そのことを今日、わかった。上手く言葉にできないけど、それが僕の瑞希姉ちゃんのことを思っている心だよ」


 瑞希姉ちゃんは立ち上がって、テーブルを回り込んで、僕の頭を両手で抱え込む。


「嬉しい。私は蒼ちゃん、一生懸命、自分の気持ちを考えてくれてたのね。私のことをどう思ってるか、考えてくれたのね。一生懸命考えてくれてありがとう。そして答えを教えてくれてありがとう。お姉ちゃん、嬉しくて泣いちゃいそう」


 瑞希姉ちゃんは僕の頭を抱いて、頭に頬ずりする。


 伝わったかどうか、わからないけど、これが今の僕の精一杯の答えだ。