はぁ、今日も僕が起きると瑞希姉ちゃんが僕のベッドで一緒に寝ていた。はじめのうちはビックリしたけれど、最近では瑞希姉ちゃんがベッドに一緒に寝ていても、ドッキとはすれけれど、あんまり恥ずかしくなくなったな。
瑞希姉ちゃんが僕の傍にいるのが当たり前というか、本当は当たり前のことじゃなくて、特別なことなんだけど、それが当たり前になってきている自分の感覚が怖い。
昨日、美容室に行った時は、あんなに大人っぽかった瑞希姉ちゃんなのに、寝顔はとっても幼い。それがとても可愛く見える。ベッドの中で体を丸くして、今もすやすやと寝息を立てている。
そっとベッドから降りて、1階の洗面所へ行き、歯を磨いて、洗顔をして、髪の毛を軽く整える。今はパーマスタイルのフワフワショートヘアだから、整髪料を使って髪の毛を少し直すだけでいい。
鏡を見る度に、やっぱり僕って女顔だなと思い知らされる。
僕は2階の自分の部屋に戻って、Tシャツの上にMA-1を羽織って、スキニーブラックデニムを履く。
机の上に置いてあった鞄から、筆箱を取り出して、中に入っていた付箋に「咲良のところへ行ってきます」と書いて、付箋を瑞希姉ちゃんの頬に貼る。
よほど疲れていたのか、今日の瑞希姉ちゃんは起きない。頬をつんつんしても起きない。背中をつんつんしても起きない。こんなことは珍しい。もうお昼ちかくなのに。額を触っても平熱だ。別段、病気ではなさそうだ。
瑞希姉ちゃんの体は心配だけど、何かあったら連絡くらいくれるだろう。僕はそっと自分の部屋のドアを閉めて、階段を降りて、玄関へ向かう。玄関でスニーカーを履いて、玄関を出て家に鍵をかける。
家の中には瑞希姉ちゃんが無防備に寝ているんだ。鍵はきちんとかけておかないと。
僕は歩道をゆっくりと歩く。それほど大きくない道路だが、車の交通量はけっこう多い。細い路地へ入って真っすぐ進んでいくと、この間、瑞希姉ちゃんと休憩した公園がある。公園のところを曲がって路地を歩いていく。そして1つ目の交差している路地を曲がって、真っすぐいくと咲良の家が見えてきた。
インターホンを鳴らすと「はーい」という声が聞こえたきた。玄関が開き、咲良がヒョッコリと首を出す。僕は少し照れながら、手をあげる。
「約束どおり、来たよ」
「蒼だよね。髪型変えたの?可愛くなったというか。美少年になったというか・・・・・・美少女みたい。きれい」
それ、男子にとって褒め言葉じゃないからね。美少女と言われると普通の男子は怒ると思うよ。
僕がジト目で咲良を見ていると、咲良が顔を真っ赤にしてアワアワし始めた。
「髪の毛がフワフワしてて、蒼にとっても似合ってるよ。なんか感じが変わったから、焦っちゃうな」
そんな言い方しても、機嫌を直してやんないからな。
「と、とにかく家にあがってよ。咲もずっと朝から待ってるし」
咲ちゃんに会えるのか。また頬を触らせてもらおう。スベスベお肌が気持ちいいんだよね。
咲良の手招きに誘導されるように僕は玄関に入ってスニーカーを脱いだ。するとリビングのドアが開いて、咲ちゃんがにっこり笑って走ってくる。
「わーい、蒼お姉ちゃんだ~」
僕のお腹に体当たりをしてきた。なんとか咲ちゃんを抱きとめたが、お腹にかなりな衝撃が走る。すこし油断していたかもしれない。
「僕は蒼。蒼お兄ちゃんだよ。だってお兄ちゃんは男だから」
「蒼は蒼~」
そうだな。咲ちゃんにとっては、どってでもいい話だよな。子供相手にムキになってはいけないな。
咲ちゃんは僕の手を引っ張ってリビングへ連れていく。リビングではソファでテレビを見ていた椿おばさんが振り向いた。僕の顔を見てビックリしている。
「蒼くん、髪型変えたのね。可愛く・・・・・・格好よくなったのね。おばさんビックリしちゃった」
「どうも、お邪魔します」
椿おばさんは急いで立ち上がると台所のほうへ向かった。咲ちゃんは僕の手を引っ張っている。咲ちゃんに連れられて、リビングの中央までいくと、リビングのテーブルの上に、咲ちゃんのノートと鉛筆が広げられている。
しゃがみこんでノートを見ると、九九の練習をしていたようだ。七の段が間違えている。僕も七の段が苦手だったような気がする。昔のことだから覚えてないけど。
「咲、学校のお勉強してたの~」と咲ちゃんが笑う。もう可愛い。僕は咲っちゃんを抱きかかえると頬をスリスリする。本当にお肌がスベスベして気持ちいい。
咲ちゃんが大声で九九を歌い始めた。時々、間違っているところが可愛い。僕も一緒になって九九を歌う。咲ちゃんはそれが嬉しかったようで、段々と声が大きくなる。
僕と咲ちゃんが楽しそうに九九を歌っていると、なぜか咲良の顔が引きつっている。
「蒼、咲の相手をしてくれて、嬉しいんだけど・・・・・・今のあんた、女の子にしか見えないわよ」
今度は僕が顔を引きつらせる番だ。咲良、思っても口に出してはいけないこともあるんだよ。
椿おばさんが台所からオムライスと麦茶を持ってきてくれた。
「蒼ちゃん、お昼、食べてなかったら、このオムライス食べてくれるかな。咲良が作った手料理なの。蒼ちゃんがいつでも来ていいようにって、張り切って作ってたのよ」
「お母さん、そんなこと蒼に言わなくていいから。恥ずかしいでしょ」
「今日、お昼を食べてなかったんです。オムライスいただきます」
台所の近くにあるテーブルに椿おばさんがオムライスと麦茶を置く。僕と咲良はテーブルに座った。椿おばさんが温めなおしてくれたオムライスをスプーンですくって一口食べる。旨い。お腹が減っていたから、余計に旨い。
「このオムライス、美味しいよ。咲良、ありがとう」
咲良は照れて、俯いてモジモジしている。
僕は一気にオムライスを完食して、麦茶を飲む。あ~美味しかった。お腹も満腹だ~。
「咲良も手料理を頑張って覚えないとね。蒼ちゃんにお弁当ぐらいつくれるようにならないとダメよ」
「お母さ~ん。からかうのもいい加減にして。蒼がビックリしてるじゃないの」
全然、僕はビックリしてないけど、1人で慌ててるのは咲良だけだし。
咲ちゃんが僕の服を引っ張る。
「蒼、オムライス食べ終わったら、咲と遊んで~」
咲ちゃんに可愛く、おねだりされた。これは咲ちゃんと遊ばないと、それを楽しみにして来たんだから。でも7歳の女の子って何をして遊ぶんだろう。僕は小さい頃のこと、あまり覚えてないからな。とにかく咲ちゃんに合わせよう。
僕は咲ちゃんを抱っこするとリビングのソファまで連れて行く。すると咲ちゃんがスルスルと僕の手から抜け落ちて、リビングに立つと、走っていってドアを開けて、どこかへ行ってしまった。
暫くすると咲ちゃんが戻ってきて、手には塗り絵と色鉛筆があった。
「蒼、一緒に塗り絵して~。きれいに塗り絵して~」
塗り絵なら僕でもなんとかなるぞ。咲ちゃんが広げたページを見る。いろいろな動物の絵が描かれている。僕は色鉛筆のケースを開けて、動物に合った色を探して、色鉛筆できれいに動物を塗りつぶしてあげた。
「蒼、塗り絵、うま~い。もっと塗って~」
咲ちゃんはにこにこ笑って上機嫌だ。僕まで嬉しくなってくる。僕は塗り絵を続けた。
テーブルに座っている咲良がほんわかした顔で僕と咲ちゃんを見ている。
「蒼が来ると、咲はずっと笑顔だね。いつもワガママなのに。蒼の前だと良い子になるんだから~」と咲良が咲ちゃんをからかう。
「咲はいつでもよいこだもん。お姉ちゃんが意地悪するから、やり返すだけだもん」
咲良と咲ちゃんが言い合いをする。俺も妹とこんな言い合いしてたのかな。妹はどうしてるんだろうか。元気でやってると良いな。
「あのね~最近、咲良姉ちゃん、バインバインなんだよ~。バインバイン」
咲ちゃんが胸に手を当てて、手を前に出して「バインバイン」と連呼する。
「それでね~お尻もバインバインなんだよ~」
今度はお尻に手を当てて、手を伸ばして「バインバイン」と連呼する。
「咲、なんてことを蒼に言ってるの。やめて~。バインバインはやめて~」
僕は思わず咲良の胸を見てしまう。確かによく実ってる。思わず胸を見てしまったが、咲良が胸を隠したので、僕は顔を背けた。咲良がジト目で僕を見てる。背中から嫌な汗が噴き出してきそうだ。
たしかに咲ちゃんがいうように、咲良の体形は出るところはしっかりと出ていて、細いところは細い。簡単に言えばスタイルがいい。
「咲ちゃんも大きくなったら、胸もお尻もバインバインになるからね」
「蒼、咲良に何を言ってんの。もう、バインバインは言わないで」
咲良が走ってきて、僕の背中をバンバンと叩く。咲良の顔は耳まで真っ赤だ。
僕達2人を見て、咲ちゃんが大笑いをしている。椿おばさんもわらっている。今日は楽しいな。
咲良が僕の腕を引っ張った。
「今日は私に勉強を教えに来たんでしょう。もう十分に咲とは遊んだわ。これからは勉強の時間よ」
咲良はどうも、今の雰囲気から逃げたいらしい。僕も立ち上がって椿おばさんに挨拶をして、咲ちゃんに「また、後でね」と言って、リビングを出た。
咲良と2人で2階に上って、咲良の部屋に入る。
「もう、咲ったら、人の嫌がることばっかり言うんだから」
咲良は頬を膨らませて、咲ちゃんの文句を言っている。
「それだけ咲良と咲ちゃんが仲が良い証拠じゃないかな。2人はとても仲良しに見えるよ」
咲良は顔を赤くしたまま、机に座る。僕が座る椅子は既に用意されていた。僕はその椅子に座る。
「蒼、よろしくお願いします」
咲良はそう言って、にっこりと笑う。瑞希姉ちゃんの笑顔もきれいだけど、咲良の笑顔も可愛いな。
「よろしくお願いします」
咲良が勉強を始めた。わからない点を僕に質問してくる。僕は参考書にマーカーをして、咲良にできるだけわかりやすいように説明していく。重要な点はノートに書いてもらう。
咲良が少しつまずいたり、時間がかかった時には、僕のほうから、つまずいている箇所を聞いて、咲良につまずいてる点を教えていく。咲良は僕が教えた要点を、全てノートに書いて覚えていく。
咲良の間違いはとにかく勘違いが多いことに気が付いた。半分ぐらいまでは合っているのだが、勘違いによって間違ってしまっている。これは学校でも先生の説明を半分だけ聞いただけで、わかったつもりになって勘違いしてしまっているのだろう。
「咲良って、けっこう早とちりが多いんだね。性格がせっかちさんなのかな」
「お母さんによく言われる。おっとりしているように見えて、せっかちって言われる。なんでわかったの?」
咲良のノートを見たら、誰だってわかるよ。
「だって、咲良の間違いって、勘違いが多いんだから。学校の先生の話を最後まで聞いていたら、勘違いなんておこさないからね。最後まで聞いてないでしょう。途中で、わかったと思って、ノートに書いてるんじゃないの?」
「なんでそこまでわかるのよ。あ~蒼の言う通りよ。あ~恥ずかしい」
「でも、それって半分までは理解できてるって証拠だから、簡単に治せるから楽だよ。大丈夫だよ」
僕と咲良は雑談も交えながら、勉強を進めていく。咲良は性格が素直だから教えやすいや。
午後6時過ぎにポケットに突っ込んでいたスマホが振動する。何気なくスマホを耳に当てると、瑞希姉ちゃんだった。スマホの向こうでゲホゲホと咳の音がする。
《瑞希姉ちゃん。どうしたのゲホゲホと咳してるよ。風邪でも引いたの。大丈夫?》
《蒼ちゃんの部屋で熟睡してたら、風邪ひいちゃった。ちょっと熱もあるかもしれない》
《それって大変じゃないか。家に帰ってゆっくりと寝なよ。薬も飲まないとダメだよ》
《体がダルくて動けないの。ゲホゲホ》
《今すぐ帰るから、じっとして待ってるんだよ》
僕はスマホを切って、咲良の顔をジッと見る。咲良がどうしたの?という感じで小首をかしげた。
「瑞希姉ちゃんが風邪ひいたらしいんだ。熱もあるみたいだって。薬も飲んでいないって。ちょっと早く帰ってもいいかな?」
「瑞希先輩が風邪、それは大変よ。受験生が風邪なんて、大変じゃん。早く帰ってあげてよ」
僕は咲良に頷くと、急いで1階へ降りる。椿おばさんにお礼を言って、咲ちゃんを抱っこする。
「蒼ね、今すぐ帰らなくちゃいけなくなったんだ。咲ちゃんともっと一緒いにいたかったんだけどゴメンね。また、遊びに来るから」
「うん、咲、蒼のこと待ってる。またすぐに来てね」
そう言って咲ちゃんは僕の頬にチュッとキスしてくれた。天使からのご褒美か。
スニーカーを履いて、咲良に手を振って、玄関を出た。僕は急いで家に帰る。自分の家に着く頃には息がハァハァとあがって、呼吸が苦しい。急いで玄関を開けて、スニーカーを脱いで、リビングを通って、2階の自分の部屋へ上がる。僕の部屋にはベッドに寝たままの瑞希姉ちゃんが、顔を半分だけだして、僕のほうを見ている。
「熱、大丈夫」と言いながら、僕はベッドの近くでしゃがんで手の平を瑞希姉ちゃんの額に当てるけど、全く熱くない。するといきなり、瑞希姉ちゃんが僕の首に手を回して抱き着いてきた。
「今日1日、蒼ちゃんと一緒じゃなかったから寂しかったよ~」と言って泣き出した。
何~、風邪だと思って人が心配して、全力疾走して帰ってきたのに仮病か~。それになんで泣いてるの。
瑞希姉ちゃんに抱き着かれて、僕はベッドの中へ引きずり込まれる。そのまま瑞希姉ちゃんは泣き続けた。僕はため息を吐いて、瑞希姉ちゃんの背中を摩る。瑞希姉ちゃんが泣き止むまで、僕はじっとして、背中の髪の毛を梳いてあげた。
瑞希姉ちゃんは、元気になると舌先を出して、悪戯っ子のような顔をしている。
僕は瑞希姉ちゃんをベッドの上に正座をさせて、1時間ほど説教した。全く、瑞希姉ちゃんは僕には甘えたで困る。でも、本当に風邪でなくてよかった。
瑞希姉ちゃんが僕の傍にいるのが当たり前というか、本当は当たり前のことじゃなくて、特別なことなんだけど、それが当たり前になってきている自分の感覚が怖い。
昨日、美容室に行った時は、あんなに大人っぽかった瑞希姉ちゃんなのに、寝顔はとっても幼い。それがとても可愛く見える。ベッドの中で体を丸くして、今もすやすやと寝息を立てている。
そっとベッドから降りて、1階の洗面所へ行き、歯を磨いて、洗顔をして、髪の毛を軽く整える。今はパーマスタイルのフワフワショートヘアだから、整髪料を使って髪の毛を少し直すだけでいい。
鏡を見る度に、やっぱり僕って女顔だなと思い知らされる。
僕は2階の自分の部屋に戻って、Tシャツの上にMA-1を羽織って、スキニーブラックデニムを履く。
机の上に置いてあった鞄から、筆箱を取り出して、中に入っていた付箋に「咲良のところへ行ってきます」と書いて、付箋を瑞希姉ちゃんの頬に貼る。
よほど疲れていたのか、今日の瑞希姉ちゃんは起きない。頬をつんつんしても起きない。背中をつんつんしても起きない。こんなことは珍しい。もうお昼ちかくなのに。額を触っても平熱だ。別段、病気ではなさそうだ。
瑞希姉ちゃんの体は心配だけど、何かあったら連絡くらいくれるだろう。僕はそっと自分の部屋のドアを閉めて、階段を降りて、玄関へ向かう。玄関でスニーカーを履いて、玄関を出て家に鍵をかける。
家の中には瑞希姉ちゃんが無防備に寝ているんだ。鍵はきちんとかけておかないと。
僕は歩道をゆっくりと歩く。それほど大きくない道路だが、車の交通量はけっこう多い。細い路地へ入って真っすぐ進んでいくと、この間、瑞希姉ちゃんと休憩した公園がある。公園のところを曲がって路地を歩いていく。そして1つ目の交差している路地を曲がって、真っすぐいくと咲良の家が見えてきた。
インターホンを鳴らすと「はーい」という声が聞こえたきた。玄関が開き、咲良がヒョッコリと首を出す。僕は少し照れながら、手をあげる。
「約束どおり、来たよ」
「蒼だよね。髪型変えたの?可愛くなったというか。美少年になったというか・・・・・・美少女みたい。きれい」
それ、男子にとって褒め言葉じゃないからね。美少女と言われると普通の男子は怒ると思うよ。
僕がジト目で咲良を見ていると、咲良が顔を真っ赤にしてアワアワし始めた。
「髪の毛がフワフワしてて、蒼にとっても似合ってるよ。なんか感じが変わったから、焦っちゃうな」
そんな言い方しても、機嫌を直してやんないからな。
「と、とにかく家にあがってよ。咲もずっと朝から待ってるし」
咲ちゃんに会えるのか。また頬を触らせてもらおう。スベスベお肌が気持ちいいんだよね。
咲良の手招きに誘導されるように僕は玄関に入ってスニーカーを脱いだ。するとリビングのドアが開いて、咲ちゃんがにっこり笑って走ってくる。
「わーい、蒼お姉ちゃんだ~」
僕のお腹に体当たりをしてきた。なんとか咲ちゃんを抱きとめたが、お腹にかなりな衝撃が走る。すこし油断していたかもしれない。
「僕は蒼。蒼お兄ちゃんだよ。だってお兄ちゃんは男だから」
「蒼は蒼~」
そうだな。咲ちゃんにとっては、どってでもいい話だよな。子供相手にムキになってはいけないな。
咲ちゃんは僕の手を引っ張ってリビングへ連れていく。リビングではソファでテレビを見ていた椿おばさんが振り向いた。僕の顔を見てビックリしている。
「蒼くん、髪型変えたのね。可愛く・・・・・・格好よくなったのね。おばさんビックリしちゃった」
「どうも、お邪魔します」
椿おばさんは急いで立ち上がると台所のほうへ向かった。咲ちゃんは僕の手を引っ張っている。咲ちゃんに連れられて、リビングの中央までいくと、リビングのテーブルの上に、咲ちゃんのノートと鉛筆が広げられている。
しゃがみこんでノートを見ると、九九の練習をしていたようだ。七の段が間違えている。僕も七の段が苦手だったような気がする。昔のことだから覚えてないけど。
「咲、学校のお勉強してたの~」と咲ちゃんが笑う。もう可愛い。僕は咲っちゃんを抱きかかえると頬をスリスリする。本当にお肌がスベスベして気持ちいい。
咲ちゃんが大声で九九を歌い始めた。時々、間違っているところが可愛い。僕も一緒になって九九を歌う。咲ちゃんはそれが嬉しかったようで、段々と声が大きくなる。
僕と咲ちゃんが楽しそうに九九を歌っていると、なぜか咲良の顔が引きつっている。
「蒼、咲の相手をしてくれて、嬉しいんだけど・・・・・・今のあんた、女の子にしか見えないわよ」
今度は僕が顔を引きつらせる番だ。咲良、思っても口に出してはいけないこともあるんだよ。
椿おばさんが台所からオムライスと麦茶を持ってきてくれた。
「蒼ちゃん、お昼、食べてなかったら、このオムライス食べてくれるかな。咲良が作った手料理なの。蒼ちゃんがいつでも来ていいようにって、張り切って作ってたのよ」
「お母さん、そんなこと蒼に言わなくていいから。恥ずかしいでしょ」
「今日、お昼を食べてなかったんです。オムライスいただきます」
台所の近くにあるテーブルに椿おばさんがオムライスと麦茶を置く。僕と咲良はテーブルに座った。椿おばさんが温めなおしてくれたオムライスをスプーンですくって一口食べる。旨い。お腹が減っていたから、余計に旨い。
「このオムライス、美味しいよ。咲良、ありがとう」
咲良は照れて、俯いてモジモジしている。
僕は一気にオムライスを完食して、麦茶を飲む。あ~美味しかった。お腹も満腹だ~。
「咲良も手料理を頑張って覚えないとね。蒼ちゃんにお弁当ぐらいつくれるようにならないとダメよ」
「お母さ~ん。からかうのもいい加減にして。蒼がビックリしてるじゃないの」
全然、僕はビックリしてないけど、1人で慌ててるのは咲良だけだし。
咲ちゃんが僕の服を引っ張る。
「蒼、オムライス食べ終わったら、咲と遊んで~」
咲ちゃんに可愛く、おねだりされた。これは咲ちゃんと遊ばないと、それを楽しみにして来たんだから。でも7歳の女の子って何をして遊ぶんだろう。僕は小さい頃のこと、あまり覚えてないからな。とにかく咲ちゃんに合わせよう。
僕は咲ちゃんを抱っこするとリビングのソファまで連れて行く。すると咲ちゃんがスルスルと僕の手から抜け落ちて、リビングに立つと、走っていってドアを開けて、どこかへ行ってしまった。
暫くすると咲ちゃんが戻ってきて、手には塗り絵と色鉛筆があった。
「蒼、一緒に塗り絵して~。きれいに塗り絵して~」
塗り絵なら僕でもなんとかなるぞ。咲ちゃんが広げたページを見る。いろいろな動物の絵が描かれている。僕は色鉛筆のケースを開けて、動物に合った色を探して、色鉛筆できれいに動物を塗りつぶしてあげた。
「蒼、塗り絵、うま~い。もっと塗って~」
咲ちゃんはにこにこ笑って上機嫌だ。僕まで嬉しくなってくる。僕は塗り絵を続けた。
テーブルに座っている咲良がほんわかした顔で僕と咲ちゃんを見ている。
「蒼が来ると、咲はずっと笑顔だね。いつもワガママなのに。蒼の前だと良い子になるんだから~」と咲良が咲ちゃんをからかう。
「咲はいつでもよいこだもん。お姉ちゃんが意地悪するから、やり返すだけだもん」
咲良と咲ちゃんが言い合いをする。俺も妹とこんな言い合いしてたのかな。妹はどうしてるんだろうか。元気でやってると良いな。
「あのね~最近、咲良姉ちゃん、バインバインなんだよ~。バインバイン」
咲ちゃんが胸に手を当てて、手を前に出して「バインバイン」と連呼する。
「それでね~お尻もバインバインなんだよ~」
今度はお尻に手を当てて、手を伸ばして「バインバイン」と連呼する。
「咲、なんてことを蒼に言ってるの。やめて~。バインバインはやめて~」
僕は思わず咲良の胸を見てしまう。確かによく実ってる。思わず胸を見てしまったが、咲良が胸を隠したので、僕は顔を背けた。咲良がジト目で僕を見てる。背中から嫌な汗が噴き出してきそうだ。
たしかに咲ちゃんがいうように、咲良の体形は出るところはしっかりと出ていて、細いところは細い。簡単に言えばスタイルがいい。
「咲ちゃんも大きくなったら、胸もお尻もバインバインになるからね」
「蒼、咲良に何を言ってんの。もう、バインバインは言わないで」
咲良が走ってきて、僕の背中をバンバンと叩く。咲良の顔は耳まで真っ赤だ。
僕達2人を見て、咲ちゃんが大笑いをしている。椿おばさんもわらっている。今日は楽しいな。
咲良が僕の腕を引っ張った。
「今日は私に勉強を教えに来たんでしょう。もう十分に咲とは遊んだわ。これからは勉強の時間よ」
咲良はどうも、今の雰囲気から逃げたいらしい。僕も立ち上がって椿おばさんに挨拶をして、咲ちゃんに「また、後でね」と言って、リビングを出た。
咲良と2人で2階に上って、咲良の部屋に入る。
「もう、咲ったら、人の嫌がることばっかり言うんだから」
咲良は頬を膨らませて、咲ちゃんの文句を言っている。
「それだけ咲良と咲ちゃんが仲が良い証拠じゃないかな。2人はとても仲良しに見えるよ」
咲良は顔を赤くしたまま、机に座る。僕が座る椅子は既に用意されていた。僕はその椅子に座る。
「蒼、よろしくお願いします」
咲良はそう言って、にっこりと笑う。瑞希姉ちゃんの笑顔もきれいだけど、咲良の笑顔も可愛いな。
「よろしくお願いします」
咲良が勉強を始めた。わからない点を僕に質問してくる。僕は参考書にマーカーをして、咲良にできるだけわかりやすいように説明していく。重要な点はノートに書いてもらう。
咲良が少しつまずいたり、時間がかかった時には、僕のほうから、つまずいている箇所を聞いて、咲良につまずいてる点を教えていく。咲良は僕が教えた要点を、全てノートに書いて覚えていく。
咲良の間違いはとにかく勘違いが多いことに気が付いた。半分ぐらいまでは合っているのだが、勘違いによって間違ってしまっている。これは学校でも先生の説明を半分だけ聞いただけで、わかったつもりになって勘違いしてしまっているのだろう。
「咲良って、けっこう早とちりが多いんだね。性格がせっかちさんなのかな」
「お母さんによく言われる。おっとりしているように見えて、せっかちって言われる。なんでわかったの?」
咲良のノートを見たら、誰だってわかるよ。
「だって、咲良の間違いって、勘違いが多いんだから。学校の先生の話を最後まで聞いていたら、勘違いなんておこさないからね。最後まで聞いてないでしょう。途中で、わかったと思って、ノートに書いてるんじゃないの?」
「なんでそこまでわかるのよ。あ~蒼の言う通りよ。あ~恥ずかしい」
「でも、それって半分までは理解できてるって証拠だから、簡単に治せるから楽だよ。大丈夫だよ」
僕と咲良は雑談も交えながら、勉強を進めていく。咲良は性格が素直だから教えやすいや。
午後6時過ぎにポケットに突っ込んでいたスマホが振動する。何気なくスマホを耳に当てると、瑞希姉ちゃんだった。スマホの向こうでゲホゲホと咳の音がする。
《瑞希姉ちゃん。どうしたのゲホゲホと咳してるよ。風邪でも引いたの。大丈夫?》
《蒼ちゃんの部屋で熟睡してたら、風邪ひいちゃった。ちょっと熱もあるかもしれない》
《それって大変じゃないか。家に帰ってゆっくりと寝なよ。薬も飲まないとダメだよ》
《体がダルくて動けないの。ゲホゲホ》
《今すぐ帰るから、じっとして待ってるんだよ》
僕はスマホを切って、咲良の顔をジッと見る。咲良がどうしたの?という感じで小首をかしげた。
「瑞希姉ちゃんが風邪ひいたらしいんだ。熱もあるみたいだって。薬も飲んでいないって。ちょっと早く帰ってもいいかな?」
「瑞希先輩が風邪、それは大変よ。受験生が風邪なんて、大変じゃん。早く帰ってあげてよ」
僕は咲良に頷くと、急いで1階へ降りる。椿おばさんにお礼を言って、咲ちゃんを抱っこする。
「蒼ね、今すぐ帰らなくちゃいけなくなったんだ。咲ちゃんともっと一緒いにいたかったんだけどゴメンね。また、遊びに来るから」
「うん、咲、蒼のこと待ってる。またすぐに来てね」
そう言って咲ちゃんは僕の頬にチュッとキスしてくれた。天使からのご褒美か。
スニーカーを履いて、咲良に手を振って、玄関を出た。僕は急いで家に帰る。自分の家に着く頃には息がハァハァとあがって、呼吸が苦しい。急いで玄関を開けて、スニーカーを脱いで、リビングを通って、2階の自分の部屋へ上がる。僕の部屋にはベッドに寝たままの瑞希姉ちゃんが、顔を半分だけだして、僕のほうを見ている。
「熱、大丈夫」と言いながら、僕はベッドの近くでしゃがんで手の平を瑞希姉ちゃんの額に当てるけど、全く熱くない。するといきなり、瑞希姉ちゃんが僕の首に手を回して抱き着いてきた。
「今日1日、蒼ちゃんと一緒じゃなかったから寂しかったよ~」と言って泣き出した。
何~、風邪だと思って人が心配して、全力疾走して帰ってきたのに仮病か~。それになんで泣いてるの。
瑞希姉ちゃんに抱き着かれて、僕はベッドの中へ引きずり込まれる。そのまま瑞希姉ちゃんは泣き続けた。僕はため息を吐いて、瑞希姉ちゃんの背中を摩る。瑞希姉ちゃんが泣き止むまで、僕はじっとして、背中の髪の毛を梳いてあげた。
瑞希姉ちゃんは、元気になると舌先を出して、悪戯っ子のような顔をしている。
僕は瑞希姉ちゃんをベッドの上に正座をさせて、1時間ほど説教した。全く、瑞希姉ちゃんは僕には甘えたで困る。でも、本当に風邪でなくてよかった。