土曜日となり、今日は休日だ。僕は久しぶりに、寝坊することに決めて、ゆっくりとベッドで微睡む。すると頬に何か気持ちいいものが当たった。なにか僕の頬をスリスリしている。でも嫌な感じじゃない。どちらかと言えば気持ちいい。僕はまた微睡んでいく。


 ベッドの中に何かが入ってきて、僕の脇を突く。これはこそばゆい。僕は目を擦って、眠りから覚めた。すると瑞希姉ちゃんが、僕の頬に頬ずりしている。僕が寝ている間に何をしてるんですか~。


 僕は飛び起きて、ベッドの端へ逃げた。


「蒼ちゃん。おはよう。きょうはゆっくりなんだね」


「はい。今日は土曜日ですから。学校も休みだし、少しくらい遅くまで寝ていたいなと思って寝ていました」


「そんな他人行儀な言い方しなくてもいいじゃない。今日の蒼ちゃんはご機嫌斜めだね~」


 それは、あんな起こし方するからだよ。はずかしいよ。段々、瑞希姉ちゃんのスキンシップが激しくなっているような気がする。


「瑞希姉ちゃんは今日はどうしたの?」


「蒼ちゃんへのお誘い。蒼ちゃん、ずっと髪の毛を切ってないでしょう。ちょっと髪の毛が伸びすぎているような気がするんだ。お姉ちゃんの知ってる美容室へ行こう。私もそこでいつもカットしてもらってるから」


 確かに髪の毛が伸びてきてる。前髪が伸びすぎて、ちょっとウザく思っていた所だけど・・・・・・お姉ちゃんの行ってる美容室って女性専用の美容院じゃないよね。


「瑞希姉ちゃんが行っている美容室って、女性専用じゃないよね?」


「大丈夫よ。男性のお客さんも多いし」


 それなら大丈夫かもしれないけど、美容室なんて最近、行ってないな。


「僕は1000円ポッキリのカットハウスでもいいんだけど。そんなにこだわりないから」


「そんなに高くないし。私の通っている所だから腕は保証するわよ」


 瑞希姉ちゃんがそういうなら、行ってみようかな。


「わかった。瑞希姉ちゃん、僕、着替えるから、リビングで待ってて」


 なぜ、そこで瑞希姉ちゃんが、ガッツポーズしてるの?


「私も家に帰って着替えてくるね~」


 瑞希姉ちゃんは明るい声でにっこり笑って1階へ降りていった。家に着替えに帰ったんだろう。でも、今も瑞希姉ちゃん、きれいな服を着ていたのに、また着替えるんだ。なんか不思議だな。


 僕は私服に着替えて、1階の洗面所で顔を洗って、歯を磨く。タオルで顔を拭いてサッパリとした気分で冷蔵庫から麦茶を出してきて、コップに注いで、一気に飲んだ。暑い時には麦茶にかぎる。


 玄関を開けて瑞希姉ちゃんが入ってくる。オフショルダーのフレアスリーブ花柄トップスにスキニーでデニムを履いていた。女子大生のように大人っぽい。少しメイクもしているようだ。瑞希姉ちゃんが色っぽくなってる。


 思わず、少しの間、瑞希姉ちゃんに見惚れてしまった。


 メイクで艶やかに変わった瑞希姉ちゃんが妖艶に微笑む。こんなに瑞希姉ちゃんってきれいだったけ。きれいなのは知ってたけど、今日は一段とレベルが違う。


「どう?少し、大人っぽくなったでしょう。ちょっとは見惚れてくれたかな」


 はい。十分見惚れました。僕は無言で何回も頷いた。瑞希姉ちゃんも僕のそんな反応に満足したのかニコニコと笑って喜んでいる。


「さ~、行きましょうか」
 

 瑞希姉ちゃんが手招きする。僕はまるで瑞希姉ちゃんに吸い寄せられるように玄関で靴を履く。そして玄関を出て、鍵をかけて、大通りに向かって歩き出す。瑞希姉ちゃんがいきなり、僕の腕に自分の腕を絡めてきた。そして僕にもたれるように、寄り添ってくる。顔が近い。


 きれいで大人っぽい瑞希姉ちゃんが間近にいると思うだけで、心臓がドキドキする。今までこんなに瑞希姉ちゃんを意識したことがあっただろうか。


 傍から見たらどう見えるんだろうか。どう考えても、女子大生のお姉さんとその弟だよな。釣り合いが取れているように思えない。現実は残酷だ。


 大通りに出て、駅前のモールに向かう。歩道を行きかう男性達が瑞希姉ちゃんを見て立ち止まって、ジーっと見惚れている。男性達がそうなるのも無理はないと思う。なんか瑞希姉ちゃんのオーラが今日は違う。


 モールの中へ入って、エスカレーターを上って、少し歩いた所に、瑞希姉ちゃんご用達の美容室があった。瑞希姉ちゃんは慣れた手つきで美容室へ入っていく。僕はその後ろへ付いて行く。女性客ばっかりじゃん。チョー恥ずかしいんですけど~。


「あら、瑞希ちゃん。今日は可愛らしいお客様を連れてきてくれたのね」


 美容室のきれいなお姉さんが声をかけてくる。


「紹介するわね。葵さん。私の大事な蒼ちゃんよ。可愛いでしょう。葵さんにはあげませんからね~」


「あなたの噂は瑞希ちゃんから聞いているわ。私は綾野葵(アヤノアオイ)というの。よろしくね」


「僕は空野蒼大といいます。今日はよろしくお願いします」


 金髪に近い栗色の髪の毛がよく似合う。大人の女性の香りがする葵さんがにっこりと笑ってくれる。それだけで、僕は恥ずかしくて俯いてしまう。


 僕は葵お姉さんが指示したカットする椅子に座る。椅子はクルリと回って鏡が僕の全体を写す。


「今日は葵が担当するわね。何か要望の髪型はあるかしら?瑞希ちゃんはどんなスタイルが蒼ちゃんに似合うと思う?」


 瑞希姉ちゃんが葵さんの耳元で小声で何かを話しているが、僕には全く聞こえない。


「葵さんのお好みでお願いします」


 僕は小さい声で伝えた。だって、髪型なんて、あんまり気にしたことがないよ。


 瑞希姉ちゃんは待合のソファに座って雑誌を読み始めた。


 葵さんが鏡を見ながら、僕の髪の毛を触る。


「フワフワした髪質なのね。髪をあげてみると・・・・・・まぁ、蒼ちゅんって女の子みたいな顔をしてるのね。断然、やる気が出てきたわ。これだけの逸材はそうそう探してもいないわ。蒼ちゃん、恰好よくしてあげるから、葵お姉さんに任せなさい」


 なんだか僕の顔を見てから、葵お姉さんの目が怖いんですけど~。


 葵お姉さんに指示されて、僕は髪を洗う椅子に寝かされる。一瞬、葵お姉さんの顔が間近になって、心臓がドキドキする。顔の上にタオルを乗せてくれたのでホッとした。ずっと葵お姉さんの色っぽい顔が近くにあったら、心臓が破裂しちゃうよ。


 髪を洗ってくれる指先がとても気持ちいい。「どこか痒いとこはない?」と葵お姉さんが聞いてくる。「ありません」と答えると「そう」と言って、髪の毛を洗い続けてくれた。僕はあまりの気持ちよさに、少し眠ってしまった。


「はい。これで髪を洗うのは終わりよ。あら、蒼ちゃん、少し眠ってたのかな。私が髪を切ってる間、寝ていてもいいわよ」と優しい笑顔で葵お姉さんがいう。


 鏡の前に座りなおして、すぐに僕は睡魔に襲われて眠ってしまった。


 どれくらい眠っただろうか。かなり眠っていたような気がする。涎なんて垂れてないよね。周りでは葵お姉さんと瑞希姉ちゃんが両手を握り合って、キャッキャッと騒いでいる。


 僕は鏡を覗き込んで愕然とした。なんと僕が寝ている間にパーマスタイルのフワフワショートヘアに大変身している。そのうえ、ショックだったのは、薄っすらと化粧されていることだ。


 どこから見ても男装した女性のように見える。これはあんまりだ。僕は男だよ。確かに髪型は恰好いいけど。


「蒼ちゃん、起きたのね。驚いたでしょう。あんまり恰好いいから、少しサービスして化粧までしちゃった」

 化粧しちゃったじゃね~よ。これじゃあ、本物の女の子だよ。このまま街を歩けない。


「確かに恰好良い髪型だと思いますけど、これって化粧しちゃうと男装している女性に見えませんか?」


「この髪型はね。ジェンダーレスなのよ~。男女の性別がない髪型なわけ。蒼ちゃんみたいな女顔の男の子にぴったりの髪型なのよ~。超美形。蒼ちゃんこれでモテモテね。女性からも男性からも。キャー」


 女性からはモテたいけど、男性からは絶対にヤダよ。


「瑞希ちゃんが蒼ちゃんを推してたのわかるわ~。私も蒼ちゃんのファンになりそうだもん。可愛い」


 既になってしまった髪型は治らない。パーマも当たっているし、髪が伸びるまで待つか。


「ね~葵さんの腕は確かでしょう。チョー売れっ子の美容師さんなのよ」


 確かに腕がいいことはわかる。でも、今度ここに来る時は眠らないようにしよう。どんな髪型にされるかわからないから。


 僕は鏡の席から降りて、精算に向かうと、受付カウンターに回った葵さんが名刺を僕に渡してくれた。それと割引券ももらった。僕は何気なく受け取って裏を見ると、メルアドとラインIDと電話番号が書かれていた。


「これ何ですか?」


「私個人のメルアドとラインIDと電話番号だよ。葵お姉さんは一人暮らしなの。いつもは仕事で夜遅くまで、ここにいるけど、蒼ちゃんが連絡したくなったら、連絡ちょうだい。私、蒼ちゃんのファンになっちゃった。割引券は今日、来てくれたお礼ね。これからは蒼ちゃんの専属美容師になるわ。他の店に行っちゃあダメよ」


 なんでこうなったかはわからないけど、葵お姉さんに気に入られたことだけはわかった。割引券もありがたくいただいておく。


「支払いは瑞希ちゃんがしてくれてるから。蒼ちゃんが支払う必要ないよ」


 瑞希姉ちゃんのほうを振り返ると、瑞希ねえちゃんはにっこりと笑う。


「今日は、蒼ちゃんと髪切りに出かけるって言ったら、お父さんからお小遣いをもらえたの。だから大丈夫」


 雅之おじさんありがとう。帰ったらお礼を言いに瑞希姉ちゃんの家に行かなきゃ。


 葵お姉さんに手を振られて、僕達は美容室を出た。


 それから僕と瑞希姉ちゃんは手を繋いでモールの中を歩いて、洋服を見て歩いた。すると瑞希姉ちゃんは1件の洋服店に入っていく。僕も手を繋いでいるので洋服店に引っ張り込まれた。


 その店は女性ものの洋服と男性ものの洋服と一緒に売っている店だった。店に入ると瑞希姉ちゃんは僕の手を放して、洋服を選び始めた。店員さんの若いお姉さんと何かを話している。なぜか僕のほうをチラチラ見て頷いているのが怖い。


 店員の若いお姉さんも洋服を真剣に探し始めた。瑞希姉ちゃんも真剣に服を選んでいる。瑞希姉ちゃんが数点の洋服を持って、店員の若いお姉さんの元へ行く。店員の若いお姉さんも洋服を数点、持っている。


 組み合わせで2人で話し合っているようだ。やっと組み合わせが決まったようで、2人はキャッキャッとはしゃいでいる。


「蒼ちゃん、ちょっと来て。これを試着室で来てみてちょうだい」


 瑞希姉ちゃんに服とズボンを渡された僕は、仕方なく試着室に入って着替える。


MA-1とスキニーブラックデニムにパーカーという恰好で試着室のカーテンを開いた。


 瑞希姉ちゃんも店員のお姉さんも「最高~。似合ってる~。可愛い」と言ってハイタッチをしている。


 鏡で自分の恰好をよく見る。確かに恰好よいけれど、これだと男性か女性かわからないよ~。


「これを着て帰ろうか。MA-1は暑いかもしれないから、暑かったら手で持って帰ろう」


 瑞希姉ちゃんが試着室で立っている僕を外へ連れ出す。試着室に自分の服を置いたままだ。僕が試着室へ引き返そうとすると、瑞希姉ちゃんのほうが一足先に試着室の中に入って、僕の服を畳んでいる。恥ずかしい。


 店員のお姉さんがくれた空の袋に僕が今日、着てきた服を入れる。値札は全て、店員のお姉さんがハサミで切って、持っていてしまった。この服ぐらいは自分で買わないとな。


 瑞希姉ちゃんが支払いをしようとしていたけど、僕はそれを止めて、自分で服代を支払った。結構な値段になったのでビックリ。僕の財布はほとんど空になった。瑞希姉ちゃんに支払ってもらわなくて良かった。


 僕は紙袋を持って、瑞希姉ちゃんと2人で洋服店を出た。


 瑞希姉ちゃんは今すぐスキップを始めるんじゃないかと思うほど上機嫌だ。


 僕と瑞希姉ちゃんがモールの中を歩いていると、見知らぬ男子2人が寄ってきた。年の頃は大学生ぐらいだと思う。


「ねえ、ねえ、女の子2人でショッピングしてるのかな。もう買い物が終わったなら、俺達と遊ばない。俺達も暇しててさ。どこでも遊びにいくよ」


 瑞希姉ちゃんは大学生2人の顔を見ると、みるみるご機嫌斜めな顔になっていく。少し目が吊り上がっている。


「せっかく、蒼ちゃんとショッピングして楽しい気持ちだったのに。なぜ、邪魔するかな。申し訳ないけど、ナンパに付き合ってるほど、暇じゃないわ。行きましょう。蒼ちゃん」


 そう言って瑞穂姉ちゃんは歩き出した。すると瑞穂姉ちゃんの手首を大学生の男子が掴む。


「そんなこと言わなくてもいいんじゃね~の。ちょっと顔がきれいだからって図に乗んじゃね~よ。な~遊びに行こうぜ~」


 僕は瑞希姉ちゃんの手首を掴んでいる大学生の腕を全力でチョップした。大学生の男子の手が、瑞希姉ちゃんから離れる。


「瑞希姉ちゃんに触るな」


「なんだ~。こいつ女だと思ったら男だぜ。女だったら美少女だったのによ。男は用なしだ。そっちのお姉ちゃんとだけ、遊べればいいわ」


 また大学生の男子が瑞希姉ちゃんの腕を掴もうとする。その腕を金髪に耳にピアスを開けた男子が掴んだ。マーくんだ。隣にタッくんもいる。


「何、瑞希に手~出してくれてんだよ。瑞希に怪我でもさせてみろ。お前達も大怪我ですまね~ぞ」


 マーくんとタッくんが凄む。大学生の男子2人は走って逃げていった。


「マーくん、タッくん、ありがとう。助かっちゃたわ。あの大学生達、しつこくって、もう少しで蒼ちゃんも危ないところだったの。ありがとう」


「え、蒼大もここにいんのか。あれ?」


 タッくんが珍しく声をあげる。そして周りをキョロキョロと見て、僕と目が合った。


「お前、蒼大か、髪の毛にパーマがかかってんじゃん。女の子かと思ったぞ。相変わらず美少女顔だよな」


 タッくんはそういうと僕の頭を優しく撫でた。マー君も珍しそうに僕の顔を眺めている。なんか恥ずかしい。


「瑞希姉ちゃんを助けてくれて、ありがとう。僕じゃあ、貧弱だから、助けられなかった」


「お前はそのままでいいよ。蒼大。いざとなれば瑞希も本気出してただろうし、あんまりモールで瑞希の本気は見たくねーな。大騒ぎになりそうだ」


 瑞希姉ちゃんの本気って何?そこ深く聞きたいんですけど。そういえば小さい頃は瑞希姉ちゃんが1番に喧嘩が強かったんだよな。今でもってことはないでしょう。


「マーくん、蒼ちゃんの前で変なことを言わないで。それよりマーくんとタッくんはモールで何をしてたの?」


「「ナンパ」」


 マーくんにタッくん、ガッカリだよ。


 マーくん、9月にタンクトップ姿で筋肉むき出しでナンパなんかできないよ。それに金髪の短髪にピアスなんだから、厳つすぎだって怖い。


 タッくんも金髪だけど長髪だし、ピアスも目立ってないし、普通の恰好だけど、凄むと怖いもんな。ナンパには向かないと思う。


「さっきの大学生達と一緒じゃない。あんまり褒められないわね。でも助けてもらったんだし、スィーツ店でも行きましょう。私が奢るわ」


「助かるわ。まったく女子をナンパできなくて、凹んでたんだよ。瑞希と蒼大なら、美少女2人に見えるしな。俺達としても奢ってくれるなら助かる。なぁ、達也」


 僕達はモールにあるスィーツ店に入った。マーくんとタッくんはケーキを3つ食べて、瑞希姉ちゃんに怒られている。でも2人共、とっても楽しそうだ。僕はケーキを食べている所を2人にスマホのカメラで撮られた。友達に見せて、女か男か当てさせて遊ぶらしい。そんな遊びは止めてほしい。


 1時間ほどスィーツ店でマーくんとタッくんと話して、僕と瑞希姉ちゃんは2人と別れた。


 モールを出て大通りを2人で手を繋いで歩いていく。通りを行きかう男性が止って、瑞希姉ちゃんに見惚れているのは行きの時と同じだが、時々、僕のことをジーっと見ている男性もいる。正直、気色が悪い。


「もう、あの2人は、いつもふざけてばかりなんだから」


「でも、優しい。今日も助けてくれたし、僕は好きだな」


「そうね。蒼ちゃんには優しいお兄ちゃん達ね」


 瑞希姉ちゃんがにっこりと優しく笑う。僕達2人は笑いながら、家までの路を手を繋いで歩いた。