放課後の勉強が始まった。僕、咲良、蓮、悠、瑛太の5人は、僕と咲良の席を中心にして集まって、勉強することになった。わからない点があったら手をあげて、瑞希姉ちゃんから勉強を教わることになった。


 咲良は一番、率先して手を挙げて、瑞希姉ちゃんに教えてもらっている。咲良はその度に顔を赤くして、体を緊張させている。そんな緊張していて、頭の中に入っているんだろうか。


 蓮は頭を掻いて、勉強しないでボケーっとしていることが多い。その度に瑞希姉ちゃんに見つかって、頭を叩かれている。それでも瑞希姉ちゃんは諦めずに、蓮のレベルに合わせて、丁寧に教えてあげている。蓮も渋々ではあるが、勉強を続けている。


 瑞希姉ちゃんって良い教師になる素質もあると思う。


 瑛太は黙々と勉強している。瑛太は元々、成績も良いし、勉強も好きなようだ。今日は俺達に付き合って残ってくれているだけだから、瑞希姉ちゃんの手を煩わせることはない。


 悠は大きな体を縮こまらせて、勉強している。ただ時々、右腕がピタリと止まったまま動かない。たぶん、わからない所に当たっているんだと思う。それでも手をあげて、瑞希姉ちゃんを呼ぼうとしない。


 瑞希姉ちゃんがそんな悠の様子に気付いた。瑞希姉ちゃんが悠に近づいていくと、悠は顔を真っ赤にして硬直している。


「悠、何回、言ったら手を挙げるのよ。わからない所で止まってるじゃない。そんな時は手を挙げなさいって言ってるでしょ。なぜ私が悠が手を止めてるかどうか、いちいち気にしないといけないの。まるで子供じゃない」


「わかってるよ。今、手をあげようと思ってたんだ。瑞希姉ちゃんのほうが俺が止ってるのを見つけるのが早いんだよ」


「ウソ、5分前から止まってたじゃない。私、きちんと時間を見てたんだから。もう、悠は手間がかかって困るわ。どこがわからないの。教えてあげるから、言ってみなさい」


 そう言って、瑞希姉ちゃんが悠の隣に屈んで、悠のわからないところを教えていく。悠の顔が真っ赤になっている。体もさっきより小さくなっている。悠は何を緊張しているんだろう。


 いけない。いけない。皆の様子を見ていて、自分の勉強の手を止めてしまっていた。頑張らなくちゃ。僕は机の上の参考書の問題を解いていく。昨日、瑞希姉ちゃんに教えてもらったから、今のところ、わからない問題はない。僕はつまづきながらも参考書をこなしていく。


 放課後の勉強会は日が落ちて、少し経った時、いきなり終わりを告げた。それはダル先生が教室に入ってきたからだ。


 ダル先生は「教室に残って、お前達は何をしているんだ。それになぜ、3年生の千堂がいる」と聞いてきた。瑞希姉ちゃんが、僕達が放課後に教室に残って勉強していたことを説明し、自分はわからない所を教えていたと説明する。


 するとダル先生は「勉強に励んでいたのはわかった。でも今日は終わりだ。教室に鍵をかけるからな」と言う。




 僕達と瑞希姉ちゃんはダル先生に追い出されるように、教室から追い出された。


 蓮が「ダル先生。横暴だよ~」と文句をいうと、「これが先生の仕事だ。ささと家に帰れ。そとはもう夜だぞ。いつまで残ってるつもりだったんだ」と逆にダル先生に怒られて、口を尖らせて、ブツブツと文句を呟いている。


 僕達は校舎から出て、校門を潜って学校を出た。そして、通学路を歩いていく。その時、咲良が手を挙げた。


「瑞希先輩、今日はありがとうございます。勉強を丁寧に教えてもらったおかげで、随分わかるようになりました。そこの角を曲がった路地を行ったほうが家に早く着きますので、ここでお別れしますね」

 
 瑞希姉ちゃんが笑って、悠の背中をポンと叩いた。


「女の子1人で夜道を歩くのは危険よ。悠、あなたが咲良さんを守ってあげなさいよ」


「悠が行くなら、俺も付いていくぜ。そのほうが咲良も安心だろう」


 蓮が手を挙げて、自分も付いていくという。咲良はその途端に困った顔になった。


「瑞希先輩、申し出はありがたいんですけど、男の子に家を教えるのはちょっと・・・・・・私、1人で帰れますから」


 咲良は悠と蓮に家を知られたくないらしい。自分1人で帰るという。瑞希姉ちゃんが顎に人差し指を当てている。


「それだったら、私と蒼ちゃんが咲良さんを送っていくよ。蒼ちゃんは咲良さんの家を知ってるからいいでしょう」


 確かに僕は咲良の家を知っている。だから僕が咲良を送っていくのが適任なのはわかるけど、なぜ瑞希姉ちゃんまで付いてくることになるんだ。


「蒼ちゃんは護衛としたは華奢だからね。お姉ちゃんが蒼ちゃんを守らないと」


 いつの頃の話を持ち出してくるのさ。小学校低学年の頃の話じゃないか。今でも喧嘩は弱いけど・・・・・・咲良を送っていくぐらいはできるよ。


「あ~あ、また蒼大だけ、美味しい思いをしてさ。俺だって咲良の家を教えてほしいのに~」


 蓮、心の中の声がダダ洩れになってるよ。咲良がドン引きしてるじゃないか。余計に怖がってるよ。そんな感じだから、咲良が嫌がるんだよ。なぜ、そのことがわからないかな~。


「わかったよ。僕と瑞希姉ちゃんで咲良を送っていくよ」


「蒼だけじゃなくて、瑞希先輩にまで送ってもらえるなんて、私、感激です~」


「蓮は絶対に付いて来たらダメよ。咲良ちゃんがドン引きしちゃうから」


 瑞希姉ちゃんが蓮にくぎを刺す。


 僕と瑞希姉ちゃんと咲良は路地を曲がる。悠、瑛太、蓮と別れ、外灯が点いているだけの路地を3人で歩いていく。自販機の明かりが妙に目立つ。


「この道、ちょっと暗いね。途中でコンビニでもあったら安心なのに、外灯だけだと怖いな」


 瑞希姉ちゃんが僕のシャツを摘まんで、独り言を呟く。


「この道、外灯がまばらにしかなくて、ちょっと暗いんですけど、家に帰るには近道なんです。普段はあまり夜には出歩かないようにしています。親にも注意されてるので」


 咲良は申し訳ない顔をして、瑞希姉ちゃんに話しかける。


 そういえば、僕の家も瑞希姉ちゃんの家も、もう少し大きな道沿いに家があるもんな。けっこう車の行き交いも多いし。ここまで寂しいことはないもんな。


 自販機のところで男子が2人が屯している。2人は座り込んで、何かを話してゲラゲラ笑いをしている。瑞希姉ちゃんの顔にも、咲良の顔にも緊張が走る。


 自販機の横を通り過ぎようとすると、2人の男子が道路の出てきて、とうせんぼをする。


「俺達を無視して歩いていく必要ないんじゃないの。俺達、暇してるんだ。ちょっと遊んでいかないか」


 3人はヘラヘラした顔をして、咲良と僕と瑞希姉ちゃんの顔を見る。最後に瑞希姉ちゃんの顔を見た時に、顔色が変わる。


「お前、瑞希か。マズイ時に会っちまったな。相手が瑞希なら俺達と遊んでくれるわけね~か。通っていいよ」


「マーくん、それにタッくん。久しぶり。こんなところでナンパなんかしちゃいけないでしょう。ここは暗すぎるわ。こんな所でナンパなんかしたら、警察に言われても仕方ないわよ」


「別にさっきまではナンパするつもりなんてなかったよ。遠目から見ても、きれいで可愛い子が2人歩いてくるからさ。声をかけてみたくなるじゃん。相手が瑞希だって知ってたら、俺達、逃げてたわ」


「相変わらずね。そんなことより、マーくんもタッくんも学校にちゃんと行ってるんでしょうね。最近、おばさん達に会ったけど、ヤンチャで困るって言ってたわよ」


「チっ。オババの奴、瑞希にいらんこと言ってんじゃねーよ。サボってはいるけど、なんとか学校には行ってるぜ。留年するのはイヤだからな」


 マーくんとタッくんと呼ばれた2人は瑞希姉ちゃんには頭があがらないようだ。2人共、金髪にピアスをしているのでチョー怖かった。


「瑞希は、この2人の護衛か。ん~この女顔した可愛い顔の男、どっかで見たことあんな。」


「当たり前でしょう。蒼ちゃんだもん。マーくんもタッくんも、蒼ちゃんのこと可愛がってたじゃない」


 どうも2人は俺の幼馴染らしい。全く覚えてないけど。


「そっか~。蒼大か。小学校の時に転校していったけど、また街に戻ってきていたんだな。久しぶりって言っても、覚えてないか~。俺は黒木正人(クロキマサト)、こっちは鏑木拓哉(カブラギタクヤ)、瑞希と同級生だ。懐かしいな。元気にしてたか。今でも小さいのは変わらないんだな」


「空野蒼大です。覚えてなくてゴメンなさい。昔、遊んでもらったみたいでありがとう」


「そんなことは良いよ。よくこの街に帰ってきたな。瑞希も喜んでいるだろう。俺達は瑞希とは違う高校に行ってんだけどな。よく学校をサボってるから、瑞希に時々、怒られてんだわ。瑞希も怒らせるとうるさいけど、悠は怒らせると俺達でも逃げないといけないからな~。瑞希には頭が上がんないんだわ」


 へ~悠って、やっぱり喧嘩が強いんだ。この2人も金髪にピアスをしていて、喧嘩なんかも慣れていそうで、怖いのにな~。でも話してみると意外と気さくで良い人達だな。外見で判断しちゃあ、ダメだな。


「この辺りでなんかあったら、俺達に相談してこいよ。これでも顔は広いほうなんだ。蒼大は、最近、こっちに戻ってきたんだろう。また今度会った時に、色々と教えてやるよ」


 マーくんは僕の頭を撫でる。タッくんは手を伸ばして来て、僕の手を握った。


「ありがとう。その時はお願いします。今は友達の女子を送っていく途中なので、また次ということで」


「そうだな。そこの可愛い子を送っていかないといけないもんな。瑞希と2人でちゃんと送っていってやれよ」


 マーくんとタッくんは2人並んで路地を反対方向へ歩いていった。振り向いて僕達に手を振っている。僕と瑞希姉ちゃんも手を振った。さっきまで青ざめた顔をしていた咲良も今は安心している。


 僕達は路地を咲良の家の方向へ歩き始めた。


「あの2人もナンパするなら、時間と場所を選べっていうのよ。まったく、人を驚かして。咲良ちゃん、怖かったよね。ゴメンね。あの2人には今度、きちんと怒っておくから」


「瑞希先輩って顔が広いんですね~。私は高校に入ってから引っ越ししてきたから、知ってるのは同じ高校の同級生の一部だけです。瑞希先輩がいなかったら、悲鳴をあげてるところでした。ありがとうございます」


 女子1人で、こんな外灯がまばらな暗い路地で、ナンパなんかされたら、さすがに悲鳴をあげるよな。


「顔と恰好は厳つい奴等だけど、昔からけっこう優しい奴等なの。小さい頃は蒼ちゃんも、あの2人によく遊んでもらっていたんだよ」


 へ~。覚えていないけど、あの2人って年下にも優しかったんだ~。外見からはわからないもんだな。


 僕達は咲良の家に着いた。


「少しだけ、家に上がって行ってください。蒼の顔を見ると咲も喜ぶと思うんです」


「では、玄関先でよければ、少しだけね」


 瑞希姉ちゃんがにっこり笑って、咲良の背中をポンポンと叩く。


 咲良と一緒に瑞希姉ちゃんと僕は玄関の中へ入る。靴を脱いで「ただいま」と言って、咲良が廊下を歩いていく。リビングの開いた扉から、ヒョッコリと咲ちゃんが顔をだす。


「蒼だ~。蒼お兄ちゃんだ。また遊びに来てくれたの~」


 咲ちゃんが僕に抱き着いてくる。僕は咲ちゃんの体を抱きかかえる。


「あら~。チョー可愛い。咲良さんの妹さんね。私は瑞希っていうの。はじめまして。咲ちゃん」


 瑞希姉ちゃんは咲ちゃんの指を持って優しく握る。咲ちゃんもにっこり笑う。


 「はじめまして瑞希お姉ちゃん。私、咲、7つ」と挨拶をする。咲ちゃんマジ天使。瑞希姉ちゃんの目がトロトロになっている。僕も咲ちゃんの頬を突っつく。咲ちゃんは恥ずかしいようで頬がピンク色だ。


 椿おばさんが姿を現わした。エプロン姿だ。夕飯の用意でもしていたんだろう。


「蒼大くん、咲良を送って来てくれたんだって、咲良から今、聞いたわ。そちらは3年の瑞希先輩ね。今日は咲良がお世話になりました。家まで送ってきてもらうなんて、ごめんなさいね」


 咲良も姿を現わして、椿おばさんの後ろで深々と礼をしている。


「大した事してません。蒼ちゃんと2人で咲良さんを送ってきただけですから。この辺りって外灯もまばらですし、女の子の1人歩きは危ないと思いまして。本当は蒼ちゃん1人で送っていくはずだったんですが、私は蒼ちゃんについてきただけですし。私は何もしてませんから」


 瑞希姉ちゃんが珍しく謙遜している。なにか照れているようだ。


「瑞希先輩には、今日、勉強も教えてもらったの。瑞希先輩ってチョー恰好いいんだから」


 咲良が胸の前で両手を握って、椿おばさんに熱弁をふるう。


「あらあら、勉強まで教えてもらったの。咲良がお世話になっちゃって、ありがとうございます。家に上がっていって」


「今日はもう遅いので、ここでお暇させていただきます。帰ってからも色々あるので、すみません。今度、ゆっくり蒼ちゃんと一緒に来させていただきます」


 瑞希姉ちゃんが椿おばさんの申し出を上手く断った。


「咲ちゃん。そういうことだから。蒼お兄ちゃん、今日は帰るな。また今度、遊ぼうね」


 僕は抱えていた。咲ちゃんを廊下に降ろして、頭を撫でた。


「帰っちゃイヤだ。まだ咲と遊んでもらってない~」


 咲ちゃんが僕の足にしがみ付いて離れようとしない。しゃがみこんで優しく咲ちゃんの髪の毛を撫でる。


 瑞希姉ちゃんもしゃがんで、咲ちゃんと同じ視線になると「今日は蒼お兄ちゃんも、夜が遅いから帰らないといけないの。今度、昼に蒼お兄ちゃんが来た時に、遊んでもらおうね。咲ちゃんは良い子だからわかるよね」そう言って、咲ちゃんに抱き着いた。咲ちゃんはにっこり笑っている。


「瑞希お姉ちゃん、良い匂いがする~。良い匂い~。わかった。また蒼お兄ちゃんが来るまで、咲、待ってる」


 瑞希姉ちゃんが咲ちゃんを離すと、咲ちゃんは椿おばさんの元へ走っていった。


「では、僕達はこれで帰ります。失礼します」


 僕と瑞希姉ちゃんは会釈をして、咲良の家を出た。咲良は玄関を出てきて、門の所で手を振っていた。


 僕達も振り返って手を振る。そして2人で路地をゆっくりと歩く。咲良の家が見えなくなった頃に、瑞希姉ちゃんが手を伸ばしてきた。僕は瑞希姉ちゃんの手を取って、手を繋ぐ。


 路地を曲がって違う路地を歩いていく。僕はこの辺りの地理に詳しくないから、瑞希姉ちゃんに任せた。少し歩いていくと小さな公園があった。瑞希姉ちゃんは公園に入っていくと2つあるブランコの1つに腰をかける。僕もブランコに腰かけた。


「蒼ちゃんは覚えてないかもしれないけど、この公園もよく一緒に遊んだ公園なのよ」


 そうなんだ。僕も小さい時に、このブランコで遊んだりしたのかな。


「蒼ちゃんは、よく悠や蓮に泣かされてた。そんな時、私がよく悠や蓮を追い回していたんだけど、その時、マーくんとタッくんが蒼ちゃんの面倒をみてくれてたの。あの2人も小さい時は、蒼ちゃんのこと弟のように可愛がってくれていたんだよ~。やっぱり蒼ちゃんのことが可愛いんだね。あの2人、この辺りでは結構、怖がられてるのに、蒼ちゃんには優しかったもんね」


 そうだったんだ。瑞希姉ちゃんの他にも、マーくんやタッくんが僕と遊んでくれていたんだ。なんか嬉しいな。


「蒼ちゃんは小さい時から女の子みたいな顔で、可愛かったから・・・・・・同い年の男の子達によくからかわれていたんだよ。体も小さかったしね。今も顔が可愛いのは変わらないけどね」


 そんなに僕って女顔かな・・・・・・女の子に間違われたことはあるけど・・・・・・男子としては複雑だよ。


「私は蒼ちゃんの顔、好きだよ。だってきれいで可愛いんだもん。それに笑顔がとっても可愛い」


 他の女子に可愛いって言われたら、複雑な気分になるけど、瑞希姉ちゃんに言われると嬉しいな。


「忘れているものを思い出してほしいって思ってるわけじゃないの。この街では色々あったけど、蒼ちゃんのこと大好きな幼馴染も多くいたってわかってほしいだけ。もちろん私が蒼ちゃんのこと1番大好きだけどね」


 瑞希姉ちゃん、1番大好きなんて言われると心臓がドキドキするよ。僕はどう答えればいいんだろう。僕の中で「1番大好き」という言葉が繰り返される。それって、弟みたいっていう意味だよね。違うのかな。


 瑞希姉ちゃんは少しブランコを揺らしながら、僕を見てにっこりと優しい眼差しで微笑む。その笑顔がとてもきれいだ。僕は一瞬、見惚れてしまった。


「今日、放課後になった時に、お母さんに連絡してあったの。今日は蒼ちゃんと学校で勉強するって言ってあるから、今日はお母さんが蒼ちゃんの夕飯作って、待っててくれてるよ。今日は蒼ちゃんは私の家で食べてね」


 だからこんなに遅くなっても、瑞希姉ちゃん、焦ってなかったんだ。さすがだな。


 瑞希姉ちゃんはブランコを降りて、僕に手を伸ばしてくる。僕はブランコを降りて瑞希姉ちゃんの手を取る。


 外灯がまばらで、薄暗い路地を、僕と瑞希姉ちゃんは手を繋いで、2人で寄り添うように瑞希姉ちゃんの家へ向かった。