「友也、おはよう。もう大丈夫?」
「え? 友也来たの? あ、ほんとじゃん!」
「友也久しぶり!」
「お前いなくて寂しかったぜ!」
学校に近くになっていくにつれ、俺を取り囲む輪は次第に大きくなっていった。周りは口々に俺に声を掛けるが、佑香の名を出す人はいなかった。
ただ、全ての人が俺に気を遣い、腫れ物を扱うような雰囲気を出している。決して不快ではないが、無理にいつも通りを取り繕うとしていて違和感が拭えないのだ。でもそれも俺を心配してのことだろう。こういうときに寄り添える友人がいることを本当にありがたいと実感する。
「みんな久しぶり。心配掛けたな」
俺が集まってきてくれた友人たちに声を掛けると、みんな互いに視線を合わせて目を潤ませる。俺と佑香が来なくなって、この学校も日常を失っていたのだろう。俺が学校に来ることで一歩日常に戻ることが出来た。その喜びを噛みしめつつも、まだ不完全な日常を受け止める。しかし、その日常は完全に元通りになることはないだろう。それはここにいる全員が理解している。
学校に着く頃にはかなりの大所帯にまで膨れ上がり、そのまま校門を潜り、それぞれが各々の教室に入っていく。教室に着いても、ホームルームが始まるまで俺の元には多くの友人が集まってくれた。おかげで隣に佑香がいない寂しさも多少紛れる。けれど、ふとした瞬間に佑香がいないことを認識してしまう。この友人たちの輪の中には常に佑香もいたのだから。
昼休みになって、隣の教室から直樹がやってきた。直樹は中学から同じで、高校でも一年生のときは同じクラスだった。二年になったときに別のクラスになってしまったが、それでもこうして度々俺や佑香に会いに休憩時間や昼食の時間にこちらのクラスにやって来ることはあった。
「よう友也。購買いかね?」
そして昼休みに来るときは毎回購買とか別の場所で昼食を摂ろうと直樹は俺たちを誘う。今日も例に漏れずだった。
「分かった。行こうか」
俺が返事をすると、直樹は先に教室の外へと出て行く。俺もそれに続いて財布を片手に教室を後にした。
購買で俺はサンドイッチを買い、直樹は焼きそばパンを買った。そして外に設置されたベンチに並んで座って昼食を摂る。
「なぁ、その……」
直樹が何かを言おうとして言葉をつまらせる。その様子から直樹が何を言おうとしているのか察することが出来た。風が吹き抜け頭上に茂る葉が音を立てる。それ以外の音が全て消えたような、時が止まってしまったような、そんな錯覚を覚えた。
「俺は大丈夫。心配すんな」
少しの沈黙のあと、言葉を紡いだのは俺だった。
本当は大丈夫なわけがない。佑香が俺の隣からいなくなって少し経ったが、慣れるようなものでもないし慣れたくもない。でも友人に心配掛けるわけにはいかなかった。
朝家を出るとき佑香に怒られると母さんに言ったのは俺の本心だ。佑香がいなくなって、それで俺が落ち込むことを、日常を失うことを佑香は望まないだろう。
俺に出来るのは、佑香がいなくても俺の日常を俺らしく過ごすことだ。
「そうは言うけどさ……いや、そうか。悪い忘れてくれ」
直樹も、もしかしたら俺の心の内を見透かしているかもしれない。中学からの付き合いとはいえ、直樹との時間も密度は濃いのだ。
直樹は食べかけの焼きそばパンを袋に包みなおしてベンチに置き、急に立ち上がった。そのまま何をするのかと見ていると、近くの自動販売機まで歩いていって飲み物の入ったペットボトルを二つ持って戻ってくる。
「ほい。俺からの奢りだ。ありがたく飲めよ?」
「お、サンキュー」
透明なペットボトルの中で、これもまた透明な飲料がプクプクと小さな泡を作っては弾けさせてを繰り返していた。夏の暑さとサンドイッチで渇いた喉にはこれ以上ないくらい極上の飲み物だった。
最近は佑香がお金が勿体ないからと水筒にお茶を入れて俺の分まで持参していた。俺の手元に飲み物がないことに気が付いた直樹が自分の分も買うついでに俺の分も買ってくれたのだ。こんな些細なことでも佑香の影がちらつく。俺は佑香の影を吹き消すように炭酸の入ったペットボトルのキャップを勢いよく捻った。
放課後になって、それでも俺の元を訪れる友人は減らなかった。昼休みこそ直樹がすぐにやってきて一緒に教室を出たからゆっくり過ごせたが、他の時間はだいたいこんな感じだ。ただ、俺も佑香も友人は多い方だったが、常にこんなに多くに囲まれることはなかった。こうした日常と違うことで佑香の影が薄くなる。いずれ佑香がいないことに慣れてしまえれば出来ればどんなに楽だろうか。大勢集まってくる友人たちの輪も毎日続くわけではない。周りに人がいなくなったとき、佑香がいない現実に耐えることが出来るのだろうか。学校という場所には佑香の影が多すぎる。
「じゃあ私たちはもう行くね」
佑香の友人だった女子数人のグループが俺から離れていく。そのとき、グループの一人が振り返り、思いもよらない言葉を投げかけてきた。とても無邪気なその言葉は、俺の心の深いところを抉る。「友也くんも来る?」ただ、それだけの一言だった。彼女からしたら良心からの誘いだったのかもしれない。
女子グループの他の一人が慌てて戻って来て、愛想笑いを向けながら俺に言葉を投げかけた女子の腕を掴んで引き摺っていく。
友也くんも来る? どこに? 決まっている。あのグループは今から佑香のところに行くんだ。その場所に俺が行けるはずがない。最も佑香の影が強く、最も佑香という人物から遠い、そんな場所に……
「え? 友也来たの? あ、ほんとじゃん!」
「友也久しぶり!」
「お前いなくて寂しかったぜ!」
学校に近くになっていくにつれ、俺を取り囲む輪は次第に大きくなっていった。周りは口々に俺に声を掛けるが、佑香の名を出す人はいなかった。
ただ、全ての人が俺に気を遣い、腫れ物を扱うような雰囲気を出している。決して不快ではないが、無理にいつも通りを取り繕うとしていて違和感が拭えないのだ。でもそれも俺を心配してのことだろう。こういうときに寄り添える友人がいることを本当にありがたいと実感する。
「みんな久しぶり。心配掛けたな」
俺が集まってきてくれた友人たちに声を掛けると、みんな互いに視線を合わせて目を潤ませる。俺と佑香が来なくなって、この学校も日常を失っていたのだろう。俺が学校に来ることで一歩日常に戻ることが出来た。その喜びを噛みしめつつも、まだ不完全な日常を受け止める。しかし、その日常は完全に元通りになることはないだろう。それはここにいる全員が理解している。
学校に着く頃にはかなりの大所帯にまで膨れ上がり、そのまま校門を潜り、それぞれが各々の教室に入っていく。教室に着いても、ホームルームが始まるまで俺の元には多くの友人が集まってくれた。おかげで隣に佑香がいない寂しさも多少紛れる。けれど、ふとした瞬間に佑香がいないことを認識してしまう。この友人たちの輪の中には常に佑香もいたのだから。
昼休みになって、隣の教室から直樹がやってきた。直樹は中学から同じで、高校でも一年生のときは同じクラスだった。二年になったときに別のクラスになってしまったが、それでもこうして度々俺や佑香に会いに休憩時間や昼食の時間にこちらのクラスにやって来ることはあった。
「よう友也。購買いかね?」
そして昼休みに来るときは毎回購買とか別の場所で昼食を摂ろうと直樹は俺たちを誘う。今日も例に漏れずだった。
「分かった。行こうか」
俺が返事をすると、直樹は先に教室の外へと出て行く。俺もそれに続いて財布を片手に教室を後にした。
購買で俺はサンドイッチを買い、直樹は焼きそばパンを買った。そして外に設置されたベンチに並んで座って昼食を摂る。
「なぁ、その……」
直樹が何かを言おうとして言葉をつまらせる。その様子から直樹が何を言おうとしているのか察することが出来た。風が吹き抜け頭上に茂る葉が音を立てる。それ以外の音が全て消えたような、時が止まってしまったような、そんな錯覚を覚えた。
「俺は大丈夫。心配すんな」
少しの沈黙のあと、言葉を紡いだのは俺だった。
本当は大丈夫なわけがない。佑香が俺の隣からいなくなって少し経ったが、慣れるようなものでもないし慣れたくもない。でも友人に心配掛けるわけにはいかなかった。
朝家を出るとき佑香に怒られると母さんに言ったのは俺の本心だ。佑香がいなくなって、それで俺が落ち込むことを、日常を失うことを佑香は望まないだろう。
俺に出来るのは、佑香がいなくても俺の日常を俺らしく過ごすことだ。
「そうは言うけどさ……いや、そうか。悪い忘れてくれ」
直樹も、もしかしたら俺の心の内を見透かしているかもしれない。中学からの付き合いとはいえ、直樹との時間も密度は濃いのだ。
直樹は食べかけの焼きそばパンを袋に包みなおしてベンチに置き、急に立ち上がった。そのまま何をするのかと見ていると、近くの自動販売機まで歩いていって飲み物の入ったペットボトルを二つ持って戻ってくる。
「ほい。俺からの奢りだ。ありがたく飲めよ?」
「お、サンキュー」
透明なペットボトルの中で、これもまた透明な飲料がプクプクと小さな泡を作っては弾けさせてを繰り返していた。夏の暑さとサンドイッチで渇いた喉にはこれ以上ないくらい極上の飲み物だった。
最近は佑香がお金が勿体ないからと水筒にお茶を入れて俺の分まで持参していた。俺の手元に飲み物がないことに気が付いた直樹が自分の分も買うついでに俺の分も買ってくれたのだ。こんな些細なことでも佑香の影がちらつく。俺は佑香の影を吹き消すように炭酸の入ったペットボトルのキャップを勢いよく捻った。
放課後になって、それでも俺の元を訪れる友人は減らなかった。昼休みこそ直樹がすぐにやってきて一緒に教室を出たからゆっくり過ごせたが、他の時間はだいたいこんな感じだ。ただ、俺も佑香も友人は多い方だったが、常にこんなに多くに囲まれることはなかった。こうした日常と違うことで佑香の影が薄くなる。いずれ佑香がいないことに慣れてしまえれば出来ればどんなに楽だろうか。大勢集まってくる友人たちの輪も毎日続くわけではない。周りに人がいなくなったとき、佑香がいない現実に耐えることが出来るのだろうか。学校という場所には佑香の影が多すぎる。
「じゃあ私たちはもう行くね」
佑香の友人だった女子数人のグループが俺から離れていく。そのとき、グループの一人が振り返り、思いもよらない言葉を投げかけてきた。とても無邪気なその言葉は、俺の心の深いところを抉る。「友也くんも来る?」ただ、それだけの一言だった。彼女からしたら良心からの誘いだったのかもしれない。
女子グループの他の一人が慌てて戻って来て、愛想笑いを向けながら俺に言葉を投げかけた女子の腕を掴んで引き摺っていく。
友也くんも来る? どこに? 決まっている。あのグループは今から佑香のところに行くんだ。その場所に俺が行けるはずがない。最も佑香の影が強く、最も佑香という人物から遠い、そんな場所に……