思返橋に着いた頃には、太陽も西に沈み始めていて、田舎特有の湿気を帯びた風が涼しく感じられた。
 俺が思返橋の前に立つと、佑香がふいに俺の手を握ってきて、俺は佑香に引き寄せられる。そのまま、俺と佑香は唇を合わせた。咄嗟のことだったが、しばらく時間の流れを忘れてお互いに目を閉じた。まったく、最後の最後まで強引な奴だったな……

「じゃあね。友也。大好きだよ」

 そっと佑香から離れた俺に、佑香は口で笑みの形を作り、瞳には涙を浮かべながら言った。

「あぁ、俺もだよ」

 俺はそう言い残して、思返橋の中心に向けて歩きだした。振り返ると、佑香は涙を拭うことも忘れて手を振っている。
 佑香は俺の幼馴染みで、半年前に付き合い始めて、そして多くの宝物を貰った大切な彼女だ。どうか、君がこの先も豊かな人生が送れるように願っている。
 俺は……君を思い返すため、あの橋はもう渡らない。

『七月七日

 今日は七夕だ。そして乙姫さまの気持ちが、ちょっとだけ分かった日でもあるかも。今日は、友也と会える最後の日だった。友也が連れて行ってくれたのは恋人の聖地、伊良湖岬だった。とってもステキな所だった! 友也との駆けっこは私の勝ち! もしかして私、足早い? なーんて、砂に足を取られて転びそうになっている友也を見るのは楽しかった。
 灯台の下では友也と沢山喋った。私は過去も未来も変えられると思う。選択の連続のように見える人生は、あの時こうしていれば……とか、あの選択をしていれば……なんてことばかり考えちゃいがちだけど、振り返ると足跡は一つしかない一本道なんだと気付くことが出来るはず。テストで悪い点をとったとき、最初は悪い点をとってしまった原因を探して、もっとこうしていればと悔やむはず。それが後悔。で、逆にテストで良い点をとったときは、もっと頑張るぞと前を向けるはず。自分が今まで歩いてきた一本道に点数を付けられるのは自分以外にはいなくて、自分の点数の付け方一つで過去に囚われるか、未来を見据えられるかが変わってくる。過去も未来も、自分がどんな点数、つまりは価値を付けるかで変化する。つまり、価値の付け方で“過去も未来も変えられる”。
 なんて、らしくないことばかり書いちゃったけれど、私は友也と会って感じた今の気持ちを原点に、自分の未来へ進むんだ。だからこれは私が迷わないようにするための灯台のような役割をしてくれる。そのために、今の私の考えをしっかりと書き記しておこうと思う。いつか友也のことが私の中で完全に思い出になるその日まで……』

 俺が思返橋を渡らなくなって早くも一週間が過ぎた。今日は今から佑香の病院へ行くことになっている。

「友也! 遅いぞー」

「置いていくわよー」

 俺の前を歩く直樹と柚希が俺を急かすように振り返りながら叫んでいる。何故直樹と柚希が一緒にいるのかというのは、また別の話で、長くなるので割愛させてもらう。
 夏の照りつける日差しは日増しに熱くなっていくが、俺の足取りは不思議と軽かった。だって、俺は今日佑香に告白するのだから。