俺と佑香はいつものバスに乗り、市街地へと向かった。バスの運転手は柳瀬だったが、特に何かを言ってくるでもなく、いつものようにただ運転するだけだ。
「ねぇ、友也。今日はどこに行くの?」
隣に座る佑香は目的地が気になるのか、ソワソワしっぱなしだった。俺はいつものようにラフな服装だが、佑香は先週の白のワンピースや、赤に揃えたラフな格好とはまた違って、ネイビーカラーのワイドパンツの上からベージュのオープンカラーシャツを羽織ったビッグシルエットを着こなしていた。先週の赤のコーデとはまた違ったボーイッシュさに思わずドキリとしてしまう。
「とりあえずバスを降りたら在来線に乗り換えて、伊良湖岬に行こうと思う」
俺が行き先を告げると、佑香の目はキラキラと輝いた。実際は目の錯覚だが、佑香は前屈みになって俺の方へ迫ってきて、今にも飛びつかれんばかりだった。
「恋人の聖地! 一度行ってみたかったの!」
「お、おう」
あまりの佑香の勢いにおされた俺は、少し身を引きながら佑香に返事を返した。
バスを降りる際、柳瀬と目が合ったが、柳瀬らしい温和な笑みを向けられただけで何を言われることもない。ただ、その柳瀬の笑みが、優しく見守ってくれているような気がして、何よりも嬉しかった。
バスを降りた後は徒歩で二分くらい歩いて在来線に乗り換える。本当はここからでも伊良湖岬に行けるバスは出ているのだが、どうしても佑香に見せたい景色があってあえて在来線を経由することにしたのだ。
改札を抜けて、簡素な作りの駅のホームを乗車位置まで佑香と歩く。普段乗るバスとは違って、十五分間隔で電車がやってくるようだ。
乗車位置ピッタリで電車は停まり、俺と佑香、他にも電車を待っていた人たちが一斉に電車に乗り込む。それでも座席は余裕で空いていた。俺も佑香もこの在来線に乗ったのは初めてで、レトロな作りの車内に心躍った。この電車はあの場所を通る。いつか佑香と一緒に電車の中から見たいと思っていた景色が、もうすぐ見られるのだ。
電車は扉を閉めてゆっくりと動き出した。先頭の車両に引っ張られて連結部が軋む音が車内に響く。次第に速度が上がると、電車のタイヤが回る音やレールを滑る音、様々な部品が動き重なり、また離れる音などが早くなる。
見慣れた街並みが流れていくと、見える景色も次第に変化していった。思返橋の下を流れる小川よりも大きな川と並走したり、道路の下のトンネルを潜ったりすると、大学のキャンパスが見えてきた。ここを超えたところにある駅を出ると、いよいよ待ちに待った景色が見ることが出来る。佑香も見慣れた景色に気が付いたようで、俺の横で外の景色に釘付けになっていた。
「ねぇ、友也! 緑地公園だよ! 電車で間を通るとこんなふうに見えるんだね!」
興奮した佑香は車内だということも忘れて大きな声で俺に語りかけてきた。
俺が佑香と見たかった景色。それは佑香に告白された緑地公園の中を駆け抜ける電車からの景色だ。何度も緑地公園から走る電車を眺めながら、いつか佑香と電車からの景色を見ようと思っていた。ちょうど伊良湖岬に向かう電車がこの電車だったから、遠回りではあったが俺はこの電車に乗ることを選んだのだ。
大学やマンション、お店が建ち並ぶ、いかにも街という景色から、一気に緑一色の世界へと変化する。その変化の様は見物だった。まるで森の中を駆ける馬車にでも乗ったような気分だ。
緑地公園を抜けて、電車は目的の駅へと到着した。ここから、伊良湖岬に向かうバスに乗り換える。日はすっかりと真上に昇っていた。
バスを降りると、磯の香りが漂ってくる。ようやく、伊良湖岬に到着した。
「うー、疲れたー!」
佑香はバスから降りると、左手を右手の肘にあて、右手は太陽を掴む勢いで天に向けて伸ばした。俺もずっと乗り物に乗りっぱなしだったため、佑香に合わせて大きく伸びをする。
「初めて来たけど、結構良い景色だな」
「だね! 海に来て泳げないのは残念だけど、こういうのも悪くないね」
バスから降りてすぐに眼下に広がった景色は、獣の牙のように鋭く海に向かって伸びる白い浜と高台の緑のコントラスト。その先は太平洋の大海原だ。紺碧の水面は夏の眩しい太陽に照らされ、一望するパノラマは青、緑、白の三色だけでほぼ構成されていた。
「あ、あれは何?」
佑香が海に浮かぶ大きな岩を指さして言った。
「あれは日出の石門。海からせり上がってきて、波に削られて大きな穴が二つ開いた大きな岩だよ。見る場所を選べば、あの岩の穴から日の出を見られるらしい。だから日出の石門と呼ばれてるみたいだ」
「へぇ、よく調べてきたね」
俺が事前に調べた情報を話すと、佑香は感心した様子で俺の背中を数回軽く叩いた。
「とりあえず石門を目指して降りてみるか?」
「うん!」
太陽は完全に登り切ってしまっているが、石門の辺りを始点にして岬の先端に至るまで、約二百メートルの浜が伸びている。そこは恋路ヶ浜と呼ばれていて、昔高貴な身分の男女が許されない恋をしてこの浜まで逃げてきたことに由来するらしい。俺と佑香も、今は別々の世界の人間だ。許されない恋というなら、俺たちも似たようなものかもしれないな。
俺と佑香は石門を目指して道なりに降りてゆく。一歩進む度に、潮騒と磯の香りが強く感じられるようになっていく気がした。
「ねぇ、友也。今日はどこに行くの?」
隣に座る佑香は目的地が気になるのか、ソワソワしっぱなしだった。俺はいつものようにラフな服装だが、佑香は先週の白のワンピースや、赤に揃えたラフな格好とはまた違って、ネイビーカラーのワイドパンツの上からベージュのオープンカラーシャツを羽織ったビッグシルエットを着こなしていた。先週の赤のコーデとはまた違ったボーイッシュさに思わずドキリとしてしまう。
「とりあえずバスを降りたら在来線に乗り換えて、伊良湖岬に行こうと思う」
俺が行き先を告げると、佑香の目はキラキラと輝いた。実際は目の錯覚だが、佑香は前屈みになって俺の方へ迫ってきて、今にも飛びつかれんばかりだった。
「恋人の聖地! 一度行ってみたかったの!」
「お、おう」
あまりの佑香の勢いにおされた俺は、少し身を引きながら佑香に返事を返した。
バスを降りる際、柳瀬と目が合ったが、柳瀬らしい温和な笑みを向けられただけで何を言われることもない。ただ、その柳瀬の笑みが、優しく見守ってくれているような気がして、何よりも嬉しかった。
バスを降りた後は徒歩で二分くらい歩いて在来線に乗り換える。本当はここからでも伊良湖岬に行けるバスは出ているのだが、どうしても佑香に見せたい景色があってあえて在来線を経由することにしたのだ。
改札を抜けて、簡素な作りの駅のホームを乗車位置まで佑香と歩く。普段乗るバスとは違って、十五分間隔で電車がやってくるようだ。
乗車位置ピッタリで電車は停まり、俺と佑香、他にも電車を待っていた人たちが一斉に電車に乗り込む。それでも座席は余裕で空いていた。俺も佑香もこの在来線に乗ったのは初めてで、レトロな作りの車内に心躍った。この電車はあの場所を通る。いつか佑香と一緒に電車の中から見たいと思っていた景色が、もうすぐ見られるのだ。
電車は扉を閉めてゆっくりと動き出した。先頭の車両に引っ張られて連結部が軋む音が車内に響く。次第に速度が上がると、電車のタイヤが回る音やレールを滑る音、様々な部品が動き重なり、また離れる音などが早くなる。
見慣れた街並みが流れていくと、見える景色も次第に変化していった。思返橋の下を流れる小川よりも大きな川と並走したり、道路の下のトンネルを潜ったりすると、大学のキャンパスが見えてきた。ここを超えたところにある駅を出ると、いよいよ待ちに待った景色が見ることが出来る。佑香も見慣れた景色に気が付いたようで、俺の横で外の景色に釘付けになっていた。
「ねぇ、友也! 緑地公園だよ! 電車で間を通るとこんなふうに見えるんだね!」
興奮した佑香は車内だということも忘れて大きな声で俺に語りかけてきた。
俺が佑香と見たかった景色。それは佑香に告白された緑地公園の中を駆け抜ける電車からの景色だ。何度も緑地公園から走る電車を眺めながら、いつか佑香と電車からの景色を見ようと思っていた。ちょうど伊良湖岬に向かう電車がこの電車だったから、遠回りではあったが俺はこの電車に乗ることを選んだのだ。
大学やマンション、お店が建ち並ぶ、いかにも街という景色から、一気に緑一色の世界へと変化する。その変化の様は見物だった。まるで森の中を駆ける馬車にでも乗ったような気分だ。
緑地公園を抜けて、電車は目的の駅へと到着した。ここから、伊良湖岬に向かうバスに乗り換える。日はすっかりと真上に昇っていた。
バスを降りると、磯の香りが漂ってくる。ようやく、伊良湖岬に到着した。
「うー、疲れたー!」
佑香はバスから降りると、左手を右手の肘にあて、右手は太陽を掴む勢いで天に向けて伸ばした。俺もずっと乗り物に乗りっぱなしだったため、佑香に合わせて大きく伸びをする。
「初めて来たけど、結構良い景色だな」
「だね! 海に来て泳げないのは残念だけど、こういうのも悪くないね」
バスから降りてすぐに眼下に広がった景色は、獣の牙のように鋭く海に向かって伸びる白い浜と高台の緑のコントラスト。その先は太平洋の大海原だ。紺碧の水面は夏の眩しい太陽に照らされ、一望するパノラマは青、緑、白の三色だけでほぼ構成されていた。
「あ、あれは何?」
佑香が海に浮かぶ大きな岩を指さして言った。
「あれは日出の石門。海からせり上がってきて、波に削られて大きな穴が二つ開いた大きな岩だよ。見る場所を選べば、あの岩の穴から日の出を見られるらしい。だから日出の石門と呼ばれてるみたいだ」
「へぇ、よく調べてきたね」
俺が事前に調べた情報を話すと、佑香は感心した様子で俺の背中を数回軽く叩いた。
「とりあえず石門を目指して降りてみるか?」
「うん!」
太陽は完全に登り切ってしまっているが、石門の辺りを始点にして岬の先端に至るまで、約二百メートルの浜が伸びている。そこは恋路ヶ浜と呼ばれていて、昔高貴な身分の男女が許されない恋をしてこの浜まで逃げてきたことに由来するらしい。俺と佑香も、今は別々の世界の人間だ。許されない恋というなら、俺たちも似たようなものかもしれないな。
俺と佑香は石門を目指して道なりに降りてゆく。一歩進む度に、潮騒と磯の香りが強く感じられるようになっていく気がした。