桜が散ったのはもう随分前のこと。少しばかりの涼を求めて木陰を歩けば、時折吹く風に葉が揺れてサワサワと心地よい音を立てる。葉の動きに合わせてアスファルトに落ちる影の模様も世話しなく様相を変化させていく。
視線をアスファルトから、左側で同じ歩調で並ぶ人へと移した。肩の下まで伸びた黒髪は木漏れ日の不規則に変化する模様を浴びて宝石のように光り、葉を揺らす風によって不意に靡く。“穏やか”というイメージに統一はされているが、その光景はコロコロと表情を変える彼女をそのまま体現しているように思えた。
同じようで違う。決して同じ模様を作らない。木漏れ日と風という、たった二つの要素だけでも寸分違わず全く同じ模様が生まれることはない。瞬きをした次の瞬間には、新しい模様を見せている。
隣を歩く彼女は瀬川佑香。俺の幼馴染みで今は俺の恋人だ。同い年の俺たちは同じ高校に進学し、二回目の夏が目前に迫っていた。
環境や立場は変われど、俺と佑香は小さい頃からいつも一緒にいる。それはきっとこれからも変わらないだろう。木漏れ日と風が描き続ける模様のように、僅かな変化はあっても同じような毎日が繰り返されていく。
「ねぇ、ずっと黙ってどうしたの?」
ふいに木漏れ日と風だけだった世界にそれ以外の要素が加わった。先程まで横顔だった佑香が俺の方に顔を向け、髪に反射していた木漏れ日と風の模様が見えなくなる。実際にはちゃんと存在しているが、佑香の黒髪に描かれるより、佑香の白い肌に描かれた方が見えにくい。急な変化により、模様を一時的に見失ってしまっただけだ。
「いや、幸せだなって」
「なにそれ。急にどうしたの?」
佑香は口の端で笑みの形を作りながら俺の肩を軽く小突いた。
「うーん……言葉のまま。佑香と付き合い始めて半年経ったけど、変わらないなぁって考えてた」
そう。佑香は変わらない。猫のように気まぐれで、風のように自由で、なのに常に俺の隣にいる。
「あはは。まぁそれまでが長かったからね! そんな簡単には変わらないよ」
幼馴染みである俺たちは、小中、そして高校に進学しても同じ学校だから、こうして一緒に下校するのも十一年目だ。その長い歳月の中、恋人という立場で下校するのはまだ半年。幼馴染みから恋人になったからと言って、急に今までの日常が変化することなどなかった。
市街地からバスを使って三十分掛かる田舎町が俺と佑香の生まれた地で、今は共に通った小学校の横の歩道を歩いている。バス停を降りて家までは迂回する形だが、この道は小学校のフェンスに沿って木が茂っているから涼しいのだ。
少し歩くと佑香の歩調が若干早くなる。
「お、今日は私の勝ちみたいだね」
「毎回言うけど、勝ちとかないから。てか、その為にスピード上げただろ」
「そういうの、負け犬の遠吠えって言うんだよ」
佑香は嘲笑うかのような笑みを浮かべながら更に歩調を早めた。
この先には俺と佑香、それぞれの家へと道が分かれる信号機付きの交差点がある。その信号をどちらが先に渡れるのか、そんな些細なことを佑香が勝負と言いだしたのは小学校の三年生の頃だったか。そもそも、この勝負はイーブンではないから成り立たない。俺が勝つ確立は多く見積もって三割ほどだ。何故なら……
「佑香の渡る信号の方が交通量多いんだから、そんなに急がなくても変わらないってば」
そう。交通量の違い。それに佑香が歩調を早めたのは自分の進路の信号が青に変わった直後だ。先程までのスピードで歩いても余裕で間に合う。
今にも駆け出しそうな佑香に歩調を合わせながら俺は佑香の横顔を見た。佑香がスピードを上げたことで彼女の髪に乱反射する木漏れ日の模様も世話しなく表情を変えている。
そのスピードを保ったまま、佑香が信号を渡り始めるので、俺はゆっくりとブレーキをかけて自分の進路の前で止まった。佑香との距離が開いていく。横顔を見るのはかなわないため、俺は白と黒の梯子模様の上を歩く佑香の後ろ姿を見送った。
佑香が信号を渡り終え、こちらに向けて勝ち誇ったようにガッツポーズを決めた後、自分の進路の信号が変わるのを待つ俺に向けて手を振る。これもいつも通りの光景。自分の帰路へと進んだ彼女の髪には、もう木漏れ日が織り成す模様はなかった。
視線をアスファルトから、左側で同じ歩調で並ぶ人へと移した。肩の下まで伸びた黒髪は木漏れ日の不規則に変化する模様を浴びて宝石のように光り、葉を揺らす風によって不意に靡く。“穏やか”というイメージに統一はされているが、その光景はコロコロと表情を変える彼女をそのまま体現しているように思えた。
同じようで違う。決して同じ模様を作らない。木漏れ日と風という、たった二つの要素だけでも寸分違わず全く同じ模様が生まれることはない。瞬きをした次の瞬間には、新しい模様を見せている。
隣を歩く彼女は瀬川佑香。俺の幼馴染みで今は俺の恋人だ。同い年の俺たちは同じ高校に進学し、二回目の夏が目前に迫っていた。
環境や立場は変われど、俺と佑香は小さい頃からいつも一緒にいる。それはきっとこれからも変わらないだろう。木漏れ日と風が描き続ける模様のように、僅かな変化はあっても同じような毎日が繰り返されていく。
「ねぇ、ずっと黙ってどうしたの?」
ふいに木漏れ日と風だけだった世界にそれ以外の要素が加わった。先程まで横顔だった佑香が俺の方に顔を向け、髪に反射していた木漏れ日と風の模様が見えなくなる。実際にはちゃんと存在しているが、佑香の黒髪に描かれるより、佑香の白い肌に描かれた方が見えにくい。急な変化により、模様を一時的に見失ってしまっただけだ。
「いや、幸せだなって」
「なにそれ。急にどうしたの?」
佑香は口の端で笑みの形を作りながら俺の肩を軽く小突いた。
「うーん……言葉のまま。佑香と付き合い始めて半年経ったけど、変わらないなぁって考えてた」
そう。佑香は変わらない。猫のように気まぐれで、風のように自由で、なのに常に俺の隣にいる。
「あはは。まぁそれまでが長かったからね! そんな簡単には変わらないよ」
幼馴染みである俺たちは、小中、そして高校に進学しても同じ学校だから、こうして一緒に下校するのも十一年目だ。その長い歳月の中、恋人という立場で下校するのはまだ半年。幼馴染みから恋人になったからと言って、急に今までの日常が変化することなどなかった。
市街地からバスを使って三十分掛かる田舎町が俺と佑香の生まれた地で、今は共に通った小学校の横の歩道を歩いている。バス停を降りて家までは迂回する形だが、この道は小学校のフェンスに沿って木が茂っているから涼しいのだ。
少し歩くと佑香の歩調が若干早くなる。
「お、今日は私の勝ちみたいだね」
「毎回言うけど、勝ちとかないから。てか、その為にスピード上げただろ」
「そういうの、負け犬の遠吠えって言うんだよ」
佑香は嘲笑うかのような笑みを浮かべながら更に歩調を早めた。
この先には俺と佑香、それぞれの家へと道が分かれる信号機付きの交差点がある。その信号をどちらが先に渡れるのか、そんな些細なことを佑香が勝負と言いだしたのは小学校の三年生の頃だったか。そもそも、この勝負はイーブンではないから成り立たない。俺が勝つ確立は多く見積もって三割ほどだ。何故なら……
「佑香の渡る信号の方が交通量多いんだから、そんなに急がなくても変わらないってば」
そう。交通量の違い。それに佑香が歩調を早めたのは自分の進路の信号が青に変わった直後だ。先程までのスピードで歩いても余裕で間に合う。
今にも駆け出しそうな佑香に歩調を合わせながら俺は佑香の横顔を見た。佑香がスピードを上げたことで彼女の髪に乱反射する木漏れ日の模様も世話しなく表情を変えている。
そのスピードを保ったまま、佑香が信号を渡り始めるので、俺はゆっくりとブレーキをかけて自分の進路の前で止まった。佑香との距離が開いていく。横顔を見るのはかなわないため、俺は白と黒の梯子模様の上を歩く佑香の後ろ姿を見送った。
佑香が信号を渡り終え、こちらに向けて勝ち誇ったようにガッツポーズを決めた後、自分の進路の信号が変わるのを待つ俺に向けて手を振る。これもいつも通りの光景。自分の帰路へと進んだ彼女の髪には、もう木漏れ日が織り成す模様はなかった。