人というものは、思わぬところで繋がっているなと思わされる。柳瀬との縁はとうの昔に切れたと思っていた。それなのに、気が付いたら柳瀬は俺の日常に居たのだ。駄菓子屋にたまに現れるおじさんは、高校に通うバスの運転手に姿を変え、俺と関わっていた。佑香は柳瀬に気付いていて、おそらく柳瀬も俺たちに気付いているのだろう。俺だけが気付いていなかったことに、少しだけ恥ずかしくなった。俺はバスに乗っている柳瀬を見て、柳瀬を知った気になり、全く理解していなかったというわけだ。
「人生って、ほんと何が何処で繋がるか分かんないな」
「どしたの? 急に」
思わず、考えていたことが口から出てしまったことに気付いたのは、横を歩く佑香が反応したからだ。
「いや、何でもない」
「ふーん?」
俺自身、頭の中の整理が追いついておらず、とりあえず良い誤魔化しの言葉も思いつかなかったが、当たり障りない言葉で佑香の質問をはぐらかした。佑香は釈然としない様子だったが、深くは追求してこない。
そうして歩くうちに、昨日も見た、一際大きな木までやってきた。この緑地公園では、昨年折れてしまった大樹の次に大きな樹木だ。この木の下で、俺は佑香に告白され、恋人同士になった。
「本当に何もかもが懐かしいね。まだあれから半年しか経ってないなんて思えないよ」
佑香が木の幹に右手で触れながら言った。俺はそんな佑香を見ながら、一歩下がった位置に立っている。俺と佑香の立ち位置は、あの日と全く同じだった。違うのは、あの日は学校帰りで、日も暮れていたこと。それと、真冬の寒さで俺も佑香もマフラーや耳当て等をしていて、互いの表情が見えにくかったこと。今は夏の昼前で、容赦ない日差しと、緑地公園中を舞台にして多種のセミが大合唱している。マフラーも耳当てもなく、太陽の下、互いの表情はしっかりと読み取れる。
そして、あの日と同じように、目の前に立つ佑香が木から手を離し、クルリと俺の方を向き直った。
「ねぇ、もしさ……あの時、私が告白してなかったら、友哉はどうしてた?」
「え……?」
佑香の問いに反応できず、俺は間抜けな音を発してしまった。佑香の表情には悪戯な笑みも、太陽のような笑顔もなく、真剣そのものだ。
「どうって言われても……なぁ?」
少し間を開けて、俺は困ったように質問してきた佑香に助けを求めるように言葉を濁しながら言った。
「真面目に答えてほしいな。あの日、私が告白して、友哉は即答で俺も好きだって返事をくれた。私たち、両思いだったんだよね? もし、あそこで私から告白していなくて、その後も私から告白することがなかったら、今頃私たち、どうなってたと思う?」
「それは……」
きっと、答えは、幼馴染みのまま……なのだろう。あの頃の俺は、いやきっと今の俺も、日常を変える勇気なんてないのだから。
「もしもだけど、私が告白したことが無かったことになるのであれば、今度は友也から告白してほしいな」
半年前、佑香が告白してきたときの構図のそのまま、真剣な表情で迫ってくる佑香に俺は何も反応できずにいた。すると、俺が唾を飲み下すのを合図に、佑香は急に吹き出して大きな声で笑った。
「なんて、そんなこと、あるわけないけどね」
目尻に涙を浮かべながら笑う佑香に呆気にとられていると、佑香は笑いながらそう言ってきた。冗談には思えないほど真剣な佑香の表情から一変して、いつも通りの様子の佑香に拍子抜けしてしまう。
佑香はどこまで本気だったのだろうか。そんなこと、あるわけないと佑香は言うが、本当は気付いているのかもしれないと疑ってしまう。“もしもだけど、私が告白したことが無かったことになるのであれば、今度は友也から告白してほしいな”。佑香のこの言葉は、しばらく俺の耳から離れることはないだろう。
それからまたしばらく佑香と一緒に緑地公園内を歩いた。本当に大きな公園で、園内には馬を見ることも出来る。ちょうど馬の運動なのか、飼育員と一頭の馬が柵に囲われた白砂に出てきていた。飼育員が手で合図を出し、馬はそれに合わせて柵の内側をグルグルと走り回る。その様子を眺めながら俺と佑香は緑地公園を北に向けて歩き、台風で折れた大木を通過し、公園の最北にある踏切を渡った。踏切を渡ってほんの数メートルで次は比較的交通量の多い国道がある。その交差点で信号待ちをして、道路の反対側に渡ると、そちら側は同じ緑地公園でも、遊具が置かれていたり、階段が所々に設置されている、高低差のあるエリアとなっていた。
佑香は物珍しそうにキョロキョロと辺りを見渡している。
「私、こっちに来たの初めてかも」
そう言いながら、佑香の足は自然と遊具のある一画へと向いていた。階段を下りると、深い堀と簡易な橋が架けてある。堀は底が見えているが、昔は水が流れていたのだろう、こちら側のエリアの端から端まで掘りが続いていた。落ちたら痛そうだ。
橋を渡って、少し傾斜を登ると、遊具が立ち並ぶ場所へとたどり着いた。遊具はジャングルジムやシーソー、滑り台等の一般的なものの他に、公園でもあまりみないグローブジャングルジムと呼ばれる球体の回転する遊具や、緩やかな白い山のようなものに、カラフルな凸凹がいくつも鏤められたものなど、変わったものもいくつかあった。
佑香は真っ先にグローブジャングルジムに飛びつき、おもむろに回り始める。錆びた金属が擦れる音が響いた。見ると、どの遊具も錆びたり、苔が生えたりしているようだ。
「佑香、危ないから辞めといた方がいい」
俺がそう言うと、佑香は渋々グローブジャングルジムから降りた。そのまま二人で近くのベンチに座り、一息つく。俺はどうしても先ほど佑香に言われた言葉が気になって、今佑香と一緒にいることを楽しめていなかった。あの場所から、ここに来るまでも、佑香はずっと喋り続けていたが、内容は余り覚えていない。
「でさ、その時の柚希の反応が面白くってね」
それでも佑香は絶えず話を続けている。それに俺が相槌を打っていると、急に佑香が話すのをピタリと辞めた。
「……ねぇ、友也。もしかして、あんまり楽しくない?」
そして、今度は泣きそうな顔をしながらそう言ってきた。俺はそれまでの相槌を打っていた流れで危うく「うん」と言い掛け、焦りながら「そんなことない」と佑香に伝えた。
「そう、ならいいけど……こうして友也とまた話せるのが嬉しすぎて、私ばっかり喋ってるね」
「いや、俺も佑香と話しが出来るのは楽しいし、気にするなよ」
なおも苦笑しながら言ってくる佑香に、俺は繕う言葉を重ねる。
「ちょっと話題を変えようか」
隣に座る佑香がそう言うと、周りの音が遠くなった気がした。昨日の日記にあった、俺にもうこっちの世界に来ないように言うという言葉を思い出す。佑香は日記を見られているなんてこれっぽっちも思っていないだろう。俺はこれから佑香が言うであろう言葉の予測がついていた。
「人生って、ほんと何が何処で繋がるか分かんないな」
「どしたの? 急に」
思わず、考えていたことが口から出てしまったことに気付いたのは、横を歩く佑香が反応したからだ。
「いや、何でもない」
「ふーん?」
俺自身、頭の中の整理が追いついておらず、とりあえず良い誤魔化しの言葉も思いつかなかったが、当たり障りない言葉で佑香の質問をはぐらかした。佑香は釈然としない様子だったが、深くは追求してこない。
そうして歩くうちに、昨日も見た、一際大きな木までやってきた。この緑地公園では、昨年折れてしまった大樹の次に大きな樹木だ。この木の下で、俺は佑香に告白され、恋人同士になった。
「本当に何もかもが懐かしいね。まだあれから半年しか経ってないなんて思えないよ」
佑香が木の幹に右手で触れながら言った。俺はそんな佑香を見ながら、一歩下がった位置に立っている。俺と佑香の立ち位置は、あの日と全く同じだった。違うのは、あの日は学校帰りで、日も暮れていたこと。それと、真冬の寒さで俺も佑香もマフラーや耳当て等をしていて、互いの表情が見えにくかったこと。今は夏の昼前で、容赦ない日差しと、緑地公園中を舞台にして多種のセミが大合唱している。マフラーも耳当てもなく、太陽の下、互いの表情はしっかりと読み取れる。
そして、あの日と同じように、目の前に立つ佑香が木から手を離し、クルリと俺の方を向き直った。
「ねぇ、もしさ……あの時、私が告白してなかったら、友哉はどうしてた?」
「え……?」
佑香の問いに反応できず、俺は間抜けな音を発してしまった。佑香の表情には悪戯な笑みも、太陽のような笑顔もなく、真剣そのものだ。
「どうって言われても……なぁ?」
少し間を開けて、俺は困ったように質問してきた佑香に助けを求めるように言葉を濁しながら言った。
「真面目に答えてほしいな。あの日、私が告白して、友哉は即答で俺も好きだって返事をくれた。私たち、両思いだったんだよね? もし、あそこで私から告白していなくて、その後も私から告白することがなかったら、今頃私たち、どうなってたと思う?」
「それは……」
きっと、答えは、幼馴染みのまま……なのだろう。あの頃の俺は、いやきっと今の俺も、日常を変える勇気なんてないのだから。
「もしもだけど、私が告白したことが無かったことになるのであれば、今度は友也から告白してほしいな」
半年前、佑香が告白してきたときの構図のそのまま、真剣な表情で迫ってくる佑香に俺は何も反応できずにいた。すると、俺が唾を飲み下すのを合図に、佑香は急に吹き出して大きな声で笑った。
「なんて、そんなこと、あるわけないけどね」
目尻に涙を浮かべながら笑う佑香に呆気にとられていると、佑香は笑いながらそう言ってきた。冗談には思えないほど真剣な佑香の表情から一変して、いつも通りの様子の佑香に拍子抜けしてしまう。
佑香はどこまで本気だったのだろうか。そんなこと、あるわけないと佑香は言うが、本当は気付いているのかもしれないと疑ってしまう。“もしもだけど、私が告白したことが無かったことになるのであれば、今度は友也から告白してほしいな”。佑香のこの言葉は、しばらく俺の耳から離れることはないだろう。
それからまたしばらく佑香と一緒に緑地公園内を歩いた。本当に大きな公園で、園内には馬を見ることも出来る。ちょうど馬の運動なのか、飼育員と一頭の馬が柵に囲われた白砂に出てきていた。飼育員が手で合図を出し、馬はそれに合わせて柵の内側をグルグルと走り回る。その様子を眺めながら俺と佑香は緑地公園を北に向けて歩き、台風で折れた大木を通過し、公園の最北にある踏切を渡った。踏切を渡ってほんの数メートルで次は比較的交通量の多い国道がある。その交差点で信号待ちをして、道路の反対側に渡ると、そちら側は同じ緑地公園でも、遊具が置かれていたり、階段が所々に設置されている、高低差のあるエリアとなっていた。
佑香は物珍しそうにキョロキョロと辺りを見渡している。
「私、こっちに来たの初めてかも」
そう言いながら、佑香の足は自然と遊具のある一画へと向いていた。階段を下りると、深い堀と簡易な橋が架けてある。堀は底が見えているが、昔は水が流れていたのだろう、こちら側のエリアの端から端まで掘りが続いていた。落ちたら痛そうだ。
橋を渡って、少し傾斜を登ると、遊具が立ち並ぶ場所へとたどり着いた。遊具はジャングルジムやシーソー、滑り台等の一般的なものの他に、公園でもあまりみないグローブジャングルジムと呼ばれる球体の回転する遊具や、緩やかな白い山のようなものに、カラフルな凸凹がいくつも鏤められたものなど、変わったものもいくつかあった。
佑香は真っ先にグローブジャングルジムに飛びつき、おもむろに回り始める。錆びた金属が擦れる音が響いた。見ると、どの遊具も錆びたり、苔が生えたりしているようだ。
「佑香、危ないから辞めといた方がいい」
俺がそう言うと、佑香は渋々グローブジャングルジムから降りた。そのまま二人で近くのベンチに座り、一息つく。俺はどうしても先ほど佑香に言われた言葉が気になって、今佑香と一緒にいることを楽しめていなかった。あの場所から、ここに来るまでも、佑香はずっと喋り続けていたが、内容は余り覚えていない。
「でさ、その時の柚希の反応が面白くってね」
それでも佑香は絶えず話を続けている。それに俺が相槌を打っていると、急に佑香が話すのをピタリと辞めた。
「……ねぇ、友也。もしかして、あんまり楽しくない?」
そして、今度は泣きそうな顔をしながらそう言ってきた。俺はそれまでの相槌を打っていた流れで危うく「うん」と言い掛け、焦りながら「そんなことない」と佑香に伝えた。
「そう、ならいいけど……こうして友也とまた話せるのが嬉しすぎて、私ばっかり喋ってるね」
「いや、俺も佑香と話しが出来るのは楽しいし、気にするなよ」
なおも苦笑しながら言ってくる佑香に、俺は繕う言葉を重ねる。
「ちょっと話題を変えようか」
隣に座る佑香がそう言うと、周りの音が遠くなった気がした。昨日の日記にあった、俺にもうこっちの世界に来ないように言うという言葉を思い出す。佑香は日記を見られているなんてこれっぽっちも思っていないだろう。俺はこれから佑香が言うであろう言葉の予測がついていた。