佑香が並んでいるクレープ屋に、俺も一緒に並んだ。

「あれ? 友也も食べるの?」

「いや、今日遅刻した分、昼おごる話になってたのに、忘れたなって」

「あー、そうだったね。私も忘れてた」

 そう言って、佑香は頭に手をあて、忘れていたことをはにかんだ。

「だから、クレープでよければおごるよ」

「やったー! じゃあ、あの一番右のがいいな」

 佑香はお店の上に並んだ、クレープの見開きのような写真の中から、右端にあるものを指さしている。その写真のクレープはイチゴのソースと生クリームの紅白色が鮮やかで、その上に数種のベリーが鏤められている。俺は、そのクレープを二人分買うと、一つを佑香に手渡した。

「ありがとう。わー、おいしそう」

 佑香はクレープを受け取ると、頬が緩みきった笑顔を見せた。俺の手の中にもクレープの柔らかい感触が伝わる。クレープは滅多に食べないが、嫌いではない。それだけに、その柔らかい感触だけでも自然と期待感が高まる。
 佑香が一口食べるのを見て、俺もクレープを一口かじる。生地のほどよい温かさと、フルーツの冷たさ、その温度差がまず伝わってきて、後から生クリームの甘さとイチゴのソースの酸味が口の中に広がる。佑香を見ると、紅白色のクリームが口の端についているのも気にせず、夢中になって食べ進めていた。

 クレープを食べ終え、俺と佑香はフードコートを後にする。そのまま、洋服を見て、雑貨を見て、最後にゲームセンターへとやってきた。

「あ、これ! かわいい!」

 佑香がクレーンゲームの景品を見て、飛びつくように反応した。見ると、ほぼ等身大の黒猫の縫いぐるみと目が合う。黒猫の縫いぐるみは、透明な檻の中で横たえさせられていた。

「欲しいのか?」

「うーん、欲しいけど……ねぇ?」

「ねぇってなんだよ。どうせ、俺はクレーンゲームが苦手だよ」

 佑香の諦めの気持ちが混じった視線に耐えられなくなり、俺はダメ元で百円玉を二枚、クレーンゲームに投入した。こういうのは設定次第で下手でも景品を取れることがある。佑香のハートを射止めた黒猫のクレーンゲームは、アームが三本の立体的なタイプで、三十秒という制限時間内であれば操作レバーでアームを降ろす位地を好きなように微調整できるという機種だ。俺はアームを黒猫の真上に移動させると、手元にある操作レバーを二、三回弾き、意を決してアームを下降させるボタンを押した。三本のアームは黒猫を覆うように被さり、一秒くらい停止した後、上昇しながらアームが黒猫をガッチリと掴む。そのまま黒猫が持ち上がると、隣で見てた佑香が興奮した様子で俺の背中をバンバンと叩いた。俺も、まさかこんなに上手くいくとは思わず、無意識に拳を握る。勝利を確信して黒猫が持ち上がっていくのを眺めていると、アームが一番上にきたところでアームが上下に揺れ、そのまま黒猫は落下してしまった。想定外のことに、佑香が俺の背中を叩く手が止まる。黒猫は落ちた衝撃で軽くバウンドし、奥の方を向いてしまった。
 その後、俺はもう数回チャレンジしたが、毎回黒猫が持ち上がっては、天井でアームが揺れ、振り落とされ、景品取得口に近づいたり、遠ざかったりを繰り返した。そこで俺はようやく、このクレーンゲームはそういう機種なのだと気付き、生まれて初めて景品が持ち上がった感動に釣られて無駄にお金を使ってしまったのだと気付かされた。世の中、そんなに上手い話なんてあるわけがないのだ。
 結局、黒猫は諦めて、俺と佑香はショッピングモールを後にした。

「ごめんね。私が欲しいなんて言ったばっかりに」

「いや、気にすることないよ。なんだかんだ楽しかったし」

 ショッピングモールを出て、余程クレーンゲームのことを気にしているのか、佑香は下を向いたまま俺に謝ってきた。まぁ、初めてクレーンゲームで景品が持ち上がったのは嬉しかったし、持ち上がる度に横で佑香がはしゃぐのが楽しくて、黒猫は取れなかったけれど悪い気はしていなかった。
 それに、ここに来る前の空気からすれば、佑香があんなに笑ってくれたのが嬉しくて仕方なかった。行きは会話のなかった道程を、今は佑香と談笑しながら歩いている。それだけで満足だ。
 帰りのバスに乗り、思返橋に着く頃にはすっかり暗くなっていた。俺は佑香とまた明日会う約束をし、元の世界へと帰る。世界を跨ぐ瞬間、振り返ると、佑香はまだ笑顔で手を振ってくれていた。だけど、そんな佑香の笑顔をぎこちなく感じた。