千里がお腹減ったっていうから、ご飯をつくって食べた。

それから片付けをして、なんとなくクセでテレビをつける。

明日はなにをしよう、なにをすればいいんだろう。

テレビ画面の中は、とってもにぎやかで楽しそうだけど、俺には完全に無関係な世界が広がっている。

とりあえず、菜々子ちゃんちに行ってみようかな、どこにあるのか、知らないけど。

千里はのんきに鼻歌を歌いながら、風呂上がりの髪の毛を拭いていた。

「ねぇ、千里」

「なに?」

お父さんいなくて、どうだったとか、お母さんいなくなって、さみしかったとか、だけど、今さら聞くのもバカらしい。

「なんでもない」

「キンモッ!」

千里が二階にあがっていくのを、俺はなんか安心して見上げた。

またなんとなく次の日の朝が来て、なんとなく店のシャッターを上げている時だった。

ふと横に目をやると、そこには香澄が立っていた。

「まだこの本屋さん、続けてたんだ」

「うん」

俺は、なんとなくそう答える。

お腹は大きくなっていても、それ以外は俺の記憶のそのままで、こうやって香澄の方から話しかけられるのも、不思議な気がする。

「菜々子から聞いたんだけどさぁ~」

香澄は、にこにことにやにやの、中間で笑っている。

「結婚って、してないんだ」

黙ってうなずく。

「私と同い年だから、三十だよね、独身かぁー。彼女とか、つき合ってる人とか、いないの?」

俺は、黙って首を横に振る。

彼女はそれを見て、楽しそうに笑った。

「はは、そうなんだ。じゃあ、本当に本屋は、一人でやってるんだね」

そうかそうかといいながら、香澄は店の外観を見て回る。

「まぁ、悪くはないわよね」

香澄とは、中三の時に同じクラスになった。

その時には、同じクラスに彼氏がいた。

その彼はとってもいい奴で、俺はほとんどしゃべったことはなかったけど、俺にもいじわるなんて、してくるような奴じゃなかった。

クラスの人気者で、キラキラしてるタイプだった。

俺は香澄のことが好きだったけど、そいつにはかなわないって、最初から分かってたから、なにも言わなかった。

「私のこと、まだ好き?」

そんな彼女に、なぜか一度だけ告白した。

どうしてそんなことをしたのか、その時の自分の行動が、今になって考えてみても、よく分からないけど、とにかく何かのタイミングで、ふたりきりになったとき、何を思ったのか、俺は彼女に好きだと言った。

「まぁでも、あれから何年も経ってるもんね、私も今、こんなだし」

香澄は、大きなお腹を抱えて笑う。

あの時もそうだった。

彼女は、俺のシンプルな告白を聞いた校庭の隅で、何の冗談かと笑っていた。

そうなることは、簡単に想像出来たのに、よく分かっていたのに、俺はそのまま立ち上がって、黙ってその場を後にした。

彼女は、そのまま彼氏の所に走っていって、何事もなかったように、それからの日々を過ごした。

「人間、どうなるか分かんないよね~」

菜々子ちゃんは今、学校に行っている。

平日の午前中、さびれ果てた商店街に、人影はまばらすぎた。