オレの魔法は不発に終わったようだが、リゼットはわずかばかり動揺していた。それはつまり、オレの魔法が発動すれば、彼女自身にも影響を与える事を意味していた。オレは脳をフル活用して、彼女が隠している魔法スペルを推理していく。

(リゼットは、オレのスペルで身構えるような仕草を見せていた。オレが発動しようとしていた魔法は、洗脳系の魔法だったはずだ。リゼットの心を虜にして、オレの恋人にする予定だったが、それに対して何の対抗策も発動させてはいなかった。

 単に、オレの魔法が発動しない事を見抜いていたのか? いや、彼女の顔の表情を見る限り、アレは魔法にかかると驚いていたが、発動しなかった事で安堵した表情だった。つまり、後何かを加えれば魔法は完成するはずなんだ。

 一旦、リゼットとのラブラブ状態は放置して、攻撃魔法を練習してみるか。魔法の実態が分かれば、彼女を調理する方法はいくらでもある。彼女を守る為の魔法ならば、彼女も無下にはしないはずだ)

 オレは、洗脳系の魔法を諦めたフリをして、リゼットに魔法を教えてもらうことにした。オレの魔法に関する知識が集まり、彼女が油断した瞬間がチャンスとなるのだ。オレは、その瞬間を思い描いて彼女に問いかける。

「攻撃魔法はどうやって使うんだ? こうか、『攻撃(アタック) ファイヤー!』」

 オレがそう唱えると、ポンという乾いた音が響いて、手の平から煙が出ていた。どうやら、前のスペルには、漢字2文字で表せる単語に、英語を当てれば発動させる事ができるらしい。後は、威力を出す為のスペルを思い付かなければならない。

「ぷっ、ダメよ、そんなんじゃあ……。火球を作りたいのでしょう? それなら、私がお手本を見せてあげるわ。ちょっと片手持ちになるけど、我慢してよね」

 リゼットは、オレを片手に抱えて、右手をフリーにする。どうやら、オレを左手に持ち、空を飛行している状態で、新たな魔法を使用するようだ。彼女は、自分が慣れている召喚(サモン)系のスペルばかりを多用していた。

「召喚(サモン) 生まれたばかりの小さな火龍よ、我の右手に宿り力を貸せ!」

 彼女の右腕がオラウータンの腕から人間の状態に戻されていた。やはり彼女には、人間の手が一番美しい。触って舐め回してしまいたい程良い肉付きをしていた。そう思っていると、彼女の右手が赤く変化していく。竜の鱗を纏ったゴツい手へと変化していた。

「うわぁ、可愛い手から肌荒れの激しい醜い手に変化した! 爪も鋭いし、なんか怖い!」

「失礼ね、火龍の手を自分の手に召喚しただけよ。仲の良い生物ならともかく、危険な生物とかは部分的に召喚した方が扱い易いのよ。召喚しても懐く可能性の低い生物は、部分的に自分の体へ変化させた方が便利なのよ。

 そりゃあ、単体や複数で召喚した方が強いし、生物本来の戦い方もできる。その反面、召喚した者にも危害を加える可能性が高いのよ。私は、ある程度までなら生物を扱えるけど、高度な生物ほど使い慣らすのは難しいのよ」

「へー、魔法って便利なようだけど、危険(リスク)もあるんだな」

「そりゃあ、当然よ。素人が迂闊に考えもなく使い過ぎれば、自爆する可能性だってあるもの。まあ、大抵は威力が弱くて、人を殺すほどのスペルを唱えられる奴はいないけどね。強力で使い易いスペルを考え付いたら覚えておいた方が便利よ!」

「でっ、火球はいつ出てくるんだ? まさか、火球自体は出せないとか……」

 リゼットは、オレの小馬鹿にした態度にイラッとしたのだろう。火龍の爪を刺すようにオレの首筋に突き立てる。ハンダゴテを直接当てられているような痛みと熱さを感じて、オレは叫び声をあげていた。

「痛ええ、熱い!」

「あっ、ごめーん。ちょっと爪が滑っちゃった♡ まあ、私の婚約者の証って事で我慢してよね。ほら、ハートマークにしてあげる。2、3日は痛みを感じるだろうけど、それ以降は痛くないはずよ。後は、一生残るかもしれないけどね……」

「くう、絶対に、そのワガママボディーを堪能してやるからな!」

「 ふふん、ヤレるもんならやってみなさいよ! 返り討ちにしてくれるわ」

 オレがリゼットの方を見ていると、後方に空中を飛んでいる人物が見えた。おそらくリゼットと似たような魔法を使って飛んでいるのだろう。徐々に彼女に近づいていることで、オレの目には男だという事が見て取れた。

「おい、後ろに変な奴が飛んでいるぞ! お前の知り合いかよ?」

「はいはい、分かってるわよ。どうせ、私を捕らえるために追って来ている魔術師でしょう。気配を感じたから、あなたに魔法を教える目的も兼ねて攻撃用の火龍を召喚させたのよ。手首だけだけど、それだけで十分過ぎるほどの威力を持っているわ!」

 リゼットは、オレが後ろの男を見ているのを確認すると、その男に向かって火球を放出した。彼女の小さな手からは想像もできないほどの威力を持った火球が飛び出し、一撃で追っ手を焼き殺していた。

「ふう、ようやく巻いたかしらね? これ以上は、追っ手が来なければ良いけど……」

「火球が飛び出した……」

「ふふん、驚いた? 魔法というからには、このくらいの威力がないとお話にならないわよ」

「威力は調節できるのか? いつもあの威力ばかりだと、日常生活には役に立たないぜ!」

「ふう、ご心配なく。私ほどの召喚術師(サモナー)ならば、小型の火を起こすのも簡単よ。智樹も、このくらいはできるようになってもらいたいわね。召使いとしては、食事やお風呂の準備とか必須のスキルですからね」

 リゼットは、火龍の手を元に戻して、通常の彼女の手に戻していた。白い指と可愛らしいツメに戻り、今度は威力の小さい炎を出すようだった。オレとしては、ライターくらいの炎を出してもらいたいと思っていた。日常では、そちらの方が主要があるのだ。

「召喚(サモン) 火の精霊よ、我にわずかばかりの炎を分け与えて止まらせておくれ」

 リゼットの手の平に、小さな炎が出現していた。何もない空中にぽっと明るい炎が灯る。ロウソクほどの小さな火が、しばらくオレと彼女を照らしていた。ほっこりと優しいような暖かさを感じる。

「おお、ライター程度の火を空中に維持し続けている」

「どう、私の凄さが分かったかしら? 人を傷付けられる強大な火球も出せるし、人を傷付けない暖かい炎も出せるのよ!」

「さすがに、さっきの追っ手を焼き殺したのはやり過ぎなんじゃ……。彼にも家族や友人、恋人とかがいただろうに……」

「うう、仕方ないじゃない。油断や手加減をしていたら、やられていたのはこっちかもしれないのに……」

 彼女は、しばらく気不味そうな顔をして、オレとの会話を中断させていた。彼女と会って、初めて見せる憂鬱そうな顔だった。彼女自身も、追っ手や敵とはいえ、人を殺したことに良心の呵責を感じているようだ。

 それでも、敵を殺さなければ自分が捕らえられたりする世の中で生活しているのだ。改めて、オレが召喚された世界が危険と隣り合わせであった事を悟る。可愛い彼女が手を汚さなければいけないほど、命を狙われているようだ。

(オレが、お前を本当の笑顔をして生活できる世界に変えてみせるぜ!)

 オレは、彼女の憂鬱な顔を見て、そう決心していた。リゼットには、落ち込んだ顔よりも笑顔でいる顔の方が素敵だった。その笑顔をずっとさせておきたいと、オレの彼女に対する愛情が反応していた。せめて、これ以上は殺人をさせるわけにはいかない。