リゼットとラシェルは、オレの手を繋いで自分の男であるアピールをしている。可愛くて小さい手がオレの手を奪い合うように絡み付いて来た。可愛いと感じてしまうが、それでも頻繁にされるとウザい。どちらかの手を振り解こうと思うが、勇気が出ない。

「リゼットちゃん、ちょっと手を離してくれないかな?」

「なによ、私は婚約者なのよ。恋人ならラシェルの手を振り解きなさいよ」

 オレは、ラシェルの方を見る。すると、ウサギが耳を寝かせて悲しんでいるような表情をしていた。とてもじゃないが、この手を振り解く事などできない。オレは、2人に引っ張られるようにリゼット城を目指す。

「朝ご飯がまだだったわよね? はい、私の作った料理ですよ。愛情たっぷりでラシェルの料理よりも美味しいわよ。腕が塞がって食べられないなら、私がアーンしてあげる♡」

「見るからに暑そうなスープだぞ!」

「ふーふーしてあげるね」

 リゼットは、自分でふーふーして適温のスープをオレの口に運んでいく。美味しいが、ラシェルと張り合ってるのが丸見えで可愛いとは思えない。女の子の嫉妬や独占欲は、男の欲望を半減させてしまう威力があるのだ。やはり仲良くなければ可愛いとは思えない。

「ラシェル、君はどんな料理を作ってくれたのかな? きっと美味しい料理だと思うんだけど……」

「えっと、これ……」

 ラシェルの料理をチラリと見ただけだったが、それでも料理の腕は彼女の方が上に見える。リゼットに無理矢理方向を変えられて、どんな料理か確認できないでいた。オッパイが大きい分、リゼットは自分に自信があるようだ。今は、ラシェルの方が可愛く見える。

「ダメよ、ラシェルの料理は食べちゃダメ! だって、絶対に私の料理より美味しいんだもん。きっと智樹をラシェルの虜にしちゃうわ。だったら、ここで私の味を教えてあげる♡」

 リゼットは、ラシェルの料理を口に含み、自分の口でオレに口移しをして来ようとしていた。オレを取られたくないという焦りから、彼女はついにオレへの本気モードに入ってしまったようだ。ここで受け入れるだけなら、ただの優柔不断な男だ。

「ダメだよ、リゼット。君とのファーストキスはちゃんとした状況でしたい。ここで勢いに任せたキスでは、君をもっと苦しめてしまうよ」

 オレは、リゼットの唇に優しく触り、キスを拒んだ。彼女ははっとした表情になり、冷静さを取り戻し始めた。いつもの国民の事と威厳を保つリゼットに戻りつつあった。冷静さを持った威厳のある彼女が、オレの好きなリゼットであることに気が付いた。

「リゼット、オレは王女である君が好きだ。ちょっと厳しいけれど、威厳を保とうとする健気な姿が好みなんだ!」

「うん、私もその姿を保つように頑張るわ。ただし、あなただけのものになった時は覚悟しなさいよね。超激甘の私を見せてあげるわ♡」

 オレとリゼットが激甘なラブラブモードに入っていると、ラシェルが割り込んでくる。適度に恥ずかしがり屋になれればもっと良いが、さすがに元々の性格は違うために積極的にオレとリゼットの間に割り込んでくる。それでも可愛い態度でオレを誘惑して来ていた。

「とも君、ラシェルと世界一幸せな家庭を築こうって約束はどうなったの?」

「それは……」

 オレは、スペル魔法でオレ自身を2つに分裂する方法も考えた。だが、どちらかのオレがリゼットかラシェルの愛を受ける事になるのだ。たとえオレがリゼットを選んで彼女から愛されても、もう一方のオレがラシェルから愛されるのだ。逆だとしても同じ事だった。

 たとえもう1人の自分とはいえ、彼女達が他の男を愛しするようになるなど考えたくもない。オレが、オレ1人がリゼットもラシェルも愛を育んでいくのが理想だった。どのようにすれば、全員が満足のいく結婚ができるのだろうか?

「まあ、ラシェルは12歳、結婚を急ぐ必要もあるまい。じっくりと可愛がってあげるよ」

「とも君、やっぱり格好良くて素敵♡ ラシェルを絶対に幸せにしてね♡」

「分かった。だが、2つの王国は戦闘の危機にある。それをまず止めるには、誰かが和平の理由を作る必要があるんだ。ここには幸い、リゼットとラシェルというお姫様達がいる。オレを仲介する事で、2国間の関係が安定すると言っても良い。

 オレとリゼット、オレとラシェルがそれぞれ結婚すれば、国同士の争いは無くなるぜ。そして、オレは2国間を統一した王になる。オレの力が及ぶ限りは、オレの国に危険は無くなるぜ。

 これで、オレとリゼット、オレとラシェルが同時に結婚する必要が出て来たというわけだ。同時に結婚しなければ、2国間の平和はあり得ないぜ。そのため、ラシェルがもう少し大きくなるまで待つ必要がある。あと2、3年くらいしたら結婚しよう!」

「キャー、とも君、なんて素敵なアイデア。私ととも君、リゼットととも君の愛が世界を平和にするのね♡」

 ラシェルは超ノリノリだった。オレでも何を言っているのか良く分かっていないが、なんとか2人と合理的に結婚できる方法を思い付いたと感じる。だが、リゼットは不満げだった。やはり愛するオレを独占したいという想いでいっぱいなのだろう。

「そうかしら? でも、国のためなら検討してみる必要はあるわ……」

 こうして議論していても始まらないので、オレ達はリゼット城に向けて足を速める。戦闘があったわりには死体や負傷者も無く、人もモンスターも出現して来なかった。オレとラシェルは危険を察知していないが、リゼットは異変を感じている。

「ここの道をずっと進んでいけば、リゼット城の門に辿り着くわ。でも、おかしい。戦闘をし終えたにしても静か過ぎる。何か、恐ろしい事が起きたのかしら?」

「恐ろしい事?」

「誰かが、『特殊な(スペシャル)魔法(マジック)』を使って、何か恐るべき怪物を呼び出したとか、大量破壊魔法を発動したとか……」

「なんだよ、『特殊な(スペシャル)魔法(マジック)』って?」

「『特殊な(スペシャル)魔法(マジック)』とは、通常のスペル魔法と違い、魔法陣を用いる魔法の事よ。規模は、魔法陣の大きさに合わせて増大する。私が智樹を召喚したのも『特殊な(スペシャル)魔法(マジック)』よ。

 城の外側に魔法陣を設置しておき、私のスペル魔法に反応して異世界召喚したってわけ。異世界との干渉には、この特殊な(スペシャル)魔法(マジック)を用いないと別世界から英雄や魔物を呼び寄せる事ができないのよ」

「へー、魔法陣を使う事で威力や規模が大きくなるのか?」

「ええ、大抵は位置や大きさを決めるのに用いるのが大半だけどね。即死魔法とか悪用すれば、全世界の人間が死んだりできるじゃない。だから、そうならないように大規模な魔法を使う場合には、魔法陣で囲んだモノだけを特定にするようになっているの。

 もしかしたら、誰かの魔法で兵士は全滅してるのかもね。即死魔法や転移魔法なんかは人物やモンスターを特定する事はできないの。その魔法陣の範囲内にいる人物やモンスターを対象にして変化を与えるわ。そこまでできるのは、相当のスペルマスターだろうけど……」

「どうやらリゼット城にもラシェル以上の強敵が居そうだな。それでも、今はラシェルもオレの味方でいるし、お前にはオレもいる。次は、絶対に勝てるぜ。まずは、リゼット城を取り戻して、兵士の無事を確認するんだ!」

「そうね。あと一人、私の異母姉妹が居るのよ。その子は王位こそ無いけど、私と同じ顔立ちでロングヘアーをしているわ。私より年上だし、背も高い。私のメイドとして仕えていたけど、大丈夫かしら?」

「リゼット似のお姉様美少女!? それはぜひ助けださなければいけないな。この世界の事を良く知っているデーターベース的な存在だろう。オレとしても国としても失うには惜し過ぎる存在だぞ。絶対に助け出さなくてはダメだ!」

 オレとリゼットは急ぐようにして城へ向かった。ラシェルも懸命に付いてくるが、さすがに足は遅い。途中で転けて、怪我をしてしまっていた。オレとリゼットはそのことに気が付かず、そのままラシェルを置いて城まで辿り着いた。

「ヒック、やっぱりとも君はリゼットの方が良いんだ。私なんてオッパイも無いし、冷静さも無いし……」

「ヒメサマ、ソンナコトハアリマセンヨ」

「その声は、私の部下のジロー! 生きていたのね。それで、他のみんなはどうしたの? リゼットが言うには、何か恐ろしい事がこの城で起こったらしいんだけど……。私はリゼットを始末しようとしてただけだし、アレクシスお兄様もそう命令してた。何かあったの?」

「ジツハ……」

 ラシェルの部下は喉が潰れていて良く会話ができないようだ。ラシェルだけが彼の言う事を聞いて理解できるらしい。ジローという兵士は、元々スペルを召喚できない体質で生まれてきたらしい。それでも、ラシェルがその兵士を強者にまで成長させていたらしい。

「私に付いて来なさい。とも君を血祭りにあげてもらうわ。私のために!」

「はい!」

 ラシェルとジローという兵士が、オレとリゼットを追いかけて来た。オレとリゼットはすでにリゼット城に入り、中の様子を見回す。お城の外壁は壊れ、凄まじい戦闘があった事を物語っていた。その事が昨日の事と思えないほど、遺体も怪我人も消え失せていた。

「まるで、数年前に戦闘があったような光景だな。今は、死体も怪我人も一人も見当たらない。まるで、死体も兵士もモンスターも全員消え去ったような……」

「たぶん、実際に人やモンスターが消えたのよ。おそらくモンスターで足止めをして、『特殊な(スペシャル)魔法(マジック)』を使って、兵士をモンスターごと消え去ったのよ。異世界へ行ったのか、死んだのかは分からないけどね……」

「リゼットの異母姉妹とかいう女の子も消え去ったのか?」

「たぶんね……。私の影武者のような存在だもの。私の代わりに死んだのかも……」

「そんな……」

「私だって信じたく無いわよ。リーゼロッテが死んだなんて……」

「リーゼロッテ、それが彼女の名前なのか!」

「何、興奮してるのよ? 言っておくけど、あなたは私の婚約者なのよ。そうほいほい好きになる対象を変えられたら、私の評判も悪くなるでしょうが!」

「分かった。できるだけ努力する。まずは、彼女の部屋に行ってみよう。そこに隠れている可能性もあるからね」

「まあ、勇気はある方だと思うけど……」

 オレとリゼットは、リーゼロッテの行きそうな部屋を隈なく探す。それでも、人の姿1つ見かけない。オレは、リーゼロッテの部屋と思われるクローゼットを開けて中の衣装を確認する。中の衣装からは、リゼットの高貴さと、清楚系の美女の匂いが入り混じっていた。

「クンクンクン、どうやらリゼットが言っているのは本当のようだ。高貴な香りと清楚系の良い香りがする。これは、地位こそ無いが、リゼットやラシェルにも匹敵する超絶美少女と見た! なんとかして探し出さなければ!」

「匂いを嗅いで容姿とか性格が分かるなんて……。変態を通り越して、逆に凄い!」

 オレは得意げな顔をするが、リゼットはドン引きだった。リゼットやラシェルの身に何かあった場合、「オレと一緒に逃げよう」と言って2人で普通の生活ができる美少女、それがリーゼロッテだった。その最後の希望ともいうべき彼女が脅威に晒されているのだ。

「バカな……。リーゼロッテが死んだ? リゼットやラシェルと一緒に戦いに行って、この戦いが無理ゲーと悟った場合の最後のオアシスである彼女が死んだだと……。それじゃあ、オレには絶対に勝つという選択肢しか無くなってしまったじゃないか!」

「何を言っているのか分かんないけど、絶望的になったら私達を置いて逃げ出す可能性がある事は分かったわ。全く、少しは好きになるとすぐに格好悪くなるんだから。もっと、本気で私を惚れさせなさいよね」

「それって、オレに惚れてたって事?」

「もう、キスまでしそうになった仲じゃない。態度で分かりなさいよ。リーゼロッテは、私が救い出す。あなたは、私のサポートをしてくれれば良いのよ。まだスペル魔法だって習得してないし、不安定なんだから」

「ふん、どんな敵が現れても、オレのスペル魔法で蹴散らしてやるぜ。リゼットは、未来の夫を過小評価し過ぎだぞ!」

「言ってろ、敵わない敵が現れても知らないわよ!」

 オレとリゼットがお城内を捜索していると、2メートル以上の大男に遭遇した。そいつは、マスクをかけて口をきけないような感じだ。肩の上に、ちょこんと小さい女の子を乗せて、オレを攻撃して来た。