書いても書いても結果が出ない。この世界は、才能が無いものにはトコトンに無慈悲だ。10万文字書こうが、売れない作家は売れない。知り合いの小説家仲間は書籍化しているというのに、オレだけは一向にその気配もない。もう、疲れた……。

 報われない努力ほど、続けるのが難しい事はない。30歳の童貞であり、ネットの世界では『魔術師』として認定される。彼女もいないし、できる気配もない。その上、金もない無職の小説家だ。そう思っていると、オレの周りが眩しく光り輝く。

 四畳半の室内が、あり得ないほど輝いていた。オレはさっきまでベッドの上に座り、タブレットで自作の小説を書いていたが、気が付いたら別の場所に移動していたのだ。エアコンの付いていないオレの部屋の室温は、サウナと同様の暑さを保っている。

 あり得ない湿気と熱い温度によって、ついに脳が機能を停止したのだろうか。意識が朦朧(もうろう)としている割には、周りの景色が鮮明に映し出される。気が付くと目の前には、15歳くらいの少女がオレを睨み付けている。

 青い眼がぱっちりした可愛い顔をしており、肌の色の白い女の子だ。様々な経験を積んでいるのか、オレより大人びて見えた。これが、俗に言う天使という生物なのかもしれない。羽も生えているし、金髪のショートカット、上品な仕草と漂う気品、まず間違いない。

 だが、その少女の格好は、天使というよりも魔女っ子のようなピラピラとした服を着ている。スカートと両肩に、白いフリルが見え隠れしていた。おそらく、オレの脳が誤作動して、ロリ魔女っ子と可愛い天使が混合してしまったのだろう。

 白と青色の服が風でたなびき、少女の良い香りを運んで来た。とても良い香りだ。この香りと容姿を持っていれば、大抵の大人には優しくしてもらえるはずだ。オレと正反対の状況を思い浮かべて、オレは思わず苦笑してしまう。

 少女は、オレの出現に驚いているのか、未だに言葉を発していない。少女の幼い顔とは裏腹に、その体はしっかりと成長していた。世間的に言うロリ巨乳という人種なのだろう。胸には、大きくてブラジャーが支えきれないようなオッパイが装備されていた。

 オッパイの上半分が見えるような服を着ており、しっかりと谷間ができている。深い深い谷間を覗き込むかのごとく、その谷底を見通すことは容易ではなかった。あの胸を揉んだら、さぞかし柔らかくて、オレを幸福にさせてくれるだろう。

 オレの手は、思わず少女の胸に向かって伸びていた。あと、数センチで手が触れられるという位置まで近付いていた。これが夢なら覚めて欲しくない。オレは、必死の思いで手を前に伸ばす。せめて、彼女のオッパイの感触を確かめるまでは………。

 オレが決死の思いで気持ちの良さそうな丘と深い谷間を目指していると、ピシャリという音と共に地震でも発生したような衝撃を感じた。どうやら少女がオレの行動に気が付いたようだ。渾身の力でビンタをかまし、オレの頰を紅く染め上げていた。

 少女は無表情だが、怒りを感じているようだ。その正確過ぎる平手打ちを受けただけで、オレは全てを悟る事ができた。少女はオレよりも強く、オレよりも反射神経も速い。今のままでは、彼女のオッパイを揉むことはおろか、タッチさえも許されないのだ。

「くう、何をするっ!?」

 オレは、突然平手打ちをして来た彼女にそう尋ねる。自分のして来た行為は棚に上げて、とりあえず彼女が失礼な態度と行為をしてきたことの非礼を詫びさせる。彼女が上手く悪い態度を取ったことを認めれば、オレが彼女のオッパイを触ることも可能になるのだ。

「まずは、突然ビンタしたのは謝るわ。何か、良くない気配をあなたから感じたのよ。簡単に言えば、あなたが私のオッパイを触ろうとしていたような……。その嫌らしい手付きとムカつく顔を見たことから、ビンタが必要であると感じました。

 まあ、今回だけは、私があなたを召喚(サモン)した事で、錯乱していたということにしておきましょう。次に、私の体に触ろうとした場合には、然るべき処置を取ります。それにしても、こんな冴えない男を呼んでしまうとは、私もスペルセンスが落ちたのかしら?」

 少女はため息を吐くように、オレから眼をそらした。どうやらオレは、彼女に異世界召喚(いせかいしょうかん)されたらしい。彼女の言葉では、召喚(サモン)と呼ぶらしい。異世界転移した割には、言語も伝わり違和感はあまりない。

「あの、異世界転移した割には、言語伝わってますね。召喚(サモン)も別に意味が分からない言葉ではないし……。まさか、オレと会話する為に必死で日本語を勉強してくれたんですか? それなら、凄く感激です。今すぐにでも、結婚してしまいたい!」

 オレは興奮して彼女を抱きしめようとしていた。確かに、下心はあったが、純粋に感動して抱き付きたいという思いも半分くらいはあった。あのオッパイを、彼女の華奢な体ごと抱きしめたら、どれだけ気持ちが良いだろうか?

「シャラップ! 私に近付くな! 新たなモンスターを召喚(サモン)して、あなたの人生を八つ裂きエンドにしてやっても良いのよ? 別に、手駒には困っていない。特別な召喚(サモン)を使って、失敗作品としてあなたが召喚(サモン)されただけだから……」

 彼女は、オレの顔を手で押さえて、これ以上オレが彼女に近付けないようにしていた。腕の力は華奢だが、運動神経は良いのか、オレの重心を的確に捉えていた。まさか、どさくさに紛れて、彼女にキスしようと考えていたこともバレているとは……。

「まさか、オレの心が読めるのか?これが、この世界の魔法!?」

「いえ、単純にあなたの動作を見て、危険を察知しただけです。唇がキスする形にキモく尖ってましたし、抱き付こうとしているのもハッキリと見えましたからね。動体視力だけは良いんですよ。不意を突かれない限りは、敵に攻撃されることもありません」

「くう、美少女召喚師(サモナー)だと思って侮っていたぜ。動きは鈍くて、召喚されたモンスターに頼らなければ、マトモに戦えない女の子だと思っていたのに……。まさか、動作でもオレより速いとは……」

「速さというより、直感かしら? 召喚された時点で、失敗した、体を触られる、変な奴を呼んでしまった、というのは理解できていたから……。格好と顔付きを見て……」

「ちょっと、悪態が過ぎませんか? さすがに、オレも傷付きますよ。ただでさえ、無職で売れない小説家のガラスのハートなのに……。その上、30歳の童貞『魔術師』、そのオッパイで慰めてもらうくらい良いじゃないですか!」

「良いわけあるか! まあ、呼んだ以上は、私の僕ということになりますね。しばらく奴隷として、私に仕えなさい。多少は使えると判断すれば、お城に住み事も許可しますよ。元の世界に戻すには、厄介な手続きと時間がかかりますからね……」

 こうして、行く宛てのないオレは、彼女の従者となった。しばらく彼女をじっと見回して見るが、かなり可愛い。ちょっと素っ気ない態度はしているけど、オレの言葉には答えてくれるのだ。

 前の世界では、女の子とマトモな会話をした事が無いだけに、それだけの事でちょっと感動していた。無職というだけで蔑まれ、街中を歩けば女性が避けるように移動して行く。女の子と会話をしたことなど、久しぶりのことだったのである。

「うう、感動だ……」

「うわぁ、何泣いてるのよ……。ああ、そうか。いきなりこんな世界へ来てしまって戸惑っているのね。向こうの世界でもそれなりに友人や家族、恋人なんかもいただろうし、良い仕事をして出世できたかもしれなかったものね。第一印象で人を決め付けるのは良くないわ」

「いや、家族から見捨てられて、親しい友人もいなく、恋人さえもいなかった童貞のオレです。仕事も無くなり、小説の執筆も上手くいかなくて絶望していたところを、あなたに異世界転移させられました。久しぶりの女の子との会話に感動していたのです……」

「うわぁ、やっぱりハズレガチャだったか。それなら、一生懸命に頑張りなさい。仕事ができる人材だったら、それなりに優遇してあげるわよ。一応、異世界転移者だし……。サボって仕えない役立たずだったら、元の世界という地獄に叩き返してあげるわよ!

 向こうの世界、定時で帰るようにタイムカードを押されるけど、その後も無償で働き続けるんでしょう。しかも、頑張って続けても会社が続くとは限らないし……。この世界でそれなりに頑張る方が生きやすいわよ」

「それは、オレに期待してくれているという事ですか?」

「まあ、一応ね。私が呼び出したんだし、そこそこは活躍できると思っているわ。期待を裏切らない事ね」

「よし、君の婚約者として頑張って努力するぞ!」

「あっ、言っておくけど、私の婚約者候補はかなりいるから……。あなたが入り込める余地はないと思うけど……」

「なるほど、その数多くいる婚約者候補の中の1人として、オレも登録させてくれるわけだな。簡単に言えば、君の側室というポジションか。悪くはないな。だが、いずれはオレだけが君の結婚相手として相応しいという事を周りに証明してみせろ、という事だな!」

「違います。本当は、やんわり断るつもりだったのですが……。まあ、婚約者候補にしてあげても良いですよ。優秀で、能力のある男性も多数いますので、勝負にはならないと思いますし……。召喚した私の責任という事で、そのポジションから開始して差し上げますよ」

「いきなり婚約者とは、照れますなぁ……。まだ、お名前さえも聞いていませんし、その後ろの羽も説明されていません。もしも人外の天使ならば、ちょっと一緒になるのが不安ですね。子供ができなかったり、結婚関係に支障が出るかも……」

「その可能性は、限りなくゼロに近いと思いますが……。まずは、お互いに自己紹介しましょうか。私の名前は、『ダルク・リゼット』です。リゼットとでも呼んでください!」

「えっ、呼び捨てで良いんですか!?」

「リゼット様とお呼びなさい!」

「分かりました、リゼットちゃんとお呼びします!」

「もう、好きに呼んで良いですよ……」

 リゼットは、疲れた様子を見せていた。おそらく召喚術(サモン)は、大量の魔力を消費するのだろう。オレという超激レアカードを呼び出したせいで疲労困憊といったところだろう。早めに彼女の家へ行って休ませてあげたかった。

「オレの名前は、櫻田(さくらだ)智樹(ともき)、とも君と呼んでくれ!」

「はいはい、智樹(ともき)と……」

「ちょっと、恋人らしく『とも君』と呼んでくれないとヤル気も出ませんよ。(主に作者が……)」

「じゃあ、ヤル気が出るように、私があなたの事を認めたら『とも君』と呼んであげますよ。(その方が作者もヤル気が出るでしょう)」

 こうして、オレとリゼットは、樹々に囲まれた森の中で出会った。彼女の置かれている境遇などは、まだ良く分かっていない。

 分かっているのは、オレが守ってあげたいと思うくらいに可愛い美少女という事だけだ。果たして、彼女に『とも君』と呼んでもらう事ができるのだろうか?