リゼットは、必死で逃げるラシェルを追いかける。いつもならば拷問(トーチャー)魔術で応戦してくるが、今回の彼女は違っていた。ただ、ただ、恋する乙女のように逃げ続けるだけだ。追ってくる相手がリゼットと分かっても、攻撃してくる事はなかった。

「ちょっと、待ちなさい!」

「あん、リゼットお姉様。お放しください。今の私は、とても変なんです」

「変なのは元からよ! 今の方が普通に見れるわ。どこがどう変なのか、私に話してみなさい。なんらかの解決方法が分かるかもしれないから……」

 ラシェルは、口元に手を当てて、彼女に話そうか悩んでいた。そして、意を決して言葉にし始めた。元は、自分の義理の姉になるかもしれなかった人物だ。本来ならば、なんでも相談することのできる仲だった。

「実は、とも君を見ると、胸がキューンって苦しくなるの……。なにかの病気かな?」

「それは、恋いよ。でも、安心しなさい。それは、智樹の『魅了(チャーム)魔法(マジック)』によって作られた擬似的な感情だから。『解除(レリース)魔法(マジック)』を唱えれば、元の状態のあなたに戻るわよ。私としては不本意だけど……」

 ラシェルは、エッとした顔をする。しかし、それでも恋の味を知ってしまった乙女には、それを拒絶するなんてできないでいた。胸が苦しくても、愛するオレを忘れたくない。操られていると分かっていても、オレを愛していたいと思っていた。

「やだ、『解除(レリース)魔術』は唱えない……。このとも君を好きな気持ち、忘れたくないの……。切ないけど、幸福感に包まれているような不思議な感覚、捨てたくない!」

 ラシェルは、オレの『魅了(チャーム)魔法(マジック)』の虜(とりこ)になってしまったようだ。たとえオレに操られていようと、自らオレを恋する事を望んでいた。自ら、オレへの恋心を捨てて、今の感情を忘れるような事はしない。

「そう、あなたがその状態で良いなら私も何も言わないけど……。なんなら、智樹と恋人同士になってみる? どうせ、私との婚約なんて成り行きみたいなものだし……」

「えっ、とも君と恋人同士!? やだ、嬉しくて死にそう……。とも君が手を繋いでくれたり、アーンして食べさせてくれたり、キスとかも求めてくるのかな? 体が火照っておかしいよぉ〜」

 リゼットは、ラシェルを可愛い妹を見る目で見つめていたが、オレが彼女達に近付いてきたのを知ると、態度が一変する。オレとラシェルが両想いになった光景を思い浮かべて、自分がそうなった時に危険な立場にいる事を理解していた。

(不味い! ラシェルと智樹が両想いになったら、彼らにとって私は敵。2人でスペル攻撃されたら不味いわ。智樹は半人前とはいえ、雷帝を呼び出せるほどの力量を持っている。そして、ラシェルは私に及ばないまでも強力なスペル使い。

 せめて、智樹だけでも私の婚約者としてメロメロにしておかないと、今裏切られたら負ける。所詮は、出会って数時間の間柄、ラシェルが可愛いということに納得してしまえば、私を求める事はなくなり、彼女の味方になってしまうわ)

 そう、彼女の様子通り、オレがラシェルと両想いになれば、リゼットを言葉巧みに操って、アレクシス公爵のお城まで連れて行ってしまうだろう。そうなったら彼女には、アレクシスとの仲を良くするか、敵の罠にかかって死ぬかのどちらかしかない。

 敵がアレクシス本人であるか分からない以上、無防備に敵の城まで連れて行ってしまえば、彼女の死は確実だった。オレという切り札がいるからこそ、今は対等にラシェルと話す事ができているのだ。オレが敵に寝返れば、一気に負けが確定してしまう。

「ああ、無し! 今の智樹との恋人同士にしてあげる発言は無し! 智樹は私の婚約者だから! 将来は、もしかしたら結婚して家庭を築き上げるかもしれないから無し!」

「あれ、私ととも君の恋を応援してくれないの?」

「ええ、私と智樹は相思相愛だからね。今夜もここで料理を作って一夜を共に過ごす予定だったのよ。まあ、特別にラシェルも同居を許可するけど……」

「そっか……、リゼットととも君は相思相愛なんだ。私、叶わない恋と分かっていても、とも君と一緒に居たいよ。1分1秒で良い、離れたくないの……」

「うう、完全に別人になってる。これが恋の魔法の威力って事? 不味いわ、智樹との恋を応援したくなっちゃう!」

 オレは、2人に近付いていく。会話の内容までは分からないが、ラシェルが悲しそうな表情をしている事だけは見て取れた。

「おい、ラシェルは大丈夫か?」

「ああ、智樹が来ちゃった。とにかく、智樹は私の婚約者なんだからね! ラシェルには渡さないわ!」

 リゼットは、そう言ってオレに抱き付き、オッパイを押し付けてきた。これだけで、オレには昇天しそうなくらいの衝撃を与えている。その上、彼女の顔が吐息がかかるくらいに近い。髪の毛の匂いまで感じ取っていた。

「うわぁ、リゼット、どうした?」

「あー、ラシェルが智樹の事、気になるらしい。でも、私と智樹が婚約者同士だって知ったら泣き出しちゃった。1分、1秒でも智樹の側に離れたくないんだってさ」

「なるほど、それでリゼットもオレから離れたくなくて近付いて抱きしめてきたわけか。よし、今日は3人で仲良く添い寝しよう。オレも女性の扱いは心得ているつもりだ。出会ってすぐでエッチなんて、さすがに心が引けるさ……」

「変な事してきたら、ボコボコにはするからね。ラシェルにもお触りは禁止だよ!」

「おおう、ハニー、嫉妬かな? オレが愛しているのは、リゼットというハニーだけさ。もちろん、妹的なラシェルも可愛いと思うけどね」

 こうして、オレを巡って、リゼットとラシェルの対決が始まった。ラシェルは本気になり、オレとリゼットとの仲を壊そうとしていた。彼女にも気にいる手段と気に入らない手段がある。2人の仲を無理やり引き裂く事はしなかった。

「リゼットととも君の関係は、まだ浅い。私の方がお嫁さんに相応しいと分かれば、きっと私と結婚してくれるわ。一緒にいて、とも君の心を恋に落とす! まずは、美味しい料理で彼の胃袋を掴む事にするわ。リゼット、料理魔法勝負よ!」

「ふーん、私とスペル魔法勝負を挑んでくるとは……。返り討ちにしてあげますよ、恋を知ったばかりの小娘が!」

 こうして、リゼットとラシェルの料理魔法勝負が開始された。オレの口に合う料理を作り、胃袋を掴むのは誰だろうか? 最上級レベルの魔女っ子2人の真剣勝負が開始された。オレはただ2人の美少女のエプロン姿を目に焼き付けるしか他にする事はない。

 2人の美女は、オレを取り合うかのように腕や服を掴んでくる。リゼットは自分の胸が最高の武器である事を知っているのだろう。オレの腕にオッパイを押し付けて、腕を組むように歩く。それだけでオレの心は満たされていた。

 ラシェルは、リゼットに比べて自分が劣っている事を自覚しているのだろう。オレの服を軽く掴み、恥ずかしがりながらも懸命に後についてくる。リゼットのオッパイの方が破壊力は高いが、それでも違う可愛さをラシェルは見せ付けていた。

「ゴクリ、これは公平に味で勝負するしかないな。いくらリゼットがオレの婚約者でも、ラシェルとは公平に勝負をしてもらう。オレは、味では誤魔化されないぜ?」

「ふーん、面白い! これでも料理は、得意な方なのよ。スペル無しにあなたをメロメロにする料理を堪能させてあげる」

「そして、夜は私を食べて♡か? 騎士としては不本意であるが、お姫様の願いを聞いてあげないといけないよな。優しく、抱いてやるよ……」

「おい、そこまですると、ウンディーネがあなたを動けないように氷漬けにするわよ。氷漬けプレイがお好みなのかしら。今なら、私との添い寝でぬくぬくと眠れるわよ。どっちのプレイがお好みかしら?」

「添い寝プレイでお願いします。たとえ事故でキスやオッパイを揉んでしまっても、数には含まれませんので大丈夫です。無意識のうちのキスやタッチは、痴漢行為には含まれません。不可抗力ですから」

「うわぁ、緊縛プレイも追加でお願いするわ」

 オレがうっかり口を滑らせた事により、緊縛プレイが追加されてしまった。それでも、リゼットの隣で眠るという事は、キスまではなんとかする事ができるという事を暗示していた。縛られていようが、少しでも動けるならキスは可能だ。

 ラシェルは、本当に人が変わったかのように可愛い。オレの服を掴み、料理勝負で勝った方がどのようなご褒美がもらえるかを聴いてヤル気を出していた。あどけない表情でオレの顔を見つめる仕草も可愛いし、ちっぱいの影響でブラジャーがチラリと顔を覗かせる。

「私がリゼットとの料理勝負に勝ったら、とも君と添い寝&キスができるの? 起きてる時は勇気が出ないけど、寝ている時なら良いかなぁ。オッパイも良ければ触って良いよ。起きてる時は勇気が出ないけど、寝てたら大丈夫……」

 ラシェルは、オレの要求をなんでも聞いてくれそうな勢いだった。このまま抱きしめてキスしたとしても、驚く事はあっても拒絶する事はない。この時点で、すでにリゼットとラシェルとの差は広がり始めていた。オレの心は、ラシェルに揺れる。

「ちょっと、味は公平に判断するのよね? ラシェルの方が可愛くて、あなたにメロメロだからって、不公平な判断はしないのよね?」

 リゼットは、オレの腕を掴んでそう聞いてきた。少しヤンデレモードにも入っている。誰の目から見ても、今のラシェルの可愛さに叶うと思う女の子はいないのだ。対抗するにはリゼットが性に目覚めて、オレだけを激しく求めてくるしか方法がない。

「うう、私には、まだアレクシスに振られた傷が残ってる。だけど、それを忘れるためにあなたに頼るのは嫌よ。アレクシスの変化も気になるし、あなたとの純粋な恋をした時に結婚までして、それからこの身をあなたに任せるわ。

 私には、自分の貞操観念だけでなく、王国も肩にかかっているの。自分の体を、自分を慰めるためだけや、あなたを愛するためだけに使うわけにはいかないのよ。添い寝とキスまでが、私が今できる精一杯の愛情表現なの。分かって!」

 リゼットは、そう言ってオレにアピールしてくる。この子の肩には、ダルク王国やリゼット城のみんなの命運がかかっているのだ。たとえ異世界転移してきた素晴らしいオレであっても簡単に体を許すわけにはいかない。本当に、彼女からの強いアピールのようだ。

「分かっている。君が勝っても、ラシェルが勝っても、オレはどちらの女の子も傷付けるような事はしない。それだけは保証するよ。でも、オレって本当に異世界転移して来たんだな。『うおおおおおおおお、異世界来た!!!』とかお約束してないけど、良いのかな?」

「えっ、今更? そんなの外で勝手にしてくれば良いじゃない」

 こうして、オレは男子禁制という名目で追い出された。まるでトイレをするかのように外へ出て行って、夜空の星の元で異世界転移した事を叫ぶ。オレの熱い思いが発せられても、敵が近くを彷徨いている気配は感じなかった。

 暗い夜空の下、星が良く輝いて見える。近くに『リゼット城』もあるのだろうが、すでにこの時点では灯りも付かないくらいに城は荒廃していたようだ。リゼットの婚約者候補だった男達も、兵士も死んでしまったかもしれない。

「リゼットは、オレが必ず幸せにして見せるぜ!」

 オレは、どこにあるかも分かっていない『リゼット城』に拳を掲げて騎士の誓いをした。この世界に転移した以上、ここではリゼットがオレのお姫様なのだ。無念な最後を遂げたであろう彼らの代わりに、オレの姫様を守る事を決意していた。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、異世界来た!!!!!!リゼット姫もラシェル姫も可愛いよぉ!!!!!!!!!! オレが、必ず彼女達を幸せにして見せる!!!!! 安らかに眠ってくれ、歴戦の英雄達よ!!!!」

 オレは、リゼットの父親に挨拶するかのごとく、荒野でそう叫ぶ。誰の人がいない事を悟り、2度目は1度目にはないほどの大声で叫んでいた。気持ちがスッキリとする。本当にこの国で生まれて、リゼットの幼馴染になったような不思議な気分だった。

「さてと、2人のためにお風呂を沸かすスペルでも唱えますか」

 オレは、試行錯誤でスペルを唱えて、ようやくホテルのお風呂らしい浴室を作り出すことに成功した。『創造(クリエイション)』という名のスペルを生み出し、風呂場や脱衣所、洗濯機に至るまで作り上げてしまった。自分のスペル才能が怖い!