オレは、エプロンを付けて調理場に向かう。すると、数分後にはリゼットが手伝いにエプロンを付けて現れていた。まるで新婚生活が開始されたような初々しさを感じる。新婚生活という言葉で、オレは彼女の着ていた物を思い返していた。

「リゼット、エプロン姿もとっても可愛いよ。さっき着ていた服も可愛かった」

「うん、ありがとう!」

「でもね、服がヒモで結んであるだけなんて、年頃の女の子が着るには問題ある服じゃないのかな? まさか、いつもああいう服を着て、男を誘惑しているんじゃ……」

「うわああああ、脱がしたの? 人があなたを守って倒れていた時に、無断で服を脱がすなんて酷い!」

「ふん、成り行きとはいえ、婚約者同士だ。君の体を考えて、寝易い服に着替えさせようとしていただけだ。まあ、ウンディーネお姉さんに邪魔されて、上着をハダけさせる程度に終わってしまったがね。でも、脱がしても問題はないはずだが……」

「くう、婚約者同士だから裸を見てもセーフなのか……。そこまでは、考えてなかった。私が気絶するくらいにダメージを受けるなんて初めてだし、他の婚約者は女性のメイドとかに着替えを頼んでいたもの。ウンディーネのお陰で助かったけど……」

「だが、ウンディーネお姉さんもオレとリゼットとの結婚には賛成してくれているようだ。落ち込んだ君を、オレが慰めてくれと頼まれている。もう、親公認と見ていいんじゃないのかな?」

「ふーん、ウンディーネが認めたんだ……。でも、私はあなたを婚約者なんて認めてないから。だって、いきなりラシェル姫を連れ込んでいるし……。どうやって連れ込んだかは知らないけど、浮気と見てもおかしくないわよ!」

「いや、浮気じゃ無いって……。ラシェルが、君を探し出して、攻撃してきたから撃退したんだ。他にも魔術師がいたけど、全部オレが撃退した。彼女だけは、眠り込んでいたし、お姫様だったから君と一緒に寝かせていたんだ。絶対に、浮気なんてしてないよ!」

 リゼットは、悪戯するような笑顔を見せる。オレの言葉を信じているが、ラシェルの事が気になっているのはバレているようだ。容姿や背の高さは、リゼットと瓜二つだ。気にならないはずがない。

「ラシェルは容姿は私と似てるけど、性格は全然違うわよ。仲良くなったと思って油断したら、一気に殺されるわよ。だって、彼女の婚約者達、全員残酷な拷問を受けて、非業の死を遂げているしね。あの子は、容姿こそ可愛いドSな小悪魔よ?」

 オレは、リゼットの言葉を信じ切れていない。いくらドSとはいえ、自分の婚約者を拷問にかけて殺すなんて、デメリットしかないと考える。婚約者の中には、隣国の王子様だって含まれているだろう。いくら自国が強くても、危険なリスクを冒すはずがない。

「信じられないな。証拠もない。どうせ、君の元婚約者のアレクシス公爵とかいう男が殺し回っているんだろう。大切な妹だ、結婚できないという嫉妬に狂って、おかしな行動に出ているんだろう。ロリ巨乳の君を振ったように……」

「うーん、その可能性も否定はしないけど、実際の映像を見せれば納得してくれるかしら? 私としては、アレクシスの方がまだマトモな人間に見えたけど……。

『召喚(サモン) 全てを見通す電機なる僕よ、今ここに現れて、我に娯楽と真実を知らせよ! “デジタルテレビが見放題”』」

 リゼットは、異世界のオレが元いた世界からデジタルテレビを呼び寄せていた。テレビの番組はもちろん、記録に撮ったビデオや衛星放送の映画まで見られる優れものだった。オプションのリモコンを操作して、ラシェルが何かしている証拠を映し出していた。

「偽造映像だって言われたら、そこまでなんだけど……」

「いや、ここまでされたら納得するしかないぞ……」

 テレビの映像には、ラシェルが3人の男達に囲まれている姿が映し出されていた。どうやら自分の部下から婚約者を選んだらしい。男達は歓喜に喜んでいるが、ラシェルは玉座に座って、無表情でボーッと男達を見回していた。どうやら刺激が足りないらしい。

「はあ、つまらないわね。ねえ、あなた、死んでよ! 無残に泣け叫びながら屈強な男達が死んでいく様を見て興奮したいわ。私と婚約者になった以上、強い男でなければいけないわ。拷問(トーチャー)魔術で死ぬ程度では資格がないのよね。

 よし、あなた達が本当に私の結婚相手に相応しいか、私がテストしてあげる。所詮、親同士が決めた不本意な婚約だったもの。お互いの魔術を見せ合って、愛を深め合う必要があるわ。私の拷問(トーチャー)魔術に耐えられたら愛してあげる♡」

「ラシェル姫、何を……」

「まずは、前菜を味わいなさい。『拷問(トーチャー) ポケット内に収まりし、小さな拷問機械よ。敵の親指を拘束して、死なない程度の苦痛をもたらすが良い。喰らいなさい、“第一の拷問・親指潰しの即興劇(エチュード)”!』」

 ラシェルは、一方的に相手の男達に拷問器具を出現させて取り付けていく。オレが受けた親指潰しを喰らい、男達は叫び声をあげる。彼らに対抗するスペルを唱えて脱出するという余裕はない。痛みに耐えかねて、彼女に助けを求めていた。

「ぎゃあああああああああああああああ、ラシェル姫、やめてください!」

「うわあああああああああああああああ、僕の親指が粉砕されてる……」

 ラシェルは、屈強な男達がただの子供に戻ったのを見て興奮を覚えていた。彼女の前では、屈強で強い男達でさえ、ただの無能な子供に成り下がるのだ。ラシェルは、自分が強者である事を存分に堪能して優越感に浸っていた。

「ああん、良いわ、良いわ。もっと痺れるような叫び声をあげて。この程度の苦痛、あなた達ならどうという事ないでしょう? この程度の苦痛でスペルも唱えられない程度のレベルなら、残念だけど私との結婚は無しね。もっと苦痛を強くしちゃうんだから♡」

 ラシェルの目に冷酷な眼差しが宿る。目の前にいる男達を無能と見なして、一気に息の根を止めるつもりのようだ。強いと思って期待していた男達が、自分よりも圧倒的に下のレベルだったのだ。彼女の玩具になる以外に使い道はない。

「うふふ、叫び声を聞くのにも飽きちゃった。次はこれなんてどうかな? 『拷問(トーチャー) 反撃するスペルさえももはや唱える事は許されない。我が楔(くさび)を顎(あご)に抱いて、恐怖と苦痛を存分に堪能しなさい。“異端者のフォーク”』」

 ラシェル姫がそうスペルを唱えると、一気に空気が静まり返る。苦痛で叫び声をあげていたはずの男達が、急に静かになり、叫び声はおろか喋る声さえも発する事は無くなっていた。一見男達が死んだかに思えたが、彼は苦痛に耐えて苦しんでいた。

「あははははははは、見事に静かになったわね。喉の限りに叫んでいたかと思ったら、一気に静寂を作れるなんて凄いじゃない。良く対応できたわ。もうしばらくこの苦痛を耐えられるように、首を亀のように伸ばして耐えていなさい。いつまで耐えられるか楽しみだわ」

 ラシェルの言葉を聞き、オレは男達の首に注目する。彼らの首には犬の首輪のような器具が取り付けられていた。その首輪にフォークのような鋭いトゲが固定されており、男達の顎(あご)を支えるような形で突き刺さっていた。

 その反対側にも鋭いフォークが設置されており、胸骨に突き刺さっていた。頭が固定されて喋ったり頭を下げるだけで激痛が襲って来る仕組みだ。男達は、頭を持ち上げて苦痛を軽減させていた。喋る事さえ禁止されて、涙を流して無言の抵抗を続ける。

「あらあら、会話が無くなっちゃったわね。折角の私とのデートなのに……。なら、嫌でも喋らせてみたいわ。次は、叫び声をあげたくなるような苦痛にしないとね。うふふ、どんな拷問(トーチャー)魔術なら声を発してくれるのかしら?」

 もはやラシェル姫の目に憐れみという言葉はない。無能者と化した男達を、どれだけ長く苦しく痛くできるかを実験しているようだった。子供というのは、本当に残酷になれるものだとオレとリゼットに戦慄さえ感じさせていた。

 リゼットはここでテレビのリモコンを操作して、ラシェルと男達の映像を止める。これ以上は危険である事を理解していた。オレも胸糞悪いシーンになる事は予想できた為、彼女の判断が正しいと感じる。

「この後は、男達は“ファラレスの雄牛”っていう拷問を受けて死んだみたい。叫び声をあげても上げなくても苦痛に悶えて死んだみたいよ……。どうする? コレがラシェルの本性なのよ。彼女は、子供の容姿をした残酷なスペルマスターなのよ?」

「怖ええ、しばらくスペルを唱えられないように縛っておくしかないのかな。下手に攻撃されても困るし……。彼女の本当の狙いは、リゼットらしいから君に危害が及ばないようにしないと。オレのリゼットが傷付いたら大変だからな」

「分かってくれて助かるわ。私もあの子を傷付けたくはないけど、アレクシスの妹である以上、野放しにはできない。かといって油断する事もできないくらい危険な存在なのよね……」

 オレとリゼットがそう言って料理を作っていると、ラシェルが目を覚まし始めた。どうやらお腹が空いて、オレ達の料理の匂いに釣られて起きたらしい。不味い、まだ何の拘束器具も取り付けられていないのだ。オレとリゼットは、彼女の前で身構えていた。

「あの……、ダメ、なんか顔が合わせ辛い……」

 ラシェルは、オレの顔を見るや、突然顔を赤くして逃げ始めた。その姿は、まさに恋する乙女の表情をしていた。拷問をして冷酷な表情を浮かべていた彼女とは似ても似つかないくらいに可愛い。リゼットもそれを感じていたようだ。

「あなた、ラシェルになんかした?」

「魅了(チャーム)の魔術を少々……。でも、ここまで効くとは……。とりあえず、彼女を追いかけますか。可愛い姿をしていたとはいえ、オレのスペルが解けたら、冷酷な拷問姫になってしまうし……」

「あなたは近付かないように。私が彼女を追いかけるわ。不意打ちで無ければ、彼女に負ける事はないから……」

 オレだけを調理場に残し、リゼットはラシェルを追いかけていった。折角のリゼットとの2人きりのデートは、ラシェルの出現によってあえなく打ち切られた。オレの脳裏には、拷問姫のラシェルではなく、可愛い恋する乙女のラシェルが思い描かれていた。