義雄は蕎麦を切り始めた。

薫子は「ティッシュだいぶ減っちゃいました」と笑う。

「植島ってなんでそんな涙腺緩いの?」藤原君が言った。

「わたしの涙腺が緩いんじゃないよ。藤原君が泣かせにくるんだよ」

別にそんなつもりないけど、と藤原君は蜜柑羊羹を口に入れた。


「はい、三百五十円な」レジカウンターで義雄が言った。「百円玉、一枚多くないすか」と藤原君は苦笑する。「蕎麦代だ、気が変わったんだよ」

はははと義雄は楽しそうに笑った。「冗談冗談。二百五十円でいいよ」

「まじで蕎麦無料すか?」

「おれの誤算で生まれた残りものだし、なによりお前さんの笑顔が蕎麦代だ」

「あざっす」藤原君は財布から小銭を出した。

「三百円ね。はい、五十円お釣り」

どうも、と藤原君はそれを受け取った。

「じゃあ、また。いつもありがとうございます、遅くまで」

「おう。またいつでもこいよ」義雄が言った。

藤原君は「はい」と頷いて戸を開けた。僕達も続いて彼を見送った。「気をつけてね」と雅美が手を振る。