気まずい朝食を終え、せめてもの恩返しにお皿を洗わせて貰った後。私は深々とかのん君に頭を下げた。
「お世話になりました。このお礼はいずれ……」
「ええ? 帰っちゃうの?」
「あ、まあ着替えたいですし」
お風呂にも入りたい。髪の毛も酒臭い気がするし。そうすると突然かのん君は私に抱きついてきた。ちょっとだけ私の方が背が高いので私が抱きしめるような形になってしまったけど。
「着替えならうちにもあるし。お風呂も使ってよ」
「いや、すっぴんだしね……」
「俺がメイクする!」
もぞもぞ嫌々をするかのん君。あざとい……けどかわいいのがちょっと小憎たらしい。
「かのん……君。あの、一応大人として私、もう自分が情けなくって仕方ないのね。だから今日は帰らせて」
「でも今日休みなんでしょう?」
そう、今日はお休み。本来は誕生日は彼氏と一緒に過ごす為にわざわざ有給を取ったのだ。だけど、今日は家で泣きたい。失恋と今朝のハプニングを含めて泣きたい。
「だけど……」
「わかった。一旦家帰って、身支度したら駅ビルで待ち合わせしよ?」
「……それなら」
かのん君の上目遣いのパワーに結局負けた私はつい妥協をしてしまった。本当は一人が寂しいだけだったのかもしれない。
「よっし。俺と誕生日会しようね」
「わかりました」
そうしてようやく、私はかのん君の家から脱出する事ができた。エレベーターを降りてGPSで調べると、私の自宅から五百メートル位の位置だった。
「はぁ……こんな近距離にたどり着かなかったなんて」
再び自分にあきれかえりながら、眩しい朝日を浴びていそいそと自宅へと戻った。
「まっ……たく!!」
自宅に帰るなり、鞄を放り投げて服を脱ぎ捨てて風呂場に直行する。シャワーを全快にして身体を温めると、ようやく少し落ち着きを取り戻した。
髪を乾かして、さて着替えようとした所で手が止まった。
「何着よう……」
私はあんまりセンスに自信が無い。さっきはかのん君はラフなジャージ姿だったけれど、きっとオシャレなんだろうな……。
「これ、とか?」
ピンクの小花柄のワンピースに白い丸首のカーディガンを合わせた。急いでメイクもやっちゃおう。
「髪も巻くか」
大急ぎで洗面台に向かい、髪を緩く巻く。このコテも、元彼と付き合う様になってから買ったんだよねぇ……。元彼がそういうの好きだったから。おかげで巻きの技術だけは向上した。
「……行くか」
玄関の全身鏡の前で気合いを入れると、私は駅へと向かった。
「どこだろう?」
私が駅前でうろうろしていると、スマホが鳴った。慌てて画面をみるとかのん君からの着信だった。……いつの間に。
「もしもし?」
「あ、真希ちゃん? 北口の方にいるよ、来て来て」
「あの連絡先交換しましたっけ?」
「昨日した。勝手に」
えええ……リア充モンスター怖いよう。道理ですんなり帰してくれた訳だわ。かのん君の指示どおりに北口に向かうと、かのん君が居た。一発で分かった。黄色のシャツに白いパーカーを羽織ってチェックのテーパードパンツを履いて足下はベージュのヒールサンダル。
やっぱ独特だなぁ……似合ってるけど。
「ごめんなさい、お待たせしました」
「ううん、ちゃんと時間決めてなかったし」
「そういえばそうですね」
大急ぎで準備だけして駅にやって来たけど、よく考えれば決めてなかったわ。
「それ」
「ん?」
「なんとかなんない? 敬語。真希ちゃんの方が年上なのに俺がタメ語っておかしいじゃん」
「ああ、そうですね……そうだね、これでいい?」
「うん」
かのん君は私の答えに満足そうに頷くと、商店街の方向に向かって私を手招いた。
「前から気になって居たお店があるんだよねー」
そう言ってかのん君が連れてきてくれたのは路地を抜けたビルの二階にあったカフェだった。こんな所にお店があったんだ。
「うわぁ……かわいい」
「でしょでしょー!?」
殺風景なビルの中とは思えない可愛らしい内装にびっくりしながら私は席についた。
「ねぇ、何食べる? ここご飯も美味しいし……」
「じゃあ私、オムライス」
「俺はアボカドタコライスにしようかな。あーでもパフェも食べたいー」
「どっちも頼めば?」
「だって太っちゃうもん。聞いて? このシャツレディースなんだよ?」
かのん君は著ていたシャツをつまむと不満そうに口を尖らせた。本当だ。良く見たらあわせが違う。
「十分痩せてるじゃん、これくらいで太んないよ」
ああ、でも食べたい……と頭を抱えるかのん君は小動物みたいだ。ぽやんとそれを見ているうちに、店員さんが注文を取りに来てしまった。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「あ、じゃあオムライスとタコライスといちごパフェで」
「えー、真希ちゃん。俺食べるって言ってないよ」
「半分こしよう。それならいいでしょ」
そう言った途端に、かのん君の顔がぱぁっと輝いた。
「いいの……?」
「あれ、分けるのとかダメな人だったかな?」
そう言うと、かのん君はそっと胸の前に手を合わせて小さな声でつぶやいた。
「ううん……真希ちゃん大好き……」
なんだこのカワイイ生き物。天使か。はぁぁ……今朝のあれは本当の事だったのだろうか。今更ながらそんな気がしてくる。そもそも、私が酔ってお嫁さんになりたいと口走ったとしても、なんでこんなにカワイイかのん君がそれをあっさり了承しているのか。悶々としているうちにテーブルにオムライスとタコライスが運ばれてきた。
「うわぁー、かわいい!」
かのん君が甲高い歓声をあげる。私のオムライスはケチャップでライオンの顔と肉球が描いてあり、かのん君のアボカドタコライスは上の温泉たまごにスマイルマークが描いてあった。
「ほんとだ。凝ってるね。それじゃ、いただきま……」
「ちょっとまって!」
とろとろ卵の美味しそうなオムライスに早速スプーンを入れようとすると、かのん君から制止の声がかかった。
「え、なに」
「SNSにアップするから!」
かのん君はスマホを構えるとテーブルをバシャバシャ撮影しだした。それからスプーンを加えて自撮りをしてようやく撮影会は終了した。
「どう? 盛れてる?」
目の前にかざされたスマホにはアプリで更に加工された、かのん君とご飯が映っていた。
「加工しすぎじゃない?」
「えー? そうかなー? まあいいや」
そうして、やっと私達は食事をはじめた。うん、おいしい。それにしてもこの店、内装も可愛くて自分が居て良いのかちょっと不安になる位だ。かのん君は男なのに平気な顔して座っているけど。むしろ店内の誰よりもこのお店に似合ってますけど。
そう思って周りを見渡すと、他のテーブルからチラチラを視線が飛んでくるのを感じた。ああ、みんなかのん君を見てるんだ。
「真希ちゃん、やばい!」
ぼんやりとしているうちにテーブルにいちごパフェが運ばれてきたようだ。うわー。まるでお姫様のオモチャ箱みたいな愛らしいパフェが目の前に鎮座している。
さっきの事から学習して、かのん君の撮影会が終了するのを待ってから、早速食べる事にした。
「どっから食べよう……あ、真希ちゃんはコレ。あーんして?」
かのん君はパフェのてっぺんに乗ったチェリーをつまんで私に差し出した。
「え?」
「真希ちゃんの大好きなチェリーだよ? 要らないの?」
「なんで知ってるの」
そこまで言って、どうせ酔っ払った時に口走った情報だと気づいて私は頬を赤くした。
「ほら、あーん」
なんだか周りの視線がギュッと音を立てて突き刺さってくる気がする。でも、かのん君は私が口を開くまで許してくれそうにない。私は観念して口を開いた。ひんやりして、ちょっと柔らかくて真っ赤なチェリーが口に入る。私は俯いてそれを咀嚼して飲み込んだ。
それから、くまさんのクッキーや色とりどりのマシュマロをスプーンで突きながら夢の国のパフェを平らげたのだった。
「お世話になりました。このお礼はいずれ……」
「ええ? 帰っちゃうの?」
「あ、まあ着替えたいですし」
お風呂にも入りたい。髪の毛も酒臭い気がするし。そうすると突然かのん君は私に抱きついてきた。ちょっとだけ私の方が背が高いので私が抱きしめるような形になってしまったけど。
「着替えならうちにもあるし。お風呂も使ってよ」
「いや、すっぴんだしね……」
「俺がメイクする!」
もぞもぞ嫌々をするかのん君。あざとい……けどかわいいのがちょっと小憎たらしい。
「かのん……君。あの、一応大人として私、もう自分が情けなくって仕方ないのね。だから今日は帰らせて」
「でも今日休みなんでしょう?」
そう、今日はお休み。本来は誕生日は彼氏と一緒に過ごす為にわざわざ有給を取ったのだ。だけど、今日は家で泣きたい。失恋と今朝のハプニングを含めて泣きたい。
「だけど……」
「わかった。一旦家帰って、身支度したら駅ビルで待ち合わせしよ?」
「……それなら」
かのん君の上目遣いのパワーに結局負けた私はつい妥協をしてしまった。本当は一人が寂しいだけだったのかもしれない。
「よっし。俺と誕生日会しようね」
「わかりました」
そうしてようやく、私はかのん君の家から脱出する事ができた。エレベーターを降りてGPSで調べると、私の自宅から五百メートル位の位置だった。
「はぁ……こんな近距離にたどり着かなかったなんて」
再び自分にあきれかえりながら、眩しい朝日を浴びていそいそと自宅へと戻った。
「まっ……たく!!」
自宅に帰るなり、鞄を放り投げて服を脱ぎ捨てて風呂場に直行する。シャワーを全快にして身体を温めると、ようやく少し落ち着きを取り戻した。
髪を乾かして、さて着替えようとした所で手が止まった。
「何着よう……」
私はあんまりセンスに自信が無い。さっきはかのん君はラフなジャージ姿だったけれど、きっとオシャレなんだろうな……。
「これ、とか?」
ピンクの小花柄のワンピースに白い丸首のカーディガンを合わせた。急いでメイクもやっちゃおう。
「髪も巻くか」
大急ぎで洗面台に向かい、髪を緩く巻く。このコテも、元彼と付き合う様になってから買ったんだよねぇ……。元彼がそういうの好きだったから。おかげで巻きの技術だけは向上した。
「……行くか」
玄関の全身鏡の前で気合いを入れると、私は駅へと向かった。
「どこだろう?」
私が駅前でうろうろしていると、スマホが鳴った。慌てて画面をみるとかのん君からの着信だった。……いつの間に。
「もしもし?」
「あ、真希ちゃん? 北口の方にいるよ、来て来て」
「あの連絡先交換しましたっけ?」
「昨日した。勝手に」
えええ……リア充モンスター怖いよう。道理ですんなり帰してくれた訳だわ。かのん君の指示どおりに北口に向かうと、かのん君が居た。一発で分かった。黄色のシャツに白いパーカーを羽織ってチェックのテーパードパンツを履いて足下はベージュのヒールサンダル。
やっぱ独特だなぁ……似合ってるけど。
「ごめんなさい、お待たせしました」
「ううん、ちゃんと時間決めてなかったし」
「そういえばそうですね」
大急ぎで準備だけして駅にやって来たけど、よく考えれば決めてなかったわ。
「それ」
「ん?」
「なんとかなんない? 敬語。真希ちゃんの方が年上なのに俺がタメ語っておかしいじゃん」
「ああ、そうですね……そうだね、これでいい?」
「うん」
かのん君は私の答えに満足そうに頷くと、商店街の方向に向かって私を手招いた。
「前から気になって居たお店があるんだよねー」
そう言ってかのん君が連れてきてくれたのは路地を抜けたビルの二階にあったカフェだった。こんな所にお店があったんだ。
「うわぁ……かわいい」
「でしょでしょー!?」
殺風景なビルの中とは思えない可愛らしい内装にびっくりしながら私は席についた。
「ねぇ、何食べる? ここご飯も美味しいし……」
「じゃあ私、オムライス」
「俺はアボカドタコライスにしようかな。あーでもパフェも食べたいー」
「どっちも頼めば?」
「だって太っちゃうもん。聞いて? このシャツレディースなんだよ?」
かのん君は著ていたシャツをつまむと不満そうに口を尖らせた。本当だ。良く見たらあわせが違う。
「十分痩せてるじゃん、これくらいで太んないよ」
ああ、でも食べたい……と頭を抱えるかのん君は小動物みたいだ。ぽやんとそれを見ているうちに、店員さんが注文を取りに来てしまった。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「あ、じゃあオムライスとタコライスといちごパフェで」
「えー、真希ちゃん。俺食べるって言ってないよ」
「半分こしよう。それならいいでしょ」
そう言った途端に、かのん君の顔がぱぁっと輝いた。
「いいの……?」
「あれ、分けるのとかダメな人だったかな?」
そう言うと、かのん君はそっと胸の前に手を合わせて小さな声でつぶやいた。
「ううん……真希ちゃん大好き……」
なんだこのカワイイ生き物。天使か。はぁぁ……今朝のあれは本当の事だったのだろうか。今更ながらそんな気がしてくる。そもそも、私が酔ってお嫁さんになりたいと口走ったとしても、なんでこんなにカワイイかのん君がそれをあっさり了承しているのか。悶々としているうちにテーブルにオムライスとタコライスが運ばれてきた。
「うわぁー、かわいい!」
かのん君が甲高い歓声をあげる。私のオムライスはケチャップでライオンの顔と肉球が描いてあり、かのん君のアボカドタコライスは上の温泉たまごにスマイルマークが描いてあった。
「ほんとだ。凝ってるね。それじゃ、いただきま……」
「ちょっとまって!」
とろとろ卵の美味しそうなオムライスに早速スプーンを入れようとすると、かのん君から制止の声がかかった。
「え、なに」
「SNSにアップするから!」
かのん君はスマホを構えるとテーブルをバシャバシャ撮影しだした。それからスプーンを加えて自撮りをしてようやく撮影会は終了した。
「どう? 盛れてる?」
目の前にかざされたスマホにはアプリで更に加工された、かのん君とご飯が映っていた。
「加工しすぎじゃない?」
「えー? そうかなー? まあいいや」
そうして、やっと私達は食事をはじめた。うん、おいしい。それにしてもこの店、内装も可愛くて自分が居て良いのかちょっと不安になる位だ。かのん君は男なのに平気な顔して座っているけど。むしろ店内の誰よりもこのお店に似合ってますけど。
そう思って周りを見渡すと、他のテーブルからチラチラを視線が飛んでくるのを感じた。ああ、みんなかのん君を見てるんだ。
「真希ちゃん、やばい!」
ぼんやりとしているうちにテーブルにいちごパフェが運ばれてきたようだ。うわー。まるでお姫様のオモチャ箱みたいな愛らしいパフェが目の前に鎮座している。
さっきの事から学習して、かのん君の撮影会が終了するのを待ってから、早速食べる事にした。
「どっから食べよう……あ、真希ちゃんはコレ。あーんして?」
かのん君はパフェのてっぺんに乗ったチェリーをつまんで私に差し出した。
「え?」
「真希ちゃんの大好きなチェリーだよ? 要らないの?」
「なんで知ってるの」
そこまで言って、どうせ酔っ払った時に口走った情報だと気づいて私は頬を赤くした。
「ほら、あーん」
なんだか周りの視線がギュッと音を立てて突き刺さってくる気がする。でも、かのん君は私が口を開くまで許してくれそうにない。私は観念して口を開いた。ひんやりして、ちょっと柔らかくて真っ赤なチェリーが口に入る。私は俯いてそれを咀嚼して飲み込んだ。
それから、くまさんのクッキーや色とりどりのマシュマロをスプーンで突きながら夢の国のパフェを平らげたのだった。