半ば諦めながらも、ケンは自分の知っている日本語でなんとか伝えよと試みた。
「古いコメディね。面白い。ナンセンス」
「へぇ、戦争映画なのにコメディなんだね。面白い」
戦争映画といえば、派手なアクションかシリアスで暗いドラマかといった印象しか持ち合わせていない舞子は意外そうだった。
「そう。でもほんとの戦争も、時にはコメディ。バカ騒ぎやってます」
「え、そうなの?楽しそうだね」
無邪気な舞子の言葉に、ゆっくりと首を振ったケンは、努めて穏やかに言った。
「楽しくないよ。でも、戦争は普通じゃない。普通じゃないから、わたしも普通じゃなくなる。バランスね・・・分かる?」
ケンは、伝えたいことを上手く日本語にできない自分がもどかしくて仕方なかった。
ケンの真意を測りかねている舞子をみて、悦子が口を挟んだ。
「きっと、騒いで息抜きしながらバランスを取ってるのね。命がけの修羅場でまともな精神状態を保つためにはガス抜きが必要なんでしょう」
「イエス!」
ケンは、代弁してくれた悦子に向って大きく頷いた。
なんと、悦子はちゃんと理解しているようだ!ケンは悦子の洞察力に感心せずにはいられなかった。
「そのスーサイド何とかって曲が『マッシュ』って戦争映画の曲なの?」
「そう。映画はバカバカしい。コメディ。でもちょっとリアルもあるね。アーミーの映画だけどマリーンでも人気。みんな好きだった。『スーサイド・イズ・ペインレス』はいい曲」
ケンは曲を口ずさみ始めた。
コメディ映画の主題曲とは思えない切なげなメロディに、舞子はコーヒーを淹れるのも忘れて聞き入った。
「へぇ、いい曲じゃん」
「そう、チームのみんなも好きだった。みんな一緒に歌った」
実際に、フォース・リーコンの仲間たちと酒を飲みながらよく歌ったもんだ。無骨な野郎どもによるハーモニー皆無の合唱だったが、みんなで一緒に歌うのが気持ちよかった。ケン達のチームが歌っていると、やがて周りで飲んでいた他の連中も徐々に加わって、最後は酒場全体を包む大合唱になることもしょっちゅうだった。
「生きるべきか死ぬべきかをなぜ問うのか。するもしないも俺の心次第。あんたも好きにするがいい」という歌詞が、戦場に生きる兵士たちの心に不思議とフィットして、海兵隊員の間でも長く歌い継がれていた。
ケンも舞子も、悦子もそれぞれが幸福を感じていた。三者に共通しているのは、この素敵なひと時が心地よくて、できればずっとこうしていたいという思い。そして、そんな思いとは裏腹に、やがて必ずや失われ二度と戻らない時間でもあるという、暗く確かな予感だった。
悦子は思った。だったら可能な限り、一分一秒でも長く、こうしてコーヒーを楽しみながら他愛ないおしゃべりを続けよう。自分はともかくとして、ケンと舞子のためにも、少しでも長く。
「ケンさん、今日のコーヒーは美味しいですか?」
「はい、おいしいですよ」
「そ、良かった。うちのコーヒー豆ってね、ちょっと他所と違うのよ」
悦子の言葉を、舞子が継いだ。
「フェアトレードって知ってる?」
「あー、分からないね」
「わたしもね、母さんに教えてもらって知ったんだけどね」
「そう。コーヒー豆って結構お値段するんだけど、実際、現地の生産者にはほとんど利益が還元されてないの」
「古いコメディね。面白い。ナンセンス」
「へぇ、戦争映画なのにコメディなんだね。面白い」
戦争映画といえば、派手なアクションかシリアスで暗いドラマかといった印象しか持ち合わせていない舞子は意外そうだった。
「そう。でもほんとの戦争も、時にはコメディ。バカ騒ぎやってます」
「え、そうなの?楽しそうだね」
無邪気な舞子の言葉に、ゆっくりと首を振ったケンは、努めて穏やかに言った。
「楽しくないよ。でも、戦争は普通じゃない。普通じゃないから、わたしも普通じゃなくなる。バランスね・・・分かる?」
ケンは、伝えたいことを上手く日本語にできない自分がもどかしくて仕方なかった。
ケンの真意を測りかねている舞子をみて、悦子が口を挟んだ。
「きっと、騒いで息抜きしながらバランスを取ってるのね。命がけの修羅場でまともな精神状態を保つためにはガス抜きが必要なんでしょう」
「イエス!」
ケンは、代弁してくれた悦子に向って大きく頷いた。
なんと、悦子はちゃんと理解しているようだ!ケンは悦子の洞察力に感心せずにはいられなかった。
「そのスーサイド何とかって曲が『マッシュ』って戦争映画の曲なの?」
「そう。映画はバカバカしい。コメディ。でもちょっとリアルもあるね。アーミーの映画だけどマリーンでも人気。みんな好きだった。『スーサイド・イズ・ペインレス』はいい曲」
ケンは曲を口ずさみ始めた。
コメディ映画の主題曲とは思えない切なげなメロディに、舞子はコーヒーを淹れるのも忘れて聞き入った。
「へぇ、いい曲じゃん」
「そう、チームのみんなも好きだった。みんな一緒に歌った」
実際に、フォース・リーコンの仲間たちと酒を飲みながらよく歌ったもんだ。無骨な野郎どもによるハーモニー皆無の合唱だったが、みんなで一緒に歌うのが気持ちよかった。ケン達のチームが歌っていると、やがて周りで飲んでいた他の連中も徐々に加わって、最後は酒場全体を包む大合唱になることもしょっちゅうだった。
「生きるべきか死ぬべきかをなぜ問うのか。するもしないも俺の心次第。あんたも好きにするがいい」という歌詞が、戦場に生きる兵士たちの心に不思議とフィットして、海兵隊員の間でも長く歌い継がれていた。
ケンも舞子も、悦子もそれぞれが幸福を感じていた。三者に共通しているのは、この素敵なひと時が心地よくて、できればずっとこうしていたいという思い。そして、そんな思いとは裏腹に、やがて必ずや失われ二度と戻らない時間でもあるという、暗く確かな予感だった。
悦子は思った。だったら可能な限り、一分一秒でも長く、こうしてコーヒーを楽しみながら他愛ないおしゃべりを続けよう。自分はともかくとして、ケンと舞子のためにも、少しでも長く。
「ケンさん、今日のコーヒーは美味しいですか?」
「はい、おいしいですよ」
「そ、良かった。うちのコーヒー豆ってね、ちょっと他所と違うのよ」
悦子の言葉を、舞子が継いだ。
「フェアトレードって知ってる?」
「あー、分からないね」
「わたしもね、母さんに教えてもらって知ったんだけどね」
「そう。コーヒー豆って結構お値段するんだけど、実際、現地の生産者にはほとんど利益が還元されてないの」