花山一家。その名前を聞いて、妹尾は自分がここに呼ばれた理由を察した。
意外な展開に心がざわつくのを抑えつつ、顔色一つ変えずにぬるいお茶を口に運ぶ。
「あのアメ公、ヘロインを花山一家のシマでさばこうとしたらしいんだ。しかもうちの名前使ってな」
今や憤りに加え、不安も入り混じった口調だった。
「花山の親分に詳しく事情を話したよ。持ち逃げした奴が勝手にやったことなんで勘弁してくれって。まぁ何とか誤解は解いたけどもさ・・・」
「そのアメリカ人は今、花山一家の元に?」
自分がここに呼ばれているのだから、そんなはずも無かろうと知りつつ、妹尾は聞いた。
「いや、逃げた。ブツを持ったままな」
一呼吸おいて、唐島は続けた。
「ま、あちらさんが言うには、だけどな」
やはりか。だが、思っていたより手掛かりを入手するのはたやすいかも知れない。
「でよぉ、花山の親分もまぁ、今回の件は不問に付すけど、勝手なことしたアメ公にはケジメをつけさせるのが筋だろうっていってな」
「で、自分が呼ばれたというわけですね」
「そういうこと。聞けばあんた、花山一家と親しいっていうじゃないか」
その通りだった。
関東北部を根城とする花山一家は、日本最大級の指定暴力団の下部団体だ。組の歴史はまだ浅く、現在の組長、花山譲二が初代である。
何度か花山一家の仕事を請け負ったことのある妹尾は、花山が情勢を読むのに長けた知略家であることを知っていた。押すべき時には大胆に押し、引くべき時は潔く引く。その的確な状況判断能力は称賛に値する。それゆえ歴史が浅い組でありながら、上部組織からの信頼も厚く、関東北部を足掛かりとして着実に縄張りを拡張している新興勢力である。
そして花山組長の右腕として、現場で陣頭指揮を執る若頭の鳴海は、妹尾がこの世界に足を踏み入れる切っ掛けとなった男だった。
今回の件に関しては、鳴海からも詳しく話を聞けるだろう。
妹尾にとっては上々の滑り出しだ。
「で、奴さんを殺ったらね、証拠として死体を写真に撮ってきて欲しいのよ。分かる?それを見せれば、花山の親分さんも納得してくれるだろうよ」
「あとは、持ち逃げしたヘロインの回収ですか」
冷めたお茶を一気に飲み干すと、唐島は諦め気味に答えた。
「いや、それは無理だろ。あいつはもう持っちゃいないさ」
「と、言いますと?」
「花山んところにあるんだろうよ、どうせ。この件に対するあちらさんの物分かりの良さからするとな」
こう見えて唐島と言う男は、思ったより状況に対する洞察力はあるようだ。妹尾は密かに感心した。
「もちろん、うちのブツお持ちでしょ?返して下さい、なんて言えるわけないけどな・・・高くついたよなぁ、おい。ヘロイン失くして面倒抱え込んでさ」
唐島は独り言のように続けた。
確かに唐島の言う通りだ。件のアメリカ人を始末したところで、ヘロインは消えたまま帰ってこない。唐島が得るものは何もないのだ。花山からの圧力がなければ、わざわざ自分を雇うこともしなかったはずだ。7千万円相当のヘロインを失い損害を被った上、さらに余計な出費がかさむのは是が非でも避けたいのは当然だ。
そんな妹尾の考えを読み取ったかのように、唐島は言った。
「あんたへの報酬もあるしな」
言葉に被さるように、低空を飛行する米軍機のエンジン音が響いてきた。窓際の小さな骨董品が細かく震えた。
意外な展開に心がざわつくのを抑えつつ、顔色一つ変えずにぬるいお茶を口に運ぶ。
「あのアメ公、ヘロインを花山一家のシマでさばこうとしたらしいんだ。しかもうちの名前使ってな」
今や憤りに加え、不安も入り混じった口調だった。
「花山の親分に詳しく事情を話したよ。持ち逃げした奴が勝手にやったことなんで勘弁してくれって。まぁ何とか誤解は解いたけどもさ・・・」
「そのアメリカ人は今、花山一家の元に?」
自分がここに呼ばれているのだから、そんなはずも無かろうと知りつつ、妹尾は聞いた。
「いや、逃げた。ブツを持ったままな」
一呼吸おいて、唐島は続けた。
「ま、あちらさんが言うには、だけどな」
やはりか。だが、思っていたより手掛かりを入手するのはたやすいかも知れない。
「でよぉ、花山の親分もまぁ、今回の件は不問に付すけど、勝手なことしたアメ公にはケジメをつけさせるのが筋だろうっていってな」
「で、自分が呼ばれたというわけですね」
「そういうこと。聞けばあんた、花山一家と親しいっていうじゃないか」
その通りだった。
関東北部を根城とする花山一家は、日本最大級の指定暴力団の下部団体だ。組の歴史はまだ浅く、現在の組長、花山譲二が初代である。
何度か花山一家の仕事を請け負ったことのある妹尾は、花山が情勢を読むのに長けた知略家であることを知っていた。押すべき時には大胆に押し、引くべき時は潔く引く。その的確な状況判断能力は称賛に値する。それゆえ歴史が浅い組でありながら、上部組織からの信頼も厚く、関東北部を足掛かりとして着実に縄張りを拡張している新興勢力である。
そして花山組長の右腕として、現場で陣頭指揮を執る若頭の鳴海は、妹尾がこの世界に足を踏み入れる切っ掛けとなった男だった。
今回の件に関しては、鳴海からも詳しく話を聞けるだろう。
妹尾にとっては上々の滑り出しだ。
「で、奴さんを殺ったらね、証拠として死体を写真に撮ってきて欲しいのよ。分かる?それを見せれば、花山の親分さんも納得してくれるだろうよ」
「あとは、持ち逃げしたヘロインの回収ですか」
冷めたお茶を一気に飲み干すと、唐島は諦め気味に答えた。
「いや、それは無理だろ。あいつはもう持っちゃいないさ」
「と、言いますと?」
「花山んところにあるんだろうよ、どうせ。この件に対するあちらさんの物分かりの良さからするとな」
こう見えて唐島と言う男は、思ったより状況に対する洞察力はあるようだ。妹尾は密かに感心した。
「もちろん、うちのブツお持ちでしょ?返して下さい、なんて言えるわけないけどな・・・高くついたよなぁ、おい。ヘロイン失くして面倒抱え込んでさ」
唐島は独り言のように続けた。
確かに唐島の言う通りだ。件のアメリカ人を始末したところで、ヘロインは消えたまま帰ってこない。唐島が得るものは何もないのだ。花山からの圧力がなければ、わざわざ自分を雇うこともしなかったはずだ。7千万円相当のヘロインを失い損害を被った上、さらに余計な出費がかさむのは是が非でも避けたいのは当然だ。
そんな妹尾の考えを読み取ったかのように、唐島は言った。
「あんたへの報酬もあるしな」
言葉に被さるように、低空を飛行する米軍機のエンジン音が響いてきた。窓際の小さな骨董品が細かく震えた。