そんな心配をしつつ、ケンは魅入られるように狼を凝視していた。スコープの十字線越しに、狼の方もケンをじっと見つめ返している。
一瞬、時が止まったかのような錯覚を覚えた。
発砲音がした次の瞬間、狼は吹き消された火のようにスコープの円の中から姿を消した。
それを見たケンは、危険を察知して逃げたのだろうと思い、ほっと胸を撫でおろした。
だがしばらくすると、再びあの狼が舞い戻ってきて、標的の付近をうろうろと歩き出した。
心配になったケンは、同じく地面に伏せてライフルを構える隣の隊員に向かって言った。
「おい、俺のターゲットの近くに狼がいるのが見えるだろ」
「あん?なんだって?」
「狼だよ。撃たれないか心配で見ちゃいられないから、ちょっと待ってやってくれないか」
「そんなこと言って、さぼってたらお前、軍曹にどやしつけられちまうぜ」
「それもそうだけど・・・」
「っていうよりケンよ、狼なんざ、どこにもいやしないぜ」
「え?」
ケンは再びターゲットに向き直ってスコープを覗いたが、確かに狼などどこにもいなかった。
あれが錯覚だったとは到底思えない。どこかに立ち去ったに違いない。
「だいたい、こんな砂漠に狼なんかいないだろうよ。喰うもんだって無いんだから」
そう言われると急に不安になってくる。確かに、広大な砂漠のどこを見渡しても狼らしき影も形もないし、そもそもこんな過酷な環境に哺乳類がいるとも思えない。
とすると、あの狼は幻だったのだろうか。
いくら考えてみても、もはや確かなことは分からない。だが自分の中では、あの狼は確かにそこに存在したのだ。
誰にも見えない、誰も知らない狼。いつかどこかで、また会えるだろうか。

「幻の狼かぁ・・・ケンさんの記憶に負けないくらい立派に仕上げなくちゃね」
独り言をつぶやきながら、舞子は考えていた。
この話をしてくれた時のケンと、数年後に再会した今のケン。同じケン・オルブライトでありながら、両者の間には踏み越えられないほど深い断絶めいたものを感じる。
だとしたら、この数年間に一体ケンの身に何が起こったのだろう。
それは舞子の知る由もないことである。ただ、断絶の原因である領域に無遠慮に踏み込んで、詮索するようなまねはすべきじゃない・・・絶対に。それだけは、今のケンから痛いほど感じるのだった。
心の内を覗いてみてもどこにも影などない、希望に満ちた若き海兵隊員のケン。
そんな、かつてのケンにもう一度会いたいという舞子の密かな願望が、このステンドグラス制作に込められているのかもしれない。
これが完成すれば、あの頃のケンが帰ってきてくれるかも。
そして、もしかしたらあの頃の自分も。

ふと時計に目をやると、まもなく五時になろうとしていた。造船所までケンを迎えに行く時間だ。
ステンドグラスを布で覆うと、動かないように四隅に重しを置いた。さらに布の上にセロテープで紙を貼り付けた。その紙にはマジックによる手書きでやや乱暴に「ぜったいさわるな! 危険!」と書かれていた。