妹尾は、日頃より依頼者に対し、あまり立ち入り過ぎないよう心がけている。殺しを依頼してくるような人間が、あれこれ詮索されるのを好ましく思うはずがない。だから質問も必要最小限に留める。要点だけを極力シンプルに伝え、的確な答えを得られるよう努めている。
今回に関しては、ターゲットの経歴や容姿など欲しい情報が早速手に入った。この写真だけでも大した収穫だ。後は確認も含めて二、三質問するだけでいいだろう。唐島がこの男を殺したい理由は特に知る必要はない。むしろ知らない方が、ことはスムースに運ぶのを経験上知っている。
だが妹尾のプロとしての気遣いは不要だった。質問を待たずに、唐島は勝手に話を続けた。
「名前はケン・オルブライト。とんでもない奴でね。元々うちで用心棒をやってたんだけどな」
身内のトラブルか。
「クラブかどこかでうちの若いのと揉めてさ。うちのが殴られてケガさせられたのが始まりだったな」
徐々にリラックスしてきたのか、先程よりいくらか穏やかな口調で、唐島は続けた。
「でな、そこの基地で兵隊やってたらしいんだけど、今は辞めて仕事探してるって言うから雇ったんだよ。腕っぷしを買ってな」
社長室のドアを軽くノックする音が聞えた。
「失礼します」
体のラインが浮かび上がるタイトな服装の女が、お茶を運んできた。
「ユミちゃん。いつもありがとう」
唐島は表情を崩して、お茶をテーブルに置く女の尻を揉んだ。
何事もなかったように一礼して退出する女は、唐島の愛人をしながらモデルかタレントになる夢でも見ているのだろうか。
「で、どこまで話したっけ」
「このアメリカ人が、こちらで用心棒をしていたと」
饒舌な唐島とは対照的に、ほとんど感情を込めずに最小限の言葉を返す妹尾。それは事務的とさえ言える口調だが、相手に警戒心を抱かせもしない、丁度いい具合のトーンだ。これも経験に基づいた妹尾のテクニックだった。
「そうそう。で、こいつがな、うちの大切な商売道具を持って、いきなりドロンよ」
「ドロン・・・ですか」
「ヘロインだよ。五百グラム。末端価格で七千万。分かる?」
唐島は、挑むように妹尾の目をのぞき込んだ。その表情は、先ほど愛人の尻を撫でまわしていた好色漢のそれとは別人のように険しく、顔色は怒りで赤黒く変色していた。
事情は呑み込めた。どこから手をつけるべきか。
妹尾は素早く頭を回転させた。
これまでの経験からして、ターゲットの所在を特定するのに時間がかかりそうだが、それさえ分れば他は問題ないだろう。例え相手が元海兵隊員であろうとも。
そこで初めて、妹尾の方から口を開いた。
「持ち逃げしたのはいつでしょう?」
数日前か、数週間前か、あるいは数か月前か。逃亡から時間が経っている程、当然足取りを掴むのに手間がかかる。
「十日くらい前だな」
苦々しい表情で唐島は続けた。
「初めはこっちで解決しようとしたんだよ、身内の恥だしさ。それがそうも行かなくなっちまってよぉ。うちだけの話じゃなくなってな」
「と、言いますと」
「関東の花山一家から連絡があったんだよ。うちのシマで勝手なことしてくれんなって」