妹尾は絶望的な気分に襲われた。
だが妹尾の強靭な精神力が、ゆっくりと悲嘆に暮れることを許さなかった。早くも回復に向けて動き始めるや、次にとるべき行動と、そのための準備を妹尾に促してきた。
あの暗い、川沿いの歩道に人影はなかった。
今頃は射殺体が発見されて現場は大騒ぎだろうが、目撃者はいないはずだ。
ならば、なおのこと当初の予定通りに行動すべきである。
明日の朝、早くにここを立ち天ヶ浜に向かう。
そしてケン・オルブライトを殺す。
その死体を写真に撮って、沖縄の唐島興行に持ち帰る。
だが、この部屋にはもう戻って来られないだろう。
そう考えた妹尾は、必要なものをかき集めて、荷造りを始めようとしたがすぐにやめた。余計な武器や弾薬など、持ち歩いたところでどうしようもない。足がつく可能性のあるものは処分して、その他は全てここに残して行くのが一番だ。予定通り、二重底のカメラバッグに隠したP7M8一丁だけを持って長年の住処を去ることに決めた。
妹尾は、部屋にある関係資料をガスコンロで燃やしながら夜が明けるのを待った。そもそも仕事の性質上、依頼者につながるようなものは初めから存在しないか、あってもその都度処分しているので、時間はほとんどかからなかった。
ふと、殺人現場から持ち帰ったバッグのことを思い出した。二人組の片割れが落としたものだ。男にそれを伝えようと声をかけて栗岩は撃たれた。親切心が仇となって起きた悲劇。
バッグを開けた妹尾は息を飲んだ。中には札束がつまっていたからだ。数えたところ百万円の札束が四十五束あった。
四千五百万円分のキャッシュを目の前にして、妹尾は考えてみた。唐島興行から引き受けた仕事もやめて、このまま誰も知らない土地に行くというのはどうだろう?これだけの現金があれば、それも可能ではないか。
だが、妹尾の心に一瞬灯った希望の光はあっさりと消えた。トカレフを持ち歩くような連中が関係している金なのだ。危険で汚い金に違いない。それを持ち逃げして安らかな生活を送れるほど、世の中甘くない。
例えそうであっても金は金だ。いずれ役に立つ時がくるかも知れない。予想外のトラブルを背負いこんでしまった今となっては、その可能性は非常に高いと認めざるを得ない。持ってゆく荷物が一つ増えたところで問題ないだろう。
緻密を極める妹尾にしては、大胆で楽天的な判断だった。今回の掃除は、やはりこれまでと何かが違う。そんな気がしてならない。
外は薄っすらと明るくなり始めていた。そろそろ始発の電車が動き始める頃だ。
妹尾は、ガス栓を閉めて電気のブレーカーを落とした。銃火器が保管されている金庫のカギは、途中でどこかに捨てるとしよう。
バッグを担ぎ部屋を出る時に、振り返って全体を見渡した。ここともお別れだ。二度と帰って来ることはない。
これ以上、持っていくべきものは本当にないかと、最後にもう一度考えてみた。ふと金庫の奥にしまわれているレンジャー徽章のことを思い出した。掃除屋の自分が持つべきものではない。このまま置いて行こう。
そう思ってはみたものの、どうしても決心がつかない。あの日、死ぬ思いで最終想定任務をやり遂げ、基地に帰還した時のことがまざまざと蘇ってきた。妹尾を迎えてくれた栗岩の顔が脳裏をよぎる。
この期に及んでまだ過去にしがみつく往生際の悪さに、やれやれと頭を振りながら金庫を開けると、レンジャー徽章を取り出した。まじまじと眺めるようなことはせずに、現金の詰まったバッグに無造作に放り込んで、妹尾は部屋を後にした。
だが妹尾の強靭な精神力が、ゆっくりと悲嘆に暮れることを許さなかった。早くも回復に向けて動き始めるや、次にとるべき行動と、そのための準備を妹尾に促してきた。
あの暗い、川沿いの歩道に人影はなかった。
今頃は射殺体が発見されて現場は大騒ぎだろうが、目撃者はいないはずだ。
ならば、なおのこと当初の予定通りに行動すべきである。
明日の朝、早くにここを立ち天ヶ浜に向かう。
そしてケン・オルブライトを殺す。
その死体を写真に撮って、沖縄の唐島興行に持ち帰る。
だが、この部屋にはもう戻って来られないだろう。
そう考えた妹尾は、必要なものをかき集めて、荷造りを始めようとしたがすぐにやめた。余計な武器や弾薬など、持ち歩いたところでどうしようもない。足がつく可能性のあるものは処分して、その他は全てここに残して行くのが一番だ。予定通り、二重底のカメラバッグに隠したP7M8一丁だけを持って長年の住処を去ることに決めた。
妹尾は、部屋にある関係資料をガスコンロで燃やしながら夜が明けるのを待った。そもそも仕事の性質上、依頼者につながるようなものは初めから存在しないか、あってもその都度処分しているので、時間はほとんどかからなかった。
ふと、殺人現場から持ち帰ったバッグのことを思い出した。二人組の片割れが落としたものだ。男にそれを伝えようと声をかけて栗岩は撃たれた。親切心が仇となって起きた悲劇。
バッグを開けた妹尾は息を飲んだ。中には札束がつまっていたからだ。数えたところ百万円の札束が四十五束あった。
四千五百万円分のキャッシュを目の前にして、妹尾は考えてみた。唐島興行から引き受けた仕事もやめて、このまま誰も知らない土地に行くというのはどうだろう?これだけの現金があれば、それも可能ではないか。
だが、妹尾の心に一瞬灯った希望の光はあっさりと消えた。トカレフを持ち歩くような連中が関係している金なのだ。危険で汚い金に違いない。それを持ち逃げして安らかな生活を送れるほど、世の中甘くない。
例えそうであっても金は金だ。いずれ役に立つ時がくるかも知れない。予想外のトラブルを背負いこんでしまった今となっては、その可能性は非常に高いと認めざるを得ない。持ってゆく荷物が一つ増えたところで問題ないだろう。
緻密を極める妹尾にしては、大胆で楽天的な判断だった。今回の掃除は、やはりこれまでと何かが違う。そんな気がしてならない。
外は薄っすらと明るくなり始めていた。そろそろ始発の電車が動き始める頃だ。
妹尾は、ガス栓を閉めて電気のブレーカーを落とした。銃火器が保管されている金庫のカギは、途中でどこかに捨てるとしよう。
バッグを担ぎ部屋を出る時に、振り返って全体を見渡した。ここともお別れだ。二度と帰って来ることはない。
これ以上、持っていくべきものは本当にないかと、最後にもう一度考えてみた。ふと金庫の奥にしまわれているレンジャー徽章のことを思い出した。掃除屋の自分が持つべきものではない。このまま置いて行こう。
そう思ってはみたものの、どうしても決心がつかない。あの日、死ぬ思いで最終想定任務をやり遂げ、基地に帰還した時のことがまざまざと蘇ってきた。妹尾を迎えてくれた栗岩の顔が脳裏をよぎる。
この期に及んでまだ過去にしがみつく往生際の悪さに、やれやれと頭を振りながら金庫を開けると、レンジャー徽章を取り出した。まじまじと眺めるようなことはせずに、現金の詰まったバッグに無造作に放り込んで、妹尾は部屋を後にした。