小野公一は、望遠レンズ越しの光景に夢中でシャッターを切りながらも、妙な冷静さを保っていた。
一瞬のうちに三人が殺され、その一部始終を目撃してしまったにもかかわらず、それがあまりにも現実離れしていたため、逆に衝撃や恐怖といった感情が湧き起こらなかったのだ。
街灯の下で起きた殺人は、まるでスポットライトに照らし出され、暗闇に浮かび上がる舞台劇を見ているようだった。
最初の一人が撃たれて倒れるのを見た公一は、すかさず撮影を始めた。フィルムの残量を気にしながらもひたすらシャッターを切り続けた。
二人目と三人目を撃った男は、しばらくその場に突っ立っていたので顔までしっかりと撮れているはずだ。それどころか、レンズ越しに目が合った気さえして、盗撮がばれたかと肝を冷やした。
でも、こんな殺戮が身近に起こることなど本当にあり得るのだろうか。公一は、これが映画かテレビドラマの撮影なのではないかと疑い始めた。だが撮影クルーの姿はどこにもない。二人を殺してバッグを持ち去った男も戻ってこない。やっぱり本物の殺人事件が起こったのだ。
そう確信した公一は最早、川沿いの歩道に横たわる三体の射殺体を見ていなかった。代わりに、撮影した写真の取り扱いを考え始めていた。新聞社に持ち込むか、週刊誌に売り込むか・・・その前にやっぱり警察に通報すべきだよな。しかしこんな夜分に、月を撮影していたらたまたま殺人現場を撮ってしまいましたなどと説明したところで、果たして信じてもらえるだろうか。厄介ごとに巻き込まれるのはご免だ。
とにかく一刻も早く現像しなければならない。でも写真店に持ち込んだら、特ダネを横取りされてしまう恐れがある。早速、明日にでも大学の写真部の友人にお願いして、暗室を使わせてもらおう。そう考える公一の頭からは、ロシアの人工衛星のことなど、きれいさっぱり消え失せていた。

妹尾は、慎重にルートを選びながら一つ先の駅まで歩くと、そこから終電に乗って部屋に戻ってきた。
栗岩が死んだ。
通り魔に殺されたのだ。
その事実を受け止めたくない。
寝て起きたら悪い夢でした、それで終わって欲しいと必死で願った。
だが、これまで幾多の修羅場を潜り抜けてきた妹尾の冷静な判断力は、悲劇がまぎれもない現実であることを突き付けてくる。
これは最悪の出来事だが、栗岩は何万分の一の確率の不運にたまたま見舞われたのだ。
その死は決して自分のせいではない。
とは言え、自分が栗岩を誘わなければ、悲劇は起こり得なかったのも確かだ。
自分は直接、さらには間接的にさえ突然の死をもたらす存在なのか。
死神だな、まるで。
妹尾は、己を責めずにはいられなかった。
次に妹尾が考えたのは徳子のことだった。
引退したら孫の世話を何より楽しみにしていた君のお父さんは、目を撃ち抜かれて殺されてしまったよ。
栗岩は、妹尾と会うことを誰かに喋っていただろうか。
徳子が知っていたら、父の死を自分と結びつけるのは理の当然だ。
微かな希望を託した自分の未来は今夜、完全に失われた。