栗岩が倒れた音が、驚くほど大きく妹尾の耳に響いてきた。
それが合図になったかのように、妹尾の体にようやくスイッチが入った。
新井までの距離を一瞬で詰めると、次を撃たせないようにトカレフをスライドごと握り込んだ。
発砲直後の銃はまだ熱かったが一切気にしなかった。
新井の目は、この数秒間で起きた事態を把握しきれていないように、人を射殺しておきながらもどこか虚ろだった。
妹尾は握ったトカレフを全力で外側に捻り、新井の指の骨を折ると同時に強引に取り上げた。
短く鋭い悲鳴を上げる新井をしり目に、振り返った妹尾は、茫然と立ち尽くしている堀田に向けて二発撃った。
体を反転させながら、地面に倒れ込む前に堀田は絶命していた。
再び向き直った妹尾は、さらなる苦痛を与えるために新井の膝がしらを撃ち抜いた。イギリス軍と抗争を繰り広げた武装組織IRA(アイルランド共和軍)が得意とした処刑スタイルをもって最大限の苦痛を与えた。プロフェッショナルらしからぬ無意味な行動ではあるが、栗岩を殺した男には、それが一瞬であろうと気が狂うような激痛を味わわせてから殺したかった。
喉の奥から絞り出す怒号に近い悲鳴を上げた次の瞬間、眉間を撃ち抜かれて新井も死んだ。
街頭に照らされて妹尾は立ち尽くしていた。
足元には三体の射殺体が転がっている。
こんな状況にあっても、妹尾の頭脳は高速で回転し、一体何をするのがベストなのか、その答えを弾き出そうとしている。
拳銃を川に投げ捨てた妹尾は、この場をできるだけ早く立ち去ることに決めた。
ほとんど無意識に、足元に落ちているバッグを掴むと走り出した。
見通しのいい川沿いの歩道を行くのはまずい。
妹尾はすかさず路地に飛び込むと、廃墟の倉庫が立ち並ぶ暗闇に姿を消した。

アイドリング状態の車の中でタバコを吸いながら、二人の舎弟が無事に戻るのを待っていた鳴海は、パトカーのサイレンが近づいてきて胸騒ぎを覚えた。まさか桜田組に裏切られたか。
パトカーはそのまま通り過ぎ、サイレンは遠ざかっていった。
鳴海は胸を撫でおろしながら、やけに神経質になっている自分に苦笑した。だが、そんな鳴海の耳に、今度は銃声が聞こえてきた。発砲音は不規則に五回続けて鳴った。いや、アイドリング状態の車中で銃声など聞こえるものか。俺の気のせいに違いない。今夜はナーバスになり過ぎているから、ありもしない幻聴が聞えるのだ。
そう言い聞かせつつも、鳴海の本能はトラブルが発生したことはまず間違いないと告げていた。
タバコをもみ消した鳴海は、深呼吸で心を落ち着かせると、ゆっくりしたスピードで慎重に車を出した。
やがて橋に差し掛かったところで、ハザードランプをつけて再び停車させた。川の方に目をやった途端、鳴海の心拍数が急上昇した。百数十メートルほど先、街灯の下に人が倒れているのが確かに見える。二人・・・いや三人?
さらに人影が闇の中に飛び込んで消えるのが、一瞬見えた気がした。何となく見覚えのある背格好のようだが、それが誰なのかは思い出せない。
ハンドルを握る手に汗が滲んできた。一体、何が起こったのか。だが今、それを考えても仕方がない。確かなのは、新井と堀田の二人は、任された仕事を無事に終えることができなかったということだけだ。動揺してまともな運転ができなくなる前に、この場を去らねばならない。
たった今、目にした光景をなんとか頭から締め出すよう努力しながら、鳴海は車を出した。気がつかなかったが無理な車線の割り込みでもしたのだろうか、クラクションを派手に鳴らされてしまった。