妹尾は何と答えて良いか分からずに戸惑った。
「いや、冗談だけどね」
優しい口調で栗岩は続けた。
「妹尾君さぁ、今何か悩んでる?」
思いがけない栗岩の言葉を聞いて、妹尾の中に全てをぶちまけたい衝動が込み上げてきた。だが辛うじて理性がそれを押さえつけた。
「栗岩さん。自分、仕事があるって言ったじゃないですか」
「うん」
「その仕事が無事に終わったら、また会って頂けますか」
やっとの思いで絞り出した言葉だった。
今回の依頼を最後に掃除屋は廃業する。そして堂々と日の当たる表舞台で、地に足を付けて生きる自分を見て欲しい。栗岩と再会を誓うことは、妹尾にとってそんな決断を意味した。
「もちろんさ、いつでも連絡ちょうだいよ。私は暇にしてるからさ」
「ありがとございます」
「今度の仕事ってのは、きっと大変な仕事なんだろうね。君を見てると何となく分るよ」
「そう・・・ですね。大きな区切りになりそうです」
「そうか、成功を祈ってるからね。まぁ、妹尾君なら大丈夫だよ」
しばらく沈黙したまま二人は歩き続けた。
遠くからパトカーのサイレンが聞えてきた。
「おやおや、事故かな?事件かな」
栗岩が言った次の瞬間、右手の狭い路地の暗闇から二人の男が慌てて飛び出してきた。
バッグを抱えた方の男が勢い余って栗岩に激突し、もんどり打って倒れ込んだ。
それを見たもう一人の男が怒鳴った。
「ばか野郎!遊んでる場合か。急げ」
新井に怒鳴りつけられてよろよろ立ち上がった堀田は、よほど気が動転しているらしく、バッグをその場に落としたまま逃げ去ろうとした。
それを見た栗岩は、親切心から声をかけた。
「ちょっと、そこのあなた。待ちなさいよ!バッグ!」
新井と堀田が路地から飛び出してきた瞬間から、妹尾の研ぎすまされた本能が、野生の勘ともいえる鋭さで不穏な空気を嗅ぎ取り危険を察知していた。もし酒を飲んでいなかったら、この悲劇はあるいは回避できたかもしれないし、それでも無理だったかもしれない。いずれにせよ、妹尾は脳内から分泌されたアドレナリンの影響で、目の前の出来事をスローモーションのようにじっくりと眺めることができた。
栗岩の声に反応したのは、転んでバッグを落とした男ではなく、それを怒鳴りつけた男の方だった。
その男は、栗岩の言葉を聞くやいなや、振り返って右手を前方に突き出した。
男の立つ場所が街頭の真下だったおかげで、その手に拳銃が握られているのがよく見えた。
本来の妹尾なら、ここですかさず行動に移ったはずだが、この時は金縛りにでもあったかのように動けずに、ただ見守ることしかできなかった。
男の手に握られたトカレフの銃口が一瞬、白く光った。
弾き出された薬莢が弧を描いて地面に落ちて行くのさえ見えた気がした。
振り向くと、右目に銃弾の直撃を受けた栗岩が立っていた。
左目は、優しささえ感じさせる眼差しのままだったが、次の瞬間には白目へと反転した。
それに合わせて栗岩の体は、膝から力が抜けるように地面にゆっくりと崩れ落ちていった。
「いや、冗談だけどね」
優しい口調で栗岩は続けた。
「妹尾君さぁ、今何か悩んでる?」
思いがけない栗岩の言葉を聞いて、妹尾の中に全てをぶちまけたい衝動が込み上げてきた。だが辛うじて理性がそれを押さえつけた。
「栗岩さん。自分、仕事があるって言ったじゃないですか」
「うん」
「その仕事が無事に終わったら、また会って頂けますか」
やっとの思いで絞り出した言葉だった。
今回の依頼を最後に掃除屋は廃業する。そして堂々と日の当たる表舞台で、地に足を付けて生きる自分を見て欲しい。栗岩と再会を誓うことは、妹尾にとってそんな決断を意味した。
「もちろんさ、いつでも連絡ちょうだいよ。私は暇にしてるからさ」
「ありがとございます」
「今度の仕事ってのは、きっと大変な仕事なんだろうね。君を見てると何となく分るよ」
「そう・・・ですね。大きな区切りになりそうです」
「そうか、成功を祈ってるからね。まぁ、妹尾君なら大丈夫だよ」
しばらく沈黙したまま二人は歩き続けた。
遠くからパトカーのサイレンが聞えてきた。
「おやおや、事故かな?事件かな」
栗岩が言った次の瞬間、右手の狭い路地の暗闇から二人の男が慌てて飛び出してきた。
バッグを抱えた方の男が勢い余って栗岩に激突し、もんどり打って倒れ込んだ。
それを見たもう一人の男が怒鳴った。
「ばか野郎!遊んでる場合か。急げ」
新井に怒鳴りつけられてよろよろ立ち上がった堀田は、よほど気が動転しているらしく、バッグをその場に落としたまま逃げ去ろうとした。
それを見た栗岩は、親切心から声をかけた。
「ちょっと、そこのあなた。待ちなさいよ!バッグ!」
新井と堀田が路地から飛び出してきた瞬間から、妹尾の研ぎすまされた本能が、野生の勘ともいえる鋭さで不穏な空気を嗅ぎ取り危険を察知していた。もし酒を飲んでいなかったら、この悲劇はあるいは回避できたかもしれないし、それでも無理だったかもしれない。いずれにせよ、妹尾は脳内から分泌されたアドレナリンの影響で、目の前の出来事をスローモーションのようにじっくりと眺めることができた。
栗岩の声に反応したのは、転んでバッグを落とした男ではなく、それを怒鳴りつけた男の方だった。
その男は、栗岩の言葉を聞くやいなや、振り返って右手を前方に突き出した。
男の立つ場所が街頭の真下だったおかげで、その手に拳銃が握られているのがよく見えた。
本来の妹尾なら、ここですかさず行動に移ったはずだが、この時は金縛りにでもあったかのように動けずに、ただ見守ることしかできなかった。
男の手に握られたトカレフの銃口が一瞬、白く光った。
弾き出された薬莢が弧を描いて地面に落ちて行くのさえ見えた気がした。
振り向くと、右目に銃弾の直撃を受けた栗岩が立っていた。
左目は、優しささえ感じさせる眼差しのままだったが、次の瞬間には白目へと反転した。
それに合わせて栗岩の体は、膝から力が抜けるように地面にゆっくりと崩れ落ちていった。