こじんまりとした店内は、週末ということもあって結構な賑わいをみせていた。場所柄、ほとんどが常連客なのだろう。
「栗岩さん、いらっしゃい。お待ちしてましたよ」
恰幅のよい女将が、甲高い声で二人を出迎えた。
「やぁママ、今回は急ですまなかったね。なにせ大事なゲストだもんでさ」
「あら。だったらますます腕によりをかけますから。ナマズ料理、楽しんで下さいな」
女将は奥の個室に二人を案内した。
「じゃぁねぇ。先ずはビール。瓶ビール二本お願いね」
「はい、承知しました」
ビールが出てくるまでのわずかな時間に、栗岩はナマズに関する講釈を披露した。
「妹尾君、吉川ってナマズ料理で有名なところでね。私もこっちの駐屯地に転勤になってからは、休日になるとよく食べに行ってたの。電車に二十分くらい揺られてさ」
「よほどお好きなんですね、ナマズ」
「うん、だって食べたら分るけどもさ、美味いんだよ、これが。でね、数年前にここができたおかげで、吉川まで行かなくても近場で食べられるようになってさ。もう嬉しくてね」
「ウナギ屋はたくさんありますけど、ナマズ料理ってあまり聞かないですね」
「でしょ?輸送が難しいから。振動に弱くてすぐに死んじゃうんだって。あと共食いもするからね。だから基本的には養殖だろうと天然だろうと、産地でしか食べられないんだよ」
「お待たせしました。」
よく冷えたビールが運ばれてきた。
「栗岩さん、またナマズの宣伝してくれてるのね。うちの宣伝大使。感謝するわ」
ナマズ料理のフルコースに舌鼓を打ちながら酒を楽しむ宴は、妹尾の自衛官時代の話、特に第1空挺団での苦労話に終始した。栗岩は、あえて妹尾に外人部隊でのことは聞かなかった。
恐らく妹尾は、一般人なら生涯を通じて、先ず経験することのないであろう過酷な修羅場を経てきているに違いない。今も若々しさを残してはいるが、いい意味で上昇志向の塊だった自衛官時代の妹尾が発散していた前向きなエネルギーは、どこからも感じられない。
それは仕事柄、多くの人間を見てきた栗岩には一目瞭然だった。そして、それが単に加齢からではなく、体験に起因するものだということも分かった。
「いやぁ、私もあとちょっとで定年退職なんだけどさ。長い自衛官人生で最大の失敗はね、妹尾君、きみみたいな優秀な男を自衛隊に引き留めておけなかったことなんだよね」
冗談とも本気ともつかない口調だった。
「まぁ、でもね。今も忙しくしてるみたいで嬉しいよ・・・えっと、今は何の仕事してるんだっけ?」
口では、君は変わらないと言いつつも、何か大切なものを失くし、脱け殻となってしまったかのような妹尾の変貌ぶりが気がかりな栗岩は、それとなくたずねてみた。
「今は・・・警備関係の仕事をしております」
「ほっほぉ、それはいいね。君にはぴったりだ。自衛隊での経験をちゃんと活かしてるじゃない。立派なもんだ」
自衛隊での経験か・・・まぁ、確かに活かしていると言えるかもしれない。しかし警備関係とは我ながら笑えない冗談だな。大嘘にも程がある。自分の仕事は備え、守ることではなく襲い、命を奪うことなのに。
栗岩に褒められるほど、現実との落差から、妹尾は自虐的にならずにはいられなかった。レンジャー課程修了時に駆けつけてくれた栗岩は、あの時、実の父親のように喜んでくれた。そんな栗岩を騙すのは、冷血漢の殺し屋でもさすがに心苦しい。
「栗岩さん、いらっしゃい。お待ちしてましたよ」
恰幅のよい女将が、甲高い声で二人を出迎えた。
「やぁママ、今回は急ですまなかったね。なにせ大事なゲストだもんでさ」
「あら。だったらますます腕によりをかけますから。ナマズ料理、楽しんで下さいな」
女将は奥の個室に二人を案内した。
「じゃぁねぇ。先ずはビール。瓶ビール二本お願いね」
「はい、承知しました」
ビールが出てくるまでのわずかな時間に、栗岩はナマズに関する講釈を披露した。
「妹尾君、吉川ってナマズ料理で有名なところでね。私もこっちの駐屯地に転勤になってからは、休日になるとよく食べに行ってたの。電車に二十分くらい揺られてさ」
「よほどお好きなんですね、ナマズ」
「うん、だって食べたら分るけどもさ、美味いんだよ、これが。でね、数年前にここができたおかげで、吉川まで行かなくても近場で食べられるようになってさ。もう嬉しくてね」
「ウナギ屋はたくさんありますけど、ナマズ料理ってあまり聞かないですね」
「でしょ?輸送が難しいから。振動に弱くてすぐに死んじゃうんだって。あと共食いもするからね。だから基本的には養殖だろうと天然だろうと、産地でしか食べられないんだよ」
「お待たせしました。」
よく冷えたビールが運ばれてきた。
「栗岩さん、またナマズの宣伝してくれてるのね。うちの宣伝大使。感謝するわ」
ナマズ料理のフルコースに舌鼓を打ちながら酒を楽しむ宴は、妹尾の自衛官時代の話、特に第1空挺団での苦労話に終始した。栗岩は、あえて妹尾に外人部隊でのことは聞かなかった。
恐らく妹尾は、一般人なら生涯を通じて、先ず経験することのないであろう過酷な修羅場を経てきているに違いない。今も若々しさを残してはいるが、いい意味で上昇志向の塊だった自衛官時代の妹尾が発散していた前向きなエネルギーは、どこからも感じられない。
それは仕事柄、多くの人間を見てきた栗岩には一目瞭然だった。そして、それが単に加齢からではなく、体験に起因するものだということも分かった。
「いやぁ、私もあとちょっとで定年退職なんだけどさ。長い自衛官人生で最大の失敗はね、妹尾君、きみみたいな優秀な男を自衛隊に引き留めておけなかったことなんだよね」
冗談とも本気ともつかない口調だった。
「まぁ、でもね。今も忙しくしてるみたいで嬉しいよ・・・えっと、今は何の仕事してるんだっけ?」
口では、君は変わらないと言いつつも、何か大切なものを失くし、脱け殻となってしまったかのような妹尾の変貌ぶりが気がかりな栗岩は、それとなくたずねてみた。
「今は・・・警備関係の仕事をしております」
「ほっほぉ、それはいいね。君にはぴったりだ。自衛隊での経験をちゃんと活かしてるじゃない。立派なもんだ」
自衛隊での経験か・・・まぁ、確かに活かしていると言えるかもしれない。しかし警備関係とは我ながら笑えない冗談だな。大嘘にも程がある。自分の仕事は備え、守ることではなく襲い、命を奪うことなのに。
栗岩に褒められるほど、現実との落差から、妹尾は自虐的にならずにはいられなかった。レンジャー課程修了時に駆けつけてくれた栗岩は、あの時、実の父親のように喜んでくれた。そんな栗岩を騙すのは、冷血漢の殺し屋でもさすがに心苦しい。