妹尾は、情報を漏らさず書き留めると受話器を置いた。
さすが岡野。必要以上といっていい情報量を、申し分のないスピードで集めて報告してきた。いよいよ仕事に取り掛かる時だ。明日にはさっそく天ヶ浜に向かうとしよう。そしてその前に、今夜は栗岩と十数年ぶりの再会だ。
今回の仕事が何か特別なものなのか、それともこれまでと変わらない掃除の一つなのか。それは終わってみるまで分からない。だが第六感のようなものが、今回は今までとは違うと知らせてくる。果たしてどう違うのか、失敗に終わるとでも言いたいのか。
そんなはずはない。自分は必ず成功させる。そして、これを最後に掃除屋稼業から足を洗うにしても、結局辞められずに続けるにしても、それは自分自身が決めることだ。その後の人生を左右するであろう岐路を前に、これまでもいつだって自分で決断を下してきたのだから。
だが、栗岩に会いたい、そして話しをしたいという今の切実な気持ちは、もしかしたら、栗岩から答えが欲しいという期待の現れかもしれない。
「もう辞めにしなさい。掃除屋なんていってるけど、君がやってることはれっきとした殺人だ。大丈夫、これまでの殺しはきれいさっぱり忘れて、新たな人生をスタートすればいいじゃないか」
そんな、都合の良すぎる言葉をかけてくれる栗岩の姿を、繰り返し想像している。だが現実には、殺しを生業としている今の自分をさらけ出して相談するなどということはあり得ない。それは妹尾自身がよく理解していた。それでも、ケン・オルブライトを始末すべく北の町に向かう前に、どうしても栗岩に会っておきたかった。
唐島興行からの依頼は、ターゲットの殺害と、その死体を写真に撮ること。
岡野の情報によると、ターゲットが潜伏する天ヶ浜では、来週末には地元の祭りが開催されるらしい。それは妹尾にとって好都合だった。祭りの取材で町を訪れたフリーのカメラマン。決まりだ。これで海辺の田舎町によそ者が現れても、別段怪しまれる心配もないだろう。
妹尾はちらりと腕時計を見た。待ち合わせまでにはまだ数時間ある。万一、栗岩と会って気持ちがぶれるようなことのないよう、さっさと仕事の準備を済ませてしまおう。
妹尾は、小型防湿庫から出してきたマニュアルフォーカスの一眼レフカメラに手際よくフィルムを装填すると、撮影道具一式と一緒にクッションの効いたバッグにしまい込んだ。外から見れば完全にカメラバッグだが、実は二重底になっており、拳銃はそこに隠す。準備は万端だ。

指定された割烹料理屋「銀なまず」は路地裏の目立ちにくい場所にあったが、栗岩が目印と言っていた、軒先にある木彫りのナマズのお陰ですぐに分かった。
約束の時間より三十分も早く着いた妹尾は、入り口が見えるベンチに腰を下ろして栗岩を待った。初めての場所には早めに着いておきたいのは、仕事でなくても同じだった。
しばらくすると初老の男が通りの向こうから歩いてきた。あれが栗岩だろうか。電話の声以上に、年老いて小さくなってしまった印象に妹尾が戸惑っていると、男は声をかけてきた。
「妹尾くーん、久しぶり!いやぁ、君は変わらないねぇ、すぐに分かったよ」
「どうも、ご無沙汰しております」
栗岩は、深々と頭を下げる妹尾の肩に手をかけて促した。
「さぁさぁ、堅苦しい挨拶は抜きだ。早く入って一杯やろうよ、ここはねナマズの刺身が美味いんだ。私のお気に入りのお店なの」