自衛隊時代の恩師、栗岩との再会を決心した妹尾は、さっそく自衛隊に問い合わせの電話を入れた。
栗岩が今も陸上自衛隊に勤務していることを突き止めると、その連絡先を入手した。現在は朝霞駐屯地の業務隊厚生課の課長として、隊員の福利厚生を担当しているという。
緊張感から手のひらがうっすら汗ばむのを感じながら、妹尾は勇気を出して厚生課に電話を入れた。電話口の女性が栗岩に取り次いでいる間も、緊張は高まり続けた。
やがて受話器から声が聞こえてきた。
「もしもし、栗岩です」
その声からは、さすがに過ぎ去った歳月が感じられた。妹尾が記憶している声よりもずっと老いた印象だった。だが、なぜか妹尾の耳には心地よく響いた。大きく包み込んでくれるような安心感に、妹尾は電話をかけて良かったと思った。
「覚えておいででしょうか?自分は妹尾と申しまして昔、お世話に・・・」
十数年ぶりの突然の電話にも関わらず、栗岩は戸惑うこともなく答えた。
「妹尾君だろ?もちろん覚えてるよ!どう、元気にしてるの?」
「はい、ご無沙汰して申し訳ありませんでした」
「いやいや。君のことだからきっと忙しくしてるんだろう?フランスはどうだったかね、外人部隊には入隊したの?」
「ええ、まぁ、色々ありまして・・・今は除隊しておりますが」
妹尾は口ごもった。それを察した栗岩は、気にする風でもなく話題を変えた。
「そうか、ご苦労さんだったね。それより、どう?久しぶりに会わないかね。酒でも飲みながら話そうじゃない」
妹尾は、誘っても断られるのではないかと内心ビクビクしていたので、栗岩から切り出してくれたのはありがたかった。
「はい、よろこんで!ただ、ちょっと大きな仕事が控えておりまして。急ではありますが、できれば、その仕事が始まる前にお会いできると嬉しいのですが」
「やっぱり忙しいんだね。良いことだ、うん。僕の方は暇人だから。いつでも都合つくよ」
そう言ってくれてはいるが、さすがにさっそく今夜というのもちょっと急すぎるだろう。
「では、明後日の土曜日などいかがでしょう。夕方に、そちらの近くで」
「よし、そうしよう!いやぁ楽しみだな。今日は電話してくれてありがとうね」

栗岩との約束の日の午前中、妹尾の部屋の電話が鳴った。私立探偵岡野からの報告で、ケン・オルブライトの居場所を確定したという。捜索依頼から四日間でターゲットの現在地だけでなく、その職場や宿泊先の情報まで掴んでいるのには、さすがに妹尾も感心した。
「やっぱり天ヶ浜?」
「ええ、そうでした。奴さん、あの町に住み着くつもりなんすかねぇ、まじめに仕事してますわ」
「へぇ・・・」
「町はずれの造船所で働いてます。あと美人の彼女ができたみたい」
「彼女?」
「そ、彼女。全くアメリカ人ときたら、なんであんなに手が早いんすかね。さっそくカワイ子ちゃんと一緒に暮らしてるんだから」
「ホテル住まいとかじゃないのか」
「ええ、喫茶店の上に住んでますよ。その彼女の家みたいですわ。ちょっと覗いたんすけど、これまた美人のママさんがいましてね」
「ママさん・・・美人の?」
「そ、美人の。『ゲルニカの木』っていうお店っす」