ボブとの再会は、結果的にケンの背中を押してくれる前向きなものではあった。だが、そこで知ってしまったボブの現状を考えると、やはり心からは喜べない。
アメリカを発つ頃には、微かに湧き起こっていた前向きな気持ちはすっかり失われ、再び無気力な状態に囚われていた。大好きだった沖縄から、かつての輝きが失われてしまったかのような印象を抱いたのも、そんなケンの心理状態によるところが大きかった。
まるで過去の栄光という、眩い光に集まってくる蛾のように、ケンは米軍基地の周辺をうろついた。当てもなく自堕落な日々を送り、たいした金額でもない軍の退職金と、それまで貯めた貯金を食いつぶしていった。
そんな現実とは裏腹に、ケンの心に芽生えていたあるアイディアが、金の必要性をケンに訴えていた。そのアイディアを実行に移すには金が必要だ。それもはした金ではない。まとまった金額が必要になるだろう。

沖縄に来て一ヵ月ほどが過ぎていった。無意味な毎日にケンの心も荒んでいった。夜の酒場で乱闘騒ぎを起こしたのをきっかけに、唐島興行という興行会社を装った暴力団組織の用心棒になった。
こんなに落ちぶれ、反社会的組織の一員に成り果てた俺を見たら、戦場で死んでいったリックや仲間たちは何て言うだろう。とてもじゃないが合わせる顔がない。だが、これはあくまでその場しのぎの仕事なのだ、金が貯まったらすぐにでも足を洗うのだ。そうやってケンは自分自身に、そして亡き仲間たちに言訳を続けた。
そんなある日、ふとボブの伝言を思い出した。キャンプ・シュワブにいるというボブの知人を訪ねなければ。そしてボブは持ち前のガッツで辛い現実に立ち向かい、元気にやっていると伝えよう。
数日後、ようやく面会の叶ったその男の口から、ボブの死を知らされた。拳銃を使っての自殺だった。
遺書が残されており、そこには先ず初めにケイトへの愛と感謝の思いが綴られていたという。そして、あっちに行ったら戦死した親友たちに早く再会したい。ヴィクの成長が見られないのが唯一の心残りだが、どうか新たな飼い主は、たっぷりの愛情を込めて立派に育てあげて欲しい、といった内容が記されていたそうだ。
「葬儀は身内だけでやるそうだが、俺は行こうと思ってる。あんたはどうする?行くなら日程と場所が決まり次第伝えるよ」
「俺は・・・その、仕事の都合が・・・」
「そうか、分かった。それじゃ仕方ないな」
その言葉は、ボブの自殺というメガトン級の衝撃に打ちのめされたケンの耳にはほとんど届いていなかった。