気まずい静けさを破るようにボブが言った。
「いいじゃないか、坊主。そうか沖縄か・・・第二の人生を始めるには最高の場所だな」
思いがけない言葉だった。
「兄貴を亡くしたお前をずっと心配してたんだよ。だけど、俺も自分のことで精一杯だったからな。だが、どうやら取り越し苦労だったようだ。ちゃんと次の目標に向かって歩き始めてるって知って安心したぜ」
実は、未だに人生はひたすら空虚で、沖縄行きだって何か具体的な計画があるわけじゃない。今の現実から逃げ出したいだけなのだ。ボブ、あんたは俺を買いかぶっている。そう思いつつも目の前のボブに本当のことは言えなかった。彼の気持ちを裏切ることはできない。
「ああ、心配してくれてありがとう。沖縄でしばらくのんびりしたら、気分を入れ替えて、何か仕事を探すよ」
「そうだな、がんばれよ。人生、楽しめよな」
「お互いにね」
ケンは握った拳を突き出した。それを受けてボブも拳を握ると、ケンの拳に軽くぶつけてきた。フォース・リーコン時代によく交わしたその仕草には、相手に対する敬意が込められている。
「そうだ、思い出した!」
ボブが思わず膝を打った。
「沖縄と言えばキャンプ・シュワブに俺の知り合いがいるんだ。奴とは家族ぐるみの付き合いでな。あっちに行っちまってからこの方、長いこと連絡をとってないんだが、ボブ・ワナメイカーがよろしく言ってたって伝えてくれないか」
「もちろんさ!」
現実逃避という後ろ向きな沖縄行きに、具体的な目的ができたことが、ケンは嬉しかった。
気がつけばすっかり外は暗くなっている。ボブが何と言おうとも、ケイトのことは決して許す気にはなれなかったので、ケンは彼女の帰宅前にここを出たかった。
「じゃぁ、ボブ。そろそろ行くよ」
「ああ、それがいい」
「今日は会ってくれてありがとう。正直、最初は心配だったけど」
「お前に心配されるようじゃ、俺も焼きが回ったな」
おどけてみせるボブに、ケンは念を押すように言った。
「本当に大丈夫だね?ボブ」
「ああ、もちろんさ。この小さなモンスターの面倒もみなくちゃならんしな」
すっかりくたびれて、膝の上で寝息を立てていたヴィクを抱き上げると、自分の顔の横に掲げてみせた。無理やり眠りを妨げられて迷惑そうにしているヴィクが可笑しくも愛らしい。
ボブはヴィクの小さな手を持って、バイバイと振ってみせた。その時のボブの表情は、今思えばどこか寂しそうだった。まるで「俺も一緒に沖縄に連れてってくれないか。沖縄じゃなくたっていい、ここから連れ出してくれ」そう訴えているようだった。
それが最後に見たボブの姿だった。
ケンが沖縄の地に再び降り立ったのは、ボブとの再会から一週間程後のことだった。かつて若き海兵隊員として、この地で過ごした日々から数年が経っている。だがケンには、それよりはるかに長い時が経過してしまったかのように感じられた。
「いいじゃないか、坊主。そうか沖縄か・・・第二の人生を始めるには最高の場所だな」
思いがけない言葉だった。
「兄貴を亡くしたお前をずっと心配してたんだよ。だけど、俺も自分のことで精一杯だったからな。だが、どうやら取り越し苦労だったようだ。ちゃんと次の目標に向かって歩き始めてるって知って安心したぜ」
実は、未だに人生はひたすら空虚で、沖縄行きだって何か具体的な計画があるわけじゃない。今の現実から逃げ出したいだけなのだ。ボブ、あんたは俺を買いかぶっている。そう思いつつも目の前のボブに本当のことは言えなかった。彼の気持ちを裏切ることはできない。
「ああ、心配してくれてありがとう。沖縄でしばらくのんびりしたら、気分を入れ替えて、何か仕事を探すよ」
「そうだな、がんばれよ。人生、楽しめよな」
「お互いにね」
ケンは握った拳を突き出した。それを受けてボブも拳を握ると、ケンの拳に軽くぶつけてきた。フォース・リーコン時代によく交わしたその仕草には、相手に対する敬意が込められている。
「そうだ、思い出した!」
ボブが思わず膝を打った。
「沖縄と言えばキャンプ・シュワブに俺の知り合いがいるんだ。奴とは家族ぐるみの付き合いでな。あっちに行っちまってからこの方、長いこと連絡をとってないんだが、ボブ・ワナメイカーがよろしく言ってたって伝えてくれないか」
「もちろんさ!」
現実逃避という後ろ向きな沖縄行きに、具体的な目的ができたことが、ケンは嬉しかった。
気がつけばすっかり外は暗くなっている。ボブが何と言おうとも、ケイトのことは決して許す気にはなれなかったので、ケンは彼女の帰宅前にここを出たかった。
「じゃぁ、ボブ。そろそろ行くよ」
「ああ、それがいい」
「今日は会ってくれてありがとう。正直、最初は心配だったけど」
「お前に心配されるようじゃ、俺も焼きが回ったな」
おどけてみせるボブに、ケンは念を押すように言った。
「本当に大丈夫だね?ボブ」
「ああ、もちろんさ。この小さなモンスターの面倒もみなくちゃならんしな」
すっかりくたびれて、膝の上で寝息を立てていたヴィクを抱き上げると、自分の顔の横に掲げてみせた。無理やり眠りを妨げられて迷惑そうにしているヴィクが可笑しくも愛らしい。
ボブはヴィクの小さな手を持って、バイバイと振ってみせた。その時のボブの表情は、今思えばどこか寂しそうだった。まるで「俺も一緒に沖縄に連れてってくれないか。沖縄じゃなくたっていい、ここから連れ出してくれ」そう訴えているようだった。
それが最後に見たボブの姿だった。
ケンが沖縄の地に再び降り立ったのは、ボブとの再会から一週間程後のことだった。かつて若き海兵隊員として、この地で過ごした日々から数年が経っている。だがケンには、それよりはるかに長い時が経過してしまったかのように感じられた。