言いかけたケンの言葉を、ボブは遮った。
「そうじゃないぜ、坊や。あいつが必要としているのは俺の金だ。名誉除隊の俺には国から結構な額の恩給が出てるんだよ。そいつが続く限りは、あいつも別れようなんて言い出さないさ」
その言葉に、思わず頭に血が上ったケンは大声で言い返した。
「こんな状態のあんたをほったらかしにして、他所の男と浮気して。おまけにあんたの金にたかってるっていうのか!」
「その通りさ」
「くそ、ふざけやがって!分かった、俺があの性悪女を殺してやる、どこにいるんだ」
「あのな、坊や。その気なら俺がとっくに殺してるよ。だろ?」
怒りで興奮気味のケンとは対照的に、ボブの口調は落ち着いていた。
「俺はこれでもケイトに感謝してるんだ。今はこんなだが、あいつと結婚してからの何年間かは、人生で最高の喜びだったよ。その思いは今でも変わらない」
「そんなこと言ったって、ケイトはあんたを裏切って・・・」
「まぁ、聞けって。ケン、お前、女を心から愛したことはあるか?」
ボブの問いかけに、ケンは何も答えなかったが、内心では「女とはいつだって遊びさ。だから愛したことなんてないよ。でも俺は、女より大事なものをたくさん知っている、例えばあんたや死んでいった仲間たちの存在だ」と自答した。
「愛し合ってる二人ってのはな、何でもない、ほんの些細なことにも心から笑い合えるんだ。傍から見たら、一体何が面白いんだろう?って不思議に思うくらい、普通のことにもな。これがどれほど幸せなことかって、そりゃお前、人生の全てを賭けたっていいくらいだぜ」
納得していない風なケンを見て、ボブはさらに続けた。
「だからケイトと分かち合った喜び、二人で築いたかけがえのない思い出があるだけで、俺はもう十分なんだよ。俺の恩給であいつに楽をさせてあげられるなら、お安い御用よ」
「それは本心か?あんたが本当にそう思ってるなら、俺がとやかく言う問題じゃない。だが、今のあんたを見てると、正直心配になってくるよ」
「なぁに、大丈夫。今の俺にはこいつもいるしな。なぁヴィク」
膝に抱いた小犬を抱き上げると、ボブは小犬の頬にキスした。小犬の方もそんなボブに応えるようにペロペロと口と鼻を舐め返した。
「こいつはヴィクってんだ。ヴィクトリー(勝利)のヴィク。おれのリハビリを担当してくれたドクターが、犬を飼った方が良いとか言いやがってよ。最初は面倒だし嫌だったんだが、ケイトのやつが近くの保護施設から連れてきたんだよ」
「へぇ、可愛いね」
「だろ?今じゃ俺の生きがいだよ。こいつは偉いんだぜ。段ボールに入れられて川っ縁に捨てられてたらしいんだが、そんな自分の境遇なんか屁とも思っちゃいない。ただひたすら、今を一生懸命生きてるんだよ」
ボブは穏やかな表情になっていた。まだ酔いから醒めてはいないようだが、言葉には確かな力強さがこもっていた。
「そんな健気な姿を見せつけられたら、俺も腐っちゃいられねぇよな」
その言葉に、ケンは今日ここを訪ねてから一番の安堵を覚えた。
「そう言えば、話があるんだって?何だよ」
「ああ・・・実は俺、軍をやめたんだ」
ボブの反応を待ったが、何も言わずにケンを見ている。
「でさ、今度、沖縄に行こうと思ってる。俺、もともと沖縄の部隊にいただろ?それで・・・」
何も言わないボブは、海兵隊を辞めて沖縄に逃げようとしている俺を、責めているのだろうか?
「そうじゃないぜ、坊や。あいつが必要としているのは俺の金だ。名誉除隊の俺には国から結構な額の恩給が出てるんだよ。そいつが続く限りは、あいつも別れようなんて言い出さないさ」
その言葉に、思わず頭に血が上ったケンは大声で言い返した。
「こんな状態のあんたをほったらかしにして、他所の男と浮気して。おまけにあんたの金にたかってるっていうのか!」
「その通りさ」
「くそ、ふざけやがって!分かった、俺があの性悪女を殺してやる、どこにいるんだ」
「あのな、坊や。その気なら俺がとっくに殺してるよ。だろ?」
怒りで興奮気味のケンとは対照的に、ボブの口調は落ち着いていた。
「俺はこれでもケイトに感謝してるんだ。今はこんなだが、あいつと結婚してからの何年間かは、人生で最高の喜びだったよ。その思いは今でも変わらない」
「そんなこと言ったって、ケイトはあんたを裏切って・・・」
「まぁ、聞けって。ケン、お前、女を心から愛したことはあるか?」
ボブの問いかけに、ケンは何も答えなかったが、内心では「女とはいつだって遊びさ。だから愛したことなんてないよ。でも俺は、女より大事なものをたくさん知っている、例えばあんたや死んでいった仲間たちの存在だ」と自答した。
「愛し合ってる二人ってのはな、何でもない、ほんの些細なことにも心から笑い合えるんだ。傍から見たら、一体何が面白いんだろう?って不思議に思うくらい、普通のことにもな。これがどれほど幸せなことかって、そりゃお前、人生の全てを賭けたっていいくらいだぜ」
納得していない風なケンを見て、ボブはさらに続けた。
「だからケイトと分かち合った喜び、二人で築いたかけがえのない思い出があるだけで、俺はもう十分なんだよ。俺の恩給であいつに楽をさせてあげられるなら、お安い御用よ」
「それは本心か?あんたが本当にそう思ってるなら、俺がとやかく言う問題じゃない。だが、今のあんたを見てると、正直心配になってくるよ」
「なぁに、大丈夫。今の俺にはこいつもいるしな。なぁヴィク」
膝に抱いた小犬を抱き上げると、ボブは小犬の頬にキスした。小犬の方もそんなボブに応えるようにペロペロと口と鼻を舐め返した。
「こいつはヴィクってんだ。ヴィクトリー(勝利)のヴィク。おれのリハビリを担当してくれたドクターが、犬を飼った方が良いとか言いやがってよ。最初は面倒だし嫌だったんだが、ケイトのやつが近くの保護施設から連れてきたんだよ」
「へぇ、可愛いね」
「だろ?今じゃ俺の生きがいだよ。こいつは偉いんだぜ。段ボールに入れられて川っ縁に捨てられてたらしいんだが、そんな自分の境遇なんか屁とも思っちゃいない。ただひたすら、今を一生懸命生きてるんだよ」
ボブは穏やかな表情になっていた。まだ酔いから醒めてはいないようだが、言葉には確かな力強さがこもっていた。
「そんな健気な姿を見せつけられたら、俺も腐っちゃいられねぇよな」
その言葉に、ケンは今日ここを訪ねてから一番の安堵を覚えた。
「そう言えば、話があるんだって?何だよ」
「ああ・・・実は俺、軍をやめたんだ」
ボブの反応を待ったが、何も言わずにケンを見ている。
「でさ、今度、沖縄に行こうと思ってる。俺、もともと沖縄の部隊にいただろ?それで・・・」
何も言わないボブは、海兵隊を辞めて沖縄に逃げようとしている俺を、責めているのだろうか?